氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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73話

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キャニスの部屋に母と侍女のベラの、ひそひそとした話し声が聞こえている。

部屋の主であるキャニスは、商会からの売上報告と今後の販売計画書に紛れ込ませた、帝国からの知らせに眼を通していた。

 皇女の足止めは、巧く行っているみたいだね。でも皇帝陛下が、廃嫡の話しを出たみたいだし。
 皇女も雪が降る前には、決着をつけたいだろうから・・・。

 ひと月が限界かな。

椅子から立ちあがったキャニスは、帝国からの知らせを暖炉に焼べた。

 こうやって証拠を隠滅していると、本当に悪人になった気分だ。

自嘲に囚われそうになった時、夫人の明るい声が部屋に響いた。

「まあまあ。有難い話だけど。ベラは好きな人は居ないの?」

「好きな人・・・・?」

ベラは年頃の娘で有り、キャニスに恋愛小説を勧めて来るほどなのだから、興味がない訳ではないのだろう。

しかし、いざ自分の事となると、主と同様かなり鈍感らしい。

 ・・・・キャピレット卿は、恋愛マスターなんだよね?僕が口出しする事では無いけど、彼大丈夫なの?

 ベラも僕の侍女を続けていたら、婚期を逃してしまうかもしれないし、オーハンの誰かと交代させることも考えた方が良いかもね。

自分に関する恋愛事情には鈍感でも、他人の事ならばよく見え、判断できるキャニスなのであった。

キャニスが頬に指を当て。小首を傾げてベラの恋愛と結婚について考えていると、ノックの音に続き訪いを入れる、パトリックの声が聞こえて来た。

応対に出ようとするベラを、自分が出るから良いと。キャニス自らドアの前に立った。

「パトリック」

「坊ちゃん?」

主人自らドアを開ける事など、自宅でもなければ在り得ない。

パトリックは一瞬キャニスの影になっている、ベラに視線を向けたが、主の心情を思い、今回は何も言わないでおくことにした。

とても分かり難いが、キャニスは朝から、ある知らせを首を長くして待って居たのだ。

「坊ちゃん。ナミサ様が起こしです」

「・・・それで・・・」

「巧く行ったようでございます」

「そう!ナミサ殿を直ぐにお通しして、それからシェルビー殿下は、こちらにお呼びしても大丈夫かな?」

「本日殿下は、軍の会議にご出席と記憶いたしております」

「じゃあ、ナミサ殿をお通ししたら、パトリックは軍部に行って、今から伺っていいか聞いて来てくれる?急ぎの用件だと、大至急だと」

「承りました」

普段感情を見せない主の、少し弾んだ声にパトリックは目を細め、言いつけ通り大急ぎで軍部へと足を運んだ。

その大股で道を行く足取りは、前職を思わせる堂々としたもので、侍従のお仕着せには似合わない物だった。

パトリックから、キャニスが面会を求めていると聞いたシェルビーは、キャニスに何かあったのではないかと、気が気ではなく、すっかり落ち着きを失くし、コツコツと指で机を叩き続けていた。

