氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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74話

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カリストとその側近が命の危険を感じている頃、キャニスは軍部へ足を踏み入れていた。

入り口で受付を済ませ、シェルビーが居る会議室へ案内されるキャニスは、騎士達の注目の的だった。

王太子を虜にした美貌の貴公子。
今や大陸中が注目する、悲恋の主人公。

すれ違う騎士達は、口を開けて通り過ぎるキャニスを振り返り、キャニス来庁を聞きつけた騎士達が、開いたドアに齧り付いた鈴生り状態で、麗しの君キャニスを見つめ、熱い溜息を吐いていた。

浮足立った騎士達に、ナミサとパトリックは苦笑を交わし合ったが、キャニス本人は気付いていないのか、慣れ過ぎた反応なのか、全く気に留める様子はなかった。

会議室前に到着し、案内してくれた騎士が取り次ぎを頼む間も無く、ドアが開かれシェルビー本人が顔を出した。

「何があった?」

心配顔で、別室にキャニスを連れて行こうとするシェルビーの両手を、キャニスは握りしめた。

「どうした?」
 
常にないキャニスの積極的な行動に、シェルビーは戸惑ったが、当のキャニスは一刻も早く吉報を知らせたい一心なのだ。

「実は」と戸惑う王太子に身を寄せ、ひそひそと耳打ちをするキャニスの腰に、自然とシェルビーの腕が回されたが、キャニスはそれにも気が付いて居ない様子だ。

キャニスの話しを聞くシェルビーだったが、最初は怪訝そうに寄せられていた眉が次第に開き、最後は驚きで目が丸くなった。

「それは・・・本当なのか?」

「はい。先程ナミサ殿に診察して頂き、確認が取れました。ですので先ずは殿下にご報告をと」

「ナミサ!」

「キャニス様の仰った通り、奇跡が起きました。陛下へのご報告前に先ずは殿下へご相談をと思い、こうしてはせ参じた次第で御座います」

「そうか!そうかッ!!」

喜びで顔を輝かせたシェルビーは、両手でキャニスの頬を捕まえ、唇と言わずその顔中に熱烈なキスの雨を降らせた。

「やッ!殿下ッ!!ちょっと!止めて下さい!!」

「あははっ!!キャスはやっぱり天使で、妖精だっ!!君は俺に、幸せしか運んでこない!!」

大喜びのシェルビーは、キャニスの腰をむんずと掴むと、高く持ち上げその場で笑いながら、くるくると回り出してしまった。

「でっ殿下、下ろして! めっ目が回ります!!」

この騒ぎで、何事かと様子を見に会議室から顔を出した将校は、これまで見た事の無い王太子のデレた様子に、ポカンと口を開け呆気に取られている。

「はははっ!!すまん!!」

全く悪びれた様子もなく、シェルビーはもう一度キャニスの唇に、ぶちゅッとキスをすると、近くの部屋のドアに齧りついて、二人の様子を見て居た騎士に眼を止めた。

「おい!!今すぐに父上に面会の申し込みをしてくれ!母上も同席する様に頼むんだぞ!それから」

と振り向いたシェルビーは、開け放たれたドアの中に呆然とした顔の将校と、同じように口を開けた高官たちの顔を確認し、苦笑いを浮かべた。

「私は会議を抜けるから、続きは皆で進めておいてくれ、私には内容をまとめた資料を頼む」

「殿下、大事な会議を抜けたりしてはいけません。陛下へのご報告は私とナミサ殿でして置きますから。殿下の御同意は得られた、という事で宜しいですね?」

「何を言ってるんだ?こんな良い話し、俺も一緒に行くに決まってるだろう」

「えっ?でも」

とキャニスに眼を向けられた将校は、ボッと頬を赤らめた。

「ジロジロ見るな、減るだろう」

「見た位でキャニス様の美貌は、目減りしませんよ」

 キャニスに眼を奪われ、ボーっと突っ立っている将校を押しのけて、サイラスが出て来た。

「いいや減る!確実に俺の忍耐力が減る!」

「あーーはいはい。陛下の所に行くんでしょ?お供しますよ」

会議室の中に居る上司に目配せをしたサイラスは、王太子の背中をぐいぐいと押し、移動を促した。

「おい。サイラス止めろよ」

「止めて欲しかったら王太子らしく、真面目に大人しく、キャニス様のエスコートをして下さい」

「分かったから。押すなよ!」

サイラスが二歩下がると、不満全開だったシェルビーは、ニカッとキャニスに笑い掛けエスコートの為に腕を差し出した。

「さあ。キャニス、父上達もきっと喜ぶぞ!」

この一連の騒ぎを目撃していた者達は、王太子の喜びようと、キャニスが宮廷医を同伴していたことから、キャニスが懐妊したのでは?と噂しあい、それを真に受けた数名の貴族から、シェルビーとキャニスへ、祝いの品が届く事になったのだった。

キャニスとシェルビーの貞操感を疑うような迂闊な行動だったが、ライアンの障害を公表していない以上、致し方なしと諦め、むしろ二人に対し敵対心は無いものと、二人は好意的に受け取る事にした。

大きな声では言えないが、ナミサを伴った二人に、面会を申し込まれた国王と王妃も、キャニスの懐妊を疑い、糠喜びをしたのだから、まあ、仕方ない事であったとも言える。

そんな国王と王妃だったが、人払いを済ませた自室でキャニスの報告を受けると、齎された吉報に涙を零した。

「ナミサ、真であろうな。間違いはないな?」

「間違いございません。後は両陛下の御決断のみで御座います」

「左様か・・・左様か・・・」

「あなた・・・うっうぅ」

嗚咽を漏らす王妃の肩を抱いた、国王は毅然とした眼差しを、ナミサへと向けた。

「時間は、どれ程掛かるのだ?」

「約一月。帝国の皇女が来るまでには完了するかと」

「そうか・・・では、直ぐに取り掛かれ」

「陛下・・・本当に宜しいのですか?」

吉報を齎したキャニスとナミサだったが、国王の即決に不安げな様子だ。

「何を迷う事が有る。たとえ相手が悪魔だろうと、我が子の命には代えられん。我が子を苦しみから解き放てるのであれば、私は悪魔と契約しても構わん」

「父上・・・」

「めでたい席で、不適当な言葉であったな。我々には悪魔ではなく、幸運をもたらすキャニスと言う天使がついておるのにな」

「・・・・あなた」

「事実を公表する事はライアンの為にも出来ないが。あ奴の罪滅ぼしにもなるだろう」

「御尤もでございます」

「ナミサ。ナリウスの魔力器官をライアンへ移植するのだ。しかし内密にだ。この事は決して表に出してはならん」

「御心のままに。早急に取り掛からせて頂きます」

恭しく首を垂れたナミサは、移植の準備の為に王の自室から下がって行った。

その背中を見送った国王は、悩まし気な溜息を吐いた。

「我が子の命の為に、他人の子を犠牲にする私も、等しく非道であるのだろう。だが、私はこの決定に、罪悪感を抱く事はあっても決して後悔はしないだろう」

其処には万民を導く王ではなく。
ただ己の子の身を案じる、一人の父親の姿があった。
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