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66話
しおりを挟む「皇女は直情的ではありますが、陰湿かつ残虐な事も好まれます。そして優れた戦士ではありますが、策略には向いていません」
「それって、最悪って事だよな?」
「お近付きになりたい相手ではありませんね」
控えめ過ぎる言い方だな。
あれは常識の通じる相手ではない。
「国境を超えさせるべきではないな」
「仰る通りです。皇女は戦士ですが戦略家ではない。感情に任せ、暴れ回られるのは迷惑でしかありません」
「聞いた話だと、皇女の戦い方は、まさに狂人のそれで、戦士とも呼べんらしい。それに捕らえた捕虜の扱いが・・・な?」
「それに関して母は、肉体的苦痛を伴う愛の無い調教は、唯の虐待だと申しておりました」
「あ・・・・」
やっぱり、夫人はそっち側の人かぁ!!
だと思ったよ!!
「趣味嗜好に関しては受け取る側の、嗜好も有りますので、私には何とも言えませんが、皇女の遣り様は、私の好むところでもありません」
「因みに、キャニスの好みは、どういう感じ・・・」
夫人と同じか気になったシェルビーは、探りを入れてみたが、キャニスにジロリと冷たく睨まれ、背中がゾクゾクと震えた。
「すみません。余計な事を言いました」
どうしよう。
キャニスから、夫人と同じ匂いがする。
でも、キャニスだったら
何をされても良い。
と言うか色々されてみたい。
と思ってしまう、自分が怖い。
皇女を迎え撃つ軍の編成について、国王と相談に行くと言うシェルビーを見送ったキャニスは、後宮の中に宛がわれている自室へと戻る事にした。
その途中、庭園に咲く曼殊沙華に眼を止めたキャニスは、近くに居た庭師の許可を貰い、花を持ち帰る事にした。
花なら自分が切って届けると、ヘドモドする庭師に、キャニスは自分は庭いじりが趣味なのだと伝え、自分にやらせて欲しい、と頼み込んだ。
「王宮の庭を、勝手には出来ないのは分かっているけれど、少し遊ばせてくれると嬉しい」
と菫色の瞳で見つめられた庭師は、頬を染めて花鋏を手渡した。
「公子様、この花は綺麗ですが毒がありますので、お気をつけください」
「ありがとう。球根は触らないから安心して。鋏は後で届けさせるから、あなたは他の仕事をして居て下さい」
キャニスが毒のある部分を知って居た事で、庭師はキャニスが花の扱いに慣れている、と納得し、その場を離れた。
人払いが済んだ庭園で、キャニスは花を選びながら、後ろに控えた執事に話しかけた。
「パトリック、帝国の様子はどう?」
「今の所は、これと言った騒ぎは起きて居りません」
「皇女の今のペットは、誰だった?」
「ケーロンの第三皇子で御座います」
「前の子は、ルミナスの第4王女だったよね?生きてるの?」
「一応は」
「可愛そうに。ルミナスに連絡して、面倒を見る気があるなら返してあげて。そうじゃ無かったら、いつも通りオーハンの屋敷で匿って」
キャニスは、誰もが目を背ける皇女の趣味を知って以来、皇女に虐げられる彼等の姿が、過去の自分に重なって見えた。だからこそ、これまでも幾人かの皇女のペットを救い出し、面倒を見て来たのだ。
最初は国に帰してやろう、と手を尽くした事も有ったのだが、彼らの家族は、露見した時の皇女の怒りを恐れた。また傷物にされてしまった彼等は、嫁ぐことも出来ない厄介者だと、受け入れようとはしなかった。
第二の人生を歩み始めた彼等も、国に帰りたがる者が居なかった。
助けが間に合わない事も有るが、助け出せた者には、キャニスは惜しみなく支援を与え、現在オーハンのキャニスの隠れ家は、第二の人生を歩み始めた、元ペット達の職業支援として、侍従と侍女の養成所の様になっている。
「今度は間に合ってよかった。最近交代が早くなってない?」
「思い通りに行かず、皇女が荒れているようです」
「僕が、いっぱい邪魔しちゃったからね」
「キャニス様の所為ではありません。あの皇女の頭がおかしいだけです」
「そう言ってもらえると、ちょっとは気が楽になるよ。侯爵たちは巧くやって居るの?」
