氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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62話

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秋風が立ち、小ぶりな秋薔薇がさわさわと風に揺れる庭園を、シェルビーとキャニスは並んで歩いている。

通り過ぎる麗しい二人をうっとりと見送った使用人達は、ハッと我に返ると二人の邪魔をしないように、そそくさとその場を離れて行くのだった。

「本当にありがとう。夫人はキャニスの事を天使と呼ぶが、俺にとってもキャニスは幸運を運ぶ天使で、幸せを感じさせてくれる妖精だ」

「殿下、持ち上げ過ぎです。それに、まだ安定した効果を、確認できたわけではありません。始まりに過ぎないのですよ?」

「いや。キャニスの魔道具なら、絶対大丈夫だ」

 僕は不安で仕方がないのに。
 この人は、なんで僕より自信満々なんだろうか。

「ライアンは笑っていても、いつもどこか不安そうだった。それがキャニスと引き合わせてから、屈託のない笑顔を見せてくれるようになったんだ。それだけでも、感謝したい気持ちだ。それは両親もセリーヌも同じだと思う」

「家族とは・・・家族とは、本来そういうものなのでしょうか?」

「さあ。家族と言っても、一括りには出来ないのじゃないか?俺の家族は、貴族達と比べても、仲が良い方だとは思う。俺は弟妹の事を可愛いと思うし、家族として愛しているが、トバイアスのように溺・・・・あ~過保護にはなれない。逆にあいつ等も嫌がるだろうしな」

「そうですか」

「理想的な家族の形というのは在ると思うが、それを窮屈と感じる奴もいるだろうし、全然足りない、と感じる奴もいるかも知れない。何が正しいとかは、無いと思う」

そうですか、と呟いたキャニスは立ち止まり、シェルビーの顔を真っ直ぐに見つめた。

「もし・・・もしも、ライアン殿下の障害を完治できるとしたら、殿下はどうされます」

「それは、どんな手を使っても治してやるさ。だが今は魔力器官の移植しか手がない・・・・」

シェルビーは、ハッとキャニスの肩を掴んだ。

「まさか・・・ダメだ。それは駄目だぞ」

「なにが駄目なのですか?」

不思議そうに首を傾げるキャニスに、勢い込んだシェルビーは拍子抜けしてしまった。

「いや。キャニスの魔力器官を、移植するつもりじゃないのか?」

「残念ですが、私も適合しませんでした」

「・・・そうか」

悲しそうに首を振るキャニスに、シェルビーは自分は噓つきだと思った。
どんな手を使っても・・・・と言った直後に、彼はキャニスを選んだからだ。

ライアンは愛する家族だが、キャニスに対する想いとは別物だ。

 キャニスはライアンの為に、魔力器官を差し出しても良いと考えてくれたのに。
 
 俺は博愛主義者になんてなれない。
 俺の愛は利己的だ。

「今後、適合する相手が見つかったとして、その相手が極悪人だったらどうします?」

「極悪人と言うと、どの程度の?」

「え?極悪人は極悪人だと思いますが・・・パッと思いつくような悪行は網羅しているような。やはり殿下の身体に移植するのは、躊躇われますか?」

「ん~~~。そいつは極悪人なんだろ?極悪人が魔力を持っていたら、駄目なんじゃないか?」

「その人から、魔力を取り上げる話ではありません」

「悪い、言葉が足りなかったな。他の家族がどう思うかは分からんが、俺は気にしないな。悪人に魔力なんて持たせていたら、碌な事はない。ならばライアンや、他にも居るだろう、同じ障害で苦しんでいる子供達に、与えてやるのは、良い事だと思うけどな」

