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59話
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ラリス王国。
その建国から500有余年。
その昔、ドルグ帝国の前身である王国と肩を並べ、隆盛を誇ったこの国も、王宮内に限れば、見る影もない衰退ぶりだ。
息子の無聊を慰める為と、公爵が貸し出していた美術品、工芸品は全て回収され。
残り少なかった王家所有のそれらは、公爵への借金返済の為、全て売りはらわれている。
キャニスの為にと、安い給料でも頑張ってくれていた事務官は、もっと実入りの良い職場へと去り。不正に手を染めていた者は、カリストの手で排除された。
国王夫妻に仕えていた者達は、半数以上が解雇され必要最低限の人員が、夫妻が住まう離宮へ居を移している。
ナリウスに仕えていた者達は、その多くがキャニスが手配したカラロウカ家の者で有り、キャニスが王宮を去ると同時に、本来の職場へと戻ってしまった。
王家でただ一人王宮に残っているカリストも、ある程度のことなら、侍従や侍女の手を必要としない為、今の王宮には必要最低限の人員しか残っていない。
一時期、隆盛を極めたルセ王家が住まうラリスの王宮は、今は人の声よりも、小鳥の囀りの方が多く聞こえる程閑散とし、うらぶれた雰囲気を漂わせていた。
「久しいなキャピレット卿」
「ハッ!カリスト殿下には王太子殿下と封じられた由、お祝い申し上げます」
「全くめでたくはない無いから、祝いは要らない。用件を申せ」
カリストの許しを得、顔を上げたサイラスは、カリストの変わりように思わず息を呑んだ。
オセニアで最後にカリストの姿を見たのは、この春帰国の挨拶で彼が王宮を訪れた時だった。
あの時のカリストは自信に溢れ、年齢に見合った夢や希望に瞳を輝かせる、溌溂とした青年だった。しかし、今のカリストは表情も暗く、それ以上に疲れ切って見えた。
たった数か月で、ここまで疲弊なさるとは。殿下の御苦労は、相当なものの様だ。
「お許しを頂いたので、申し上げる」
傍に控えていた侍従から、巻紙を受け取ったサイラスは、オセニア国王と王太子からの正式な抗議文を読み上げた。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカ様は、今後王太子妃となり、将来は国母となられるお方です。また、御幼少の頃から、この国を支え尽くされて来たお方だ。それをキャニス様ご本人の許諾もなく、一方的に帝国へ売り払うなど、人身売買に類する人道にも悖る、非道でありましょう。貴国からのキャニス・ヴォロス・カラロウカ様の引き渡し請求に対し、ここに抗議すると共に、断固拒否すると宣言いたします」
「だろうな・・・だが帝国はキャニスを渡さなければ、開戦も辞さないと言って来ている。他国の民であれば、蹂躙され命を落としても構わないと、オセニアの国王陛下は申されるか。それも中々に非道だと私は思うが」
「非道と申されますか。殿下は何か勘違いなされている様だ。今帝国の脅威にさらされて居るのはラリス王国であって、我がオセニアではない。我が国と貴国は友好国として交流を深めてまいりましたが、同盟を結んでは居りません。我が国が、貴国の盾になる謂れは無いのですよ」
「確かに同盟条約は、締結され無かったな」
「そんな話が出た事も有りましたが、同盟締結に向けた条件に折り合いがつかず、その話は流れたことを、ご理解頂ているようで安堵いたしました。しかし、両国は長年良い関係を築いてまいりました。このような暴挙に走る前に、一言でもご相談頂いていたなら、我が王も一計を案じた事でしょう」
「・・・・左様か」
カリストは本気でキャニスを帝国に引き渡す気など、微塵も無かった。
だが資金も、まともな武力も持っていないカリストは、国民を守るために、帝国に対し、例え振りでも、恭順の姿勢を見せなければならなかったのだ。
その事で、幼い頃から想い続けた、愛しい人が永遠に手に入らなくなる、と分かっていたとしてもだ。
しかし、国力の差があるとは言え、シェルビーはキャニスを王宮に匿い、帝国に対し、一歩も引かない姿勢を見せた。
これがキャニスに選ばれた男と、自分の差なのだ、と思い知らされたのだった。
オセニアに対する、キャニスの引き渡し請求は、自分の想いを断ち切る為と、キャニスを手に入れるシェルビーに対する、最後の悪あがき。嫌がらせだった。
所詮俺も、ルセの血を引く小物だったって事だよ。
居心地の悪い、玉座に座るカリストは、自嘲に唇を歪ませたのだった。
「オセニア王の御意思は承った。それに関し、其方とカラロウカ公爵家の2人には話がある。場所を移そう。着いてまいれ」
側近二人を引き連れたカリストが、公爵とサイラスを案内したのはキャニスの執務室だった。
キャニスが王宮を去って数か月。
しかしこの部屋は、カリストの意向を受け、キャニスが使用していた時のまま、ほぼ手付かずの状態で残されていた。
