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68話
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その日キャニスは、自室の机に魔道具の設計図を広げ、紐で綴ったメモを繰り、ライアンに贈る魔道具をについて考えていた。
母のエミリーは刺繍をしながら、息子の真剣な横顔に細めた目を何度も向けている。
夫と長男が涙を流し、切望する贅沢だが穏やかな時間を、夫人は満喫していた。しかしそんな幸せな時間は、侍従の扉を叩く音で終わりを告げてしまった。
応対に出たベラは、侍従の話しを聞くと、侍従には部屋の外で少し待つように告げ、暗い顔でキャニスの元へ戻って来た。
「坊ちゃん」
「なんの用だったの?」
設計図から目を離さず、条件反射で用件を聞くキャニスに、ベラの表情は益々暗くなった。
坊ちゃんはこんなに一生懸命、ライアン殿下の事を考えていらっしゃるのに、お邪魔しなくちゃならないなんて。
自分の生まれた国だけど、本当にラリスって嫌な国だな。
「坊ちゃん。あの・・・ナリウス殿下が到着されたそうです。それで」
「ナリウスですって?!」
ナリウスについて話を聞いていなかった夫人は、立ち上がり、膝から落ちた刺繍の枠が割れてしまった。
「どういうことなのっ?!」
「お母様、後で説明しますので、今は落ち着いて。・・・・ベラ?」
キャニスに促され、ベラは話の続きを主に伝えた。
「それが・・・ナリウス殿下を連れていらしたのは、サイラスさん。キャピレット卿だけではなく、その・・・ラリスからカリスト殿下と側近の方も、ついて来られたそうなんです」
「カリスト殿下が?」
これは流石のキャニスも意外だったらしく、一瞬目を見開き、直ぐに柳眉を顰めて、考え込んでしまった。
「それで。こちらの国王陛下が謁見されるそうなんですが、その席に坊っちゃんも同席されるか、お返事を頂きたいそうなんです」
「そう・・・・僕は、この国の臣下でも、王家の人間でも無いから、謁見に同席するのは、ご遠慮させて頂く、と伝えてくれる?」
「承りました」
ベラが侍従の応対に戻り、キャニスはわなわなと震える、母の固く握りしめられた両手をそっと持ち上げた。
「お母様、少しお散歩をしましょうか」
「キャニス。キャスあのクズの名など、二度とあなたに聞かせたくなかったのに。どうして?!貴方は知っていたの?!」
「話せることは全部お話しいたします。私の散歩にお付き合い頂けますか?」
自分に向けられた静かな瞳に、夫人は大きく息を吸い込み、心を落ち着けると、息子に誘われるまま、庭園に足を向けた。
侍女から受け取った外套を母の肩に掛け、大事な話があるからと、侍女を遠ざけた二人は庭園をゆるゆると歩いて行った。
周囲に人の気配が無い事を確認したキャニスは、ナリウスを連れて来させた理由を告げた。そしてカリストがナリウスの移送について来たのは、ルセ王家は王位の継承を諦めたからだろう、との予想も立てて見せた。
「・・・・そうだったの」
「どうかこの事は、お母様の胸に留めて置いて下さい」
「そうね。知る人間は少ない方が良いわね。シェルビー殿下は知って居るの?」
「まだすべては話していません。ですが殿下の協力は必要ですから、もう少しはっきりしてから、全てお話しするつもりです」
「分かったわ・・・。カリストには会うの?」
「ナリウス殿下だけで手一杯です。出来ればお会いしたくありません」
「そう・・・貴方の好きにすると良いわ」
含みを持った母の言葉に、キャニスは母を見下ろした。
「お母様は、殿下とお会いした方が良いとお考えですか?」
「なんとも言えなくてよ。ただ、謝罪のチャンスくらいは上げても良いかと思うわ」
「僕は、謝罪なんかいりません」
「なら会う必要はなくてよ・・・ナリウスとも会わなくても良いと思うけど、シェルビー殿下にお任せしたら?」
「彼は僕の人生を壊そうとした。そして僕はこれから彼の人生を壊そうとしている。だから最後まで見届けるべきだ、と考えています」
「キャス、私の天使。ナリウスは自分がして来た事の報いを受けるだけ。貴方が責任を感じる必要は無くてよ?」
「お母様。僕は天使なんかじゃありません。僕は全てを知っていて、彼を止めなかった。そして今度は、彼を利用し、その人生を壊すんです」
「ナリウスは誰も幸せにはしなかった。けれど貴方は、あのクズが壊した相手に、手を差し伸べたじゃないの。そして今も、他人の幸せを願っている。それが天使でなくて、何だと言うの?」
「・・・・お母様、それは僕の欲ですから」
「キャス、キャニス。貴方が天使ではないと言うのなら。もっと自分の幸せを欲しなさい。他人の幸せばかりを願っていては、貴方自身の幸福はどうなるの?」
「でも僕には時間が有りません」
五年後には、死んでしまうかもしれない。
キャニスが言わなかった言葉を、正しく理解した夫人は、立ち止まりエスコートしてくれる手を強く握った。
「そうならないかもしれないでしょ?今だって、前とは違う事が起きている、と言っていたじゃない。たとえ時間が残っていなかったとしても、幸せになってはいけない理由にはならなくってよ?」
「ですが、これまでも努力はしました」
「そうね。貴方は沢山努力をして来た。けれど悲しい事に、これまではあなたの幸せを願う人は、居なかったのかも知れない。でも今は違うでしょ?わたくし達家族も、シェルビー殿下も。この王家の方々やベラ達だって、みんなあなたの幸せを願っていてよ?一人で不幸に立ち向かうのは、難しい事かもしれない。でも今はわたくし達が付いて居るわ。だから諦めないで。貴方は心を開いて、幸せを受け入れるだけで良いの」
「幸せを受け入れる、のですか?」
「貴方を愛し、欲して下さる方が居るでしょう?そしてあなたを慕っている人もね。貴方はそれを受け入れるだけでいいのよ」
でもそれで、また裏切られたら?
