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75話
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晩秋の夜に、カサカサと落ち葉を踏み分ける、複数の足音が聞こえて来た。
足音の主は5人。
4つの規則正しい足音の中に、引き摺る様な足音が一つ。
4人の騎士に囲まれたナリウスは、深夜の庭園を両腕を掴まれ、枷の嵌められた足を引き摺られて行く。
ラリスの牢から塔に移されたナリウスは、退屈な事を除けば、其れなりに快適な暮らしを満喫していた。
カサンドラの紹介で知り合った商人を通じて、帝国と取引をする事も出来た。
借金の名目で提供された手付金の50億フラーと、使い込んだと見せかけた20億、それとこれまで、キャニスとカラロウカからだまし取った金と、ナリウス個人の隠し資産を合わせれば、100億以上の金を、ナリウスは隠し口座に入れてある。
ナリウスの資産は、全て使い切ったと思われているが、使い切った振りをしていただけだった。
ナリウスの財産を、王宮の事務官や、キャニスの眼から隠すためには、3年ほど前に設立された、銀行が役に立った。
この銀行の頭取は、相当な金満家であることだけは分かっているが、その正体は、世間に公表はされて居ない。
だが、銀行設立の際、金を扱う以上、銀行なるものの有用性や、頭取の身元などが王宮の財務部を中心に徹底的に調べられたが、帝国や目障りなカラロウカの息が掛かっていない事が確認されて居る。
その事を、ナリウスは知っていたからこそ、安心して自分の隠し資産の全てを、この銀行に預ける事にしたのだ。
帝国との取引、正確には帝国の第一皇女との取引は、満足のいくものだった。しかし計画通り、キャニスとの婚約を破棄し、清々していた処で、弟のカリストが余計な事をしてくれた。
盲目的に伝統を重んじる国王が、王家の色を持つ自分を廃嫡した事や、牢に押し込めらる事は予想も出来なかった。
それでも事が計画通りに進みさえすれば、第一皇女イングリットの手により自分は解放され、国とキャニスを売った金と、新しい名前と身分が帝国から保証されている。
王になる等真っ平御免だ。
私は面白おかしく人生を謳歌できればそれでいい。おこぼれを欲しがる馬鹿どもにも、もううんざりだ。
無表情に俺を見るキャニスにも、偉そうに振る舞い、腹の立つカラロウカも。
何もかも、この世から消えてしまえばいい。
私はまだ負けていない。
小賢しいキャニスを、皇女が蹂躙する様を、この目で見る事が出来る。
ナリウスはそう信じて来た。
そう信じたかっただけかも知れない。
それなのに、何故?
オセニアに移送されたのは分かる。
私を連れ出した騎士達には、オセニア訛りがあった。それにカリストが同行していたのは何故だ?
オセニアの連中は何を考えている?
手足に魔力封じの枷を嵌められていては、逃げる事もままならない。
皇女はオセニアの事も欲しがっていた。
皇女が、私をオセニアに連れてくるように命じたのか?
それなら、計画自体は問題なく進んでいる、と考えていいのかもしれない。
だが、この国の王太子の、あの余裕の表情はなんだ?
昔から腹の立つ奴だったが、私の事を見下したあの目。
絶対に許さない!
キャニスの始末がついたら、次はシェルビーの番だ。
いや!あいつもキャニスと一緒に皇女に差し出せばいい。あの皇女なら、キャニスとシェルビーの2人を、思う存分に壊す筈だ。
それなのに。
今のこの状況はどうした事だ?
手足の枷だけではなく、轡迄嚙まされて。
私をどこに連れて行く気だ?!
忙しなく周囲に視線を走らせるナリウスだったが、今夜は雲が出ているのか、月明かりも届かず、騎士が下げたランタンの灯りだけでは、足元を照らす事が精一杯で、夜の闇に沈んだ、辺りの様子を伺い知ることは出来ない。
足元で、落ち葉のガサガサと鳴る音ばかりが、耳に痛かった。
しかし騎士との道行きは、そう長くは掛からずに済んだ。
闇の中にぼんやりと浮かび上がって来たのは、離宮と呼ぶには小さな建物だった。
その入り口には、自分を拘束しているのと同じような騎士が立ち、辺りを警戒している様だ。
騎士達がこれだけ厳重に警備しているなら、中に王族でも居るのか?
中に王族が居るなら、内密に私に会いたいという事では無いか?
それならば、話次第で取引が出来るかもしれない。
狡賢さだけは一品のナリウスは、手足を拘束され、轡を噛まされて居る事も忘れ、取引に使えそうないい条件はないかと、目まぐるしく頭を回転させた。
しかし、建物の中に押し込まれたナリウスは、自分の考えが甘かった事に直ぐに気が付いた。
騎士に掴まれた腕を引っ張られ、連れて来られたのは、灯りを最小限に抑えた薄暗い部屋だった。
こんなところで、交渉などするはずが無い。
なら私は何のために、ここに連れて来られたんだ?
