氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
68 / 113

68話

しおりを挟む
その日キャニスは、自室の机に魔道具の設計図を広げ、紐で綴ったメモを繰り、ライアンに贈る魔道具をについて考えていた。

母のエミリーは刺繍をしながら、息子の真剣な横顔に細めた目を何度も向けている。

夫と長男が涙を流し、切望する贅沢だが穏やかな時間を、夫人は満喫していた。しかしそんな幸せな時間は、侍従の扉を叩く音で終わりを告げてしまった。

応対に出たベラは、侍従の話しを聞くと、侍従には部屋の外で少し待つように告げ、暗い顔でキャニスの元へ戻って来た。

「坊ちゃん」

「なんの用だったの?」

設計図から目を離さず、条件反射で用件を聞くキャニスに、ベラの表情は益々暗くなった。

坊ちゃんはこんなに一生懸命、ライアン殿下の事を考えていらっしゃるのに、お邪魔しなくちゃならないなんて。

自分の生まれた国だけど、本当にラリスって嫌な国だな。

「坊ちゃん。あの・・・ナリウス殿下が到着されたそうです。それで」

「ナリウスですって?!」

ナリウスについて話を聞いていなかった夫人は、立ち上がり、膝から落ちた刺繍の枠が割れてしまった。

「どういうことなのっ?!」

「お母様、後で説明しますので、今は落ち着いて。・・・・ベラ?」

キャニスに促され、ベラは話の続きを主に伝えた。

「それが・・・ナリウス殿下を連れていらしたのは、サイラスさん。キャピレット卿だけではなく、その・・・ラリスからカリスト殿下と側近の方も、ついて来られたそうなんです」

「カリスト殿下が?」

これは流石のキャニスも意外だったらしく、一瞬目を見開き、直ぐに柳眉を顰めて、考え込んでしまった。

「それで。こちらの国王陛下が謁見されるそうなんですが、その席に坊っちゃんも同席されるか、お返事を頂きたいそうなんです」

「そう・・・・僕は、この国の臣下でも、王家の人間でも無いから、謁見に同席するのは、ご遠慮させて頂く、と伝えてくれる?」

「承りました」

ベラが侍従の応対に戻り、キャニスはわなわなと震える、母の固く握りしめられた両手をそっと持ち上げた。

「お母様、少しお散歩をしましょうか」

「キャニス。キャスあのクズの名など、二度とあなたに聞かせたくなかったのに。どうして?!貴方は知っていたの?!」

「話せることは全部お話しいたします。私の散歩にお付き合い頂けますか?」

自分に向けられた静かな瞳に、夫人は大きく息を吸い込み、心を落ち着けると、息子に誘われるまま、庭園に足を向けた。

侍女から受け取った外套を母の肩に掛け、大事な話があるからと、侍女を遠ざけた二人は庭園をゆるゆると歩いて行った。

周囲に人の気配が無い事を確認したキャニスは、ナリウスを連れて来させた理由を告げた。そしてカリストがナリウスの移送について来たのは、ルセ王家は王位の継承を諦めたからだろう、との予想も立てて見せた。

「・・・・そうだったの」

「どうかこの事は、お母様の胸に留めて置いて下さい」

「そうね。知る人間は少ない方が良いわね。シェルビー殿下は知って居るの?」

「まだすべては話していません。ですが殿下の協力は必要ですから、もう少しはっきりしてから、全てお話しするつもりです」

「分かったわ・・・。カリストには会うの?」

「ナリウス殿下だけで手一杯です。出来ればお会いしたくありません」

「そう・・・貴方の好きにすると良いわ」

含みを持った母の言葉に、キャニスは母を見下ろした。

「お母様は、殿下とお会いした方が良いとお考えですか?」

「なんとも言えなくてよ。ただ、謝罪のチャンスくらいは上げても良いかと思うわ」

「僕は、謝罪なんかいりません」

「なら会う必要はなくてよ・・・ナリウスとも会わなくても良いと思うけど、シェルビー殿下にお任せしたら?」

「彼は僕の人生を壊そうとした。そして僕はこれから彼の人生を壊そうとしている。だから最後まで見届けるべきだ、と考えています」

「キャス、私の天使。ナリウスは自分がして来た事の報いを受けるだけ。貴方が責任を感じる必要は無くてよ?」

「お母様。僕は天使なんかじゃありません。僕は全てを知っていて、彼を止めなかった。そして今度は、彼を利用し、その人生を壊すんです」

「ナリウスは誰も幸せにはしなかった。けれど貴方は、あのクズが壊した相手に、手を差し伸べたじゃないの。そして今も、他人の幸せを願っている。それが天使でなくて、何だと言うの?」

「・・・・お母様、それは僕の欲ですから」

「キャス、キャニス。貴方が天使ではないと言うのなら。もっと自分の幸せを欲しなさい。他人の幸せばかりを願っていては、貴方自身の幸福はどうなるの?」

「でも僕には時間が有りません」

 五年後には、死んでしまうかもしれない。

キャニスが言わなかった言葉を、正しく理解した夫人は、立ち止まりエスコートしてくれる手を強く握った。

「そうならないかもしれないでしょ?今だって、前とは違う事が起きている、と言っていたじゃない。たとえ時間が残っていなかったとしても、幸せになってはいけない理由にはならなくってよ?」

「ですが、これまでも努力はしました」

「そうね。貴方は沢山努力をして来た。けれど悲しい事に、これまではあなたの幸せを願う人は、居なかったのかも知れない。でも今は違うでしょ?わたくし達家族も、シェルビー殿下も。この王家の方々やベラ達だって、みんなあなたの幸せを願っていてよ?一人で不幸に立ち向かうのは、難しい事かもしれない。でも今はわたくし達が付いて居るわ。だから諦めないで。貴方は心を開いて、幸せを受け入れるだけで良いの」

「幸せを受け入れる、のですか?」

「貴方を愛し、欲して下さる方が居るでしょう?そしてあなたを慕っている人もね。貴方はそれを受け入れるだけでいいのよ」

 でもそれで、また裏切られたら?
 僕はもう、そんな事には耐えられない。

「貴方は自分の事も信用できない?」

「自分の事ですか?」

「そう。わたくしはね、貴方はもっと自分を信用しても良い、と思っていてよ?多くの苦難を経験し、沢山の事を学び、多くの人に手を差し伸べて来た、あなた自身をね?そして出来る事なら、わたくし達を信頼してくれると嬉しいわ」

優しく諭す母にキャニスは、考えてみる、と返事を返した。

 考えるのではなく、感じて欲しいのだけれど・・・・。
 この子の過去を思えば、とても難しい事なのかも知れないわね。

 殿下には、もっと頑張って貰わなくちゃ駄目ね。
 
 あの方、本当に気が利かないし、朴念仁過ぎる。素の自分を見せろとは言ったけれど、もうちょっと・・・こう・・・。

 如何にかならないものかしら。

 初々しくて可愛らしいけれど、二人とも、もどかしすぎるわ。

 そう思うと、旦那様は物慣れていたわね。
 その分、調教のし甲斐は在ったけれど。
 あれは誰に仕込まれていたのかしら?
 今更、気になってきちゃったわ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

処理中です...