氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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40話

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「信じてないだろ」

「今までのエスコトーは、大変慣れたご様子でしたし。今さらそう言われましても」

「キスも、キャスが初めてだと言ったろ?」

「・・・・あれは・・・男とするのが、ですよね?」

「違うな。正真正銘、俺のファーストキスの相手はキャスだ」

 どういうこと?
 僕も初めてだったから、よく分からないけど。あのキスだって、流れる様にして来たから、凄く慣れてるんだと思ったのに。

 あれで、初めて?
 
 この人の、あっちのポテンシャルってどうなってるの?

「これまで一緒に出掛けた時の、俺のエスコートが慣れている様に見えたのは、全部公爵夫人のお陰だ」

「お母様?」

「夫人が色々アドバイスをくれたからな。キャス、俺はな、サイラスから見掛け倒しの、残念な王子だと言われているし、夫人からは、へっぽこ王子と言われてる」

「へっぽこ・・・」

「そう。ヘタレでへっぽこだって」

「お母様・・・・」

 他国の王子に、そんな失礼な事を言っちゃダメじゃない!

 お母様は気にしなさそうだけど。
 ヘタレでへっぽこなんて、言い過ぎだ。
 
 王族に対する不敬罪を問われたら、どうする気なんだ。

 もし、お母様が牢に入れられたりしたら、お父様もお兄様も、絶対僕を許さない。

 また二人に憎まれ、居ない者扱いされる日々が、始まってしまう。

 ナリウスからは逃げられたけど、今度はシェルビー殿下に殺される?

 いやだ!
 怖い!

 火あぶりはもう嫌だ!

 それだけは、あんな苦しい思いは、もう二度としたくない!!

「殿下・・・母の無礼は幾重にもお詫びいたします。母に代わりこの通り謝罪致しますので、どうか母をお許し頂けないでしょうか」

繋いでいた手を放し、頭を下げるキャニスに、シェルビーは困惑した。

 キャスは真面目過ぎる。
 こんなの笑い話で済むことだ。
 いや、これは怯えているのか?
 顔色が真っ青だし、声も体も震えているじゃないか。

 俺は、ここまで怯えさせるような事を言ったか?

「キャス。キャス顔を上げてくれ。君が謝る事なんて何もないだろ?」

「で・・・ですが・・・」

「シーッ」

拳を握り締め、俯いて唇を震わせるキャニスは痛々しく、シェルビーは思わずキャニスを抱き締めていた。

そうしなければ、本物の妖精の様に儚く消えてしまいそうな、自分の前から逃げ出して、二度と戻って来ないような、そんな気がしたからだ。

「・・・・殿下。放して下さい」

「ダメだ。こんなに震えてるじゃないか。俺はまた何か間違ったみたいだ。キャス、顔を上げて俺を見ろ」

キャニスはほんの少しだけ顔を上げたが、シェルビーと目を合わせようとはしなかった。

それに焦れたシェルビーは、キャニスの顎に指をかけ、顔を仰向かせた。

「キャス。俺は怒ってないし、夫人が言った事は本当の事だ、俺はヘタレのへっぽこで、今もキャスを怖がらせてしまった。ごめんな。許してくれるか?」

「殿下・・・は怒って居ないのですか?母が失礼な事を言ったのに?」

「なんで怒るんだ?俺は夫人を尊敬している。キャスの母君は素晴らしい方だぞ?」

 あぁ。俺はキャニスの笑顔が見たいのに。
 こんな怯えた顔を、先に見る事になるなんて。
 
 だが、こんな過敏に反応するなんて、これじゃあまるで、虐待された子供みたいじゃないか。

 夫人はそんな事をする人には見えなかった。公爵とトバイアスも、キャスを溺愛していると、夫人も言っていた。学院でもトバイアスのブラコン振りは、有名だった。

 だとしたら、ナリウスか?
 ナリウスと、ラリスの国王夫妻が、キャニスに何かしたのか?

