氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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69話

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秋の庭園の散歩から、母を部屋まで送り届け、自室に戻ったキャニスを待って居たのは、セリーヌと王妃だった。

2人はよく似た顔で、気遣わし気に眉を下げている。

「お待たせいたしまして申し訳ございません。お二人とも、お揃いでどうされたのですか?」

 訪問の理由を尋ねるキャニスに、セリーヌは淑女の嗜みギリギリの早さで立ち上がり、キャニスの両手を握って来た。

「どうもこうも御座いませんわ!ラリスのナリウス殿下と、カリスト殿下が揃ってオセニアにやってきましたのよ?!」

 多分そうだろうと思ってたけど
 一応聞くのが礼儀だよね。

「あぁ。その事ですか」

「その事って。お兄様は御存じだったの?カリスト殿下はまだ、キャニスお兄様を諦めていないのではなくて?」

「セリーヌ殿下。御心配には及びません。カリスト殿下にそんな気はないと思います」

セリーヌの手を取り、もう一度椅子に座らせたキャニスに、王妃は座って話そうと促した。

「キャニスさん。あなたはそう言うけれど、カリスト殿下は、何度もあなたに会わせて欲しいと、頼んで来たのよ?」

「それは、どういう理由で?」

「ただ、あなたに謝罪したいという事だったけれど、彼の本心かどうか、分からないでしょう?」

「カリスト殿下は、今何方に?」

「王宮の方に部屋を用意させました。貴方がこちらに居れば、顔を合わす事はないと思うけれど、陛下とシェルビーは、陛下の執務室でまだカリスト殿下とお話し中よ」

「・・・・そうですか」

 僕の予想が正しいなら、カリスト殿下は王家の存続を諦めた事と、今後の対応について話し合われて居るのだろうな。

 結局僕は、自分が生き残る為に、国を一つ潰してしまった。

 僕は大罪人だ。
 この罪は、どんな形で贖えばいいのだろう。
 
「キャニスさん。ナリウス殿下の移送は、あなたの希望なのですって?」

「お兄様!それは本当の事ですの?!」

「ええ。私がシェルビー殿下にお願いしました」

「何故ですの?まさか、お兄様はナリウス殿下に未練があるのですか?!」

 興奮し声を荒げるセリーヌを、王妃が困り顔で制した。

「これ。キャニスさんに失礼ですよ。理由も聞かずに一方的に決めつけた物言いをするなんて、立派な淑女のする事ではありません。これではあなたの輿入れは、先延ばしにしてもらった方が良いかも知れないわね」

「お母様?!」

「いい加減になさい。これ以上騒ぐなら、輿入れ自体を白紙にしてしまうわよ」

 セリーヌ殿下は不満そうだけれど、急に大人しくなった。流石は4人の子を育てた母だけの事はあるな。

 うちのお母様とは、ちょっと毛色は違うけど、母親に頭が上がらないのは、何処も一緒なんだな。

「キャニスさん、ごめんなさいね。この子は昔から直ぐにカッと成るところがあって、だから、シェルビーから、山猿、なんて言われてしまうのよ」

「おっお母様!!」

 抗議の声を上げたセリーヌだが、王妃のひと睨みでしゅんと俯き、黙り込んだ。

「私達は陛下とシェルビーから、何も聞かされていなかったの。あの二人は知る必要は無い、と思っているのかも知れないけれど、私達だってキャニスさんの事が心配なのよ?だから、あなたから説明して貰えると嬉しいわ」

 セリーヌに向けた厳しい表情から、一転キャニスに向けられた王妃の表情は、憂いを含んだ優しいものに変わっていた。

「ご心配をお掛けして、本当に申し訳ございません。ナリウス殿下をこちらのお連れ頂いたのは、帝国の第一皇女との交渉材料として使えそうだったからです。それに彼はこの騒ぎの元凶でも有りますから、責任は取らせないと。ですが、廃嫡されたとは言え、一国の王子を交渉材料にすると言うのは、外聞の良い話しでは在りませんから。陛下もお二人の耳には、入れたくなかったのだと思います」

「・・・・よく分かりました。陛下が私を信頼して下さらなかった。という事に関しては、陛下とじっくり話し合おうと思います。でもキャニスさん、あの方を連れて来させた理由は、本当にそれだけなの?」

 あぁ。この家族は本当にそっくりだ。
 何も見逃すまいとするような、真っ直ぐな瞳が、シェルビー殿下と同じだな。

「・・・いいえ。理由はもう一つあります。まだ到着したばかりで、本当に役に立つのか、確認が取れて居りませんが、明日にはご報告が出来るかと思います」

「そう・・・・ならいいわ。今夜は遅くなるかもしれないけれど、シェルビーも顔を出す筈だから、今後の事は二人でよく相談してね」

「はい。お気遣い頂き、ありがとうございます」

「こちらこそ、騒ぎ立てて申し訳なかったわ」


 特にこの子が。
と視線を向けられたセリーヌは、肩を竦めて縮こまっている。

「セリーヌ殿下も、私の事をご心配下さり、ありがとうございました」

キャニスに頭を下げられたセリーヌは、ドレスの長い袖飾りをモジモジと弄り、顔を赤く染めている。

「わっ私の方こそ、キャニスお兄様を疑うようなことを言ってしまって。本当にごめんなさい」

「殿下のお優しさは、充分伝わってきましたら、私は気にしておりません。ですから殿下も、これ以上はお気になさらないで下さい」

キャニスの優しい言葉に、セリーヌは実の兄よりも、キャニスの方が優しくて、紳士的で素敵だ!!と改めて感動しつつ、王妃の後に着いてキャニスの部屋を後にしたのだった。

王妃と王女が部屋を去り、静けさの戻った部屋でキャニスは執事に声を掛けた。

「パトリック、カリスト殿下が来るなんて聞いてないけど?」

「キャピレット卿が出発された時には、御一緒ではなかったそうなので、後を追われて来たのではないでしょうか」

「はあ・・・殿下は直情的な所が御有りの様だね。後始末やその他諸々忙しい筈なのに」

 それとも、これもルセ王家特有の無責任さかな。

「殿下が居られなくとも、公爵様と小公爵様で始末は付けられるでしょう。もしかしたら、公爵様に邪魔だと追い出されたのかも知れませんよ?」

「・・・ないとは言えないね。それよりナミサ殿に連絡して、ナリウス殿下の御体調を診察する様に頼んでくれる?」

「殿下の御体調ですか・・・・・」

「慣れない長旅で、体調を崩されてしまっては、今後の計画が狂ってしまうからね」

「まことに・・・早速手配いたします」

「よろしくね」

執事が辞した一人きりの部屋で、キャニスは窓から見える秋の景色に眼を向けた。

窓の外でヒラヒラと舞い落ち、地面を朱に染めている紅葉や楓の葉が、まるで前世で自身の体を飲み込んだ紅蓮の炎の様に見え、キャニスの胸はズキズキと痛んだ。

 殿下は前の人生で、ご自分の幸福の為に僕を踏みにじった。
 そして今回は、僕が殿下の人生を踏み躙ろうとしている。

 幸せって誰かの犠牲の上にしか、成り立たない物なんだろうか。

 そうだとしたら、幸せになるのも虚しい気がするな。

秋の空気で冷えたガラスが、キャニスの溜息で白く覆われ、紅く色づいた景色をキャニスの眼から覆い隠した。
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