氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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55話

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「魔道具の製作には、明確なイメージが重要になります。どういう物を作りたいのか、それがハッキリしないと有効な魔法陣を描くことは出来ません」

「なるほど。その魔法陣を使って、魔石の魔力を引き出すからですね?」

「その通りです。魔法陣は線一本、たった一文字書き間違えても、正しい動きはしてくれません。道具を正く動かすためには、正確な図形を描く技術と、古代語の知識も必要になります」

「凄いなあ。キャニス様はたくさん勉強されたんですね」

「永い時間をかけて、色々な事を学ばせて頂きました」

永い時間。
その言葉に、込められた意味を知るシェルビーの胸はずきずきと痛み、続くライアンの言葉に泣きたくなった。

「僕に学ぶ時間が、残っているでしょうか」

「殿下・・・・」

「あっ!ごめんなさい。せっかく楽しいお話を聞かせて頂いているのに、辛気臭い事を言ってしまいました」

「ライアン。お前にはこの先もまだまだ時間はある。医学の進歩は日進月歩だ。お前が外を走り回れる日が、必ず来るからな」

「兄上・・・・・・ありがとうございます」

ライアンはグスリと鼻をすすり上げ、シェルビーも悲し気な顔になった時、部屋の扉を叩く音が聞こえて来た。

それはベラの到着を知らせるもので、中に通されたベラは。大きな箱を二つ捧げ持っていた。

「ベラ一人で持って来たの?重かったでしょ?」

「坊ちゃん。ベラが力持ちなのはご存じでしょ?このくらい、なんともありませんよ?」

「そう?でも転んだりして怪我をしたらどうするの?次から大きな荷物を運ぶときは、パトリックの手を借りなさい」

ベラを気遣うキャニスと、ニコニコと元気なベラのお陰で、しんみりした空気は一転し、明るいものに代わっていた。

「何が入っているんだ?」

「私の魔道具の試作品です。出来ればもう少し小型化したいのですが。大きさを気にしなければ、使用には問題ありません。ですので殿下に使って頂きたいのですが」

そう言ってキャニスが箱から取り出したのは、これまで見たことが無い魔道具だった。

キャニスは使い方を教えると言って、離れの執事と侍女も呼び、ベラに部屋のカーテンを閉めさせた。

「殿下。あの壁を見て居て下さいね」

そしてキャニスが魔道具に魔力を流すと、壁一面に外の景色が映し出されたのだ。

「これは・・・景色を映す魔道具なのか?」

「はい。まだ声や音を入れることは出来ませんが、人の様子を映す事も出来ます。こっちの箱に入っている魔道具は、仮にカメラと呼んでいます。このカメラに魔石を嵌め込み、魔力を流すと、目の前の景色や、人の様子を映像として、残す事が出来ます」

「ほ~?」

「何も録画していない、魔石は透明ですが、録画すると色が付きますので、区別し易いと思います」

「ふむ」

「そして、録画済みの魔石を、このプロジェクターに取り付け、部屋を暗くした上で作動させると、色々な場所の景色や、人の様子を見ることが出来るのです」

「兄上凄いね!本当に外にいるみたいだ!!」

「VRが創れるのは、まだ先になりそうですが。喜んで頂けた様で何よりです」

耳慣れない言葉に、一瞬反応しかけたシェルビーだったが、キャニスが使う記号と同じで、自分には理解できないと判断し、聞き流す事にしたのだった。

「しかし、本当にこれはすごい発明だぞ。やっぱりキャニスは天才だ」

「私は天才ではありません」

「謙遜するなよ」

「そうですよ!キャニス様は天才です!!」

新しい魔道具を見せられた、ライアン付きの使用人達も興奮気味だ。
そんな使用人達を前に、静かなキャニスとは反対に、何故かベラが胸を張り"どうだ、うちの坊っちゃんは凄いだろ!"というベラの心の声が聞こえてきそうだ。