公爵も、苦労の日々を思いださせる品が多く残るこの部屋からは、調度類を引き上げさせていなかったのだ。
その為、主を失いはしたが、この部屋からはキャニスの存在が伝わって来る様だった。
側近の2人はカリストの後ろに立ち、他の4人は主の居ない部屋のソファーに腰を下ろした。
「先ずは、オセニア王とシェルビー殿下。そしてカラロウカ公爵家の方々にお詫び申し上げる」
カリストは深々と頭を下げ、ソファーに陣取った3人は顔を見交わした。
「言い訳に聞こえるかもしれんが、私達はキャニスを帝国に引き渡す意思は無かった。公爵に金を工面して貰えないか、という打算は在ったが。何をされるかも分からない、あの皇女に、キャニスを渡す気は微塵も無かったのです。それに時間も必要でした。本当に申し訳ない」
「殿下。頭を上げて下さい。あなたは簡単に頭を下げ過ぎる。あなたには王族としての、矜持は無いのですか」
公爵の呆れ声に、カリストは暗い笑みを浮かべた。
「公爵。この王家に矜持など残っていませんよ。私は帰国してから、ナリウスの蛮行を知り、両親の怠慢を知った。それに自分の無力さも身に染みました」
「殿下・・・」
「ルセ王家は、もう終わりです。それはよく分かって居るのです。しかしどうせ幕を閉じるなら、綺麗に終わらせたかった。その為にこの数か月力を尽くして来た積りですが、どうやらそれすらも、私の力では無理なようだ」
最初からカリストが王太子であったなら、この国の現在と未来は、全く別のものになっただろう。それはこの部屋に居る全員が感じた事だった。
「殿下のお考えは承りました。しかし時間稼ぎというのは、何を為される御積りだったのか、お聞かせ願えますか?」
トバイアスの問いに頷いたカリストが、後ろに控えるリノスに目くばせを送り、それを受けたリノスは、抱えていた書類を、三人の前に配って行った。
カリストに促され、3人は書類に目を通して行ったが、読み終わる頃には3人とも苦り切った顔になって居た。
「アホだと思っていたが。ここまで酷いとは思わなかった」
「1か月で使い切った20億が、たった260万フラーですか。信じられない」
呆れかえるトバイアスとサイラスだったが、公爵は難しい顔で何かを考えていた。
「この査定を見た時は、私達も同じように感じました、後ろのマイルスなどは怒りに任せ、査定結果を暖炉に投げ込んでしまったので、もう一度書類を作ってもらうのに、また金がかかってしまいました」
「わざわざ作り直させたという事は、これに何か重要な事が記されていた?」
「詐欺に在った証拠としては弱いと思うが」
「そうですね。ですが私達は、ここに、それとは別の作為を感じたのです」
その建国から500有余年。
その昔、ドルグ帝国の前身である王国と肩を並べ、隆盛を誇ったこの国も、王宮内に限れば、見る影もない衰退ぶりだ。
息子の無聊を慰める為と、公爵が貸し出していた美術品、工芸品は全て回収され。
残り少なかった王家所有のそれらは、公爵への借金返済の為、全て売りはらわれている。
キャニスの為にと、安い給料でも頑張ってくれていた事務官は、もっと実入りの良い職場へと去り。不正に手を染めていた者は、カリストの手で排除された。
国王夫妻に仕えていた者達は、半数以上が解雇され必要最低限の人員が、夫妻が住まう離宮へ居を移している。
ナリウスに仕えていた者達は、その多くがキャニスが手配したカラロウカ家の者で有り、キャニスが王宮を去ると同時に、本来の職場へと戻ってしまった。
王家でただ一人王宮に残っているカリストも、ある程度のことなら、侍従や侍女の手を必要としない為、今の王宮には必要最低限の人員しか残っていない。
一時期、隆盛を極めたルセ王家が住まうラリスの王宮は、今は人の声よりも、小鳥の囀りの方が多く聞こえる程閑散とし、うらぶれた雰囲気を漂わせていた。
「久しいなキャピレット卿」
「ハッ!カリスト殿下には王太子殿下と封じられた由、お祝い申し上げます」
「全くめでたくはない無いから、祝いは要らない。用件を申せ」
カリストの許しを得、顔を上げたサイラスは、カリストの変わりように思わず息を呑んだ。
オセニアで最後にカリストの姿を見たのは、この春帰国の挨拶で彼が王宮を訪れた時だった。
あの時のカリストは自信に溢れ、年齢に見合った夢や希望に瞳を輝かせる、溌溂とした青年だった。しかし、今のカリストは表情も暗く、それ以上に疲れ切って見えた。
たった数か月で、ここまで疲弊なさるとは。殿下の御苦労は、相当なものの様だ。
「お許しを頂いたので、申し上げる」
傍に控えていた侍従から、巻紙を受け取ったサイラスは、オセニア国王と王太子からの正式な抗議文を読み上げた。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカ様は、今後王太子妃となり、将来は国母となられるお方です。また、御幼少の頃から、この国を支え尽くされて来たお方だ。それをキャニス様ご本人の許諾もなく、一方的に帝国へ売り払うなど、人身売買に類する人道にも悖る、非道でありましょう。貴国からのキャニス・ヴォロス・カラロウカ様の引き渡し請求に対し、ここに抗議すると共に、断固拒否すると宣言いたします」
