氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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65話

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オセニア王国、王太子執務室。

王太子シェルビーは、婚約者候補であるキャニスに差し出された、3通の手紙に丁寧に眼を通していった。
文末にはすでにキャニスの名前がサインされており、後は王太子のサインと、王家の印章を押すだけだ。

 結局キャニスが何をしようとしているのか、分からなかったな。

 そりゃあ、そうだよな。
 俺と連名で出す公式な手紙に、本当の事なんて書かないよな。

 しかし、帝国のペンドルトン侯爵に、レモーネ、カボット両伯爵か。

 この3人と懇意になりたい人間は、掃いて捨てるほど居るってのに、キャニスは事も無げに、ちょっとした貸しがあるとか言ってたな。

 ナリウスの婚約者だった時の、伝手なのだろうか。

 しかしなぁ。あのラリスだからなぁ。

 ラリスが帝国からの圧力を受ける事は在っても、貸しを作れるとも思えない。

 公爵絡みなら、わざわざキャニスが公爵達に、交渉材料を用意する必要も無いだろうし。

 彼は事業も手広くやって居るから、そっちの可能性の方が高そうだな。
 
 本当にキャニスは、何をする積りなんだろう。

 ”すごく悪い事” を考えていたと、言っていたが、キャニスのような人が、ただ悪巧みをするとも思えない。

 すごく悪いって言うのは、キャニス個人の道義心に反する事。って言う事なのじゃないか?

 だとすれば、キャニスが嫌悪を感じそうなのは・・・。

彼の過去の経験から考えると、裏切りと後は欺瞞か?

 もしそうなら、俺はそれを戦略とか策略と呼ぶが。キャニスにとっては、違う意味になるのだろうか?

 いつか、そういう事も話してくれるようになると、俺は嬉しいが、そう簡単な事では無いのだろうな。

「殿下、何か文面に不都合が御座いましたか?」

「え?あぁすまん。この3人の噂はよく聞くが、面識がある訳では無いから、本当に動いてくれるのか、心配になってな」

封をした手紙を手渡されたキャニスは、シェルビーの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「ご心配なく、彼等は必ず動いてくれます」

「キャニスがそう言うなら、信じるよ」

キャニスはシェルビーに頷き返すと、控えていた3人の騎士と、執事のパトリックに向き直った。

「では、手紙と一緒にこの箱もお三方に必ずお届けください。この箱は魔道具になっています。先方はこの箱の開け方をご存じですが、衝撃を加えたり、無理に開けようとすると、仕掛けが作動して酷い目に遭います。ですので、扱いには気を付けて下さいね。パトリック、皆さんにお渡しして」

パトリックがワゴンに乗せていた箱を騎士に配るのを、シェルビーは興味深々で眺めていた。

「中身を聞いても良いか?」

「お願い事をするのに、賄賂は必要ですから。中身は彼等が一番欲しがっている物。と思って下さい」

「欲しがってるものねぇ」

公爵も伯爵達も、欲しいものなら、何でも手に入れられると思うけどな。

「無理に開けようとして、仕掛けが作動するとどうなるんだ?」

「前に殿下とキャピレット卿が実験を手伝って下さった、護身用のブレスレットを覚えていますか?」

「あれは、忘れたくても忘れられないな」

一般人なら、ただでは済まないであろう炎による反撃と、魔法の縄での拘束。

 あの後、縄の痕が暫く消えなくて、侍従達が変な目で見て来たんだよなぁ。

 あれ、絶対誤解されてる気がする。

「この箱は。無理に開けようとしたり、衝撃が加えられると、あのブレスレットの5倍の威力の雷が落ち、箱ごと燃えてなくなります」

「ごッ5倍?! それ普通に死ぬだろッ?!」

「でしょうね。ですがこれは、大事な贈り物ですから」

「・・・・・お前達。そういう事だから。充分注意しろよ?」

「う・・・承りました」

 あ~あ。
 顔引き攣ってんなぁ。
 
 強盗より荷物の方が怖い、なんて経験。
 そうは無いからなぁ。

 あの箱の中身は、普通のご機嫌取りの贈り物ではない。と考えるべきなんだろう。

 しかも、奪われそうになったら、中身ごと消えてなくなる。

 ならば、あれは財宝類ではなく、もっと貴重な物。

 ・・・・例えば情報とか?

 そう考えると、納得できるが。
 キャニスは、俺に教える気はないみたいだ。

 物凄く気にはなるが、しつこく聞いたら駄目なんだろうな。

 騎士達がおっかなびっくり、手紙と贈り物を持って退室した後。シェルビーとキャニスは、パトリックの淹れたお茶を呑みながら、短い休憩を取る事にした。

「気になりますか?」

「物凄く。でも聞いたら駄目なんだろ?」

「世の中には、知らない方が良い事も有りますから。ですが、上手くいけば第一皇女を排除するだけでなく、オセニアの領土が増えるかもしれません」

「そうか。領土が増えるのか・・・・ん?」

シェルビーは口に運びかけたティーカップを下ろし、キャニスを見た。

「どうかなさいましたか?」

「今、領土が増えると言ったのか?」

「言いましたが。なにか?」

「なにかって・・・なんで領土が?」

「まあ。領土とは限りませんが、皇女の行いに対する賠償として、なにがしかは受け取れると思います」

「・・・・キャニスは、何をどこまで知っている?」

「大したことは知りません。私の眼と耳が届く範囲の事だけです」

 その範囲が、広すぎる気がするのだが?
 それなのに、こうも淡々と・・・・。
 この人にできない事ってあるのか?

「第一皇女だが、攻め込んでくると思うか?」

「彼女は戦闘に関しては、傲慢で堪え性が有りません。私の引き渡しを拒めば、その場で戦闘になるでしょう」

「第一皇女の事を知っているのか?」

「彼女とは会った事は有りませんが、この5年ほど、ラリスに色々とちょっかいを掛けてきていましたので、それなりには知っています」

「何をされた?」

「彼女はラリスとオセニアを、手に入れたいようです」

「確かに、オセニアにもちょっかいは掛けていたが」

「初めのうちは、関税の引き上げや、不当な通行料を要求したり。帝国内でのラリス産の物品の販売を禁じ、物流を止めようとしたりもしていましたね」

「そんな事をされて、ラリスは平気だったのか?」

「元々国力が落ちて居ましたから、施行されて居たら平気ではなかったでしょう」

「だが、実際には行われなかった?」

「はい。帝国内の主だった貴族から、反対の声が上がったのです」

「そんなに都合よく?」

「帝国の方は、ラリスの物品がお好きなようで、助かりました」

 そんな訳あるか?!

 こう言っちゃなんだが、ラリスにまともな特産品なんて有るか?目ぼしい物なんて、キャニスの魔道具くらいし・・・か?

「キャニスの魔道具か?」

「私の魔道具に、そんな影響力は有りません」

 じゃあ、どうやって?

 ・・・・・これも知らない方が良い事の内に入るんだろうな。

「・・・それじゃあ、その後は?」

「皇女は堪え性の無い人だと言いましたよね?それに性格の方も、お世辞でも良いとは言えない方です。政治的な搦め手はお好みではないようで、それ以降はもっと陰湿な手を使った居ました」

「それどんな手だ?」

「色々です。あのような方なので全て潰してしまうと、余計面倒な事になりそうでしたので、ある程度は目を瞑って来たのですが、このような騒ぎになるのなら、もっと早くに潰して置けば良かったと、反省している処です」

「あれは、面倒な相手だからな」

 潰すべきだったのは
 皇女の手口か、皇女自身か。

 キャニスなら、どっちも出来そうではあるな。
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