氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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36話

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「殿下の努力は認めます」

「そうか?!」

 ぱあっと明るい顔をしたシェルビーだが、夫人の次の言葉で、今度は落ち込むことになる。

「ここは、喜ぶ所では御座いませんことよ」

「ヴッ・・何がいかんのだろうか」

「努力を認めているのが、わたくしと使用人達だけだからですわ」

「うぅ。キャニスには伝わっていないと」

「そういう事ですわね」

夫人は静かにカップを口に運んだが、シェルビーの方は、椅子の背にぐったりと寄り掛かり、天井を見上げてしまった。

「どうすりゃいいんだ」

ぼそぼそと呟くシェルビーに、夫人はカップの代わりに、取り出した扇子広げて口元を隠し、シェルビーに分からない様に、小さくため息を吐いた。

 それは、わたくしが聞きたいくらいだわ。

 夜会の参加に、デートの段取り。
 キャニスが好むものも、全て教えて差し上げているのに。なぜ、あの子の心を射止めることが出来ないのかしら。

 確かにあの子は、普通の子とはかけ離れているけれど。

 恋人として完璧な演出を伝授しているのだから、いくら恋愛に疎いあの子でも。とっくに殿下のお気持ちに、気付いて良い頃でしょうに。

 これは、デート中の殿下の態度が問題なのかしら。

 それとも両方が悪いの?

