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52話
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「さあ!ベラ達には、荷物を纏める様に言っておきました。急いでここを離れるのよ!」
勢いよく立ち上がった夫人は、キャニスの手を握り、グイグイと引っ張っている。
「お母様。何故ですか?」
お母様の慌て振りは尋常じゃない。
何かが有ったのは確かだし、相手が誰なのかは分からないけれど、逃げるにしてもお母様が用意できる場所より、僕が準備していた場所の方が見つかり難い筈だ。
勝手に何処かに連れて行かれるのは困る。
「旦那様とトバイアスが、戦争の準備をしています。わたくし達の眼の黒い内は、あんな性悪に、わたくしの可愛い天使は絶対に渡しません!さあ!急いで!!」
これまで呆然と、取り乱す夫人を見て居たシェルビーとサイラスは、戦争と聞き椅子を蹴立て立ち上がった。
「戦争?!」
「誰と?!」
「お母様!何があったか話して下さい!!」
パニック状態の夫人は、キャニスやシェルビー達の困惑にも全く気付いていないらしく、只々キャニスの手を引き、急いで逃げるのだと言ってきかなかった。
「夫人。戦争とはどういうことですか?俺達は軍人です。サイラスは要人警護に慣れているし、人を見つけ出すのも隠すのも上手い。俺達が力になりますから。何があったのか説明して下さい」
「御夫人。無暗に動いては危険な事の方が多い。逃げるにしてもご夫人が知っているような所は、目立ちすぎて直ぐに見つかる可能性が高い。危険度によって警護の内容も変えなければならない。キャニス様に危険が迫っていると言うなら、本職の私達に任せてほしい」
「キャピレット卿の言う通りです。それにお父様とお兄様も、戦争を始めるなら、此処に今以上の護衛を送って来る筈です。今勝手に動いたら、混乱をきたしてしまいます。何があったのか、先ずは説明を。その上で、今後どうするか、逃げるにしてもどこに逃げるのか、じっくり考えましょう。ね?」
キャニスが夫人の手を両手で包み込み、水色の瞳を静かに覗き込むと、夫人の両目から、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「キャス・・・キャニス!わたくしの天使!どうして、どうしてあなたばかりこんな目に合わなければならないの?」
「お母様?」
「全部・・・・ナリウスの所為よ。全部あのクズのせい!!、あのクズは、もっと早く始末しておくべきだったのよ!!」
そう叫んだ公爵夫人は、その場で泣き崩れてしまった。
こうなると、話しを聞く事は難しく、夫人を落ち着かせることが先決と、キャニスは侍女の手を借りて、夫人を自室へと連れて行った。
取り残される形になったシェルビーとサイラスは、執事の案内で応接間に通された。
「執事殿。貴殿の名を聞かせて貰いたい」
「私の名など聞いてどうされるのです?」
「長い付き合いになりそうなのでな。いつまでも執事殿では面倒だ」
「左様ですか。私の事はパトリックとお呼びください」
「・・・・パトリックか。では俺の事はサイラスと呼んでくれ」
「私のようなものが、王太子殿下の護衛騎士様をお名前で呼ぶなど、滅相もございません」
「・・・・まあ好きにしてくれ。ところで御夫人が、恐慌状態になった訳を知って居るか?」
「詳しい事は存じません。ただ旦那様より早駆けで、手紙が届きましてございます」
「・・・そうか。ありがとう」
「では、失礼いたします」
執事が出て行くのを見送ったサイラスは、自分をじっと見て居るシェルビーに気付いた。
「なんですか?」
「いや。この状況でロリコンから枯れ専に変節とは、忙しいなと思って」
「あんた、馬鹿でしょう」
「なんだよ。ただの冗談だろ?」
「まったく。そんなんじゃ、いつまでも片想いのままですよ?」
「お前に言われたくないな。花をプレゼントしまくりなんだろ?」
「明日から鍛錬を1時間延長するか?」
「その分お前も、この屋敷に来れなくなるが?」
「クッ・・・・くそ」
「フフン。今日は俺の勝ちだ」
いつもとは逆に、サイラスやり込めたシェルビーは上機嫌だ。
「さて。おふざけはここ迄だ。先の夫人の様子をどう思う?」
シェルビーはサイラスを揶揄っていたニヤケ顔を、一瞬で引き締め、険しい表情になった。
「夫人の話しを繋ぎ合わせただけでも、かなりヤバそうですね」
「だよな。事の現況はナリウス。夫人が言ってた性悪ってのは、恐らく帝国の第一皇女じゃないか?」