「そうですか・・・でも子供たちは嫌がるかも知れませんよ?」

「相手は子供だしな。そこは教えないのが優しさじゃないか?」

「・・・・なるほど」

キャニスは顎に指を当て考え込んだが、その横顔見て居たシェルビーは、キャニスの手を取り木立の中に入って行った。

思考の海に沈んだキャニスの手を引いて、木立の中に続く散策路を進んで行ったシェルビーは、休憩用の東屋のベンチにキャニスを座らせ、暫く彼の横顔を堪能したのだった。

しかし、考え込んだキャニスは中々戻ってこなかった。
それに、魔道具の事を考えている時よりも、今のキャニスは、何故か苦し気に見えた。

「え?ちょっと。何してるんですか!」

Chu!とリップ音を立て、キャニスの頬から唇を離したシェルビーは、悪戯を成功させた子供のような顔でにやりとした。

「キス迄なら良いんだろ?」

「なっ!今する必要ありますか?誰も見てないじゃないですか!」

「キャニス。普通は誰も見てない所でするもんだ」

「うっ!」

「それに、構ってくれないキャニスが悪い」

 おかしい。
 言っていることは正論なのに。
 なぜか丸め込まれている気がする。

 
 それに・・・。
 何時まで僕の頬を撫でてる積りなんだ?
 なんか。
 ほっぺたが熱くなって来ちゃった。
 そろそろ放してくれないかな?

「なあ。何を考えてた?」

「・・・・悪い事です・・・・すごく悪い事」

「悪い事か。なあ、それはキャニスだけが得をする事か?」

「いえ、他の人にも恩恵が有ります」

「恩恵って事は、困ってる誰かを助ける事になる?」

「・・・はい」

「ならそれは、悪い事ではないな」

「そうでしょうか」

「世の中には必要悪ってもんがあるだろ?俺達みたいに高い地位に居るものは、100を助けるために、1を切り捨てなきゃならないことだってある」

「・・・そうですね」

俯き加減で返事をするキャニスは、納得していない様子だ。
頬を撫でていた手で、キャニスの顔を上げさせたシェルビーは、菫色の瞳を見つめたが、その頭の中の思考の渦を、読み取ることは出来なかった。

「悪い事って言うのは、私利私欲のために他者を虐げる事を言うのだ、と俺は思っている」

「ですが、私にも利はあります」

「割合としてはどのくらい?」

「割合?よく分かりませんが・・・私が2、他の人が8でしょうか」

「たった2割?ならそれは、俺は悪とは呼ばない。たった2割の利の為に、君は罪悪感を感じているんだろ?悪人は罪悪感を持たないから悪人なんだと思う。だから君は悪人ではないし、他者を助ける為だとしたら、君の考えていることは悪い事ではないな」

にぱっと笑うシェルビーが、キャニスの眼には眩しく映った・・・のだが。

「・・・・・殿下。何故、抱き締めて来るのですか」

「ん~なんとなく?キャニスが可愛かったから」

「放してくれませんか?」

「嫌だ。もうちょっと」

 もうちょっとって。
 子供か?

 でも。
 人の腕の中って
 こんなに暖かかったっけ。

「少しだけですよ」

「ハハッ!やった!・・・お願いついでに、もう一回キスしても良いか?」

「キッ?!・・・・・・一回だけですよ」

「エッ?!いいの?!」

予想外の返事に驚いたシェルビーは、思わず体を離しキャニスの心意を探る様に、その顔を見つめて来た。

キャニスの方も、離れてしまった温もりに、寂しさを感じた自分に驚いていた。

「殿下のお陰で元気が出たので、そのお礼」

話しの途中だったが、キャニスの気が変わる事を恐れたシェルビーは、最後まで待てなかった。

話している途中で開いていた唇から、舌をねじ込ませ。
驚いて縮こまるキャニスの舌を絡め取って、何度も擦り合わせた。
上顎を嘗め回し、綺麗に並んだ歯列の一本一本を確かめる様に舌を這わせた。

息継ぎの為に一度唇を離したシェルビーは、間近にある菫色の瞳に、拒絶や嫌悪が見られない事に勇気を貰い、もう一度唇を合わせた。

今度はゆっくり。柔らかいキャニスの唇を吸い甘噛みして、開いた口の中を余すところなく舐め上げた。
熱く甘いキャニスの舌と、零れる唾液を啜り上げ、互いの息が熱く溶けあったことに満足したシェルビーが、唇を離した時には、キャニスの形の良い唇は、ぽってりと腫れてしまっていた。

「あっ!すまん遣り過ぎた」

「・・・お分かり頂けて良かったです」

ワタワタと慌てるシェルビーから、キャニスはツンと顔をそむけた。

 なんでこんなにキスが上手いんだよ。
 この前のが初めてだったなんて、信じられない。

 気持ち良すぎて、やめろって言えなかった。

 何百歳も年下なのに。
 不覚だ。

腫れてしまった唇を隠す振りで、ハンカチを顔に押し当てたキャニスが本当に隠したかったのは、紅潮し熱を持った頬だった。
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