氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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64話

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「おや?イングリッドお姉様ではありませんか。こんなところで奇遇ですね」

ドルグ帝国第一皇女、イングリットは第二皇子ウォルターに声を掛けられ、露骨に嫌な顔をして見せた。

「私に話し掛けるな」

「そんな冷たい事を言わないで下さい。僕たちは、たった二人の姉弟ではありませんか」

たった二人の姉と弟。
たったの前に付くはずの、生き残った。が省略されている。

第一皇子は暴動鎮圧中に受けた傷が元での、病死。
第二皇女は、水遊び中にボートが転覆し、水死。
第三皇子は、落馬事故での突然死。

そして第一皇女の母である皇后と、第二夫人であった第一から第三皇子の母は、其々病死している。

亡くなった第二皇女の母、第三夫人は存命だが、亡くした我が子の魂を弔う為に、自ら修道院に入り、神の僕として帰依している。

正妃であった第一皇女の母と、皇帝の夫婦仲は、お世辞にも睦まじいとは言い難く、皇帝の寵愛は、3人の皇子をもうけた第二夫人の上に在り続けた。

正妃である皇后が生んだのは女児が一人。

しかし第二夫人が生んだのは、男児が3人、しかも第一、第三皇子は文武に優れ、特に第一皇子は人柄も良く、皇太子に封じられるのは、第一皇子だろうと誰もが考えていた。

しかし突然の病で第二夫人が亡くなると、その喪も開けぬうちに、皇子、皇女が次々と亡くなり、最後は皇后が第二夫人と同じ病で亡くなって、漸く皇家の不幸も打ち止めとなった。

ドルグ帝国皇家の相次ぐ不幸を、巷では、呪いの所為では無いか。と、真しやかに囁かれているが、実際はどす黒い継承争いの結果に過ぎない。

第一皇女の残虐性を知る者達は、皇家の不幸の原因は、第一皇女であろうと考えていたが、それを皇帝に告発する勇気を持った者は1人も居なかった。

そんなドロドロと陰惨な皇家の中で、第二皇子が生き残れた理由は、彼がうつけの遊び人だったからだ。

第一皇女は、第二皇子を無能と断じ、これまでは帝位を競い合うような、脅威とは考えていなかった。

しかし、皇帝の口から、廃嫡の言葉が出た以上、ラリスとオセニアを手に入れられなければ、帝位はこの愚かなウォルターの物になってしまう。

いつもいつも、へらへらと締まりのない顔で、平然と自分に話しかけて来るウォルターの事が、イングリットは心底嫌いだった。

そして今は、一番会いたくない相手でもあった。

「イングリットお姉様のワンちゃんは、また変わったみたいですね?今度のワンちゃんは、なんてお名前ですか?」

「煩い!お前などに、誰が教えるか!私に話しかけるな!」

「本当につれないなあ。今度ワンちゃんも一緒に、お茶でも飲みましょうよ」

「煩いと言っている!お前に構っている暇など無い!」

お茶の誘いを素気無く断られたウォルターは、悲し気な顔で、イングリットの背中を見送った。

「ふふん。荒れてるね。父上から、廃嫡でも言い渡されたかな」

「それが本当なら、万民にとっては朗報ですな」

イングリットの姿が見えなくなると、ウォルターは不敵な顔でニヤリと笑い、声を潜めた。

「あと一押しって感じかな?」

「左様ですな」

「彼から連絡は?」

「御座いました。公式的には今度の騒動に対する助力を求めてきております」

「ふ~ん。非公式には?」

「こんな所では話せませんな」

「だよね~~。じゃあ!今夜はお爺ちゃんの家に、泊まりに行くことにしようかな!」

 ウォルターは潜めていた声を、急に張り上げた。

「左様ですか。それを聞いたら妻も喜びます。殿下のお好きなリゴール産のワインが届いておりますので、今夜は飲み明かしましょう」

「それは楽しみだ。でも父上に頼まれた仕事はしなくちゃいけないから。遅くなっちゃうかも!」

「遅くなっても私は構いません。そうだ、妻に殿下の好物のカボチャパイを作らせておきましょう」

「ほんと?お祖母ちゃんのパイは美味しいから。是非お願いね!」

「・・・・・殿下、行ったようです」

何気ない振りを装い、柱の陰に眼をやった侯爵は、やれやれと溜息を吐いた。

「僕、カボチャパイ、あんまり好きじゃないんだけど。はぁ、こんな面倒は早く終わらせたいよ」

「全くですな。しかし、もう直です。あと少し辛抱なさいませ」

「分かってるよ・・・」

庭園に足を踏み出し、再び声を潜めて話し合う、第二皇子と侯爵は、遠目からは仲の良い祖父と孫にしか見えない。

「ねぇ。本当に彼を引き抜くことは出来ないの?」
 
「無理でしょうな。私も何度も誘ってみたのですが。彼の気を引く事は出来ませんでした。彼は何でも持っていますから、物で釣る事も出来ません」

「それなのに、オセニアの王太子なら良いんだ。まあ、確かに彼の見た目は色男だったけど、堅物で面白みは無かったよね?」

「人の好みは、遷座万別ですからな」

「イングリットも、目の付け所は悪くなかったけど、やり方がね」

「横から搔っ攫われて、地団太を踏んでいる。と言った処でしょうな」

「ほんとは、オセニアなんかに、渡したくないんだけどなあ」

「最近思うようになったのですが、彼との付き合いは、今くらいの距離感が丁度いいのかも知れませんよ?」

「なんで?」

「優秀過ぎて怖いからですよ。人間ちょっと抜けている部分がある方が、可愛げがあります」

「ふ~ん。シェルビー君も大変だ」

「まあ。噂通りの相思相愛なら、問題ないのじゃないですか?」

「氷華の貴公子が、恋愛か・・・彼凄くきれいなんだって?」

「それはもう!私も一度しか会った事は有りませんが、神々しすぎて目が潰れるかと思いましたよ。それに、彼の感情を読み取る事は難しいですが、人柄も良い様に感じました」

「侯爵にそこまで言わせるなんて。やっぱり欲しいな」

「・・・殿下。彼だけは止めておきなさい」

侯爵は孫を案じる真剣な顔を見せた。

「なんで?」

「天上の生き物の考えは、人間には理解できないからです。まあ、殿下が彼に平伏し、傅いて暮らしても良い、と言うなら、話は別ですがね?」

「それじゃあ、皇帝になる意味がない」

「そういう事です。オセニアの国母で終わらせるのは惜しいですが、帝国の国母には向かないと思いますよ?」

「成程ね。なら友達くらいが丁度いいか」

「そう思います」

「じゃあ今夜は、優秀なお友達の知恵を拝借しないとね」

「では今夜。お待ちしております」

うつけ者と噂される皇太子に、丁寧に頭を下げた侯爵は、孫を邸宅に迎えるのだと、周囲に自慢しながら皇宮から帰って行った。

「・・・・でもなあ。大陸一の美貌と頭脳なんだろ?興味を持つなって方が、無理があるよね。誰かキャニスの姿絵を持ってないかな」

諦めの悪い皇太子なのだった。

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