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31話
しおりを挟む「あら?そこにいらっしゃるのは、キャニス様じゃありませんこと?こんなところで、護衛騎士と二人っきりなんて、王太子殿下のパートナーとして、恥ずかしくありませんの?!」
来ると思った。
この娘がジューン嬢か。
分厚い化粧に、きつい香水。
作り物みたいな金髪、縦巻きドリル。
日本の漫画に出て来た、悪役令嬢そのまんまだ。
可哀そうに。
化粧が濃すぎて肌荒れしちゃってる。
この娘はきっと
素顔の方が可愛いのに。
勿体ないな。
僕の化粧水を贈ってあげたら,喜ぶかな?
警戒するサイラスに、キャニスは手を挙げてそれを止めた。
「失礼ですが、どちらの御令嬢ですか?」
「モンテ侯爵家のジューンよ。さっき陛下の前で挨拶したでしょう?頭が悪すぎて、覚えられないのかしら?!」
傲然と言い放つジューンに,キャニスはこの娘の懐柔は難しそうだと考えた。
「もしやとは思いましたが、やはりモンテ侯爵の御令嬢でしたか。ご紹介頂いて居ない王家の方かと思いました」
「なんですって?」
「ジューン嬢。他国では有りますが、私の家は公爵家です、その意味がわかりますか?」
許しもなく親しくも無い、家格が下の者から、上の者に声を掛けてはならない。
「御令嬢。私がカラロウカのキャニスだと、お分かりなのですよね?」
「そんな事知っているわよ」
そうだよね。
知っているから、殿下が離れた隙に絡みに来たんだよね。
一応逃げ道を作ってあげたんだ。
ここで引いてくれたら、僕も何もしなくて済むんだけどな。
「あなた、わたくしの事を馬鹿にしているの?公爵家がなんだって言うのよ。ラリスなんて、オセニアの陰に隠れて、帝国から逃れているだけの、ど田舎の弱小国じゃない」
なんか、都合のいい様に解釈してるみたいだけど、全く知識がない訳じゃないんだ。
でも、これって外交問題だよ?
この娘、頭大丈夫なの?
モンテ侯爵は、なにを教えて来たんだろう。
「ジューン嬢!キャニス様に失礼です。これ以上はおやめなさい!」
「護衛風情が煩いわね。引っ込んでなさい」
護衛風情・・・・。
その護衛騎士は、殿下に一番近いところに居る人なのに。
これじゃあ、殿下が煙たがるわけだ。
「ちょっと。私の話を聞いているの?これだから田舎者は嫌なのよ。礼儀がなって居ないわよ!」
「御令嬢。礼儀と仰るなら。あなたも礼儀を弁えられた方が良い。恥を掻くのはお父君ですよ」
「あなた、本当に生意気ね!」
金切り声を出したジューンは、グラスを持った手首を反した。
「キャニス様!!」
咄嗟に庇おうとしたサイラスだが、前に広げた腕だけでは、グラスになみなみと注がれたワインから庇いきることは出来ず、キャニスの純白のクラバットに赤い染みが広がり、白金の髪から赤い雫がしたたり落ちた。
ははっ!
