氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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47話

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「キャニス・ヴォロス・カラロウカ!!あなた、わたくしをなんだと思っているの?!」

「お・・・母様?」

「そうです!わたくしは、あなたの母です。母であるわたくしが、大切な息子の話しを信じないなどと、何処からそんな馬鹿な考えが出て来るの?自分が賢いからと言って、わたくしの事を見くびらないでちょうだい!」

「お・・母様、私はお母様の事を見くびってなど」

反論しようとしたキャニスは、夫人の水色の瞳にギロリと見下ろされ、言葉を飲み込んでしまった。

「見くびって居なければなんです?わたくしを信用していないという事?幼い頃から、あなたがわたくし達家族に、心を開いていない事は知っていました。その事でわたくし達3人が、どれ程心を痛めていたか、あなたに分かって?わたくし達はあなたの為なら、命も惜しくない程に、あなたの事を愛しているのに。何故それを見ない振り、気付かない振りをするの?」

「家族愛?お母様それこそ幻想です。お父様もお兄様も、ご自分の都合が悪くなったら、私の事など直ぐに切り捨てるはずです」

「キャニスッ!」

パンッ!

乾いた音の後に、じわじわと熱を持って行く頬に、キャニスは自分が母に頬を叩かれたのだと知った。

「なんて情けないの。自分の家族を信じられないなんて」

「情けなくて結構です。でも僕は・・・私は知っているんです。家族だろうが夫婦、恋人であろうが、愛を語らった相手でも、自分の欲の為なら、人は簡単に相手を裏切り地獄に突き落とす事を。そして自らの身が安泰なら、自らの裏切りに、罪悪感を感じる事もなく、平然と生きて行くものです。それは公爵と小公爵も同じだ」

「キャニス。キャス。私の可愛い天使。どうしてなの?どうしてそんなに悲しいことを言うの?」

「だから何度も言っているではないですか。私は知っている。それだけです」

断言したキャニスは、俯いたまま黙り込んでしまい。 夫人は息子が心に抱えた傷、闇の深さに愕然としてしまった。

 でもここで引き下がったら、わたくしは大事な息子を失くしてしまう。
 
 理由なんて分からない、けれど、ここで手を放してしまったら、この子はシェルビー殿下もわたくし達家族も、カラロウカの名前も捨てて。わたくしの手の届かない、どこか遠くに行ってしまう。

母としての第六感が、エミリー・ヴォロス・カラロウカを突き動かした。

「分かりました。キャニスがそこまで言うのなら、この世の人間はわたくしも含め、皆クズばかりなのでしょう。ならそのクズにも分かる様に、あなたが知っているという事を、包み隠さず話して。そしてその話にわたくしが納得できたなら、そのときは、婚約破棄も今後あなたが独り身で通す事も、何も言いません、あなたの好きに生きればよくってよ」

「話したって」

「信じない?あなたが信頼してくれなくても、わたくしはあなたの母親で、私はあなたを信じているの。どうかお願いよ。あなたの苦しみを、わたくしに分けてちょうだい」

「・・・笑わないと約束してくれますか?」

「勿論よ!約束するわ。だから安心して話してちょうだいな?」

ベットの上で俯いたまま、羽根布団を握り締めるキャニスの手に、夫人が優しく手を添えると、キャニスは自分は11回も転生を繰り返し、その記憶が全て残って居る事、転生する度に不幸な目に遭って来た事を話した。

そして今度の人生は回帰して、2回目なのだという事も。

自分の身に起こった出来事を母に話す事は、過去の出来事を追体験しているようで、キャニス取っては、とても苦しい作業だった。

話している内に、当時の事を思い出し何度もパニックを起こしかけたキャニスの背中を、夫人は優しく何度も撫で、自分が居るから大丈夫だと言い聞かせた。

キャニスは記憶にある最初の人生から順を追って話して行ったのだが、やがて回帰する前の、10回目の人生の記憶の話しに至ると、夫人は言葉を失くしてしまった。

 お母様、黙っちゃったな。
 そりゃあ自分がとっくに死んでるはずだった。なんて話を聞かされて、なんとも思わないはずないよね。

 僕の事、頭のおかしい子だと思っているのかも。

 そうだとしても仕方ないよね。
 こんな話誰だって信じられないもんね

「王宮前の広場で火あぶりにされた僕は、ナリウスとその愛人を、そして神を呪いました。神を呪った罰だったんでしょうか。今度は前回と同じ世界、同じ人物に生まれ変わっていました。他の世界に生まれ変わって居たら、もしかしたら、まだ幸せになれる希望を捨てきれなくて、頑張っていたかもしれませ。でも僕は諦めたんです。諦めて出来るだけ人と関りを持たない様に、気を付けてきました。でも起きると分かっている不幸なら、避けた方が良いでしょう?」

「・・・そうね」

「だから、公爵と小公爵との関わり方には、常に気を付けていました。手の平を反したように僕を憎んだ相手の事なんて、どんなに優しくされても、信じられませんから。でもお母様には、優しくして頂いた記憶しかなかった。どう接すれば良いか分からなかったけれど、死んでほしくなかった」

言葉を切ったキャニスの手を、夫人は励ます様に、優しく握り返した。

「お母様と僕が襲われる事になって居た、外出は全力で避けたし。お父様を恨んで、野盗を雇った侍女にも、本当は嫌だったけど優しくしてあげたんです。そして僕を虐めていたメイドや使用人は、クビに成る様にセブルスを誘導した」

「なら、どうしてナリウスとの婚約を了承したの?」

「・・・・・怖かったから」

「怖い?ナリウスの方が怖いのではなくて?」

「いざとなったら、僕は逃げる気でいました。それまでは前回と違う事をして、全く分からない事に巻き込まれる方が、僕は怖かった。分かって居る事なら、対処ができますから」

「そうだったの・・・・・・」

「でも、お母様が生きているからでしょうか。今回は前回と全く違う出来事が起こってしまいました。だから僕にはもう、何が起こるのか、誰が僕を裏切るのか、全く分からない。でも最終的に不幸になる事だけは、決まって居るのです。だったら僕は、誰に裏切らるのかと、ビクビクして暮らすより、一人でいる方が良い」

「キャニス・・・」

「それに僕が火刑にされたのは、今から5年後です。お母様の事は助けられましたが、この先に起こる事は、僕にはもう分からない事の方が多いのです。もし僕が5年後に死ぬと定められていても、お母様の時の様に、それを避ける術が僕には無い。だったら残り5年を、一人静かに暮らしたい、と思ってはいけないのでしょうか?」

「・・・なんてこと・・・わたくしはどうしたらいいの」

狼狽える母の、はらはらと涙を零す青褪めた顔に、キャには不思議な気持ちになった。

「お母様は、僕の話しを信じて下さるのですか?」

「当然でしょう!あぁ!わたくしの可愛い子。わたくしの大切な天使。今まで辛かったでしょう?これからは、わたくしが付いて居ますからね。これから先の事は二人でよく相談して決めましょうね」

母の腕に抱き寄せられ、その胸に顔を埋めると、昔と変わらぬ母の香水の香りに、子供に戻ったような気分になった。

そしてこの優しく温かい母の温もりに、キャニスは、この先の人生が一人ぼっちの寂しいものであろうと、あと5年しか生きられなかろうとも、最後の死に様は、それほど酷くはならないような、そんな安心感を得たのだった。
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