氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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60話

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「作為とは、どういうことでしょうか?」

「切っ掛けはこのリノスが、王子宮とカサンドラの衣装や装飾品に、違和感を覚えた事です。どれだけ趣味が悪くても、身の回りの物には、その人間の好みが出るものだが、カサンドラが買い集めたものには、統一性が全くなく、好みや個性が感じられないと」

「ほう」

「ただ適当に安物を買い集めたのではないかと言われて。カサンドラもこの詐欺の一味ではないかと考えたのです」

そこからカサンドラと、カサンドラが贔屓にしていた商会について調べ上げ、判明した事をカリストは丁寧に説明して行った。

「ナリウスが金を借りたのは帝国の貴族でした。そしてカサンドラが利用していた商会も、帝国人が経営していた。疑念は深くなる一方でした。そこで私達はカサンドラ本人に、話しを聞いてみる事にしたのです」

「当然の流れですね。それでカサンドラという女は何と?」

「吐きましたよ。包み隠さず綺麗さっぱりとね。こっちが聞いていないことまで、べらべらと話してくれました」

カリストと側近の2人は、取り調べ中のカサンドラの取り憑かれたような様子を思い出し、口の中が苦くなるのを感じた。

そしてその内容を聞いた3人も、カリストと同じ気分を味わったのだった。

「私は・・・公爵に玉璽をお渡ししようと考えています」

「国王が認めんでしょう」

「父が認めなくても関係ありません。父には前々からルセ王家は、父の代で終わりだと伝えてありますから」

「前からと言うと?」

「ナリウスの行いを調べ、公爵の元に謝罪に行った直ぐ後です」

「そうでしたか」

公爵は相変わらず難しい顔のままで、サイラスに頷いて見せた。

「カリスト殿下が、本気でそうのようにお考えなら、私はキャニス様からお預かりした、伝言をお伝えしたいと思います」

「キャニスからの伝言?私に対する苦情ですか」

暗い顔で呟くカリストにサイラスはそうではないと、慌てて訂正した。

「これは公爵様と、殿下への御伝言です。キャニス様は気乗りされていないご様子で、選ぶのは公爵様と殿下だと仰せでした。キャニス様は、信義に厚いお方とお見受けいたします。ですのでキャニス様の手で、王家に引導を渡すような真似は、されたくなかったのでしょう」

「私はキャニスに引導を渡されるなら、本望ですがね」

 あぁ。
 カリスト殿下も、キャニス様の事が好きだったのか。求婚したのも、政略だけではなかったんだな。

カリストの心情を察し、なんとも言えない遣り切れなさと、切なさを感じたサイラスだったが、程度の差こそあれ、初恋とは叶う事の方が少なく、大概が苦く切ない思い出になるものだ、と考えなおした。

 出来る事なら、うちの殿下の初恋は、大団円で終わって欲しいけどな。

「それで、キャニスからの伝言というのは?」

「殿下が王位を捨てる気が有るのなら。道は二つ。帝国か公爵家に王位を売れと」

「はっ・・・ハハハ。譲れではなく、売れと言ったのか」

「はい」

そして突然サイラスは、立ち上がった。
何をする気か?と皆が見守る中、サイラスは執務室の壁の一面を占領している書類棚の前に立ち、書類の綴りを引き出し、棚の中を覗き込み始めた。

「キャピレット卿?何をされて居るのですか?」

サイラスの横に移動してきたマイルスが、不思議そうに聞いて来た。

「キャニス様から、この辺りに隠し棚の仕掛けがあると聞いて居るのだが・・・・おっ?これか?」

書類の後ろに、腕を滑り込ませたサイラスが、隠されていた小さなレバーを動かすと、パチンと何かが外れる音が聞こえ、書類棚の中央に隙間が出来た。

「開いたようです。棚を動かしますね」

サイラスが薄く開いた書類棚を左右に押し広げると、棚の後ろには小部屋が続いていた。

「こんなところに、部屋なんて有ったのか」

「元は衣裳部屋と、休憩室を兼ねた部屋だったそうですが、キャニス様は王宮内にもお部屋をお持ちだったので、使い道が無かったそうです。そこでどうせなら、と秘密文書の保管庫にされたのだそうです」

「秘密文書・・・キャニスは何を隠していたんだ?」

「殆どが、ナリウス殿下の表沙汰にできない事柄についての報告書と、被害者の保証に関する文書だそうです」

「これ全部が、ナリウスのやった事なのか?」

ここにある物全てが、そうなのだとしたら。カリスト達が調べ出した物の、数十倍にもなる。

愕然とするカリストを横目に、サイラスはキャニスから教えられていた場所から、目当ての物を見つけ出した。

「キャニス様は、この中の物は読んで気分の良くなるものでは無いから、今回の事で必要ないものは、破棄してくれて構わないと仰っておられました。まあ、殿下と公爵様が使い道があるとお考えなら、好きにしてくれて構わない、とも仰らていましたが」

「決めるのは私達という事か・・・・」

「ご本人はこれを使ってどうこう、とはお考えでは無いようですから」

「そうだろうな、あの子はそういう子だ」

「とにかく一旦出ましょう。中身を見なくても胸糞の悪く成る物なんて、視界に入れたくないですからね」

確かにそうだと頷いた一同は、元のソファーへと移動した。

サイラスが手際よく、ファイルから取り出した文書をテーブルに並べると、一同は額を寄せ合うように、その内容を確認して行った。

全てを確認した侯爵は、低く呻きながら、どさりとソファーに倒れ込んだ。

「大丈夫ですか?父上」

「大丈夫だと思うか?私は自分の能力を、過信しすぎていたようだ」

「それだけキャニス様は、優秀な手駒をお持ちだという事でしょう」

サイラスは、素直にキャニスの情報収集能力の高さに感心していた。そしてそれを可能にする、采配や人の使い方の上手さにもだ。

これだけの情報を持ちながら、本人は逃げ出すタイミングを計っていただけ、と言うのだから。軍人であるサイラスは、宝の持ち腐れだと、呆れてしまった。

「もう公爵家の跡継ぎも、キャニスで良くないですか」

そう零すトバイアスに、公爵は苦笑いを浮かべていた。

その後ろでリノスとマイルスは、ひそひそと言葉を交わし合っている。

「しかしあれだな。もう言い逃れは出来んな」

「そうだねぇ。これは無理だねぇ。それに、これだけの証拠が揃って居れば、逆に帝国に抗議出来るんじゃない?」

「逆ギレして、攻め込んでくるかもしれんぞ?」

「あそっか。でもそこは巧くやってくれそうな人がいるけど・・・・」

チラチラと公爵を盗み見るリノスに、公爵は苦笑を漏らした。

「君は確か、コペルと言ったか?」

「え?はいそうです」

「若いからといって、多くの事が許される時期は、あっという間に過ぎてしまう。これからも殿下の傍に居る積りなら、腹芸と言う物を覚えなさい」

腹芸と聞いたリノスは、恰幅の良い公爵が、自身の腹に人の顔を描いて踊る姿を想像し、危うく笑いそうになってしまった。

頬の内側を噛んで必死に耐えたが、腹筋は崩壊寸前。

目の前の公爵の顔が、腹に描いた顔に見えて来た。これ以上耐え切れない所まで追い込まれ、不敬を問われる事を覚悟したリノスを救ったのは。サイラスの生真面目な話しぶりだった。


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