「・・・これが、例の?」
「左様でございます」
静かだが深みのある声が、闇に沈んだ部屋の一角から聞こえて来た。
こちらからは相手の顔は全く見えないが、向こうは騎士が持つランタンに照らされた、ナリウスの顔が見えている様だった。
「ヴウーーーウーーー!!」
「耳障りだな。さもしい人間というのは、声も顔もそうなるものなのだな」
ふざけるな!!
私を誰だと思っている?!
「ヴグゥーーヴーー!!」
捕まれた腕を振り解こうと暴れると、腕を掴んでいた騎士に乱暴に床へ引き倒され、頭を押さえ付けられた。
「あまり乱暴に扱うな。今はまだ死なれては困る」
今は?
後なら良いというのか?
「しかし、これではキャニスが心配するわけだ」
「左様ですな。直ぐに大人しくさせます」
キャニス?
キャニスだと?!
ここまで来て。
あいつは、また私の邪魔をするのか?!
「ウウウゥーーー!!!」
「しっかり押さえて下さい」
神経質そうな声が近付き、袖を捲り上げられた腕に、プツっと何かが突き立てられたのが分かった。
すると視界が歪み頭が朦朧として、体に力が入らなくなった。
「礼儀として目通りを許したが、これなら罪悪感も感じずに済みそうだ」
呟いた声が、騎士達に自分を運ぶように指示している。
この・・・私に・・・何を・・・
屈強な騎士に抱えられ、隣室に連れていかれた。
そしてベットの脇にあるカウチに寝かされた事も、天蓋の下ろされたベットに腰かけた人物と、その横に立つ大柄な男が居る事も理解出来た。
しかし、腕に打たれた薬の所為で、ナリウスは指一本動かす事も出来ず、ただボンヤリと、二人を見つめる事しかできなかった。
「薬を使ったのですか?」
「暴れたので仕方なく」
「薬の影響が出たりしませんか?」
ベットに腰かけた男の、耳をくすぐる声に、聞き覚えがあった。
この・・・声は・・・
「問題ありません。施術の途中で暴れられる方が危険です」
「分かった。よろしく頼む」
大柄な男が、ベットに腰かけた男の手を取り立ち上がらせると、雲の切れ間から月明かりが差し込み、立ち上がった男を照らし出した。
月明かりに浮かび上がる白金の髪と、白い頬。
キ・・・・キャ・・・ニス・・・
幼い頃から、その存在を疎み憎んだ、元婚約者。
私はお前が嫌いだ。
殺してやりたいほど憎んでいるのに。
どうして、そんなに綺麗なんだ。
どうしてお前は・・・・。
清らかなままなんだ。
足音の主は5人。
4つの規則正しい足音の中に、引き摺る様な足音が一つ。
4人の騎士に囲まれたナリウスは、深夜の庭園を両腕を掴まれ、枷の嵌められた足を引き摺られて行く。
ラリスの牢から塔に移されたナリウスは、退屈な事を除けば、其れなりに快適な暮らしを満喫していた。
カサンドラの紹介で知り合った商人を通じて、帝国と取引をする事も出来た。
借金の名目で提供された手付金の50億フラーと、使い込んだと見せかけた20億、それとこれまで、キャニスとカラロウカからだまし取った金と、ナリウス個人の隠し資産を合わせれば、100億以上の金を、ナリウスは隠し口座に入れてある。
ナリウスの資産は、全て使い切ったと思われているが、使い切った振りをしていただけだった。
ナリウスの財産を、王宮の事務官や、キャニスの眼から隠すためには、3年ほど前に設立された、銀行が役に立った。
この銀行の頭取は、相当な金満家であることだけは分かっているが、その正体は、世間に公表はされて居ない。
だが、銀行設立の際、金を扱う以上、銀行なるものの有用性や、頭取の身元などが王宮の財務部を中心に徹底的に調べられたが、帝国や目障りなカラロウカの息が掛かっていない事が確認されて居る。
その事を、ナリウスは知っていたからこそ、安心して自分の隠し資産の全てを、この銀行に預ける事にしたのだ。
帝国との取引、正確には帝国の第一皇女との取引は、満足のいくものだった。しかし計画通り、キャニスとの婚約を破棄し、清々していた処で、弟のカリストが余計な事をしてくれた。
盲目的に伝統を重んじる国王が、王家の色を持つ自分を廃嫡した事や、牢に押し込めらる事は予想も出来なかった。
それでも事が計画通りに進みさえすれば、第一皇女イングリットの手により自分は解放され、国とキャニスを売った金と、新しい名前と身分が帝国から保証されている。
王になる等真っ平御免だ。
私は面白おかしく人生を謳歌できればそれでいい。おこぼれを欲しがる馬鹿どもにも、もううんざりだ。
無表情に俺を見るキャニスにも、偉そうに振る舞い、腹の立つカラロウカも。
何もかも、この世から消えてしまえばいい。
私はまだ負けていない。
小賢しいキャニスを、皇女が蹂躙する様を、この目で見る事が出来る。
ナリウスはそう信じて来た。
そう信じたかっただけかも知れない。
それなのに、何故?
