氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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56話

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「ねぇカリスト、なんかさ、酷い言われようだけど、放って置いて良いの?」

「どの新聞も、王家をこき下ろす記事ばかりだな」

「それにさ。このチラシ。キャニス様とシェルビー殿下の悲恋を題材にした舞台なんでしょ?オセニアだけじゃなくて、ラリスでも同時公演なんて、便乗にしては出来過ぎてない?」

「そうだよな。噂が出回るのも早すぎたし。吟遊詩人に新聞、舞台まで。話の広がり方が異常すぎる」

カリストを案じる、二人は難しい顔で考え込んでいたが、噂の中心に居るはずのカリストは、相変わらず暗い顔で黙々と書類にサインを続け。噂に関しては全く興味を持っていない様だった。

「ねぇ、カリスト。黙ってないでさ。何とかしなくていいの?」

「いい。放って置け」

投げやり、とまでは行かないが、陰々欝々としたカリストの声に、二人は顔を見交わし溜息を吐いた。

「確かに公爵の事は怒らせちゃったけど、本当にいいの?」

「構わない。予想とは違うやり方だが、帝国相手に、侯爵を引っ張り出せただけ儲けものだ。それにその噂の出元は、公爵とオセニアのレ王家だろう」

「エッ?そうなの?」

「どう考えたってそうだろ?噂の広まり方の異常な速さ。キャニスとシェルビー殿下を傷つけず。ラリス王家と、皇帝、皇女を悪者に仕立て上げる筋書き。噂が出回り始めてからこんなに早く、ラリスとオセニアで舞台を上演させる手腕。公爵以外の誰が居る?」

「そう言われたら、そうかもしれないけど・・・でも、ねぇ」

リノスは助け求め、マイルスに眼を向けた。

「そうは言ってもな、このままだと、ルセ王家の威信は地に落ちる。今後、動きが取り難くなるぞ?」

「ハッ!」

「カリスト?」

マイルスの言葉を受け、馬鹿にしたように声を上げたカリストは、握っていたいたペンを机に放り投げた。

「ハ・・・・ハハハ!威信?そんなものとっくに地に落ちて、腐れ果ててるんだよ!ナリウスの奴が、これまで何をして来たか知ってるだろ?キャニスを追い出した後、あいつはカサンドラを王子宮に引き入れ、あのあばずれに金をつぎ込んだ。キャニスの施策のお陰で入って来る筈だった金は、カサンドラの衣装代で全部消えちまった!」

「・・・・カリスト、だがそれとこれとは」

「違うか?何処がだ?ナリウスが父上の眼を盗み、玉璽まで押して得た、50億の金は何処に消えた?キャニスを追い出した後、アイツらは、20億をたった1か月で使い込んだ。あのカサンドラと知り合ってから、たった数か月でナリウスは100億近い金を溶かしちまった。あの女にそんな価値があるのか?」

カリストの問い掛けに、二人は卒業パーティーでの、カサンドラのゴテゴテした、趣味の悪いドレスを思い出していた。

まさかとは思うが、田舎臭く趣味の悪いドレスの、あちこちを飾っていたリボンの中心に止められていた石は、本物の宝石だったのか?

結いあげられていた、髪に留められていたのも?

「まさか、そんな・・・あんな趣味の悪いドレスに?」

「そのまさかだったら、どれだけ良かったか」

「どういうことだ?」

「お前達もあの二人を捕らえた後。王子宮の中を見たろ?絵画に工芸品、絨毯もカーテンも、茶器やカトラリーに至るまで、キャニスが揃えたものは、全て公爵が引き上げてしまった。代わりにあの女が国庫金を使い込んで揃えたものは、どれもこれも胡散臭いものばかり、それでもキャニスへの賠償金を作る為に、ドレスも含め全てを、査定に出したのは覚えているよな?」

「うん、覚えてるけど」

「査定が終わったのか?」

カリストは答えず、紐で綴られた書類の束をマイルスに投げてよこし、両手で顔を覆い隠してしまった。

リノスとマイルスは額を寄せ合い、査定内容を読み進めて行ったが、その内容に二人の顔はどんどん青褪めて行き、最後に記された査定の総額に、声を失い椅子に座り込んでしまった。