「だろうな・・・だが帝国はキャニスを渡さなければ、開戦も辞さないと言って来ている。他国の民であれば、蹂躙され命を落としても構わないと、オセニアの国王陛下は申されるか。それも中々に非道だと私は思うが」
「非道と申されますか。殿下は何か勘違いなされている様だ。今帝国の脅威にさらされて居るのはラリス王国であって、我がオセニアではない。我が国と貴国は友好国として交流を深めてまいりましたが、同盟を結んでは居りません。我が国が、貴国の盾になる謂れは無いのですよ」
「確かに同盟条約は、締結され無かったな」
「そんな話が出た事も有りましたが、同盟締結に向けた条件に折り合いがつかず、その話は流れたことを、ご理解頂ているようで安堵いたしました。しかし、両国は長年良い関係を築いてまいりました。このような暴挙に走る前に、一言でもご相談頂いていたなら、我が王も一計を案じた事でしょう」
「・・・・左様か」
カリストは本気でキャニスを帝国に引き渡す気など、微塵も無かった。
だが資金も、まともな武力も持っていないカリストは、国民を守るために、帝国に対し、例え振りでも、恭順の姿勢を見せなければならなかったのだ。
その事で、幼い頃から想い続けた、愛しい人が永遠に手に入らなくなる、と分かっていたとしてもだ。
しかし、国力の差があるとは言え、シェルビーはキャニスを王宮に匿い、帝国に対し、一歩も引かない姿勢を見せた。
これがキャニスに選ばれた男と、自分の差なのだ、と思い知らされたのだった。
オセニアに対する、キャニスの引き渡し請求は、自分の想いを断ち切る為と、キャニスを手に入れるシェルビーに対する、最後の悪あがき。嫌がらせだった。
所詮俺も、ルセの血を引く小物だったって事だよ。
居心地の悪い、玉座に座るカリストは、自嘲に唇を歪ませたのだった。
「オセニア王の御意思は承った。それに関し、其方とカラロウカ公爵家の2人には話がある。場所を移そう。着いてまいれ」
側近二人を引き連れたカリストが、公爵とサイラスを案内したのはキャニスの執務室だった。
キャニスが王宮を去って数か月。
しかしこの部屋は、カリストの意向を受け、キャニスが使用していた時のまま、ほぼ手付かずの状態で残されていた。
公爵も、苦労の日々を思いださせる品が多く残るこの部屋からは、調度類を引き上げさせていなかったのだ。
その為、主を失いはしたが、この部屋からはキャニスの存在が伝わって来る様だった。
側近の2人はカリストの後ろに立ち、他の4人は主の居ない部屋のソファーに腰を下ろした。
「先ずは、オセニア王とシェルビー殿下。そしてカラロウカ公爵家の方々にお詫び申し上げる」
カリストは深々と頭を下げ、ソファーに陣取った3人は顔を見交わした。
「言い訳に聞こえるかもしれんが、私達はキャニスを帝国に引き渡す意思は無かった。公爵に金を工面して貰えないか、という打算は在ったが。何をされるかも分からない、あの皇女に、キャニスを渡す気は微塵も無かったのです。それに時間も必要でした。本当に申し訳ない」
「殿下。頭を上げて下さい。あなたは簡単に頭を下げ過ぎる。あなたには王族としての、矜持は無いのですか」
公爵の呆れ声に、カリストは暗い笑みを浮かべた。
「公爵。この王家に矜持など残っていませんよ。私は帰国してから、ナリウスの蛮行を知り、両親の怠慢を知った。それに自分の無力さも身に染みました」
「殿下・・・」
「ルセ王家は、もう終わりです。それはよく分かって居るのです。しかしどうせ幕を閉じるなら、綺麗に終わらせたかった。その為にこの数か月力を尽くして来た積りですが、どうやらそれすらも、私の力では無理なようだ」
最初からカリストが王太子であったなら、この国の現在と未来は、全く別のものになっただろう。それはこの部屋に居る全員が感じた事だった。
「殿下のお考えは承りました。しかし時間稼ぎというのは、何を為される御積りだったのか、お聞かせ願えますか?」
トバイアスの問いに頷いたカリストが、後ろに控えるリノスに目くばせを送り、それを受けたリノスは、抱えていた書類を、三人の前に配って行った。
カリストに促され、3人は書類に目を通して行ったが、読み終わる頃には3人とも苦り切った顔になって居た。
「アホだと思っていたが。ここまで酷いとは思わなかった」
「1か月で使い切った20億が、たった260万フラーですか。信じられない」
呆れかえるトバイアスとサイラスだったが、公爵は難しい顔で何かを考えていた。
「この査定を見た時は、私達も同じように感じました、後ろのマイルスなどは怒りに任せ、査定結果を暖炉に投げ込んでしまったので、もう一度書類を作ってもらうのに、また金がかかってしまいました」
「わざわざ作り直させたという事は、これに何か重要な事が記されていた?」
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