氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
51 / 113

51話

しおりを挟む
「坊ちゃん・・・そこ・・すごくいい」

「ここが良いの?」

「あっ耳はダメ!」

「ふふ。ベラは耳が弱いんだ」

「ふあ~すごく気持ちいい・・・」

昼下がりのキャニス邸。
庭園の一角の木影から、何やら怪しげな声が聞こえて来る。

そんなまさか?
キャニスとベラが・・・。

いや。
キャニスだって若く健康な男だ。
侍女相手にそう言うことが、あってもおかしくは無い。

おかしくは無いが・・・。

「・・・・何やってんだ?」

「あっ殿下。殿下もどうですか?」

「どうですって、何してんだよ」

「何って、シャンプーですが」

「シャンプー?」

キャニスの前へ回り込むと、デッキチェアーに寝そべった,ベラの頭は泡まみれだった。

「洗髪してたのか。キャニスがベラの?」

「はい。今度売り出し予定のシャンプーという洗髪剤なのですが、販売ターゲットが女性なので、髪質の事も有りますし、ベラで試させてもらっています」

「風呂場でやった方が良くないか?」

するとキャニスは、シェルビーに軽蔑の眼差しをむけて来た。

「殿下。ベラは年頃の娘ですよ。私と風呂場なんかに二人で居たら、あらぬ噂を立てられるかも知れません。それでベラが嫁げなくなったら、どうするつもりですか」

「あ~そうだな。うん、今のは俺が悪かった」

 屋外でも、充分怪しい会話だったけどな。

「さぁベラ、痒いところとか、変な感じのする所は無い?」

「全然有りません。これ凄く気持ちいいし、良い匂いがして、なんか眠くなって来ちゃいました」

「そう?じゃあ流すから、じっとしててね」

そう言うと、キャニスは指先から湯を出して、ベラの泡だらけの頭を洗い流して行った。

「キャニスは、直接湯が出せるのか?」

「ええ。水と火の応用です」

「キャニスは器用なんだな」

「そうですか?うちではみんな出来ますけど」

「みんな?みんなとは、使用人もか?」

「はい、我家では標準装備ですね」

 なんだよそれ。
 魔法の二重掛けの応用が、標準装備?
 まさに、恐るべしカラロウカだな。

「さぁ、終わったよ。よく水気を拭き取ってから、髪を梳かして。乾いたら質感の感想を聞かせてね」

「はい。坊ちゃん。ありがとうござます」

「あと残ったシャンプーは、待って行って。1週間くらい使ったら,また感想を聞かせて」

「はい! ねぇねぇサイラスさん!すごく良い匂いがしませんか?」

「うん?どれどれ。お~凄いな。これはラベンダーの香りか?」

「当り!! サイラスさんは女の人にお花を贈る事も多いから、詳しいですね!」

「え?・・あぁうん。そうだな・・・ほら早く乾かさないと風邪を引くぞ」

「は~い!!じゃあ坊っちゃん、後で感想を纏めてきますね」

ウキウキで去って行くベラと、何故か面白くなさそうなサイラス。
 
「いやいや、これはこれは」

「なんですか?」

「いやぁ~別に~?キャピレット卿も色々大変だな~と思ってな?」

「余計なお世話ですよ」

ニヤニヤするシェルビーに、サイラスは不機嫌な顔を見せた。

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない」

「殿下もどうですか?一応販売ターゲットは女性ですが、男性の意見も聞いてみたいので」

「そうか?じゃあ俺もお願いしようかな」

キャニスに頭を触ってもらえるチャンスだ。とシェルビーはいそいそとデッキチェアーに背中を預け。
その数分後には、夢見心地でうっとりしていた。

「どうです?痒い処とかありますか?」

「う~~これ気持ちいいなあ。キャニスは洗髪するのが上手いなあ」

「美容師をやって居た事が有りますから」

「びようし?」

「え~何と言えばいいのでしょうか。ここではそういう職業が無いのですが、髪を整えたりお化粧をしてあげたり、強いて言えば侍女の中の美容専門職みたいな感じです」

「あ~だからアマテラスは化粧品やドレスを扱っているのか」

「まあ、そういう事です」

「凄いなあ。キャニスは色んな経験を積んでいるんだなあ。うん、天才って言われる訳だよなあ」

 まあ、その時付き合っていた店のオーナーに、保険金目当てに殺されちゃったんだけどね。
 折角褒めてくれてるんだから、こんな話はしない方が良いよね。

「はい。終わりです。しっかり拭いて下さいね」

「ありがとう。おお、サッパリ、スッキリしてるな。これいいな」

「そうですか?よかった・・・・キャピレット卿?」

サッパリしたと喜んでいるシェルビーだが、傍に居るサイラスは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「殿下・・・サッパリしたのは良いですが。殿下に薔薇の香りって、どうなんですかね」

