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37話
しおりを挟む「・・・殿下」
「はっ!はいっ!!」
「これはキャニスだけでなく、我がカラロウカへの侮辱ですわよ」
「え?いや。そこ迄か?」
「あの子が殿下に、心を開かなくて当然ですわ」
「は?なんで?」
「王家の婚姻に関する事ですから、当然殿下は、キャニスの事を調べさせたのでしょう?そこに、あの子がナリウスから、どんな仕打ちを受けていたか、報告は無かったのかしら?」
「いや、あの報告は、ナリウスの素行の悪さに重点を置いていたから、キャニスに関しては、蔑ろにされて居たとしか・・・」
「なるほど殿下は、ナリウスの素行が悪いから、あの破婚はキャニス非は無いと証明されたかっただけで、キャニスの事を知りたいとは思わなかった、と言う事ですのね?本当にがっかりですわ」
「夫人。私はキャニスを傷つける積りなんて、全くなかったんだ」
「当然ですわ。まだお分かりになっていらっしゃらないようですけれど。殿下は、素行の悪いあのナリウスと同じ事を、わたくしの天使になさったのです。知らなかったで済ます事など出来ませんわね」
「いや、でも」
「でもへったくても無くってよ!わたくし達がこの10年を、どんな思いで我慢してきたと思ってらっしゃるの?」
「ふ・・・夫人?」
「ナリウスは婚約から破婚迄、ただの一度もキャニスに贈り物をしたことが御座いませんのよ!花一輪、メッセージカードへの一言すらなかったのです! ナリウスは閨教育を受けた直後から、色に溺れ、口に出せないような行いを重ねて。それを表沙汰にならない様に、処理してきたのは、まだ子供だったキャニスですのよ?それなのに、ナリウスは恩を感じるどころか、キャニスを貶め、辱める言動ばかり繰り返し、キャニスを傷つけ続けた。ナリウスが問題を起こす度、それ以外にもわたくし達は、何度も、えぇ何度も何度も、破婚願いを王に出し続け、その全てを握り潰されて、王家の政務の全てをキャニスに押し付けられても、我慢してきたのは、何故か分かりますか?」
「それは・・・」
何故だ?
「王家を潰す事も、ナリウスの首をかき切る事も、わたくし達には簡単な事ですのよ?けれどキャニスは、カラロウカと王家が対立すると、困るのは国民だと言って、破婚の願いが叶うまでは、臣下の義務を果たすと、今自分が逃げれば国民が困窮するから、そう言ったからですわ!」
全てでは無いが、思いの丈をぶちまけた夫人は、肩で息をしながら、目に涙を溜めてシェルビーを睨みつけている。
「そんな・・・そこまで・・・」
キャニス様は王太子妃としての務めを立派に果たせれていたが、王太子ナリウスからは蔑ろにされ続けていた。
その一文の裏にこれ程の、いやそれ以上の苦しみを抱えていたのか。
「あのなあ、シエル。お前がキャニス様にして差し上げなかった事は、マナーの基本中の基本なんだよ。知ってて当然の礼儀を、お前が知らないなんて、思いもしなかったよ」
「サイラス・・・」
「だから俺は言っただろ?剣ばっか振ってないでマナーの授業も真面目に受けろって。お前が何も贈らなかったから、キャニス様は、本物の恋人じゃない、お前が想い人を見つけるまでの、ただの隠れ蓑なんだって、確信したんじゃないのか?!」
「うぅぅ・・・・・」
「俺もな。なんかおかしいと思って、キャニス様と話そうとしたんだぞ?だけど、それをジューン嬢に邪魔されて、有耶無耶になっちまった。まあ。報告を纏めさせたのは俺だし、あの一件を放置したのも俺だから、お前と同罪なんだけどな」
「・・・・」
「あの舞踏会の後。王妃様からキャニス様に、宝飾品がいくつも贈られたな?あれは表向きはジューン嬢の無礼に対するお詫びだったが。お前が、な~~~んにも、キャニス様に贈ってないって知った王妃様が、大慌てで用意させたんだぞ?王妃様からも、もっとキャニス様を大事にしろって、お言葉があっただろうが」
「あうぅ」
「あと、お前がキャニス様を手に入れて、舞い上がる気持ちは分かるぞ?でもな、恋愛ってのは相手を喜ばせてなんぼだ。自分だけが喜んだり、楽しんだりなんてえのは、男として最低なんだからな」
護衛騎士としてではなく、先輩騎士として、幼い頃より共にあり見守って来た兄貴分としてのサイモンの言葉に、シェルビーはがっくりと項垂れてしまった。
「キャピレット卿、もうよろしくてよ」
サイモンは壁際に退き、公爵夫人は長い長い溜息を吐いた。
「せめてもの救いは、レ家の王妃様が、ルセ家の王妃と違って、まともな方で良かったって事だけですわね」
「・・・・面目次第も無い」
「はあ~~。ほんと~~に殿下にはがっかりですわ。キャニスを妖精と呼んでくれた殿下なら、あの子の心の声を拾い上げ、寄り添って下さるかも、と思いましたのに」
「・・・・・・私は不合格ですか?」
「今のままなら」
「それは、もう一度チャンスを頂けるのですか?」
「悩ましい処では御座いますわね」
それきり夫人は口を噤んで考え込んでしまい、シェルビーは今直ぐキャニスの元へ駆けて行って、足に縋って謝りたい気持ち半分、自分の仕出かした失敗で顔向けができない気持ち半分で、居た堪れない状態だった。
「仕方ありませんわね」
悩まし気な溜息を吐き、夫人がぽつりと呟いた。
「夫人?」
「殿下。わたくしは鬼でも悪魔でも御座いませんのよ。まあ、敵と見做した相手には、容赦は致しませんけれど、キャニスが拒絶していない以上、初恋で右往左往する子供を切り捨てられる程、わたくしは冷酷にもなり切れませんわ」
「子供ですか」
「殿下はトバイアスよりも年下じゃございませんの、わたくしには充分子供でしてよ」
「・・・・・では私はどうしたら、良いのでしょう」
「殿下。いつまで甘えていてはいけませんわよ。宜しいですか。ここからは殿下ご自身のお力で、あの子を振り向かせるのです」
「私が?一人で?」
夫人に向ける情けない顔に、頷いた夫人は、諭すように語り掛けた。
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