氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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48話

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 キャニスとエミリーの親子は抱き合い、そしてさめざめと涙を流したあった。
 そして瞳が溶けてしまう程、思う存分涙を流した公爵夫人は、涙を拭った後、公爵家へ降嫁はしたが、王族としての矜持と誇りを取り戻した。

 そして闘志をむき出しにしたのである。

 それはナリウスへの復讐で有り。
 自分が死んだことくらいで、大事な息子を蔑ろにした、情けない夫と長男への仕置きだった。

「ねぇ。キャニス」

「はいお母様」

 2人とも泣き過ぎて、顔は赤く腫れ、特に夫人は、化粧が溶けた情けない顔になって居たが、今の二人にそれを気にする余裕はなかった。

 2人の涙が全てを洗い流した訳でもなく、この先の事を考えると、手放しで喜べる状態では無い。
 それでも長年抱えて来た蟠りが溶けた二人は、ほんの少しだが晴れやかな気分を味わう事が出来たのだ。

「わたくしね、今のキャニスの話しを、シェルビー殿下と、お父様とトバイアスには話した方が良いと思うの」

 サッと顔色を変えたキャニスの瞳は、疑心に満ちていた。

「私は必要とは思えません」

「そう?シェルビー殿下は、信頼に足る方だと思うわよ?」

「・・・・・」

「あなたが、殿下を信じ切れない気持ちはよく分かるわ。でもねわたくしと、キャニスには後ろ盾が必要で、何かあった時の矢面に立ってくれる人が必要よ?」

「ですが、公爵と小公爵は?」

「あなたに、そんな呼び方をされて居る内は駄目ね。それにわたくしも、あの二人の情けなさにはがっかりしているの。あの二人には全てを話す必要は無いわ。そんな事をしたら、今のあの二人は、そろって首を括ってしまうかもしれないでしょ?」

「は・・はあ」

「あの二人に全てを話すのは、あの二人をやっぱり許せない。とあなたが感じた時で良いと思うの。全てを聞いたらあの二人、ショック死してしまうかもしれなくてよ?」

 お母様・・・。
 そんなに楽しそうに話して、良い事なのでしょうか?

「だから、あの二人にはキャニスが転生を繰り返し、その記憶がある事と、ナリウスの事だけを話すの。そうすればあの二人は、カリストとの縁談を全力で阻止するはずだし、ナリウスにも、もっと思い罰を与えるはずよ?」

「なるほど・・・」

「そして、これからの風除けとしても、働いてもらわないとね?」

 お父様達が、お母様を恐れる理由は、お母様のこういう所なのかも知れない。

「分かりました。でもシェルビー殿下にも、どうしても話さなければいけませんか?」

「私は話すべきだと思うわ。それであの方が、あなたを頭のおかしな子。と思うならあなたの望み通り、サッパリ、キッパリと縁を切れば良いだけだし。もし万が一彼がキャスを裏切ったとしたら、その時はわたくしとあなたの二人で、どこかに逃げるか、二人そろって断頭台に上がれば良いだけのことよ」

「私にお母様を犠牲にしろと、仰るのですか?」

 夫人はまだ赤みの残るキャニスの鼻をツンと指で突き、ニッコリと微笑んだ。

「親が子を守るのは義務であり権利です。わたくしはこの先どんなことが有っても、あなたを一人ぼっちになんてさせません。あなたがわたくしの事を、気にすることは無いのよ」

 夫人は自分よりも、ずっと逞しく育った息子の肩を抱き寄せた。

「ねぇ、キャニス。辛い事を話してくれてありがとう。あなたはまだ、わたくしの事も信じることは出来ないと思うの、だからこう考えてみて?わたくしがこれからする事は、全て命を救ってくれた、あなたへの恩返しなのだと」

「恩返し、ですか?」

「あなたは人の愛を、今は信じることは出来ないのでしょう?でもベラや此処に連れて来た使用人は、みんなあなたに恩を感じ、忠誠を誓っている者達ばかりだわ。あなたは、彼等を信じてはいないかもしれないけれど、傍に置くことは出来るでしょう?だからわたくしの事も、彼等と同じだと考えてくれればいいの」

「ベラと?」

 それなら、余り気を使わなくてもいい気がする。そうだよねお母様も、前回は居ない人だった。だったら、そこ迄警戒しなくても良いのかな?

「お母様の好きにして下さい」

「分かったわ」

「でも殿下達に、僕の口から話すのは無理です」

「そうねぇ。こんな辛い話、何度もさせるのは可哀そうよね・・・・いいわ。3人にはわたくしから知らせましょう」

「そうして下さい」

「キャス。わたくしからのお願いなんだけれど、殿下があなたの話しを信じて下さったら、殿下と会って差し上げて欲しいの」

「殿下とですか?」

フイッと目を背ける息子に、夫人は困ったものね。と言いたげに苦笑いを零した。

「王宮で何があったか、殿下から聞きました。あの時のあなたは、ああするしかなかったのだって、今なら分かります。でも殿下が、あなたの話しを信じて下さったなら、話しは変わって来るでしょう?二人のこれからの事も、しっかり話し合うべきだと思うのよ?」

「・・・・・殿下が本当に信じてくれたら、お会いします」

いかにも渋々な様子のキャニスに、夫人は苦い気持ちになったが、息子が警戒する気持ちも、全てを知った今なら理解できる。

 この子が心に受けた傷は深すぎるわ。

 このままだと、素直に誰かの愛を受け入れ、愛される喜びを感じる事は、一生かけても無理かもしれない。
 
 けれど殿下なら、あの見掛け倒しで不器用なあの方なら、この子の心の傷ごと愛して下さるのじゃないかしら。

 これはわたくしの、独りよがりな希望かも知れない。

 でも、この子が誰にも愛される事無く、たった一人で人生をを送って行くなんて、悲しすぎるわ。

 貴族の結婚なんて、自分の意思が通る事の方が少なくて、一種の賭けのようなものよね。賭けてみなければ、良いも悪いも判断できない事の方が多いわ。

 けれど、少なくとも殿下は、政略抜きでキャニスの事を想って下さっている。

 だったらこの賭けには乗るべきだと、わたくしは思うのよ?

そっと溜息を洩らした夫人は、姿見に移る自分の姿に気が付き、驚愕で息を呑んだ。

「キャニス大変だわ」

「お母様?どうしました?」

「大変よ。わたくし達一度顔を洗わないと。2人とも酷い顔だわ」

母の視線を辿り、姿見を眼にしたキャニスも、鏡に映る自分達の姿に驚いた。

近くで見て居る分には気付かなかったが、少し離れた位置から見ると、キャニスの顔は泣きはらして真っ赤になって居るし、夫人の顔は化粧が溶け、目の周りが真っ黒になって居る。

「本当だ。またベラに叱られてしまう」

「ふふ。じゃあ、ベラを呼んで二人で叱られましょうね」

夫人がベルを鳴らし、飛んで来たベラは、二人の顔を見て悲鳴を上げ、慌てて洗顔の用意を整えたが、二人の顔に冷たいタオルを乗せる手は優しくかった。

キャニスの予想に反し、叱られることは無かったが、タオルを変える度に「お二人の麗しいお顔が」と、くどくどと嘆かれたのだ。
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