氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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39話

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☆☆☆

「4366番。4366番!」

「はッ!はいっ!!」

「ちょっと、こっち来て」

お局先輩に呼び出された4366番は、おどおどしながら、黙って先輩の跡を後をついて行き、連れていかれた先は、中央制御室だった。

「あの。今日はどういったご用件で・・・」

「ご用件?あんたね。あんたの管轄区域バグが酷いって、苦情が殺到してんのよ!!一体どういうことなの?!」

「バッバグ??」

「しらばっくれてんの?!それとも本当に気付いてないの?! どっち!!」

「ヒェッ!!」

「ヒェッ!じゃないわよ!!あんたね何時まで新人気分でいんのよ!自分の担当区域の事、把握してない訳?!」

「あっぁ・・あああ・・・すみません!すみません!すみません!すみません!」

「謝るって事は、気付いてたのね?!」

「ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「煩い!!」

「痛てッ!!」

「さあ、吐け。今直ぐ吐け!!洗い浚い、欠片も残さず、何を仕出かしたのか、全部吐けッ!!!」

「ヒィッ!!言います。言いますから!!叩かないでッ!!」

それから4366番は、他の局員がチラチラと見て来る視線に堪えながら、自分のやらかしを説明し出した。

しかし説明が進むにつれ、最初は同情的だった局員の眼は厳しくなり、腕を組んで仁王立ちするお局のこめかみには青筋が立ち、怒りでわなわなと震え出した。

「・・・すみませんでした」

4366番の告白が終わる頃には、局員たちは大騒ぎで、バグの修正の為に駆け出して行った。

「謝って済むか!ボケェッ!!」

お局のピンヒールで、ゲシゲシと足蹴にされる4366番に、同情する者も、止めようとする者も一人もいない。

事の発端は、担当区域を持ったばかりの頃の、単純な入力ミスだった。
しかしその程度なら自分で何とか出来ると考えたのが、間違いの基だった。

バグに気付くまでに時間が掛かった所為で、制御機能が辻褄の合わない命令に対応するために、次々に新たなバグを生み、4366番一人では、もうどうにもならない状態に陥っていたのだ。

しかし、ここで誰かに相談すれば、事はここまで大きくはならなかった筈だ。
しかし、これがバレては首が飛ぶかもしれない。
中央管理局への就職が決まった事を、泣いて喜んでくれた両親の顔を思い出すと、自分の失敗を言い出せないまま、今日まで4366番は、ちまちまと修正を試みていたのだった。

「バカじゃないの?!こんなのあんたみたいな平使徒にどうにか出来る訳無いでしょうが?!」

「ううううう・・・ずびばぜん・・・」

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を、床に擦り付ける4366番。

「どうしますか?これちょっとやそっとじゃ、修正できませんよ?」

「なんで?!」

「こいつが余計な事をし過ぎて、制御機能本体に影響が出てしまっています。このままだと、一から制御機能を組み立て直さないといけないかもしれません」

「はあ?!そんな事になったら、いくつ世界がぶっ壊れるか分からないじゃない!!」

「それで済めばいいですけどね」

「・・・・・こいつ。殺す!今すぐ殺してやる!!」

「主任!!落ち着いて!!」

「流石に今はヤバいですって!!」

4366番に掴みかかるお局主任を、局員達が羽交い絞めにして止めに入った。

「今は?!後でもいいなら、今殺してやるッ?!」

「ヒィィ・・・誰か、た助け・・・お助け・・・」

四つん這いで逃げ出した4366番の前に、磨き上げられた靴がぬっとあらわれ、後先も考えず、4366番はその足に縋りつこうと腕を伸ばした。

メリッ!

4366番の顔に、ピカピカの靴底がめり込んだ。

「きったねぇなあ。靴が汚れっちまったじゃなぇか」

「局長!!」

「話は聞いた。主神が呼んでるから。そのアホ引き摺って来い」

踵を返し、肩で風を切って制御室を出て行く局長の後をお局主任が追い、4366番は局員二人に、両腕を掴まれ主神の待つ玉座の前に引き摺られて行ったのでした。

 
******

「キャス。来たか」

「本日はお招き頂いて、ありがとうございます」

何時までも他人行儀なキャニスの挨拶に、シェルビーの胸はツキリと痛んだ。

これまでは、キャニスのそんな態度にも、大人の余裕を見せなければ、とやせ我慢をして来たが、本当の自分と、抱えている想いを知ってもらう為には、無駄な我慢はやめる事にした。

