氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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49話

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カリスト、マイルス、リノスの3人は、品の良い応接室の中で、落ち着いた色合いだが、一目で高級だと分かるソファーに腰かけていた。

しかし、ふかふかのソファーも3人の緊張を和らげる役には立たず、居心地の悪さばかりが募る一方だ。

この応接室に通されて1時間近くになるだろうか、未だ館の主は姿を見せず。
地位を笠に主を呼びつける事も、席を蹴って帰る事も出来ず。
カリストとその側近二人は、自分達の立場の弱さを身に染みて感じていた。

何度目になるのか、マントルピースの上に置かれた時計に目をやったカリストは、その横に置かれた妖精の像が、王宮に飾られていたものだと気付いた。

 これも借金のカタに取られたのか・・・。
 キャニスに似ていて気に入っていたんだがな。

カリストが無力感に肩を落とした時、訪いも無く扉が開かれ、館の主カラロウカ公爵が応接室に入って来た。

3人は揃って席を立ち、公爵を迎えたが、本来なら、王太子のカリストが席を立つ必要などない。しかし今回ばかりは、伏して公爵に助けを求めなければならないカリストとしては、一国の王太子を長時間待たせる無礼を働いた公爵に対して、文句を言えた立場ではなかった。

「お待たせして申し訳ありませんでしたな。息子の婚儀についての話しが長引いてしまいまして」

「婚儀とは、トバイアス殿の婚儀が決まったのでしょうか?」

 すると公爵は小馬鹿にしたように眉を引き上げ、人の悪い笑みを浮かべた。

「正式には公表されて居りませんが、キャニスとオセニアの王太子殿下との婚儀の話しです」

「えっ?キャニス様?でもカリストも求婚状を送りましたよね?」

驚いて口を挿んだリノスは、公爵に睨まれ慌てて口を閉ざした。

「殿下と側近のお二人が、仲が良いとは伺っておりますが、公私の別は付けて頂きたい。それに当家は殿下からのお申し出を、既にお断りいたしております。他家の婚儀に口を挿むのは、お止めいただこうか」

公爵の正論にリノスはグッと唇を噛締め下を向いてしまった。

 殿下の側近は優秀だと聞いていたが、こうしてみるとまだまだ子供だな。

「公爵。コペルに代わり私に謝罪させて欲しい」

 ふむ。ナリウスとは違い友人想いのいい青年だが、人が良いばかりでは政は行えないのだよ?カリスト殿下。

「殿下のその言葉だけで充分です。それで本日はどのようなご用件で?」

「それが・・・・・」

「殿下?」

言い難そうに口ごもったカリストに、公爵が声を掛けると、何を思ったのかカリストは椅子から立ち上がり、公爵の前に移動すると、そのまま膝を付いて土下座をした。

「殿下?何をされて居るのですか?!」

「公爵。いや!カラロウカ公爵閣下!!この通りだラリス王国を救っていただきたい!!」

「殿下!お止めください!! 何があったか存じませんが、一国の王太子ともあろうお方が、何を考えているのです!?」

「しかし、私にはもう、公爵に縋るしか手立てが無いのだ!」

すると、リノスとマイルスもカリストに倣い、公爵の前で跪き深く首を垂れたのだ。

「殿下。とにかく頭を上げて下さい。これでは話も出来ません。何があったのか分からなければ、助けるも何も無いでしょう」

「・・・・公爵」

顔を上げたカリストだが、まだ床に跪いた姿勢のままだ。

「殿下。それと側近のお二人も席に戻って下さい。私には誰かを平伏させて喜ぶような嗜虐趣味は有りません・・私にはね」

公爵の含みのある言い方に、引っ掛かりを覚えたカリストだが、公爵から重ねて席に戻れと言われ、3人はのろのろと席に戻った。

「とにかく茶でも飲んで落ち着いて説明して下さい。一体何が有ったのですか?」

「それが・・・・」

カリストが重い口を開き、ぼそぼそと力なく話したのは、ナリウスの借金についてだった。

ナリウスは帝国の貴族から借金をしていた、その保証人として国王の名が記載され、国王の玉璽まで押されていたのだ。

帝国からの使者と言う名の、借金取りが王宮を訪れた直後、カリストは自ら国王夫妻が隠居暮らしをしている、離宮を訪れ事の真意を問うたが、国王夫妻は全く覚えがないと、首を振っていた。

