氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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63話

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魔法で創り出した氷を、ハンカチで包んで顔に押し当てるキャニスを、申し訳なさで盗み見ているシェルビーだった。

「ごめんな。その・・・・加減が分からなくて」

 あんなに上手いのに?
 この人の、あっちのスペックってどうなってるの?

「・・・・慣れていないのはお互い様ですので、謝らなくて結構です」

「ううう。本当にすまん」

「そろそろ戻りましょう」

「あ、はい」

ハンカチを顔に押し当てたまま、立ち上がろうとするキャニスに、シェルビーは手を差し出した。
エスコートの基本動作なのだが、キャニスはその手をまじまじと見つめているだけで、手を預ける様子がない。

「俺の手を取るのは嫌?まだ怒ってる?」

「いえ・・・じろじろ見てしまってすみません。少し考え事を」

「・・・怒ってないならいい」

やっと自分の手を取ってくれた事にホッとしたシェルビーは、絡ませたキャニスの腕を逃がさない!と言う意思を込め、脇でがっちり固めたのだが。

「歩き辛いですよ」 

 相変わらずの、塩対応だな。

「ん~~。じゃあ、これならいい?」

絡めた腕を解放したシェルビーは、今度はキャニスの腰に腕を廻し引き寄せた。

「殿下、この距離は如何なものでしょうか?」

「でも、風も冷たくなって来たし、この方があったかい」

「私は温石でも、カイロでもありません」

「こんな魅力的な温石なんて、無いからな」

ニコニコと嬉しそうなシェルビーに、キャニスは諦めの溜息を吐いた。

 キスだけで、ここまで距離を縮められるとは思わなかった。

 今まで、殿下みたいに僕を構いたがる人なんて、お兄様以外にいなかったから、調子が狂っちゃうな。これ以上グイグイ来られても困るし。

 それにしても、殿下は忙しい筈なのに、こんなにのんびりしてて良いの?

 もう少し忙しくなったら、僕の事を放って置いてくれるだろうか。

 ・・・・。
 仕方ない。本当は、ギリギリまで教えない積りだったけど。
殿下には、少し忙しくしてもらおうかな。

前もって準備できるのだから、意地悪ではないよね?


「殿下にお話ししたい事が有るのですが」

「どうした、急に改まって」

「近々帝国の使者が、ラリスとオセニアに来ます」

「まあ。向こうも黙ってるはずが無いからな」

「使者と言いましたが、実質は兵を率いた恫喝です。動員されるのは、第一皇女直轄の軍になります。そしてオセニアには、第一皇女自らがやって来る筈です」

「え?」

「信じられませんか?」

「いや。軍が動くのは想定内だが、皇女が来るとか、なんで知ってるんだ?」

 驚きで目を丸くするシェルビーから、キャニスはスッと視線を逸らした。

「私の知人で耳の早い者がおります。それに、私がそう仕向けましたから」

「仕向けたって‥‥どうやって」

「内緒です」

「・・・・それが、さっき言っていた悪い事か?」

「その一部です」

「ふ~ん。俺はこの後、どう動けばいい?」

「はい?」

シェルビーの言葉に、今度はキャニスが驚く番だった。

「なんで驚くんだ?」

「普通は疑ったり、理由を聞くものでしょう?」

「他の奴が相手ならそうかもしれない。でも俺は、キャニスを信じると言ったろ?」

「私の言う事を鵜吞みにすると?」

「鵜呑みとは違うと思うが。俺はキャニスを信じる。それで良いじゃないか」

「・・・・変な人」

「ハハッ!誉め言葉として受け取っておくよ。それで?俺はどうすればいい?」

 キャニスは自分を信じると言った王太子の真意を図る様に、しばらく見つめていたが、ホウッと息を吐き、前に向き直った。

「先ずは、キャピレット卿を呼び戻さないと」

「それはそうだな」

「キャピレット卿に早駆を出して下さい。その際私から、父とカリスト殿下への手紙も預けたいのです」

「カリストに手紙を出すのか?」

「いけませんか?」

「いけなくはないが・・・・」

 面白くはないぞ。

「父とカリスト殿下には、帝国と交渉するための材料を、先に渡してあります。今回はその追加の提案です」

「なるほど」

 そういう事なら目を瞑ろう。

「カリスト殿下が私の提案を呑んだ場合、キャピレット卿の帰国は少し遅れると思いますが、大丈夫ですか?」

「多少なら問題ない。他にやる事は?」

「私と連名で、3通ほど手紙を出して下さい。こちらも早駆でお願いします」

「相手は?」

 キャニスが口にした名前に、シェルビーはさらに驚いた。

「それ、帝国の三大侯爵の1人と、中央での影響力が大きい伯爵じゃないか」

「彼等には、ちょっとした貸しが有るので、力になってくれています。今回は正式な文書で、助力を頼んだ証拠が必要になるので、殿下のお力添えをお願いしたいのです」

「ちょっとしたって・・・・」

 顔繫ぎだって簡単じゃないのに。
 貸しってなんだよ。

 ・・・・キャニスは天使で、妖精だから。
 そういう事が有ってもおかしくないのか?