僕はもう、そんな事には耐えられない。
「貴方は自分の事も信用できない?」
「自分の事ですか?」
「そう。わたくしはね、貴方はもっと自分を信用しても良い、と思っていてよ?多くの苦難を経験し、沢山の事を学び、多くの人に手を差し伸べて来た、あなた自身をね?そして出来る事なら、わたくし達を信頼してくれると嬉しいわ」
優しく諭す母にキャニスは、考えてみる、と返事を返した。
考えるのではなく、感じて欲しいのだけれど・・・・。
この子の過去を思えば、とても難しい事なのかも知れないわね。
殿下には、もっと頑張って貰わなくちゃ駄目ね。
あの方、本当に気が利かないし、朴念仁過ぎる。素の自分を見せろとは言ったけれど、もうちょっと・・・こう・・・。
如何にかならないものかしら。
初々しくて可愛らしいけれど、二人とも、もどかしすぎるわ。
そう思うと、旦那様は物慣れていたわね。
その分、調教のし甲斐は在ったけれど。
あれは誰に仕込まれていたのかしら?
今更、気になってきちゃったわ。
母のエミリーは刺繍をしながら、息子の真剣な横顔に細めた目を何度も向けている。
夫と長男が涙を流し、切望する贅沢だが穏やかな時間を、夫人は満喫していた。しかしそんな幸せな時間は、侍従の扉を叩く音で終わりを告げてしまった。
応対に出たベラは、侍従の話しを聞くと、侍従には部屋の外で少し待つように告げ、暗い顔でキャニスの元へ戻って来た。
「坊ちゃん」
「なんの用だったの?」
設計図から目を離さず、条件反射で用件を聞くキャニスに、ベラの表情は益々暗くなった。
坊ちゃんはこんなに一生懸命、ライアン殿下の事を考えていらっしゃるのに、お邪魔しなくちゃならないなんて。
自分の生まれた国だけど、本当にラリスって嫌な国だな。
「坊ちゃん。あの・・・ナリウス殿下が到着されたそうです。それで」
「ナリウスですって?!」
ナリウスについて話を聞いていなかった夫人は、立ち上がり、膝から落ちた刺繍の枠が割れてしまった。
「どういうことなのっ?!」
「お母様、後で説明しますので、今は落ち着いて。・・・・ベラ?」
キャニスに促され、ベラは話の続きを主に伝えた。
「それが・・・ナリウス殿下を連れていらしたのは、サイラスさん。キャピレット卿だけではなく、その・・・ラリスからカリスト殿下と側近の方も、ついて来られたそうなんです」
「カリスト殿下が?」
これは流石のキャニスも意外だったらしく、一瞬目を見開き、直ぐに柳眉を顰めて、考え込んでしまった。
「それで。こちらの国王陛下が謁見されるそうなんですが、その席に坊っちゃんも同席されるか、お返事を頂きたいそうなんです」
「そう・・・・僕は、この国の臣下でも、王家の人間でも無いから、謁見に同席するのは、ご遠慮させて頂く、と伝えてくれる?」
「承りました」
ベラが侍従の応対に戻り、キャニスはわなわなと震える、母の固く握りしめられた両手をそっと持ち上げた。
「お母様、少しお散歩をしましょうか」
「キャニス。キャスあのクズの名など、二度とあなたに聞かせたくなかったのに。どうして?!貴方は知っていたの?!」
「話せることは全部お話しいたします。私の散歩にお付き合い頂けますか?」
自分に向けられた静かな瞳に、夫人は大きく息を吸い込み、心を落ち着けると、息子に誘われるまま、庭園に足を向けた。
侍女から受け取った外套を母の肩に掛け、大事な話があるからと、侍女を遠ざけた二人は庭園をゆるゆると歩いて行った。
周囲に人の気配が無い事を確認したキャニスは、ナリウスを連れて来させた理由を告げた。そしてカリストがナリウスの移送について来たのは、ルセ王家は王位の継承を諦めたからだろう、との予想も立てて見せた。
「・・・・そうだったの」
「どうかこの事は、お母様の胸に留めて置いて下さい」
「そうね。知る人間は少ない方が良いわね。シェルビー殿下は知って居るの?」