「50億フラーもの金が手元に在ったら、ナリウスになど渡さず、公爵への賠償に回したわ!」

父王の情けないが尤もな言葉に、嘘はないと判断したカリストは、その足でナリウスが幽閉されている塔へ向かった。

廃嫡当初、地下牢に入れられていたナリウスだが、最近では暴れる事も暴言を吐く事も無くなっていた事と。
他の貴族から廃嫡されたとはいえ王太子であったナリウスを、地下牢に押し込めたままでは外聞が悪すぎる、との歎願を受け、つい数日前に地下牢から王城内の塔へ、幽閉先が移されたばかりだった。

「よう簒奪者!」

この数か月の幽閉生活で、ナリウスの顔はやつれ、疲れて見えた。
だが、大人しくなったと聞いていたが、ナリウスからは、反省の色が全く感じられなかった。

「ナリウス。お前自分が何をしたか分かっているのか?」

「さあ、色々あり過ぎて、どれの事か分からんな」

「お前っ!帝国の貴族から借金しただろう?!その借用書が皇帝に渡ったんだぞ!!今帝国からの使者が、取り立てに来ている。期日までに返さなければ、開戦も辞さないと言っているんだ?!」

「だから?お偉いキャニス様に頼めばいいじゃないか。どうか助けてくださいってな」

「ふざけるなッ!!お前借用書に父上の玉璽を押したな?!あの玉璽がある以上、これはルセ王家が背負うべきもので、ラリス王国と帝国の国家問題なんだぞ!そんな事も分からんのか?!」

「だからどうしたって言うんだ?お前が余計な事をしなければ、この国は私の物だったし、私が自分の物をどうしようと勝手だろ」

 信じられない。
 これが俺と血を分けた兄弟なのか?
 確かに昔から我儘な奴だったが、ここ迄酷くは無かった筈だ。
 俺が国を離れている5年間で、コイツがやって来た事も異常だが、何がコイツ・・・兄をこんな風にしてしまったんだ。

「それ、本気で言っているのか?」

「本気だったらどうする?私を殺すか?お前にそれが出来るか?さあやれよ!自分の手を血で汚してこその簒奪者だろ?!」

ケタケタと調子はずれな笑い声をあげるナリウスに、カリストは背筋が凍りつく思いがしたのだ。

「ナリウスの借金は、利息も含め55億にまで膨らんでいます。しかし国庫は空で、ルセ王家には支払い能力が有りません」

「それで?」

「は?それでとは?」

「はあ~~。殿下、ご自分でナリウス様に仰ったのでしょう?これはルセ王家とラリス王国の問題だと。何故私が王家を助けなければならないのです?私も債権者の1人ですよ?」

「それはそうなのだが・・・借用書に、支払いが困難な場合、国で一番価値のある物を渡すと言う一文があったのです」

そこまで話したカリストの手は、ティーカップを両手で握り締め乍ら、カタカタと震え出した。

「それが何か?」

「帝国の要求は・・・要求してきたのは・・キャニスです」

「は?・・・・はあッ?!」

「大陸一の美貌を持ち、優秀な頭脳と、たぐいまれな行政処理能力を持つ、ラリス王国の宝、キャニス・ヴォロス・カラロウカを、ドルグ帝国第一皇女の愛妾として差し出せと、帝国は言って来たのです」

「ふっふっ・・・ふざけるなっ!!誰が大事な息子を帝国になんぞに渡すものかっ!!」

「公爵!お怒りは御尤もですが、キャニスを渡さなければ、帝国はこの国に攻めてくると」

「だから何だ?!お前達はまだ、ナリウスの尻拭いを、キャニスとカラロウカにさせる気か?!セブルス!!セブルス!!」

激昂する公爵に、驚いた様子の執事が顔を出した。

「今直ぐこいつ等を叩き出せ!!二度と屋敷に入れるな!!」

カリストと側近の2人を追い返した公爵は、その足で公爵家騎士団の演習場に向かった。

「トバイアス!!」

「父上?こんなところに珍しいですね。どうされましたか?」

「トバイアス!戦争の準備をしろ!相手は帝国だ!!」

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