 王宮の中で何かがあったとしても、子供だったキャニスに、身を護る術があったとは思えない。

 もし、もし本当にそうだとしたら。
 俺は・・・・。
 俺は奴らを許さない。

怒りに震えるシェルビーだったが、一見冷静さを保てたのは、キャニスをこれ以上怖がらせたくなかったからだ。

「・・・か・・・殿下」

「あ? どうした?」

「そろそろ放して頂けないでしょうか」

「なんで?」

「それは私のセリフです。なぜ、放して頂けないのか分かりません」

 抱き心地が良いし、いい匂いがするから。

 まるで欠けた部分が、戻って来たように、しっくりするし。

 何より俺が放したくないから、なんだけどな。

「それに侍女が見ていますので・・・」

キャニスの視線を辿ると、数人の若い侍女たちが、植え込みの影から二人を盗み見ているのと目が合った。大方美貌で有名なキャニスの姿を一目見たかったのだろうが、王宮勤めのくせに、出歯亀が過ぎる。

シェルビーが怖い顔をして睨むと、侍女たちは小さく、キャッ! と悲鳴を上げ、コロコロと笑いながら逃げて行ってしまった。

「オセニアの王宮は、自由なのですね」

「あ~。すまん。あれはセリーヌの侍女達だ。後で言って聞かせるから許せ」

「いえ、お気になさらず」

キャニスの口調は、いつもの淡々としたものに戻っていたが、色を無くした真っ白な頬をしていた。

 名残惜しい思いをしながら、抱擁を解いたシェルビーは、キャニスの腕をとり、ゆっくりと歩き始めた。

「なあ、俺はキャスに謝らなきゃならない事が有るんだ」

「はい?なんの事でしょうか。まったく思い当たりませんが」

 それだけ俺に興味がない
 って事だったらやだな。

「初めての舞踏会の事だ」

「ジューン嬢の事なら、気にしてはいませんし、モンテ侯爵からも謝罪を受けました。もう済んだ事です」

モンテ侯爵は、娘が引き起こした騒ぎの謝罪と賠償として、キャニスには魔石鉱山を、カラロウカ公爵にはサファイア鉱山を差し出している。

主要産業を手放した侯爵家は、今後火の車になる事が必至だ。

「それじゃない。あ~。恥ずかしい話なんだが、俺は子供の頃からマナーの授業をさぼってばかりでな。その、なんだ。舞踏会のパートナーに衣装や宝飾品を、贈るものだとは知らなかった。それに衣装も、俺がキャスに合わせなければならなかったとか、色を合わせるのだとか、そういう事もだ」

シェルビーの告白にキャニスは、ぱちくりと瞬いた。

「え~と。殿下は王太子であってますよね?」

「え?ああ。一応そういう事になって居るな」

「殿下・・・もし、今仰ったことが本当なら、由々しき事態ですよ。これまでパートナーを務めた方達には、どうされていたのですか?」

「たまに貴賓を、エスコートする機会はあったが、個人的にパートナーを連れて行ったことは無いし。セリーヌがデビュタントを迎えてからは、セリーヌのパートナーを務めた事が、何回かあるだけだ」

「もう一度聞きますが、殿下は王太子なんですよね?」

「残念かもしれんが、王太子なんだよな」

「はあ・・・・」

「その事で、母上やサイラスからも叱られたし、夫人には呆れられてしまった」

「それが本当なら、母からへっぽこ呼ばわりされても、仕方ありませんね」

そう言ったキャニスは、どことなくホッとしたように見えた。

「だな。だからキャニスをガッカリさせてしまって、本当に申し訳なかった」

真摯に謝罪する姿は、シェルビーが嘘を言っているようには見えなかった。

「殿下、私はそういう事に、慣れていますので、気にしたりしません」

「キャス・・・」

 なんでそんな悲しい事言うんだよ。
 そんな事に慣れたらダメだろ?
 俺はナリウスとは違うんだぞ?

「それより殿下。私に見せたい物とは、まだ先ですか?」

「・・・・もう直ぐだ。あのガゼボから良く見えるぞ」

シェルビーが誘ったガゼボの先は、小さな小川が流れる野原だった。

「昔ここは馬場だったんだ。だが騎士団の規模が大きくなり。他に移った後、特に利用される事も無くて。いつの間にか野原になったんだ」

「綺麗ですね。ネモフィラと忘れな草でしょうか」

「俺は、無調法な男だから、花の名前は分からない。でも綺麗だとは思う。それにここは四季それぞれで咲く花が違うんだ。セリーヌはよくここで、花摘みをして遊んでた」

「なぜ私をここへ?」

「キャスは花が好きだろ?ここに来たらキャスが喜ぶと思った」

「なぜ私が花が好きだと、分かったのですか?」

「なぜって、キャスの家はいつも花が溢れているからな、分からない方がおかしい。気に入ってくれたか?」

「はい・・・こんなに美しい場所へ連れて来て頂き、ありがとうございます」

 大好きな花を見せても、他人行儀なままか。
 
 いや!負けるな俺!

 もう一度、最初からやり直しだ。
 今度こそ、キャニスに俺の本当の気持ちを伝えなければ!

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