氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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43話

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 あのへっぽこ王子。
 わたくしの天使に何をしたの?

荒れ狂う魔力の嵐の中、悄然と立ち尽くす息子の頬に、涙の痕を見た夫人の胸は搔き乱され、直ぐにでも息子に取り縋り、何があったのかを問い詰めたいと、湧き上がる衝動を、グッと堪えた。

「キャス?わたくしの声が聞こえて?」

返事の代わりに、飛んで来た大きな花瓶を、夫人は指先の動きだけで、部屋の反対側に弾いた。

「キャス、ちょっと遅い反抗期かしら?」

「・・・僕を放って置いて」

絞り出された声に、夫人は眉根をキュッと寄せ、開いた扇子で口元を隠した。

 こんな状態の息子を、放って置ける親なんて居なくてよ?

 感情を表に出せた事は良い事だけれど。
 わたくしは、息子の苦しむ姿を、見たいわけではなくってよ。

「そうねぇ。貴方もたまには発散した方が良いけれど、ちょっとおいたが過ぎるわね」

「僕は一人にしてって言ったじゃないッ!!」

キャニスから放たれた魔力が、豪と音を立て夫人に襲い掛かった。
普通なら家ごと吹き飛んでもおかしくない、威力だったが、夫人の真っ白な手がシッシっと追い払う様に振られると、キャニスの魔法は霧散して消え、逆に夫人の魔法がキャニスへ放たれた。

「ガッ!!」

反撃される事を予想していなかったキャニスは、魔法の直撃を受け、部屋の隅まで飛ばされてしまった。
そして全身を壁に打ち付けられ、気を失ったキャニスは、そのままズルズルと床の上に崩れ落ちてしまった。

「ああっ?!坊っちゃん!!」

「あらやだ。やり過ぎちゃったわ」

「奥様!本当にやり過ぎです!!坊っちゃんに、なんてことをされるのですか?!」

キャニスに駆け寄ったベラは、ぐったりとした主の身体を抱え上げ、コロコロと笑う夫人に噛みついた。

「トバイアスの反抗期以来なんだもの、加減を間違えても仕方がなくってよ?それよりあなた達、キャニスを早く別の部屋に連れて行って、寝かせて頂戴な」

騒ぎを聞きつけ、ハラハラと見守っていた使用人達は、パンパンと手を叩く夫人の指示のもと、キャニスを抱え上げ、別室へと運び出していった。

「あの子、魔力暴走を起こしかけていたから、お医者さんも呼んだ方が良いわね。それから、このお部屋のお掃除もね」

「奥様は、どちらに行かれるのですか?」

残った使用人達にテキパキと指示を与えた夫人は、たった今、息子を伸したとは、思えない優雅さで、部屋から出ようとしている。

そんな夫人に、ベラは ”この人に人心は無いの?” と別の生き物を見る様な気分で問いかけた。

「坊ちゃんが心配ではないのですか?」

「嫌だわベラ。そんなに怖い顔をして。わたくしは、うっかりが多い方だけれど、死なない程度の加減は、忘れてはいなくてよ?」

「死なないって、そんなの当然じゃないですか!」

「まぁそうね、でもわたくしは、この騒ぎの現況を呼び出さないと。だからベラが、キャニスに付いて居て上げて頂戴な?」

優し気な声で話す夫人だが、扇子の影から覗く瞳は、怒りの炎がめらめらと燃え上がり、全身からは、どす黒い何かが立ち昇っている様にさえ見えた。

 奥様は、坊ちゃんに何があったのか、お分かりなんだわ。

背中にゾワゾワと悪寒が走り、恐れを生したベラは、夫人の白い顔からそっと視線を逸らしたのだった。


******


「それで?」

「それでって言われても、なんでキャスが怒ったのか分からない」

「どうせまた、余計な事を言ったんでしょ?」

「そんな訳ないだろ!俺はただ、自分の正直な気持ちをキャスに伝えて、プロポーズをやり直しただけだ」

「それだけで、何をどうしたら怒らせちゃうんです?普通プロポーズされたら、喜ぶか困るかの、どっちかでしょう?やっぱ、余計な事言ったとしか、考えられないですね」

「俺は何を間違った・・・キャスに俺達の関係はこれで終わりだ、と言われてしまった。なんでこうなる?」

「殿下が、あの馬鹿みたいな契約を結んでから、2か月も経ってないのに。そもそも、あんな契約なんて、結ばなきゃよかったんですよ」

「分かってるよ・・・俺は、キャスの笑顔が見たかったのに、怯えさせて、怒らせただけだ」

キャニスからの拒絶に打ちひしがれ、俯いて頭を抱えるシェルビーに、サイラスは同情したが、それ以上にキャニスの過剰な反応の方が気になって居た。

 確かに夫人の発言は、王族相手に失礼な部類に入るだろう。

 しかし、カラロウカ公爵の力と立ち位置を考えれば、その夫人の発言は、充分許容範囲内で、何より殿下が気にしていないのに、震える程、怯える必要があるか?

 それにプロポーズだって、普通に断れば良いだけの話しで、関係を終わらせる必要なんてないだろう?

 これまでキャニス様の様子を見て来たが、あの方は気配りも出来て、優しい方だが、どうも人との関りを、避けているように見える。
 
 キャニス様には、誰にも打ち明けていない秘密がある。とは考えられないか?その秘密の所為で、夫人の発言や、殿下のプロポーズに過剰に反応したのではないか。


落ち込んで頭を抱えるシェルビーと、思考を廻らすサイラスの間に、無言の時間が流れて行った。

カチコチと、時計の針が進む音が聞こえる沈黙を破ったのは、シェルビーに急ぎの手紙が届いた、と告げる侍従の声だった。

送り主はカラロウカ公爵夫人。
今日の一件を聞いた夫人が、事の真偽を確かめようと、手紙を送って来たのだろう。

「カラロウカ公爵夫人からだ」

差し出された手紙を受け取ったシェルビーだが、夫人からの叱責と恨み言が書き連ねてあるのかと思うと、中々封を開けられずにいた。

「ああ!もう鬱陶しい!!」

「あッ!俺宛ての手紙だぞ?!」

「煩いですよ。優しい俺が、先に確認してあげますから、ヘタレ殿下は黙って下さい」

一度手渡した手紙を奪い取ったサイラスは、シェルビーを無視して封を破り、夫人からの言葉に眼を通した。

「うう・・・ん」

「なんだ?何が書いてあった?」

一声唸ったきり黙り込んでしまったサイラスに、どんな罵詈雑言が書いてあるのかと、シェルビーは気が気ではない。

「見ろ」

 気を揉むシェルビーの鼻先に突き付けられた便箋から、夫人が着けている香水がふわりと香って来た。

「・・・・・・ううう」

「殿下は、もうちっとマシな格好に着替えて下さい。膝が草の汁で緑色になってます。その間に俺は、外出届を出してきますから」

広げたままで、サイラスが机の上に置いて行った夫人の手紙には、ただ一言。

「今直ぐ来い」

とだけ書かれていた。

たった一言。
その一言に、夫人の怒りを感じ取ったシェルビーは、新たな恐怖にもう一度頭を抱え込んでしまったのだ。
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