 サイラスの奴、後で聞いたら、色々悔しがるだろうな。

「殿下、そんなに興奮されては、また熱が出てしまいます」

「このくらい平気だよ。それより花や草木が多くて,綺麗なところだけど、この場所は何処ですか?」

「ラリスに在る、私の自宅です」

「素敵なお庭ですね。いつか僕も行ってみたいです」

「お褒め頂いてありがとうございます。当家の庭師たちも、殿下のお言葉を聞いたら、きっと喜ぶことでしょう」

 礼儀正しい受け答えをしているライアンだが、その瞳はキラキラと輝き、壁に映し出された、初めて見る景色に釘付けだった。

「録画してある物があと二つ。何も録画していない、空の魔石が三つです。殿下の体調が良ければ、ご自身で撮影されても良いですし、誰かに頼んでも良いと思います。魔石は足りなくなったら、私がいくらでもご用意いたします。それに殿下の見たい処を仰って下されば、私が撮影してきますので、いつでも声を掛けて下さい」

「キャニス様。ありがとうございます。こんな素敵なプレゼントは初めてです」

ニコニコと明るい笑顔を見せるライアンに、そっと後ろを向いたシェルビーは、誰にも気付かれない様に、眦に流れた涙を指で拭った。

「兄上?キャニス様が他の映像も見せてくれるって。兄上もこっちで一緒に見ましょう」



 楽しく穏やかな時間を過ごした3人だったが、ライアンの疲れが見えはじめた為、キャニスとシェルビーは、近いうちにまた来ると約束をして、王子の病室を後した。

「あんなに楽しそうな、あいつを見るのは久しぶりだ。これもキャニスのお陰だ。本当にありがとう」

「いいえ。私の方こそ、お礼を言わせてください」

「なんでだ?」

「殿下が。私の作った道具を褒めて下さり、とても喜んでくださったからです。商会の人間相手だと、素直な感想はなかなか聞けませんから」

「まあ、どうしたって商売が先になるからな」

「はい」

「しかし、キャニスの発想力と言うか、想像力と言うか。あんな道具を作れるなんて、キャニスは天才だ」

「殿下。私は本当に天才ではないのです。元ネタが此処に在りますから」

キャニスは、自分の頭を指差した。

 あぁ。キャニスの発明は前世の記憶を頼りに、作られているのか。

「だとしても、思い描いたものを形に出来るのは凄い事だと思うぞ?キャニスは発想の天才じゃないのかも知れないが、物作りの天才だって事だ」

「はあ。ありがとうございます」

 この人は褒めるのが上手いな。
 こんな僕でも、努力を認められたような気分になって来る。

 それなのに、なんでセリーヌ殿下の事は褒めてあげないんだろう。

「殿下一つお願いがあるのですが」

「なんだ?なんでも言ってくれ!」

 なぜ頼みごとをされるのに、この人は嬉しそうなんだ?

 ほんと、変な人だ。

「ライアン殿下の主治医と、話がしたいのです」

「ライアンの医者? 何故?」

「さっき、魔道具の使い方を教えて差し上げている時に、殿下の魔力に触れたのですが、それでちょっと思い付いた事が有ります」

「何を思い付いた?」

「私には殿下の病を治すことは出来ませんが、お身体を楽にして差し上げる事なら、出来るかもしれません」

「それは本当か?!」

「殿下。あくまでも可能性の話しです。私は医学には詳しくありません。ですのでお医者様の意見を参考にしたいのです」

「そうか。そうか!ありがとう!本当にありがとう!!」

「まだ、出来るかどうかも分からないのですよ?」

「それでもだよ。医者からはライアンの事で、希望になるような言葉を聞いたことが無い。たとえ成功しなくても、ほんの少しでも、希望があると言われるだけで、俺は嬉しい!」

「・・・・殿下は、弟思いでいらっしゃる」

「兄弟なんだから、当然だろ?」

「殿下・・・・その半分でもいいから、セリーヌ殿下に気を使って差し上げたらどうです?」

「セリーヌ?セリーヌかぁ」

 困ったように頭を掻くシェルビーに、キャニスは呆れてしまった。

「そんなに難しい事ですか?」

「いやぁ。だってセリーヌだぞ?あいつは猿だから」

「殿下っ!!本当に失礼すぎます!!」

王太子をしかりつけたキャニスは、そのままツンと頭を擡げ、一人でスタスタと歩いて行ってしまった。

その後を追うシェルビーは、愛しい人の機嫌を取る為に、ひたすら謝り続けたのだった。
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