氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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54話

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「それで,お兄様はなんの御用なのかしら?今は、ローナン語の授業時間でしてよ?」

「お前、本当に話せる様になるのか?」

「殿下。セリーヌ殿下は素晴らしい生徒です」

今、敬意を払えと話したばかりだろう。とキャニスはシェルビーにジトっとした視線を向けて来た。

「ほら!キャニスお兄様方が、お兄様より私の事分かって下さるのよ」

「あ、あはは」

笑って誤魔化そうとするシェルビーに、セリーヌの目は冷たい。

「それで、なんの用なの?」

「あっそうだった。俺も時間が取れたし、今日はライアンの具合が良いそうだから、みんなで見舞いに行こうかと思って」

「ライアン、元気になったの?」

「一応な。熱は下がったそうだ」

「そう・・・」

弟の回復を喜んだセリーヌだが、全快したわけでは無いと知り、表情が暗くなった。

「一緒に行くか?」

「ううん。今日はやめておきます。一度にたくさんの人に会ったら、ライアンが疲れちゃうわ」

「そうか、分かった」

「じゃあ、キャニス行こうか」

立ち上がったキャニスが、ベラに目配せをすると、ベラは一つ頷いて、どこかに下がって行った。

シェルビーに手を取られ、その歩みについて行ったキャニスだったが、案内するシェルビーは、蒼湖殿から裏庭に出てしまった。

「ライアン殿下は、何処にいらっしゃるのです?」

「あいつは離宮と言うか、離れに居る」

「ご病気なのに、お一人だけで離れに住まわれている?」

「薄情に見えるか?でも仕方がないんだ。あいつは今年11になったんだが、生まれつき魔力器官に障害があって。体の中の魔力を安定させられない。勝手に魔力が抜け落ちてしまう事も有れば、体に溜め込み過ぎてしまう事も有る。何度か魔力暴走を起こした事が有ったんだが、セリーヌ達と一緒に居る時にも、暴走を起こしてな。可愛そうだが、セリーヌ達の安全も考え、それからは離れで暮らす事になったんだ」

「そうでしたか」

「だが、あいつの調子がいい時は、俺達もこまめに顔を出す様にしている。しかし魔力が安定しない所為で、ライアンは熱を出す事が多くて、思うようには会いに行けないんだ」

「お医者様は何と?」

「適合する魔力器官を移植するしか方法はないそうだ。しかし移植自体は難しい施術ではないらしいが、適合する相手を見つける事の方が難しい。家族である俺達も、親戚の中にも適合する者はいなかった。後は全く関係ない、第三者に頼るしかないのだけど。赤の他人の為に魔力を手放してくれる、そんな殊勝な人間は居ないだろ?」

 魔力器官の移植は、絶望的という事か。
 御可哀そうに。

 これなら魔力を持たずに生まれてきた方が、マシだったかもしれないな。

 魔力を持たない王族なんて、肩身の狭い思いをするだけだけど。
 魔力器官の障害は致命的で、毎日命の危険に晒されているのと一緒だ。

 11歳になる迄生きて来られたのは、彼が王子で、手厚い看護と治療を受けられたからに過ぎない。

 ほんと神様って、依怙贔屓しかしないのかな。

 ナリウスは幽閉はされて居るけれど、元気に暮らしてるみたいだし。

 あのカサンドラって娘の父親は、子供の仕出かしに堪え切れず、自決したって聞いたけど、本人は牢に入れられた事の不満は漏らしても、父親の事は気にも留めていないらしい。

 カサンドラは、只のおバカさんだから仕方ないとして、ナリウスがやって来た事を考えると、ライアン殿下を苦しめる代わりに、ナリウスに罰を当てればいいのに、と思ってしまうな。

「ライアンは遅くに出来た子だから、両親はとても可愛がっているし、兄妹仲も悪くない。だがセリーヌは輿入れが決まって忙しくなったし。ロジャーは留学中だ。あいつは寂しい思いをしていると思う」

「そうでしたか」

「ライアンは、キャニスみたいな美人を見たことが無いからな。きっと驚くぞ」

「それはどうでしょう」

「いや絶対驚くって」

 人の好みは其々だから、ライアン殿下がシェルビー殿下と同じ反応をするかどうかなんて分からないのに。

 この人、変な所で暢気なんだよね。
 戦場で大活躍だったなんて信じられないな。

しかし、シェルビーの予想は、大当たりだった。

離れで療養中のライアンは、ベットの上でクッションに埋もれる様にして身を起こしていたが、キャニスの姿を見ると痩せて青褪めた頬に赤みが差し、シェルビーにこう呟いた。

「兄上。とうとう天国からのお迎えが来てしまいました。兄上の隣に天使が見えます」

これにシェルビーは破顔し、弟の頭をワシワシと撫でて大笑いした。

「あははは!!ライアン。この人は天使じゃないぞ。将来俺の妃になる人だ」

「え?こんなに綺麗なのに人間なんですか?それも兄上の妃だなんて、信じられない」

 そうですね。
 僕はまだ、求婚を受け入れた訳ではありませんから。

 でも何と無く・・・。
 外堀を埋められて、逃げ道を塞がれている様な気はしています。

「キャニス・ヴォロス・カラロウカと申します。以後お見知り置きください」

「うわぁ~喋った。本当に人間だ」

「こら。お前も挨拶を返しなさい」

「あっ!失礼しました。ライアン・レ・オセニアです。せっかくお越しいただいたのに、こんな格好で申し訳ありません」

「いえ。押しかけたのは私の方ですから。どうぞお気になさらず、殿下の楽な様になさって下さい」

キャニスに話しかけられたライアンは、ポーッとした顔でキャニスを見上げていたが、ハッと我に返るとキャニスの手を取り、真剣な顔で、キャニスの菫色の瞳を覗き込んで来た。

「キャニス様。あなたの様に麗しくお優しい方が、兄上の妃だなんて信じられない。兄上にどんな弱みを握られたのですか?」

「は?」

なぜかこの王子は、盛大な誤解をしている様だが、その顔は真剣で、本気でキャニスを心配している様だ。

 殿下たちは、仲が良いと聞いていたのに、違うのかな?

「僕にはさほど力は有りませんが、両親は僕に甘いので、僕が兄上から逃がしてあげてと頼めば、叶えてくれるかもしれませんよ?」

「ライアン!!お前なんて事言うんだ?!」

「殿下。病み上がりの方の前で、大声を出さないで下さい」

「うっ!すまん。つい」

キャニスに叱られる兄の姿を、ライアンはポカンと口を開けて見て居たが、握っていたキャニスの手を放すと、両手をポンッと打ち合わせた。

「あぁ、ごめんなさい。兄上がこんな綺麗な人を射止めるなんて、信じられなくて。失礼な事を言ってしまいました。お二人は仲が良かったのですね」

そうかそうか、と頷くライアンは、外の世界と切り離され、思う様に動けない所為か、随分と想像力が逞しい少年の様だ。

しかし落ち着て話をしてみると、体を動かせない分、本を沢山読んでいるライアンは、シェルビーが言った通りとても賢く、また好奇心が旺盛な子供だった。

キャニスが魔道具や化粧品、美容器具の開発だけでなく、自身のブランド商品のデザインも手掛けていると知ると、ライアンはその話を聞きたがり、特に魔道具作りに興味を持ったのだった。
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