氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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72話

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☆☆☆☆☆☆☆

主神に呼び出された4366番は、主の居ないコントロールルームで、映し出されているモニターを、ぼんやりと眺めていた。

モニターの中には数えきれない人々が、日々の暮らしを送る様子が見てとれる。

笑って泣いて、辛い事苦しい事を飲み込みながら、彼等は人生の荒波を乗り越えようと、一生懸命に生きている。

そして無数のモニターの中央部分に映し出されて居るのは、白金の髪を持った美しい青年と、その周囲の人々だった。

 はあ~~。なんで、こんな事になっちゃったんだろう。

 最初は、パラメーターの入力を一桁間違えただけだったのにな。

 父さんと母さんは、今頃泣いてるだろうな。

 ごめんね。
 大事に育てて貰ったのに、僕は地獄行き確定だよ。

「はあ~~・・・・・」

「おや?そんなに待たせたかな?」

部屋に戻った主神の声に、4366番は丸めていた背中を、ビシリと伸ばした。

「はっ? いっいえ。さっき来たばっかりです!」

「そう? その割には盛大な溜息だったね」

「は・・あの・・こんな事になって、両親に申し訳なくて・・・」

「ふ~ん。ご両親ねぇ・・・やっぱり君は、基本が分かって無いみたいだ」

「基本ですか?」

「それを教えるのは、僕の仕事じゃないよ」

「え?あ・・・はあ」

締まりのない4366番の受け答えに、主神の後ろに控えた局長の、噛締めた顎に怒りの程が伺えた。

「今日の報告書は持って来た?」

「はい!こちら力作です!」

恭しく捧げられた報告書を受け取った主神は、力作だと豪語する報告書に眼を通して行った。

「・・・・本気で信じていたのでした?君さ、報告書の意味わかってる?何回も注意されたと思うけど、これ報告書じゃなくて、作文だよね?どうして既定の記入の仕方にしないの?」

「あの・・・私は、こっちの方が分かりやすいので・・・」

「それ、君の主観だよね。報告書って言うのは、だれが見ても一目で内容が分かる様に書かないと駄目なんだよ?なんの為に決まりがあるか、分からない?」

「すみません」

「僕はね、そこそこ面白いから、君の作文は嫌いじゃないよ」

「ほんとですか?!」

パアッと明るいで顔で主神を見上げた4366番は、主神の背後に立つ局長の顔を見て、慌てて下を向いた。

「そこそこ面白くて嫌いじゃないけど、好きじゃない」

「へ?それはどういう・・」

「報告書としては最低だし、作文としても心が無いから」

「こころ?」

「こっちの報告書は、規定通りに別の局員が書いたものだけど、担当した区域の人々への愛が溢れている。でも君には、たった一人の事しか任せていないのに、彼への愛が全く感じられない」

「あい・・ですか?」

「そう、愛だよ。ここの仕事は、人々への愛ありきの仕事だって分からない?君の犯した間違いは、君の愛の無い、薄情さが原因だと僕は思うね」

「愛がない、薄情・・・・?」

「不満かい?」

「彼等は・・・・ただのデーターの寄せ集めじゃないですか」

「4366番。本気で言っているのか」

これまで終始穏やかな口調で話していた、主神の雰囲気が一変した。

「え・・・その・・・」

「もういいよ。4366番、次の会議の日程が決まった。君の処分はそこで決定される。君の頑張り次第では、他の神々へ減刑を口利きしても良いと考えていたが、さっきの発言を聞いたら、それも無理だ。処分が決まるまでは今まで通り、掃除と、キャニス君の観察と報告を続ける様に」

「・・・・はい」

「もう下がりなさい」

「はい・・・申し訳ありませんでした」

「何度も言うけど、謝る相手を間違っているよ」

肩を落とし、すごすごと去って行く4366番を見送った主神と局長は、二人そろって疲れの籠った溜息を吐いた。

「データーの寄せ集めね・・・彼みたいな考えの者は多いのかな」

「居ないとは言い切れませんが、問題を起こしたのは4366番だけです」

「問題を起こしていないから、良しとするのも違うと思うけど。神と言えど、心の中までは、見通す事は出来ないからね」

「洗い出しも兼ね、研修を増やす事にしましょうか」

「それが良いかもね。同じような考えを持っていても、研修で心を入れ替えてくれるかもしれないし・・・地上の人々との繋がりが薄くなってから随分と経つ。昔の様に、守護天使制度を復活させるべきかな」