オセニアに移送されたのは分かる。
私を連れ出した騎士達には、オセニア訛りがあった。それにカリストが同行していたのは何故だ?
オセニアの連中は何を考えている?
手足に魔力封じの枷を嵌められていては、逃げる事もままならない。
皇女はオセニアの事も欲しがっていた。
皇女が、私をオセニアに連れてくるように命じたのか?
それなら、計画自体は問題なく進んでいる、と考えていいのかもしれない。
だが、この国の王太子の、あの余裕の表情はなんだ?
昔から腹の立つ奴だったが、私の事を見下したあの目。
絶対に許さない!
キャニスの始末がついたら、次はシェルビーの番だ。
いや!あいつもキャニスと一緒に皇女に差し出せばいい。あの皇女なら、キャニスとシェルビーの2人を、思う存分に壊す筈だ。
それなのに。
今のこの状況はどうした事だ?
手足の枷だけではなく、轡迄嚙まされて。
私をどこに連れて行く気だ?!
忙しなく周囲に視線を走らせるナリウスだったが、今夜は雲が出ているのか、月明かりも届かず、騎士が下げたランタンの灯りだけでは、足元を照らす事が精一杯で、夜の闇に沈んだ、辺りの様子を伺い知ることは出来ない。
足元で、落ち葉のガサガサと鳴る音ばかりが、耳に痛かった。
しかし騎士との道行きは、そう長くは掛からずに済んだ。
闇の中にぼんやりと浮かび上がって来たのは、離宮と呼ぶには小さな建物だった。
その入り口には、自分を拘束しているのと同じような騎士が立ち、辺りを警戒している様だ。
騎士達がこれだけ厳重に警備しているなら、中に王族でも居るのか?
中に王族が居るなら、内密に私に会いたいという事では無いか?
それならば、話次第で取引が出来るかもしれない。
狡賢さだけは一品のナリウスは、手足を拘束され、轡を噛まされて居る事も忘れ、取引に使えそうないい条件はないかと、目まぐるしく頭を回転させた。
しかし、建物の中に押し込まれたナリウスは、自分の考えが甘かった事に直ぐに気が付いた。
騎士に掴まれた腕を引っ張られ、連れて来られたのは、灯りを最小限に抑えた薄暗い部屋だった。
こんなところで、交渉などするはずが無い。
なら私は何のために、ここに連れて来られたんだ?
「・・・これが、例の?」
「左様でございます」
静かだが深みのある声が、闇に沈んだ部屋の一角から聞こえて来た。
こちらからは相手の顔は全く見えないが、向こうは騎士が持つランタンに照らされた、ナリウスの顔が見えている様だった。
「ヴウーーーウーーー!!」
「耳障りだな。さもしい人間というのは、声も顔もそうなるものなのだな」
ふざけるな!!
私を誰だと思っている?!
「ヴグゥーーヴーー!!」
捕まれた腕を振り解こうと暴れると、腕を掴んでいた騎士に乱暴に床へ引き倒され、頭を押さえ付けられた。
「あまり乱暴に扱うな。今はまだ死なれては困る」
今は?
後なら良いというのか?
「しかし、これではキャニスが心配するわけだ」
「左様ですな。直ぐに大人しくさせます」
キャニス?
キャニスだと?!
ここまで来て。
あいつは、また私の邪魔をするのか?!
「ウウウゥーーー!!!」
「しっかり押さえて下さい」
神経質そうな声が近付き、袖を捲り上げられた腕に、プツっと何かが突き立てられたのが分かった。
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呟いた声が、騎士達に自分を運ぶように指示している。
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ベットに腰かけた男の、耳をくすぐる声に、聞き覚えがあった。
この・・・声は・・・
「問題ありません。施術の途中で暴れられる方が危険です」
「分かった。よろしく頼む」
大柄な男が、ベットに腰かけた男の手を取り立ち上がらせると、雲の切れ間から月明かりが差し込み、立ち上がった男を照らし出した。
月明かりに浮かび上がる白金の髪と、白い頬。
キ・・・・キャ・・・ニス・・・
幼い頃から、その存在を疎み憎んだ、元婚約者。
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