「でしょうね。あの夫人が警戒するような相手は、そうは居ないでしょうし。噂の皇女がキャニス様にご執心だったらどうします?」
帝国の第一皇女は、本当か噓か、目の覚める様な美女と言う話だが、色々と不穏な噂の絶えない人物だ。
シェルビーも一度だけ会った事があるが、二度と会いたく無い人物の筆頭だ。
「どうするもこうするも。相手が誰だろうと、キャニスは渡さない」
「そう言うと思った」
当然だ。
キャニスが望むのならともかく。
そうでないなら、誰にも譲る気など無い。
それがあの皇女なら尚更だ。
俺の大事な人を、あんなあばずれの好きにさせて堪るか。
「しかし公爵も戦争とは、思い切った事をするもんですね」
「相手が帝国と決まった訳じゃないが。武力で戦うだけが戦争じゃないだろ?あの家の根っこが、どこまで広がっているかにもよるが、公爵は自信があるんだろう」
「それはそれで、おっかないな」
「キャニスは、カラロウカの人間は、利の無い行動はしないと言っていた。公爵は帝国相手の戦争でも、利があると考えているのかもな」
それから疲れ切った顔のキャニスが、応接室に顔を出したのは、2時間近くが過ぎた頃だった。
「お帰りにならなかったのですね」
キャニスの声は、居座っていた二人を咎めると言うより、戸惑いの方が大きい様だった。
「あの状態の夫人とキャニスを、放ってはおけんだろう?」
「お忙しいのに、申し訳ございません」
「水臭い事言うなよ。それで夫人の様子はどうだ?」
「興奮しすぎていましたので、医者を呼んで睡眠薬を飲ませて貰いました。今し方眠った所です」
「そうか。公爵から手紙が届いたと聞いたが、その手紙が原因か?」
「・・・はい。少々お待ちください」
一度席を立ち部屋を出て行ったキャニスは、一人の騎士を伴い戻って来た。
「殿下。彼はカラロウカの騎士で、デボラ卿と言います。手紙を届けてくれました。先にこの手紙をお読みいただき、詳しい事は彼に聞いて下さい」
封の切られた手紙を、シェルビーに渡したキャニスは、膝に肘をついた手で顔を覆ってしまった。
そんなキャニスに、痛々し気な視線を送ったシェルビーだったが、手紙を読み進める内に、ぎりぎりと奥歯を噛締め、読み終わった手紙を乱暴にサイラスに押し付けた。
怒りを露わにする王太子に、サイラスは急いで手紙を読んだのだが、その内容に呆れるとともに、主と同じ怒りを感じたのだ。
「・・・デボラ卿・・・公爵はナリウスの首を落としたのか?」
「残念ながら、私が出発する時はぴんぴんしていました」
「そうか・・・ならあいつの首は、俺が貰っても良いよな?」
勢いよく立ち上がった夫人は、キャニスの手を握り、グイグイと引っ張っている。
「お母様。何故ですか?」
お母様の慌て振りは尋常じゃない。
何かが有ったのは確かだし、相手が誰なのかは分からないけれど、逃げるにしてもお母様が用意できる場所より、僕が準備していた場所の方が見つかり難い筈だ。
勝手に何処かに連れて行かれるのは困る。
「旦那様とトバイアスが、戦争の準備をしています。わたくし達の眼の黒い内は、あんな性悪に、わたくしの可愛い天使は絶対に渡しません!さあ!急いで!!」
これまで呆然と、取り乱す夫人を見て居たシェルビーとサイラスは、戦争と聞き椅子を蹴立て立ち上がった。
「戦争?!」
「誰と?!」
「お母様!何があったか話して下さい!!」
パニック状態の夫人は、キャニスやシェルビー達の困惑にも全く気付いていないらしく、只々キャニスの手を引き、急いで逃げるのだと言ってきかなかった。
「夫人。戦争とはどういうことですか?俺達は軍人です。サイラスは要人警護に慣れているし、人を見つけ出すのも隠すのも上手い。俺達が力になりますから。何があったのか説明して下さい」
「御夫人。無暗に動いては危険な事の方が多い。逃げるにしてもご夫人が知っているような所は、目立ちすぎて直ぐに見つかる可能性が高い。危険度によって警護の内容も変えなければならない。キャニス様に危険が迫っていると言うなら、本職の私達に任せてほしい」
「キャピレット卿の言う通りです。それにお父様とお兄様も、戦争を始めるなら、此処に今以上の護衛を送って来る筈です。今勝手に動いたら、混乱をきたしてしまいます。何があったのか、先ずは説明を。その上で、今後どうするか、逃げるにしてもどこに逃げるのか、じっくり考えましょう。ね?」
キャニスが夫人の手を両手で包み込み、水色の瞳を静かに覗き込むと、夫人の両目から、ボロボロと涙が零れ落ちた。
「キャス・・・キャニス!わたくしの天使!どうして、どうしてあなたばかりこんな目に合わなければならないの?」
「お母様?」