「まだすべては話していません。ですが殿下の協力は必要ですから、もう少しはっきりしてから、全てお話しするつもりです」
「分かったわ・・・。カリストには会うの?」
「ナリウス殿下だけで手一杯です。出来ればお会いしたくありません」
「そう・・・貴方の好きにすると良いわ」
含みを持った母の言葉に、キャニスは母を見下ろした。
「お母様は、殿下とお会いした方が良いとお考えですか?」
「なんとも言えなくてよ。ただ、謝罪のチャンスくらいは上げても良いかと思うわ」
「僕は、謝罪なんかいりません」
「なら会う必要はなくてよ・・・ナリウスとも会わなくても良いと思うけど、シェルビー殿下にお任せしたら?」
「彼は僕の人生を壊そうとした。そして僕はこれから彼の人生を壊そうとしている。だから最後まで見届けるべきだ、と考えています」
「キャス、私の天使。ナリウスは自分がして来た事の報いを受けるだけ。貴方が責任を感じる必要は無くてよ?」
「お母様。僕は天使なんかじゃありません。僕は全てを知っていて、彼を止めなかった。そして今度は、彼を利用し、その人生を壊すんです」
「ナリウスは誰も幸せにはしなかった。けれど貴方は、あのクズが壊した相手に、手を差し伸べたじゃないの。そして今も、他人の幸せを願っている。それが天使でなくて、何だと言うの?」
「・・・・お母様、それは僕の欲ですから」
「キャス、キャニス。貴方が天使ではないと言うのなら。もっと自分の幸せを欲しなさい。他人の幸せばかりを願っていては、貴方自身の幸福はどうなるの?」
「でも僕には時間が有りません」
五年後には、死んでしまうかもしれない。
キャニスが言わなかった言葉を、正しく理解した夫人は、立ち止まりエスコートしてくれる手を強く握った。
「そうならないかもしれないでしょ?今だって、前とは違う事が起きている、と言っていたじゃない。たとえ時間が残っていなかったとしても、幸せになってはいけない理由にはならなくってよ?」
「ですが、これまでも努力はしました」
「そうね。貴方は沢山努力をして来た。けれど悲しい事に、これまではあなたの幸せを願う人は、居なかったのかも知れない。でも今は違うでしょ?わたくし達家族も、シェルビー殿下も。この王家の方々やベラ達だって、みんなあなたの幸せを願っていてよ?一人で不幸に立ち向かうのは、難しい事かもしれない。でも今はわたくし達が付いて居るわ。だから諦めないで。貴方は心を開いて、幸せを受け入れるだけで良いの」
「幸せを受け入れる、のですか?」
「貴方を愛し、欲して下さる方が居るでしょう?そしてあなたを慕っている人もね。貴方はそれを受け入れるだけでいいのよ」
でもそれで、また裏切られたら?
僕はもう、そんな事には耐えられない。
「貴方は自分の事も信用できない?」
「自分の事ですか?」
「そう。わたくしはね、貴方はもっと自分を信用しても良い、と思っていてよ?多くの苦難を経験し、沢山の事を学び、多くの人に手を差し伸べて来た、あなた自身をね?そして出来る事なら、わたくし達を信頼してくれると嬉しいわ」
優しく諭す母にキャニスは、考えてみる、と返事を返した。
考えるのではなく、感じて欲しいのだけれど・・・・。
この子の過去を思えば、とても難しい事なのかも知れないわね。
殿下には、もっと頑張って貰わなくちゃ駄目ね。
あの方、本当に気が利かないし、朴念仁過ぎる。素の自分を見せろとは言ったけれど、もうちょっと・・・こう・・・。
如何にかならないものかしら。
初々しくて可愛らしいけれど、二人とも、もどかしすぎるわ。
そう思うと、旦那様は物慣れていたわね。
その分、調教のし甲斐は在ったけれど。
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