「なんだよ。俺からバラの香りがしちゃいけないのか?」

「いけませんね。そういうのは妙齢な女性の香りでしょ。イメージが壊れます」

「煩いな。お前はラベンダーの方が良いんだろ?」

「あっ!!そういう事を言うんだ。へえ~~。そっちがその気なら、キャニス様に殿下の恥ずかしい話とか、色々お聞かせしてもいいんですけどね」

「お前なぁ・・・・ってキャニス?」

「そうか・・・やっぱり薔薇は駄目か・・・男性用ならムスクが定番だけど、雄ッぽ過ぎてちょっとな・・・やっぱりベルガモットとかシトラスかな。でもサンダルウッドとジャスミンも捨てがたい」

ブツブツと呟きながら考え始めたキャニスを見て、シェルビーとサイラスは顔を見合わせた。
この処の経験から、キャニスは一度思考の海に沈んでしまうと、中々戻ってこない事を、二人は理解していたからだ。

シェルビーはキャニスの手を取り、近くの椅子に座らせて、手に果汁の入ったグラスを握らせ、考え込むキャニスの前に用意されていた紙とペンを滑らせた。

虚空を見つめたまま思考を廻らせるキャニスを、シェルビーは愛おしそうに見つめているが、残念な事に当のキャニスは、それに全く気が付いて居ないのだ。

暫くして、キャニスがテーブルの上を探る様に手を這わせるのを見たシェルビーが、ペンを手に寄せてやると、キャニスはボーっとしながらそれを取り、猛然と紙に何かを書きつけて行く。

一度シェルビーとサイラスは何を書いているのか、覗いてみた事が有るのだが、難しそうな数式や、キャニスにしか分からない記号で埋め尽くされていて、二人は解読を断念したのだった。

「ふう」

「お疲れ。良い物が出来そうか?」

「・・・・そうですね。あっ申し訳ありません、またやってしまいました」

「気にするな。キャニスが楽しそうでよかったよ」

「楽しそう?私が?」

「俺にはそう見えたが?夢中になれるのは、楽しいからじゃないのか?」

「そうなんでしょうか。意識したことが無いので分かりませんでした」

「なんにせよ、楽しい事は良い事だ。だろ?」

「ええ。まあ。そうですね」

曖昧な返事をするキャニスは、楽しいと言う感情がどういう物か、よく分かっていないのかも知れない。

 夫人から聞いた話だけでも、キャニスが送って来た人生の数々は、過酷で悲惨なものばかりで、俺ならきっと堪えられなかったと思う。

 キャニスは本当に強い人だ。
 そして優しい。

 俺なら、二度目の人生を歩み始めたら、何は無くともナリウスに復讐しただろう。

 今だってそうだ、キャニスにばれない様にラリスへ行き、奴を攫い、キャニスと同じかそれ以上の苦しみを味わわせて、殺してやりたい。

 だがキャニスは自分が逃げる事は考えていたが、ナリウスに復讐しようなんて、これっぽちも考えていなかった。これには夫人も同じように戸惑っていたな。

「私の息子なのに、あの子はとっても優しい子なんですの。本当に天使のような子だと思いませんこと?」だってさ。

 夫人は自分の性格が苛烈だって、分かってるんだな。

 でもキャニスを見て居て思うんだ。
 復讐なんて考えて、あいつと同じ所に、キャニスが落ちなくて良かったって。

「キャニス!! キャニス!! どこに居るの?!」

「夫人?」

いつになく取り乱した様子の、夫人の声に3人は戸惑い、視線を交わし合った。

「お母様!ここです!」

キャニスは小走りで夫人を迎えに行き、息を切らせる母親を優しく椅子まで案内した。

椅子に腰を下ろした夫人に、シェルビーは果汁を注いだグラスを差し出し、グラスを受け取った夫人は、マナーを無視して一気飲みすると、ダンッ!とグラスをテーブルに戻した。

「お母様・何が有ったのです?」

「・・・・キャニス」

 地獄の底から響いてくるような低音だった。

「は・・・はい?」

「キャニス。今直ぐ逃げるわよ!!」

 夫人の不穏な宣言に、3人は再び顔を見合わせたのだった。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

なんでも諦めてきた俺だけどヤンデレな彼が貴族の男娼になるなんて黙っていられない

迷路を跳ぶ狐
BL
 自己中な無表情と言われて、恋人と別れたクレッジは冒険者としてぼんやりした毎日を送っていた。  恋愛なんて辛いこと、もうしたくなかった。大体のことはなんでも諦めてのんびりした毎日を送っていたのに、また好きな人ができてしまう。  しかし、告白しようと思っていた大事な日に、知り合いの貴族から、その人が男娼になることを聞いたクレッジは、そんなの黙って見ていられないと止めに急ぐが、好きな人はなんだか様子がおかしくて……。

大聖女の姉と大聖者の兄の元に生まれた良くも悪くも普通の姫君、二人の絞りカスだと影で嘲笑されていたが実は一番神に祝福された存在だと発覚する。

下菊みこと
ファンタジー
絞りカスと言われて傷付き続けた姫君、それでも姉と兄が好きらしい。 ティモールとマルタは父王に詰め寄られる。結界と祝福が弱まっていると。しかしそれは当然だった。本当に神から愛されているのは、大聖女のマルタでも大聖者のティモールでもなく、平凡な妹リリィなのだから。 小説家になろう様でも投稿しています。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...