「全部・・・・ナリウスの所為よ。全部あのクズのせい!!、あのクズは、もっと早く始末しておくべきだったのよ!!」
そう叫んだ公爵夫人は、その場で泣き崩れてしまった。
こうなると、話しを聞く事は難しく、夫人を落ち着かせることが先決と、キャニスは侍女の手を借りて、夫人を自室へと連れて行った。
取り残される形になったシェルビーとサイラスは、執事の案内で応接間に通された。
「執事殿。貴殿の名を聞かせて貰いたい」
「私の名など聞いてどうされるのです?」
「長い付き合いになりそうなのでな。いつまでも執事殿では面倒だ」
「左様ですか。私の事はパトリックとお呼びください」
「・・・・パトリックか。では俺の事はサイラスと呼んでくれ」
「私のようなものが、王太子殿下の護衛騎士様をお名前で呼ぶなど、滅相もございません」
「・・・・まあ好きにしてくれ。ところで御夫人が、恐慌状態になった訳を知って居るか?」
「詳しい事は存じません。ただ旦那様より早駆けで、手紙が届きましてございます」
「・・・そうか。ありがとう」
「では、失礼いたします」
執事が出て行くのを見送ったサイラスは、自分をじっと見て居るシェルビーに気付いた。
「なんですか?」
「いや。この状況でロリコンから枯れ専に変節とは、忙しいなと思って」
「あんた、馬鹿でしょう」
「なんだよ。ただの冗談だろ?」
「まったく。そんなんじゃ、いつまでも片想いのままですよ?」
「お前に言われたくないな。花をプレゼントしまくりなんだろ?」
「明日から鍛錬を1時間延長するか?」
「その分お前も、この屋敷に来れなくなるが?」
「クッ・・・・くそ」
「フフン。今日は俺の勝ちだ」
いつもとは逆に、サイラスやり込めたシェルビーは上機嫌だ。
「さて。おふざけはここ迄だ。先の夫人の様子をどう思う?」
シェルビーはサイラスを揶揄っていたニヤケ顔を、一瞬で引き締め、険しい表情になった。
「夫人の話しを繋ぎ合わせただけでも、かなりヤバそうですね」
「だよな。事の現況はナリウス。夫人が言ってた性悪ってのは、恐らく帝国の第一皇女じゃないか?」
「でしょうね。あの夫人が警戒するような相手は、そうは居ないでしょうし。噂の皇女がキャニス様にご執心だったらどうします?」
帝国の第一皇女は、本当か噓か、目の覚める様な美女と言う話だが、色々と不穏な噂の絶えない人物だ。
シェルビーも一度だけ会った事があるが、二度と会いたく無い人物の筆頭だ。
「どうするもこうするも。相手が誰だろうと、キャニスは渡さない」
「そう言うと思った」
当然だ。
キャニスが望むのならともかく。
そうでないなら、誰にも譲る気など無い。
それがあの皇女なら尚更だ。
俺の大事な人を、あんなあばずれの好きにさせて堪るか。
「しかし公爵も戦争とは、思い切った事をするもんですね」
「相手が帝国と決まった訳じゃないが。武力で戦うだけが戦争じゃないだろ?あの家の根っこが、どこまで広がっているかにもよるが、公爵は自信があるんだろう」
「それはそれで、おっかないな」
「キャニスは、カラロウカの人間は、利の無い行動はしないと言っていた。公爵は帝国相手の戦争でも、利があると考えているのかもな」
それから疲れ切った顔のキャニスが、応接室に顔を出したのは、2時間近くが過ぎた頃だった。
「お帰りにならなかったのですね」
キャニスの声は、居座っていた二人を咎めると言うより、戸惑いの方が大きい様だった。
「あの状態の夫人とキャニスを、放ってはおけんだろう?」
「お忙しいのに、申し訳ございません」
「水臭い事言うなよ。それで夫人の様子はどうだ?」
「興奮しすぎていましたので、医者を呼んで睡眠薬を飲ませて貰いました。今し方眠った所です」
「そうか。公爵から手紙が届いたと聞いたが、その手紙が原因か?」
「・・・はい。少々お待ちください」
一度席を立ち部屋を出て行ったキャニスは、一人の騎士を伴い戻って来た。
「殿下。彼はカラロウカの騎士で、デボラ卿と言います。手紙を届けてくれました。先にこの手紙をお読みいただき、詳しい事は彼に聞いて下さい」
封の切られた手紙を、シェルビーに渡したキャニスは、膝に肘をついた手で顔を覆ってしまった。
そんなキャニスに、痛々し気な視線を送ったシェルビーだったが、手紙を読み進める内に、ぎりぎりと奥歯を噛締め、読み終わった手紙を乱暴にサイラスに押し付けた。
怒りを露わにする王太子に、サイラスは急いで手紙を読んだのだが、その内容に呆れるとともに、主と同じ怒りを感じたのだ。
「・・・デボラ卿・・・公爵はナリウスの首を落としたのか?」
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