「はい、第二皇子の水面下の動きが、活発になってきております」
「彼もよく我慢してきたよね」
「左様でございますな」
「僕からの贈り物は、喜んでくれるかな」
「彼らが喉から手が出るほど、欲しがっていた物です。今後彼等は、キャニス様に頭が上がらなくなるでしょうな」
「そう?派手に遣り過ぎて、邪魔にされない?」
「そのような恩知らずには、それなりの末路が待って居るものです」
「怖いね。僕は静かに暮らしたいだけなんだけどな」
「キャニス様の安息の邪魔はさせません」
キャニスの摘んだ花を受け取ったパトリックが、心配そうな顔でキャニスを見つめて来た。
「どうしたの?」
「本当にナリウスを、こちらに呼ぶ必要があったのですか?」
「あった。2度と見たくない顔だけど、これで最後だから我慢するよ」
「左様でございますか。では御心のままに。ですがあのクズとは、決してお一人で会ってはいけません。・・・・まあ。王太子殿下が許す筈も有りませんが」
「そうかもしれないね」
関心なさそうに答えるキャニスに、パトリックは ”殿下はまだ坊っちゃんの心を掴めていないのか?” と内心で呆れてしまった。
「パトリックも、この騒ぎが納まったら帝国に帰っても良いんだよ?君の帰りを待っている人もいるでしょ?」
「お気遣いは嬉しいですが、あの国に私を待っていてくれる人は、もう居りません。このままキャニス様に、死ぬまでお仕えさせて頂きたい」
「そう?そうしてくれると僕も助かる。君には沢山助けて貰っているから。でも帰りたくなったら何時でも言ってね。退職金は弾むから」
「お言葉有難く」
丁寧に頭を下げたパトリックは、そんな日は来ない、自分の死に場所は坊っちゃんの傍だ。と心に誓っていた。
花を抱えて自室に戻ったキャニスは、部屋を間違えたのかと困惑してしまった。
なぜなら、キャニスの部屋で、母のエミリー、王妃、セリーヌが揃ってお茶を飲んでいたからだ。
「キャス。やっと戻ったのね?」
「お母様、これは一体」
どうゆう集まりですか?
それに何故、僕の部屋で。
「あの、あばず・・・ウッウンッ!皇女の所為で、気分がくさくさしてしまって、王妃様とセリーヌ殿下とお話をしていたのだけれど、そこで王妃様が、オセニア王国があなたの事を、う~~んと大事にしているって事を、もっとアピールしたいと仰られたの」
「はあ・・・今でも充分良くして頂いておりますが」
そこでセリーヌが、スックと立ち上がった。
「キャニスお兄様。今のままでは全然足りないと、わたくし達は考えておりますのよ?」
「セリーヌ殿下。そのお気持ちだけで充分です」
「キャニスさん、そんな事を仰らないで。ライアンの事でもわたくし達は、あなたに大変な恩を感じています。そのご恩を少しでも、お返ししたいと思ってはいけないかしら」
「王妃殿下、ライアン殿下は完治されたわけでは御座いません。そのように恩を感じていて頂く必要はないのです」
「それでもです。あなたはライアンに笑顔を取り戻してくれたじゃありませんか。それに・・・・」
と王妃は困ったように、眉を下げ助けを求めてセリーヌを見た。
「お恥ずかしい事ですが、我が兄はとんでもない朴念仁で唐変木なのですわ。キャニスお兄様がこの国にいらしてからも、後宮にお越しいただいてからも、まともな贈り物をして居りませんでしょう?これは、レ王家の恥ですわ!」
「いえ。私も特に欲しいものは御座いませんので、気にして居りません」
「キャス?謙虚さは美徳の一つだけれど、お相手の体裁も大事にしなくてはいけなくてよ?」
「は・・・はあ。左様ですか」
「左様なのですわ!!ですから、これから4人でキャニス様の冬の御衣裳と、婚約式の衣装。それに合わせた装飾品を選ぶのですわ!!」
「いっ今からですか?」
「当然です。今から始めても、今日中に終わるか分からなくてよ?」
「お母様・・・・」
なんて余計な事を・・・。
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