「キャス。そんな他人行儀な挨拶は止めてくれ」

「ですが、こちらは王宮ですので、礼儀は守りませんと」

「確かに王宮だが、ここは王族か、招かれた者しか入れない私的な場所だ。キャスだって、家の中ではもっとリラックスしてるだろ?」

「ええ。まあ」

「だから堅苦しいのは止めだ。俺は大事な人とは、気取った会話をするのじゃなくて、もっと仲良く接したい」

「おれ?」

「ん?あぁ。普段は私なんて言わないな。ずっと気取ってたら疲れるじゃないか。キャスも普段は、僕なんだろ?」

「えぇ・・・・なぜ知って居るのですか?」

「前に一度だけ、ポロっと僕って言ってたからな」

「それはお見苦しい処を、失礼しました」

「だから、そういうのは止めだ。敬語も要らん。まあ。これは命令じゃなく、俺からのお願いだから、キャスがどうしてもって言うなら仕方ないけどな」

「はあ・・・努力します」

 努力するんじゃなくて、俺に心を開いてくれるなら、それだけでいいんだけどな。

「今日キャスを呼んだのは、見せたい物があるからなんだ」

「見せたい物?なんでしょうか」

「ついてからのお楽しみだ。さあ、おいで」

キャニスの手を取り、腕に絡めたシェルビーは、ゆっくりと歩き出した。

庭園をそぞろ歩きながら、シェルビーはキャニスに子供の頃の思い出を話して聞かせた。

「あの木には、よくサイラスと登って遊んでたんだが、ある日急に枝が折れて下に落ちた。ほらあそこの枝だ」

シェルビーが指さした辺りを見上げたキャニスは、ぱちりと瞬いた。

「あんな高い処からですか?お怪我は?」

「心配してくれるのか?キャスは優しいな」

「いえ、そうゆう訳では・・・」

ついっと目を背けるキャニスに、シェルビーは苦い笑いを浮かべてしまった。

「・・・・捻挫はしたが、大したことじゃない。それより、母上に大泣きされてしまった方が辛かったな」

「そうですか」

「・・・・・母上はおおらかな人だ。俺たち兄弟も、子供の頃は王族にしては、のびのびと過ごさせてもらったと思う。キャスも知っていると思うが、セリーヌの下にあと二人弟が居るんだが、上の弟とセリーヌは俺と同じで腕白でな?母上も気が気じゃ無かったろうな」

「一番下の弟君は、大人しい方なのでしょうか」

「うん。公にはしてないが、あいつは体が弱くてな。よく熱を出すから余り外には出られない。だがその分頭が良いいんだ。キャスと話が合うかも知れないな」

「・・・」

「最近は体調が良さそうだったんだが、熱くなってきたせいか、今は寝込んでいる。気が向いたらでいいんだが、見舞ってやってくれると嬉しい」

「分かりました。殿下のお好みを教えて下さったら、お土産に持って行きます」

「ありがとう。あいつも喜ぶと思う」

そこで二人は口を噤み、風だけがサヤサヤと流れて行った。

「あっキャス。あれがセリーヌが落ちた池だ。あの時は大騒ぎで大変だった」

「で・・・シエル。セリーヌ様は多感なお年頃です。そういうお話を勝手にされるのは、やめた方が良いと思います」

「そうか?あ~そう言えば、舞踏会の時も怒ってたな」

「妹君とは言え、セリーヌ殿下も女性です。レディーに対する礼儀は守るべきだと思います」

「レディーねぇ。俺はそういうのは苦手でな」

「苦手?では、これまでお付き合いされた方達にも、そんな風に接してこられたのですか?」

キャニスのこの発言にシェルビーはピタッと足を止め、菫色の瞳を覗き込んだ。

「あのな。キャスは盛大に誤解しているが。俺はこれまで男女両方とも、誰とも付き合ったことは無いし。閨を共にした相手も居ない。勿論、閨係をつけた事も無い」

「へぁ?・・・そうなのですか?えっと・・それでは殿下は、今も身綺麗なままだと?」

「この歳で、信じて貰えんかもしれんが、まだ経験はない」

恥ずかしそうに頭を掻くシェルビーに、キャニスは困惑を通り越し、頭が混乱してしまった。

 この方が、誰とも付き合ったことが無い?
 この顔で?
 童貞だなんて、うそ・・・じゃないの?
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