「分かった。手紙は俺が書いた方が良いか?」

「いえ。私が書きますので、殿下はサインだけで結構です」

「そうか」

 キャニスが何をする気なのか、この様子だと教えてくれそうにないが、手紙を読めば、キャニスが考えている事も分かるかも知れないな。

「サイラスが遅れる理由を、聞いても良いか?」

「・・・キャピレット卿には、ナリウス殿下を連れて来て貰いたいのです」

「ナリウスだと?!なんで今更?!」

「殿下。手を放して下さい、肩が痛いです」

「あ・・・すまん」

ラリスの元王太子の名を聞いたシェルビーは、カッとなり思わず掴んでしまった、キャニスの肩から手を放した。

「ナリウス殿下は、交渉材料の一つです。カリスト殿下が、こちらへの引き渡しを拒んだとしても、結果的には同じ事になると思います。ですが、彼には他にも使い道も有りそうなので、出来ればこちらに連れて来て貰いたいと思っています」

「使い道があるのか?あのクズに?」

「彼は問題の多い人ですが、一度くらい、人の役に立っても良いと思いませんか?」

「本当に、役に立つならな」

「私もそう願っています」

 キャニスも確信がある訳じゃないのか。
 そうだよな、キャニスは天才かも知れないが、神の目を持ってる訳じゃないもんな。


・・・・・・


ドルグ帝国皇宮内の温室で、皇帝は目元を綻ばせ。極彩色の羽をもつ、大型の鳥に餌をやって居た。

「陛下。第一皇女がお見えです」

「分かった、通せ」

問題の多い皇女との面会に、皇帝は溜息を吐くと、人の良さそうな笑みを消し、公人としての仮面を被った。

「父上、参じました」

「うむ。手短に話そう。其方ラリスとオセニアを、楽に手に入れられそうだ、と言っていたな?」

「はい。申し上げました」

「最近巷に流れている噂は、承知しているか?」

「噂は所詮噂です。気に留める必要はないかと」

 傲慢だな。
 噂一つで息の根を止められる貴族が、どれほど居るか。
 それが我が身に降り掛かるとは、思っていないのだろう。

「左様か。だがな貴族達から、其方の資質に対する疑問の声が上がっている」

「言いたい奴には、言わせておけば宜しいでしょう?」

「ふむ。それも実力があっての事だ。其方は普段の行いの所為で評判が悪い。私もこれ以上は庇えん」

皇帝は、皇女の後ろに控えた青年の首に繋がれた鎖と、それを握る皇女の手を、うんざりしながら見比べた。

それに対し皇女は、父親相手に小馬鹿にしたように鼻を鳴らして見せたのだった。

 この子はもう駄目だ。
 過剰な自信は身を亡ぼす。
 上には上が居る事を、この子は知るだろう。

「其方には2か月やろう。本格的な冬が来る前に、ラリスとオセニアを手に入れられなければ、其方の継承権は剝奪する」

「たった2か月?」

「何がたっただ?お前がラリスを手に入れるから、金と人を貸せと言って来てから5年だ。5年も掛けてなんの進展もない事を、どう説明する気だ?猶予は十分にやった。2か月で成果を出せなければ、其方は廃嫡だ」

皇女の眼は怒りに燃え、屈辱でわなわなと震え出したが、皇帝である父に当たる事も出来ず。手にした鎖を強く引く事で、心を落ち着かせたのだ。

鎖の先の青年が地面に膝を付き、襟足から血を流していたが、皇女は全く気に留める様子もない。

「話は終わった。下がりなさい」

「はい。御前を失礼いたします」

 じゃらじゃらと鎖を鳴らし、足音も荒く去って行く皇女に、皇帝は溜息を吐き、足先を突っついて、餌を強請る鳥たちに眼を戻した。

 人を人として見られぬ者に、帝位は譲れん。もし皇女が成果を上げたとしても、廃嫡は決まりだ。
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