氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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34話

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オセニア王国王太子シェルビーとラリス王国公爵夫人による、歴史的な会談が無事に終了後。

シェルビーは、夫人に背中を押された事も有り、愛しの君を妃に迎えるのだ!と決意も新たに、キャニスの前に立っていた。

決意を新たにしたのは良いが、公爵夫人に “朴念仁” 過ぎると呆れられたシェルビーだ。

これからキャニスに、自分を意識してもらうためにはどうするべきか、新たな手を短時間で思いつくはずもなく。

とにかく今日はキャニスに、自分の格好が良い所を見せようと、少年の様に張り切っていた。

「では、殿下。キャピレット卿。準備は宜しいですね?」

「いつでもいいぞ」

「殿下。自分は攻撃する側だからって、あんまり張り切らないで下さいよ」

「何を言うか。お前が俺に剣を向けられないと言うから、俺が攻撃役なんだろうが」

「そうなんですが。こっちは魔道具のみの丸腰ですよ?それで、殿下に襲い掛かられるかと思ったら、怖いに決まってるじゃないですか」

「なにを今更白々しい。お前、無手でもなんの問題も無いじゃないか。それにな、これは自動で反撃する魔道具の実験なんだぞ。実質攻撃されるのは私だ」

「キャピレット卿。気が進まないのであれば、私が変わります」

いつもの様にやいやい言い合う二人は、メモ用のボードを小脇に挟んだキャニスから、淡々と交代を提案され、慌ててそれを断った。

「君に、剣など向けられるわけが無いだろう!」

「そうですよ。キャニス様の白百合の肌に、傷がついたらそうするんですか?」

「別に私は気にしませんが。こう見えて、一応私も男ですので。傷の一つや二つ、あっても問題ないでしょう」

「問題大ありだ!!」
 
そんな事になったら、あの恐ろしい夫人から何をされるか、分かったもんじゃない。

「そうですか?」

「そうだ!」

「そうです!」

納得いかない様子のキャニスだが、二人揃って反対されれば、我を通すことも難しい。

「それでしたら、始めて頂いても?」

「おう。任せておけ!」

「まったくもう。かっこつけちゃって」

やれやれと言いたげに、肩を竦めて見せるサイラスに、シェルビーは段々イライラしてきたようだ。

サイラスは、シェルビーを煽るか、揶揄うかしていないと、死ぬ病気なのだろうか?

「サイラス。構えろ!」

「いや。魔道具の実験なんだから、構えちゃだめでしょ」

「煩い!」

大上段から斬りかかった切先が、サイラスに届く寸前、サイラス自身も反射的に腕を上げたと同時に、ドンッ! と低音が腹に響き、ブレスレット型の魔道具から炎が噴き出した。

まさか、これほど強力な魔法が発動するとはサイラスとシェルビーは、思っていなかった。

相手を驚かす程度の魔法が、発動するだけだと思っていたのだ。

「殿下ッ!!」

殺傷能力高めの魔法は、シェルビーの背丈の倍近くの大きな炎となり、王太子へと容赦なく襲い掛かった。

反撃の火力の強さに、サイラスが驚き、咄嗟に魔法を放とうとしたが、シェルビーも反射的に剣を振るい、その炎を切り裂いていた。

「はあ~~」

サイラスが安堵の息を吐き、額に吹き出した汗をぬぐった時、今度は拘束の魔法が展開され、魔法で編まれた無数の縄が、再びシェルビーへ襲い掛かった。

「チッ!!」

「マジかよ」

呆気に取られるサイラスの前で、シェルビーは次々に向かって来る、魔法の縄を斬り伏せていたが、防ぎきれなかった一本に、腕に絡み付かれた。と認識した直後。
シェルビーは魔法の縄でギッチリと全身を拘束されていた。

「すげえな。キャニス様!えげつない程、高性能な道具ですね!これは成功ってことで良いのですよね?」

「・・・・そうですね。概ね想定通りでした」

「概ね?完璧の間違いじゃ無いのですか?」

「魔法が防がれるとは思っていませんでした。もう少し魔法の威力を上げた方が良いかも・・・いや、仕留める必要はないから、拘束力を強めるべきかな」

そう言うとキャニスはボードに挟んだ紙に、実験結果を書き留め始めた。

その横顔は真剣そのもの、サイラスとシェルビーは声を掛けづらく、シェルビーのペンが止まるのを、ひたすらに待った。

暫くしてペンを止め、満足の溜息を吐くキャニスに、サイラスが申し訳なさそうに声を掛けた。

「あのぉ~。キャニス様?ちょっとよろしいですか?」

「えっ? はい。どうしましたか?」

「いやぁ。キャニス様のお邪魔はしたくなかったんですが、うちの殿下が変な趣味に目覚める前に、あの縄どうにかしてくれませんか?」

「なわ?」

サイラスが指さす先にキャニスが目を向けると、そこには、赤く光る細い縄で、口と体をぎっちりと拘束され、床に転がった王太子が、涙目でキャニスを見上げていた。

「あっ・・・申し訳ございません。解除の仕方をお伝えしていませんでした。すぐに縄を解きます。キャピレット卿ブレスレットを」

こうして拘束を解かれたシェルビーだが、その夜、王太子付きの侍従の何人かに、王太子の身体に刻まれた、拘束の痕を目撃される。

そして王太子の体に刻まれた拘束の痕は、王太子緊縛疑惑として、侍従達の間で王太子の新たな嗜好についての考察と、その是非。

新たな嗜好に目覚めたのなら、そのお相手はキャニスしかおらず、未来の王太子夫夫のお世話をする上での、最重要課題として、真剣に話し合われる事となった。


******


「ねぇ!!大変だよ!!」

「何だよ、リノス。寝不足で頭痛いんだから、大声出すなよ」

「騒いでないで、お前も仕事しろよ」

キャニスの計画を引き継ぐと息巻いたは良いが、一朝一夕で赤字を回復出来るわけもなく、相変わらず国庫は火の車。

初期投資すらままならない現実に、カリストと側近二人は、連日深夜まで、仕事に忙殺される毎日を送っている。

寝不足続きの3人だが、カリストが政務を担うようになって、最初に行ったことは、だらけきった王宮内の引き締めだった。

キャニスの手腕は天才的で、業務の処理速度も驚異的なものだったが、やはり一人きりで背負い続けるには、仕事量が膨大すぎた。

そしてキャニスは腐敗した高級役人や、貴族達の処分を、何度も王に求めていたが、玉璽を持つ王が首を縦に振らなければ、不正を正すこともままならなかったようだ。

そのことで宰相を問い詰めると、宰相自信も忸怩たる思いがあったようで、キャニスの苦労を思い、涙を浮かべていた。

王から玉璽を奪ったカリストは、大幅な人員整理を行い、どうにか通常業務を平常化することだけには、成功していた。

それでも、これまで王が放置して来た問題の皺寄せが、カリストの両肩にのし掛かって来ているのだ。

そんな訳で、普段ならムードメーカーとなるリノスの元気な声も、寝不足続きでカリカリしている今の二人には、耳障りな雑音にしか聞こえなかった。

「へぇ~~。そう言うこと言うんだ?せっかくキャニス様の動向を、教えてあげようと思ったのに。もういいよ!」

頬を膨らませそっぽをむくリノスに、カリストとマイルスは、慌てて立ち上がり、茶を勧め菓子を差し出し。

甲斐甲斐しく世話を焼いて、ようやく機嫌の治ったリノスから、キャニスの近況を聞き出せたのだ。
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