氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
60 / 113

60話

しおりを挟む
「作為とは、どういうことでしょうか?」

「切っ掛けはこのリノスが、王子宮とカサンドラの衣装や装飾品に、違和感を覚えた事です。どれだけ趣味が悪くても、身の回りの物には、その人間の好みが出るものだが、カサンドラが買い集めたものには、統一性が全くなく、好みや個性が感じられないと」

「ほう」

「ただ適当に安物を買い集めたのではないかと言われて。カサンドラもこの詐欺の一味ではないかと考えたのです」

そこからカサンドラと、カサンドラが贔屓にしていた商会について調べ上げ、判明した事をカリストは丁寧に説明して行った。

「ナリウスが金を借りたのは帝国の貴族でした。そしてカサンドラが利用していた商会も、帝国人が経営していた。疑念は深くなる一方でした。そこで私達はカサンドラ本人に、話しを聞いてみる事にしたのです」

「当然の流れですね。それでカサンドラという女は何と?」

「吐きましたよ。包み隠さず綺麗さっぱりとね。こっちが聞いていないことまで、べらべらと話してくれました」

カリストと側近の2人は、取り調べ中のカサンドラの取り憑かれたような様子を思い出し、口の中が苦くなるのを感じた。

そしてその内容を聞いた3人も、カリストと同じ気分を味わったのだった。

「私は・・・公爵に玉璽をお渡ししようと考えています」

「国王が認めんでしょう」

「父が認めなくても関係ありません。父には前々からルセ王家は、父の代で終わりだと伝えてありますから」

「前からと言うと?」

「ナリウスの行いを調べ、公爵の元に謝罪に行った直ぐ後です」

「そうでしたか」

公爵は相変わらず難しい顔のままで、サイラスに頷いて見せた。

「カリスト殿下が、本気でそうのようにお考えなら、私はキャニス様からお預かりした、伝言をお伝えしたいと思います」

「キャニスからの伝言?私に対する苦情ですか」

暗い顔で呟くカリストにサイラスはそうではないと、慌てて訂正した。

「これは公爵様と、殿下への御伝言です。キャニス様は気乗りされていないご様子で、選ぶのは公爵様と殿下だと仰せでした。キャニス様は、信義に厚いお方とお見受けいたします。ですのでキャニス様の手で、王家に引導を渡すような真似は、されたくなかったのでしょう」

「私はキャニスに引導を渡されるなら、本望ですがね」

 あぁ。
 カリスト殿下も、キャニス様の事が好きだったのか。求婚したのも、政略だけではなかったんだな。

カリストの心情を察し、なんとも言えない遣り切れなさと、切なさを感じたサイラスだったが、程度の差こそあれ、初恋とは叶う事の方が少なく、大概が苦く切ない思い出になるものだ、と考えなおした。

 出来る事なら、うちの殿下の初恋は、大団円で終わって欲しいけどな。

「それで、キャニスからの伝言というのは?」

「殿下が王位を捨てる気が有るのなら。道は二つ。帝国か公爵家に王位を売れと」

「はっ・・・ハハハ。譲れではなく、売れと言ったのか」

「はい」

そして突然サイラスは、立ち上がった。
何をする気か?と皆が見守る中、サイラスは執務室の壁の一面を占領している書類棚の前に立ち、書類の綴りを引き出し、棚の中を覗き込み始めた。

「キャピレット卿?何をされて居るのですか?」

サイラスの横に移動してきたマイルスが、不思議そうに聞いて来た。

「キャニス様から、この辺りに隠し棚の仕掛けがあると聞いて居るのだが・・・・おっ?これか?」

書類の後ろに、腕を滑り込ませたサイラスが、隠されていた小さなレバーを動かすと、パチンと何かが外れる音が聞こえ、書類棚の中央に隙間が出来た。

「開いたようです。棚を動かしますね」

サイラスが薄く開いた書類棚を左右に押し広げると、棚の後ろには小部屋が続いていた。

「こんなところに、部屋なんて有ったのか」

「元は衣裳部屋と、休憩室を兼ねた部屋だったそうですが、キャニス様は王宮内にもお部屋をお持ちだったので、使い道が無かったそうです。そこでどうせなら、と秘密文書の保管庫にされたのだそうです」

「秘密文書・・・キャニスは何を隠していたんだ?」

「殆どが、ナリウス殿下の表沙汰にできない事柄についての報告書と、被害者の保証に関する文書だそうです」

「これ全部が、ナリウスのやった事なのか?」

ここにある物全てが、そうなのだとしたら。カリスト達が調べ出した物の、数十倍にもなる。

愕然とするカリストを横目に、サイラスはキャニスから教えられていた場所から、目当ての物を見つけ出した。

「キャニス様は、この中の物は読んで気分の良くなるものでは無いから、今回の事で必要ないものは、破棄してくれて構わないと仰っておられました。まあ、殿下と公爵様が使い道があるとお考えなら、好きにしてくれて構わない、とも仰らていましたが」

「決めるのは私達という事か・・・・」

「ご本人はこれを使ってどうこう、とはお考えでは無いようですから」

「そうだろうな、あの子はそういう子だ」

「とにかく一旦出ましょう。中身を見なくても胸糞の悪く成る物なんて、視界に入れたくないですからね」

確かにそうだと頷いた一同は、元のソファーへと移動した。

サイラスが手際よく、ファイルから取り出した文書をテーブルに並べると、一同は額を寄せ合うように、その内容を確認して行った。

全てを確認した侯爵は、低く呻きながら、どさりとソファーに倒れ込んだ。

「大丈夫ですか?父上」

「大丈夫だと思うか?私は自分の能力を、過信しすぎていたようだ」

「それだけキャニス様は、優秀な手駒をお持ちだという事でしょう」

サイラスは、素直にキャニスの情報収集能力の高さに感心していた。そしてそれを可能にする、采配や人の使い方の上手さにもだ。

これだけの情報を持ちながら、本人は逃げ出すタイミングを計っていただけ、と言うのだから。軍人であるサイラスは、宝の持ち腐れだと、呆れてしまった。

「もう公爵家の跡継ぎも、キャニスで良くないですか」

そう零すトバイアスに、公爵は苦笑いを浮かべていた。

その後ろでリノスとマイルスは、ひそひそと言葉を交わし合っている。

「しかしあれだな。もう言い逃れは出来んな」

「そうだねぇ。これは無理だねぇ。それに、これだけの証拠が揃って居れば、逆に帝国に抗議出来るんじゃない?」

「逆ギレして、攻め込んでくるかもしれんぞ?」

「あそっか。でもそこは巧くやってくれそうな人がいるけど・・・・」

チラチラと公爵を盗み見るリノスに、公爵は苦笑を漏らした。

「君は確か、コペルと言ったか?」

「え?はいそうです」

「若いからといって、多くの事が許される時期は、あっという間に過ぎてしまう。これからも殿下の傍に居る積りなら、腹芸と言う物を覚えなさい」

腹芸と聞いたリノスは、恰幅の良い公爵が、自身の腹に人の顔を描いて踊る姿を想像し、危うく笑いそうになってしまった。

頬の内側を噛んで必死に耐えたが、腹筋は崩壊寸前。

目の前の公爵の顔が、腹に描いた顔に見えて来た。これ以上耐え切れない所まで追い込まれ、不敬を問われる事を覚悟したリノスを救ったのは。サイラスの生真面目な話しぶりだった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

処理中です...