「これは殿下のお話だけでは、埒があきませんわね。殿下。殿下の護衛騎士を呼んでくださる?」

「サイラスをですか?何故です?」

「彼が2人の様子を一番近くで、一番長く見ている人物だからですわ。今のわたくし達に必要なのは、殿下の主観ではなく、彼の客観的な意見ですわね」

成る程、と頷いたシェルビーは、扉の向こうに立つサイラスを招き入れた。

呼ばれたサイラスは、最初は呼ばれた理由が分からない様子だったが、夫人の話を聞くうちに、全てを理解し、最後は額に手を当て、天を仰いでしまった。

「やっぱりかぁ~!」

「そう仰ると言う事は、思い当たる節があるのですわね?」

「えぇ。そりゃあもう。節だらけですよ」

「分かっていたなら、教えてくれればいいじゃないか!」

「殿下。二十歳も超えた大人でしょ?普通はそのくらい、自分で何とかするもんですよ?私もね、他人の恋愛に首突っ込んで、馬に蹴られるような真似は御免です」

「なんだよ。それじゃあまるで、私が朴念仁みたいじゃないか」

「はあ?自覚なかったんですか?殿下は紛れもなく、朴念仁でしょうが」

「そこまで。仲が宜しいのは結構ですけれど、お二人のそんなやり取りを見たら、キャニスとキャピレット卿、何方が恋人か分かりませんわね」

「私がなんで、サイラスなんかと!!」

「そうですよ。よりによって殿下なんて、冗談じゃない」

「そう云う処ですわ。なんの気兼ねも無く、言いたいことを伝え合う。見方によっては、唯の痴話喧嘩ですわね」

「まさか・・・キャニスは私とサイラスの中を疑って・・」

「それは御座いませんわ。あの子はそこ迄おバカでは御座いませんの。只此方の社交界では、そういう噂もあるようですけれどね?」

「はあ??」

「失礼ですがご夫人。それは本当でしょうか?」

「ご存じありませんでしたの?名前は変えてありますけれど、お二人を題材にした、恋愛小説まで御座いますのよ?」

「うっ嘘だ。冗談ですよね?」

「目くじらを立てる程の事では御座いませんわ。人気者の証拠、とでも思って流しておけばよろしくてよ」

「そんなあ・・」

「お二人が根も葉もない話だと仰るなら、この話はここでお終いです。今、わたくし達にとって大事なのはキャニスでしてよ?」

「うぅぅ・・・確かに」

「では、キャピレット卿、遠慮はいりません。洗い浚い、全てをお話しくださいまし」

夫人の許しを得て、サイラスはこれまで二人を見ていて感じた事、キャニスが話した事等々、キャニスとシェルビーに関する全てを打ち明けた。

「まあ・・・・どうしましょう。これはわたくしにも責任がございますわ」

「どうしてこんな事に」

「原因は、殿下の見た目じゃないですかね?」

「確かに俺は、キャニスに比べたら、不細工だけど」

落ち込むシェルビーにサイラスは、呆れながら逆だと告げた。

「殿下は見た目だけは、恋愛経験豊富な、女慣れしてる顔してんですよ。その自覚は無いんですか?」

「女? なんでそうなるんだよ?!」

「だって、ねえ?」

サイラスは夫人に眼を向け、夫人はシェルビーを上から下までをじっくり観察している。

 榛色の髪。
 意志の強そうな眉と、濡れたグレーの瞳。スッと通った鼻筋に、少し厚めの肉感的な唇。 

 武人らしく引き締まった身体は、程よく筋肉が付いているのが、服の上からでも分かるし、手足も長く上背も有り。
 広い肩幅や節くれだった,長い手指も男らしい。

 わたくしからすれば、お子様過ぎて気にしていなかったけれど、確かに言われて見れば、この歳にしては色っぽい方だわね。

「わたくしの歳になれば、その辺の所は、なんとなく分かりますけれど、キャニスには無理ですわね。しかも、わたくしは、殿下に完璧なデートと、エスコートを伝授してしまいましたわ。これでは、キャニスの誤解が深まって当然ですわね」

「なあ俺、顔に傷をつければいいか?それとも鼻でも削ぐか?」

「なに極端なこと言ってんですか?!そんなことしたら、キャニス様が怖がるでしょうが!」

「でもなあ。この顔の所為なんだろ?」

「殿下、へっぽこ過ぎて、お話になりませんことよ?」

「ウッ!ウウ・・・」

頭を抱えるシェルビーの情けない姿に、夫人は心底呆れた顔になった。

「実は、もう一つあるんですが」

「まだ何かありますの?」

「夫人のお陰で殿下もそつなく、キャニス様と過ごせているようでしたんで、私も、言うべきか迷ったんですがね」

「いったいなんですの?勿体ぶってないで早く仰い」

「はあ。殿下は最初のお申し込みからして、間違っていた訳ですが。その後挽回のチャンスが、無かった訳じゃないと思うんです」

「あら?そうだったの?」

「キャニス様のお披露目の舞踏会なんですが。あの時はご招待した日から当日まで、全く時間が無かったんです。普通なら何か月も前に、キャニス様の衣装を殿下が用意すべきなんですけど。あの時は時間も無い事だからと、キャニス様は、お手持ちの衣装をお召しになったんです」

「なんですって?!」
 
ここで夫人の瞳がギラリと光り、軽蔑の籠った視線を、シェルビーに向けて来た。

「しかも当日の御衣裳は、キャニス様の方が殿下に合わせて下さって。キャニス様がそれでいい、と仰って下さったのを、この人は鵜呑みにしちゃったんですよ」

「なんてことなの」

この段階で、扇子を握った夫人の手がわなわなと震え出し、シェルビーも、何が問題なのかは分からなかったが、自分が取り返しのつかない、間違いを犯していた事だけは理解した。

「王宮へキャニス様の事を、ご招待した処までは良かったんです。ですが当日、キャニス様はお手持ちの宝石の中から、殿下の髪色の物を、身に着けて下さっていたんですが。この人、そういうの一切付けてなかったんです」

「・・・信じられない」

「ですよね。しかも衣装が間に合わなかったなら、宝石なら宝物庫にいっぱいあるんだから、そこから一つでもいいから、当日キャニス様にお渡しするなり、自分で着けて差し上げるなりすれば良かったんですが」

「それすらも、しなかったのね?」

「はい。百歩譲って、お色が合わず宝飾品を用意できなかったとしても、キャニス様のお色の花でも贈って、その中の一輪を髪や衣装に、挿して差し上げるべきだった。それなのに殿下は、只着飾ったキャニス様を、デレデレと眺めてただけなんです」

「・・・殿下」

「はいっ!!」

地獄から響くような、夫人の冷たく低い声に、シェルビーは震え上がった。

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