漫画みたいだ。
こんな事を本当にやる、御令嬢が居るとは思わなかったな。
もしかしてこの世界って、転生漫画に有り勝ちな、乙女ゲームの中なのかも。
「御令嬢!!何をなさる!!」
「はあ?この生意気な田舎者に、礼儀を教えてやっただけよ」
「キャピレット卿、私なら大丈夫です。それより貴方の方が、ずぶ濡れだ」
「ですがキャニス様!」
「きっとこの方は、慣れないお酒の所為で、自分が何をしたのかお分かりではないのでしょう。でなければ、カラロウカの人間に、こんな無礼を働く訳がない」
「何を言ってるの?カラロウカがなんだって言うのよ。田舎貴族が、口を閉じなさいよ」
「御令嬢。本当に、これ以上はおやめなさい。貴女は家門と命が惜しくないのか?」
冷たい眼差しを向け、淡々と語るキャニスに、流石のジューンも、もしかしたら、自分はとんでもない間違いを犯したのかも知れない、と理解し始めていた。
しかし、もう後戻りは出来ない。
その時、人の気配を感じ、会場を振り返ったジューンは、驚きで動けなくなった。
「なっなによ!何なのよ?!」
開け放たれた窓の前には、騒ぎを聞きつけた貴族達が、ジューンに軽蔑のこもった視線を送りながら、ヒソヒソと囁きあっている。
愚かなジューンは、キャニスに恥をかかせるつもりで、テラスに通じる窓のカーテンを閉めていなかったのだ。
「キャピレット卿。ご令嬢を休憩室にご案内して差し上げて」
「キャニス様!こんな無礼を働いた人間に、目溢しなど必要ありません!」
「このご令嬢は酔って、粗相をしただけ。そうですよね?」
最後の助け舟を出したキャニスに、ジューンはギリギリと歯を喰いしばり、憎しみのこもった目を向けている。
これは、ダメかな。
大事な人を取られたくないって気持ちは、僕も経験があるから、痛い程分かる。けど、これ以上やったら、断罪コースまっしぐらだ。
僕はゲームの主人公じゃないから、そう言うの、後味が悪くて嫌なんだけど。いい加減、引いてくれないかな。
だけど、この娘。
殿下の婚約者でもないし、候補に名前が上がっただけで、ここまで執着するなんて。
本当は殿下と、何かあったのかな?
「なに余裕振っているの?!婚約者に浮気されまくって、捨てられたくせに!!今度はシェルビー殿下に色目を使うなんて!カラロウカは、そんなに王族になりたいわけ?!恥を知りなさいよ!この淫売!!」
あ~。
やっちゃった。
もう庇えない。
はあ・・・何回か前の僕もこんなだったのかな。
これは痛い。
痛すぎる。
「何とか言いなさいよ!図星を刺されて、言い返せないの?!」
「ご令嬢。その無駄に動く口を閉じなさい。貴方は今、私だけでなく、カラロウカも侮辱した。私だけなら見逃すつもりでしたが、これではもう無理だ」
「なにを?!」
「ジューン・モンテ。貴女はその空っぽな頭に、怒らせてはいけない相手がいると言うことを、刻み込むことになる。そして、娘をそんな風に育てた侯爵と、その家門全てもね」
「なん・・・なのよ」
ジューンは、これまで王族を除けば、自分がオセニア貴族界の、最高位に属していると信じてきた。
自分の思い通りにならないことはない。
そう信じてきた裏に、面倒ごとに関わり合いたくないと、適当に話を合わせ、遠巻きにされていた、と云う真実に、ジューンは気付いていなかった。
そして、王族の力を必要としていたのは、モンテ侯爵家の方で。
カラロウカは、王家の庇護など必要としていないことにも。
「どけっ!!」
野次馬を掻き分け、漸くシェルビーが姿を現すと、ジューンは救いを求め、シェルビーに縋りつこうとした。
「ご令嬢!無礼ですよ!」
王族の体に、勝手に触れてはならない。
そんな、基本的なマナーも今のジューンの頭からは抜け落ちていた。
「殿下!殿下は騙されているのです!!この男はただの淫売です!どうか目を覚まして!!」
肩を掴むサイモンの手から逃れ、愛しい王子に縋ろうとするジューンを、シェルビーは一顧だにしなかった。
野次馬のせいで、テラスの様子を見ることはできなかったが、キャニスを侮辱するジューンと、静かにそれを諭すキャニスの声は聞こえていた。
自分が少し離れただけで、こんな騒ぎが起きるとは。
俺の考えが甘かった。
せっかくの晴れ舞台だったのに。
どうやって詫びたらいいんだ。
シェルビーは、只々愛しいキャニスを案じる気持ちで頭の中が一杯だった。
「キャス、大丈夫か?」
自分をいない者のように無視し、キャニスの頬に、優しく手を添える王太子の姿を目の当たりにしたジューンは、自分の初恋が敗れたことを、この時初めて理解した。
そして、がくりと力を失い、さめざめと涙を流し始めたのだ。
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