「あれはあれで、問題が多かったですから。完全に復活させることは難しいかと」

「そうだよね。でも僕達は、地上に生きる彼ら抜きでは成り立たない存在だ。次の会議で、他の神とも相談してみるよ」

「主神の御心のままに」

「こうなると、このキャニス君には、うんと幸せになって貰わないと」

「左様ですな」

主神と局長は、ベットの中で眠るキャニスの姿を見つめ、幸多かれと願うのだった。


・・・・・・


キャニスの母、エイミー・ルセ・カラロウカ公爵夫人は、今日も今日とてキャニスの部屋に刺繍道具を持ち込み、チクチクと針を進める事に余念がなかった。

今夫人が手掛けている刺繍は、キャニスの輿入れの際、祝いの品の一つとして持たせてやろうと、密かに心に決めている大作で、完成すれば夫人の身の丈ほどもあるタペストリーになる予定だ。

息子の幸せを願い、一針一針布の上に絵画を描いて行く夫人の横で、針仕事が得意なベラも、キャニスの服の襟や袖に刺繍を施す作業に没頭している。

 
 坊っちゃんから頼まれて、前年の物や、季節外れになった上着やシャツに、新しく刺繍をして、同じものと分からない様に作り替えるこの作業って。

 私が坊ちゃんの専属侍女なってから続いてる習慣だけど。別に坊ちゃんがケチで、衣装代を浮かようとしてる訳じゃないのよね。

 坊っちゃんは本当に多才で、アマテラスで売り出す衣装や小物も、坊ちゃんが描いたデザインが用いられる事が殆どだ。
 
 他の人のデザインが採用される事も有るけど、売り上げは今一だって聞いたことが有る。 

 坊っちゃんは、働いて居る人達全員に、機会を与えて上げてる訳だけど、坊ちゃんの期待に応えられたのは、今の所ほんの数人だったみたい。

 坊ちゃんが描いた、この刺繍の図案も本当に素敵。

 坊ちゃんの頭の中は、綺麗な物が沢山溢れているんだろうなあ。

 でも坊っちゃんの頭の中が、お花畑って意味じゃない。

 こうやって坊ちゃんが描いたものを、古くなった服に刺繍してるのは、試作品を作って居るのよね。
 
 ただ絵で見るよりも、実物があった方がイメージもし易いし。
 刺繍を縫い上げるまでに掛かる時間や、材料費がどの程度のものなのかを図ることが出来るって、お話ししてくれたもの。

 商会長としても、坊ちゃんは優秀な方なのよ。

 優しくて、多才で、見た目も最高。

 うちの坊ちゃんを尊敬しない理由なんて、一つも無いと思う。

 そ・れ・な・の・に、ラリスのルセ王家の連中は、クソばっかりッ!!

 特に、あのナリウスの奴!
 廃嫡されていい気味って思ってたのに。

 なんで坊ちゃんは、あんな奴をオセニアに連れて来させたのかしら?
 
 サイラスさんも、詳しい事は分からないって言ってたけど、本当かな?

「ふーー。ここが上手く出来ないわね。ねぇベラ、ここはどうしたら綺麗になると思う?」

「あっはい!ここですか?・・・ここは一回針を表に出した後に、糸を二回針に掛けてから針をこの辺りに刺して引っ張ると、綺麗に形が出来ると思います」

「どれどれ・・・まあ!本当に綺麗になったわ。流石はベラね、これならいつでもお嫁に行けるのではなくて?」 

「え~~。そんな事、全然考えてないですよ~。私はおばあちゃんになるまで、ずっと坊っちゃんの侍女を続けたいです」

「まあまあ。有難い話だけど。ベラは好きな人は居ないの?」

「好きな人・・・・?」

夫人に聞かれて考えてみたが、そんな人物に心当たりは一切ない。

一瞬とある騎士の顔が思い浮かんだが、歳も離れているし、あまりにも相手がいなくて、顔見知りを思い出しただけだろう。とベラは思い浮かべた顔を頭から消し去ってしまった。
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