「・・・・・・20億が・・・」

「うそだろ、書き間違いじゃないのか?」

「俺が確かめなかったと思うのか?別の商会に頼んだ、査定の結果がこれだ」

カリストが差し出した紙の束を、リノスが重い腰を上げて受け取った。
しかし内容を確認したリノスは、その場にへなへなと座り込んでしまった。

リノスの手から書類を奪い取ったマリウスは、読み終わると査定書類二冊を纏めて暖炉に投げ込んだ。

「クソッ!!20億がたったの260万フラーだと?!全部偽物じゃねぇか!! 頭が悪いにも程がある!!」

「これでも王家の威信が、なんて言えるか?俺達は唯の笑いものなんだよ」

「でもドレスなら・・・・」

「お前、査定をちゃんと読んでないな?安物の生地に30年前のデザイン。着いている宝石は全て偽物。だとしても着ていたのがキャニスなら、貴族達の奪い合いになったそうだ。しかし着ていたのがカサンドラじゃな。験が悪すぎて買い手がつかんそうだ。糸を全て解き、小物を作るしかないが、それだと手間賃の方が高くつくらしい。焚きつけにしか使えんと書いてあった」

「そんなぁ」

「・・・だが・・・ナリウスは普段からキャニス様の用意したものを身に着けていて、目は肥えていたはずだ。それがこうも簡単に騙されるものか?」

「それって、わざとそうしたって言いたいの?」

「ワザとかどうかは分からんが、カサンドラの好きにさせる為に、見て見ぬ振りはしたかもしれんだろ?」

「そんな必要ある?普通はさ、好きな人には良い物を贈りたいものじゃないの?」

「知らんよ。ナリウス本人に聞くしかないだろう?」

「正直俺は、ナリウスとはもう二度と話したくない。次はこの手で斬り殺してしまいそうだ」

「・・・・・ならさ。この偽物を売りつけた奴らはどうなの?これって詐欺だよね?」

「そうだな。普通の貴族なら詐欺に在った、なんて恥ずかしくて公にはしないものだが・・・・」

「俺達は」

「「「普通じゃない」」」」

「とにかくこの詐欺師たちを捕まえよう。こいつ等は国の金に手を出した。相応の処罰は必要だ」

「それに全額は無理でも、少しくらいは取り戻せるかもしれないしね」

ナリウスとカサンドラを騙した、詐欺師たちの捜査を命じたカリストだったが、詐欺師のグループはナリウスが幽閉されると、直ぐに姿を消していた。

当然と言えば当然だ。
商会に出入りしていた業者が、口を揃えて証言したのは、カサンドラが贔屓にしていた商会の従業員たちは、隠そうとはしていたが、帝国訛りがあったという事だった。

調べてみると、この商会を立ち上げたのはラリスの商人だった。

しかし経営がうまく行かず、数年前に経営権を帝国の商人に売りはらっていた。

その後も、ラリスで商売をする上で、帝国人の名前を出すよりも、ラリス国民が商会長である方が、何かと通りが良いと言われ、名前を貸す代わりに毎月20フラーが、元々の商会長に支払われていたそうだ。

この商人は、相手が詐欺師だとは全く気付いておらず、頼みの綱だった20フラーが、支払われなくなる事ばかりを気にしていたそうだ。

カサンドラが贔屓にしていたのは、帝国人が経営する怪しげな商会。
ナリウスが金を借りたのも帝国の貴族。

ここに作為を感じるのは、当然の流れだった。

「何かあると思うのは穿ち過ぎか?」

「いや」

「ねぇ。カサンドラが何か知ってるかもよ?」

「あの女が?脳みその代わりに綿が詰まってるような女だぞ?」

「う~~ん。でもねぇ・・・」

腕組みをして考え込むリノスに、カリストは思う事が有るなら言ってみろ、と促した。

「あのさ。どんなに趣味が悪くても、その人の好みって出るものじゃない?」

「まあ。そうだな」

「でもさ、王子宮の調度品も、ドレスもさ、共通点は趣味が悪いって事だけな気がするんだ」

「何が言いたい?」

「だから、わざと変なものを買い込んでたんじゃないかって事。あのカサンドラも一味だったりして」

これにカリストとマイルスは、頭を殴られた気分になった。
 
「リノス。お前天才なんじゃないか?」

「え?えへへ」

「とにかく、カサンドラを調べ直させよう。それにあの女の話しも、聞いてみなければ」

三人は頷き合い、カサンドラの再調査を命じたのでした。
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