後宮に居れば、滅多な事は起こらないと頭では分かっていた。

しかし王宮にはカリストが滞在中で有り、牢にはナリウスが居る。
しかも帝国の第一皇女がキャニスの引き渡しを要求してきているのだ。

気丈に振舞っていても、心労が祟ったのではないか。 

昨日の事を怒ってたらどうしよう。

とシェルビーの思考は千々に乱れた。

そんな王太子の様子を見た、軍の高官たちは、あの王太子殿下が?恋とはこうも人を変えるものか。
と呆れ半分諦め半分で、王太子の少し遅めの春に理解を示す事にしたのだ。

医師のナミサと従者を従え、後宮から軍部へと向かうキャニスは、待ちに待った吉報に瞳をキラキラと輝かせ、白金の髪を風に靡かせ先を急いでいた。

その様子を遠くにいたリノスが見つけ、踵を返して駆け出すと、カリストの滞在している部屋に駆け込んだ。

「ねぇ!キャニス様が後宮から出て来てるよ!!」

「キャニスが?」

「どこに向かわれたんだ?」

「多分あっちは軍部のある方だから、シェルビー殿下に会いに行ったのかも」

「そうか・・・殿下に会いに行ったのか」

途端に気落ちするカリストに、リノスとマイルスは忙しなく視線を交わし合った。

「でっでもさ。今シェルビー殿下は忙しいから。帰りも一緒とは限らないよね?」

「姑息な手段だが、偶然を装って話しかけることは出来るな」

「流石に卑怯過ぎないか?」

「それはそうだが・・・」

「でも、面会を断られちゃったんだよ?この機会を逃したら、もうキャニス様と話す機会なんて、一生ないかも知れないよ?」

「キャニス様が、真っ直ぐ後宮にお戻りになるかも分からん。だから、会えたら儲けもの、くらいのつもりで待ってみたらどうだ?」

「・・・そうだな。キャニスには嫌がられるかも知れんが。最後に一言だけでも謝れたら・・・」

「でしょ!でしょ!」

「そうと決まれば、何処か適当な所でキャニス様のお戻りを待とう」

親友二人に急かされたカリストは、王宮から軍部へ続く、渡り廊下の前庭に植えられている、イチイの木の陰に隠れ、キャニスが戻るのを待つ事にした。

「なあ。やっぱりこれは良くないだろ。俺は戻るよ」

「何言ってるの?絶好のチャンスじゃない」

渋るカリストをリノスがけしかけた時、
背後で人の気配を感じ、振り向いたマイルスの喉元に、キラーナイフの切先が突き付けられた。
それと同時に、カリストとリノスの喉元にも背後から刃が押し付けられ、身動きが取れなくなってしまった。

「ウッ!」

「え?うそっ?なんで?」

「・・・・どういう積りだ。侍従と侍女風情が、王族に刃を向けるのか」

「ねえ聞いた?王族だってさ」

「国民が困ってるときに、知らん顔してたくせに」

「ほんと、図々しいよね。キャニス様がナリウスや国王たちに苦しめられていた時には、そっぽを向いてたくせに。困ったからって平然と求婚してくるなんて。厚顔無恥って、こう言う奴の事を言うんじゃない?」

「お前、難しい言葉を知ってるなあ」

ナイフを突き付けたまま、ケラケラと笑う3人に、カリスト達は、場数の違いを感じて震え上がった。

カリスト達も剣を使えない訳ではない、しかし3人の中で一番腕の立つマイルスが、簡単に背後を取られ、喉にナイフを突きつけられている状況では、他の2人に勝ち目が有るとは、到底思えなかった。

「大体さあ、ルセ王家ってもう終わりでしょ?」

「そうそう。カラロウカ公爵の下になる人間が、王族だって?笑わせんなよな」

「お前達、何が目的だ」

「ハッ!偉そうに」

「あたしたちはね、ルセ家に恨みがあんのよ。あんた達親子を、全員殺しちゃってもいいんだけど。そんな事をしたら坊ちゃんが悲しむから、殺さないでおいてあげる」

「坊ちゃん?・・・・キャニスの事か?」

「あんた達はね。坊ちゃんのお情けで生き残ってんのよ。そこんとこ分かってる?あんたの兄貴はね。あたしの妹を襲った挙句、帝国の娼館に売り飛ばしたの。それを助けてくれたのが坊っちゃんなのよ。妹を売り飛ばしたお金は、あんたの兄貴の賭博代になったんだけど、そこんとこ、お偉い王子様はどう考えてらっしゃるのかしらね?」

「ナッナリウスが?」

「ほんと、あんたのその何も知りませんって面は、反吐が出んだよ。いいか?お前の行動は、俺達が見てるからな。今後一切、坊っちゃんの幸せの邪魔をするな」

「生皮を剥がれて、魚の餌になりたくなかったら。大人しくしてる事ね」

「これ以上坊っちゃんに付き纏ったら、その目玉くり抜いて、豚の餌にしちゃうから」

「わかった?」

鈍色に光るナイフで、頬をペタペタと叩かれたカリストは、ゴクリと喉を鳴らし頷く以外何もできなかった。

カリストが頷くと、突き付けられて居たナイフがスッと引かれ、唐突に3人の気配が消えてしまった。

「こ・・・・怖かった・・・」

「今のは、カラロウカの護衛なのか?」

「・・・・・カラロウカと言うより、キャニスの子飼いだろうな。とにかく部屋に戻ろう。俺達は彼等に敵とみなされている、ここに残るのは得策じゃない」

「そうだね・・・・カラロウカがこんなに怖いなんて、思わなかったよ」

「俺達の行動次第では、本気で魚の餌にされ兼ねんぞ」

こうして、キャニスの全く知らない所で、カリストはキャニスの人生から消えていく事になったのだった。
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