氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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41話

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「近くで見ても良いでしょうか」

「いいぞ。しかし足元が悪いから気を付けて」

「はい。ありがとうございます」

シェルビーに手を引かれ、花の海に足を踏み入れたキャニスは、その美しさと辺りを満たす芳しい香りで、胸がいっぱいになった。

 前に殿下に連れて行ってもらった湖も綺麗だったけど、ここも本当に綺麗だ。

 世の中には、こんなに美しいものが溢れているんだな。

 この5年間、家、学院、王宮の三か所を順に回ってるだけだった。

 毎日忙しくて、気付いたら一年が経っていて、季節を感じる事も出来なくて。
 
 前の人生の記憶があるお陰で、前回よりは楽できていた時期もあったけど、まさかあの二人まで、僕に仕事を丸投げしてくるとは思わなかったな。

 あの二人がいい加減過ぎて、うんざりもしたし、忙しすぎて1年があっという間に過ぎて行ったけど、僕とカラロウカは儲けさせてもらったから、無駄な時間ではなかったと思いたいな。

 カリスト殿下は、家族3人を追い出して、政務に当たられているけれど、僕の残して行った、施策とか見ているだろうか。

 両陛下には僕の施策をお金がないって理由で、ほとんどを却下されてしまった。でもお金がないって分かってて、自分達の楽しみの為には、お金をつぎ込むんだから、ほんと笑っちゃうよね。

 カリスト殿下には可哀そうだけど、僕の施策は、僕やカラロウカの資金が有って初めて成り立つものばかりだ。
 
 カラロウカの援助なしに、国庫を満たそうと思ったら、大規模な魔石鉱山でも見つけない限りは、何十年もかけて地道に努力していくしかない。

 カリスト殿下の今の性格はよく知らないけれど、子供の頃はナリウス殿下・・・もう廃嫡もされて爵位もはく奪されてしまったから、殿下とは呼べないか。

 ナリウスよりも思慮深そうだったし、優しい人だったけど、何十年もコツコツとやっていける我慢強い人かどうかは分からない。

 どこかの貴族を取り潰して、財産を巻き上げる手も有るけど、それをやったら反発が大きすぎて、お金も力もない王家にそれを抑え込むなんて出来ないしね。

 起死回生の手は二つある。
 でも、その手を使ったら、一つはルセ王朝はそこで終わる。もう一つは王家の存続は出来そうだけど、人としてどうかと思う。

 それに帝国との繋がりが出来てしまうから、どっちにしても、ルセ王朝に未来はなさそうだな。

 カリスト殿下からの求婚は、お父様がお断りしたと聞いたのに、殿下からなん度も手紙が届いてる。僕の容姿を褒める言葉が書き連ねられて、僕を愛しているとか?僕の事何も知らないくせに、よくそんな事が言えるよね。

 ほんと、馬鹿みたいだ。

「黙り込んでどうした?」

「あ・・・申し訳ありません。ここ数年、季節の移り変わりも分からない暮らしをして来たので、ここの花を見て感慨に耽ってしまいました」

「キャスは、王家の政務を全て一人で背負っていたと聞いた。よく頑張ったな」

 頑張った?
 この人、今僕を褒めてくれたの?

「あり・・がとうございます」

「なあ、キャス。俺が言うのもなんだが、俺の両親は働き者だし、オセニアの官僚はそれなりに優秀な者が揃っている。だからキャスに苦労を掛ける事はないと思う」

「はい?」

「だから、キャスが俺の妃になっても、ラリスに居た時みたいな、苦労はさせないって話だ」

「何を仰っているのか分かり兼ねます。私達の関係は契約が終結したら、そこで終わりですよ?」

「俺の言い方が悪かったし、その後も良くなかったって事は、俺も理解している。でもあの時、俺との結婚を考えて貰う為の、お試し期間だ。と言った事を忘れたの?」

 それとも聞かなかった事にしたのか?
 
「・・・殿下も、この契約に納得されたではありませんか」
 
「そうだけど。あの時はカリストから求婚状が届いたと聞いて、焦ってしまって、とにかくキャスを引き留めたい一心で・・・おれが馬鹿だったんだ」

「殿下?何をなさっているのです。お止めください」

 肩を落とし俯いたシェルビーだったが、突然片膝を付き、キャニスの手を捧げ持った。

「いやだ。キャスに俺の本当の気持ちを分かってもらうまでは、絶対やめない」

「殿下!」

「キャス。俺はなラリスの王宮で、初めて君と出逢った時に恋に落ちた。それからナリウスとの婚約を知って、気持ちに蓋をしようとしたが、無理だった。学院で君を見つけた時は本当に嬉しかったし、王宮行事で君がナリウスに放って置かれて居るのを見て、国に帰る時は本気で攫って帰ろうかと悩んだ。だが俺の立場では、そんなことは出来なくて。泣く泣く国に帰ったんだ。でも君への思いは募る一方で、自分でも最低だと分かっているが、君たちの破婚の知らせを聞いて、君がこの国に滞在する事を知って、俺は喜んだんだ」

「殿下・・お願いです。やめて下さい」

「いやだ。キャニス頼むから、最後まで聞いてくれ」
 
 聞きたくない。
 もう止めて。

「シェルビー・レ・オセニアはキャニス・ヴォロス・カラロウカ。君を愛している。君が俺の事を、なんとも思っていないのは知っている。でも俺は一生をかけて君の愛を乞い続けると誓う。だから俺にチャンスをくれないか?」

 うそだ。
 殿下も、僕が心を開いた瞬間に裏切るくせに。
 愛なんてまやかしだ。
 愛だの恋だのなんて、気の迷いだ。
 そんなものの為に、僕はもう二度と命をかけたりしない。
 愛なんて信じない。

 信じないと決めたんだ!

「殿下・・・手を放して下さい」

「キャス?」

「愛称で呼ぶのもやめて下さい。ここには私達以外誰も居ません」

「キャス」

「愛称で呼ぶなっ!手を放せよ!!」

 激高するキャニスに、シェルビーは何が起こったのか、何故手を振り払われたのか理解できず、呆然とキャニスを見上げていた。

大きく息を吸い、高ぶった感情を押し込めたキャニスは、冷酷と言えるほど冷たい視線でシェルビーを見下ろした。

「・・・殿下。契約の解除はお立場的に今直ぐ、とはいかないでしょうから、折りを見て話し合いましょう」

「キャス?そんな待って!」

「愛称で呼ぶなと何度言えば分かるんですか?殿下、理由の如何に関わらず、私から契約解除の申し出があった場合、それを受け入れる。あの契約の内容をお忘れですか?私達の関係はこれで終わりです」

「キャ・・・キャニス。どうして・・・?」

「愛なんて世迷言を、私が信じていないからです。軽蔑していると言った方が良いかも知れません。殿下、あなたが契約に則った行動だけをしてくれて居たら、もう少しの間は仲良く出来たのに、残念です」

「キャニス!キャス!!待ってくれ!!」

「やめろって言ってるだろ!!僕の事を何も知らないくせに!どいつもこいつも、僕の見てくれだけで愛してるとか、ふざけてんのか!!馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」

 そう言い捨て走り出したキャニスを、シェルビーは追う事も出来ず、膝を付いたまま、遠ざかる背中を見つめる事しかできなかった。
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