氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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30話

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シェルビーがキャニスを床に下したのは、曲も終わりかけの頃だった、何とかダンスのラストの格好はついたが、こんなにメチャクチャなダンスは、永い転生人生でも初めての体験だった。

 やっと終わった。

グルグルと回され,目がまわる寸前だったキャニスは、安堵の息をもらしホッとした。

しかし曲が終わり、セリーヌと交代しようとしたキャニスの腰を、シェルビーは引き寄せ、そのまま2曲目のダンスに突入してしまった。

「シエル。マナー違反です」

「何を言っている?恋人や婚約者は2曲続けて踊るものだ」

「それは、一般のダンスタイムが始まってからの話しです。私達がここを占領していたら、セリーヌ殿下のダンスが終わらず。他の方達がいつまでも踊れません」

「そんなの放って置け。せっかく大勢の前で私達の仲を、アピールできるチャンスだ。逃す手はないだろ?」

「そうかもしれませんが・・・」

「今度は抱き上げて、振り回したりしないから、もう一曲付き合ってくれ」

「で・シエル、あれは抱き上げたのではなく、持ち上げた。と言うのです。それにあれでは、子供とふざけているのと同じじゃないですか。恋人の様には見えないと思います」

「うん?言われてみれば確かにそうだな。なら今度は横抱きに挑戦してみよう」

「よこ・・・謹んでご遠慮申し上げます」

「ははっ。そう警戒するなよ。今日はもうやらんよ。今日はな?」

「今日でも明日でも、この先ずっと駄目です」

「なんでだ?仲良しなのは良い事だろ?」

微かに引き上げた片眉に、抗議を込めたキャニスは、曲に合わせコートの裾を花弁のように広げ、くるりとシェルビーから離れて行った。
残された手をシェルビーが軽く引き戻し、再びキャニスが腕の中に戻って来ると、二人のダンスを鑑賞している貴族達から溜息が漏れた。

二曲続けて踊る二人の為に、楽団の指揮者が、直ぐにワルツから、テンポの速い曲に変更していたが、二人のステップに乱れはなく、麗しい二人の青年が繰り広げる舞いに、年若い御令嬢たちは夢見心地。

「はぁ~。素敵」

「シェルビー殿下って、怖くてお堅いイメージでしたけど、愛しい方の前では、あんなにお優しい顔をなさいますのね」

「それにキャニス様のあの御衣裳、初めて見るデザインだけど、凄く素敵。私も欲しいわぁ」

「カラロウカ家の商会に問い合わせたら、誰の作品か分かるのではなくて?」

「それなら、キャニス様が経営なさっている商会の方が宜しくてよ?」

「まあ!キャニス様は、ご自分で経営もなさっているの?」

「私の父が、キャニス様が経営なさっている、ヒラガ商会とお付き合いが御座いますの。なんでもキャニス様は、ご自分で発明された魔道具を売る為に、商会を立ち上げられたのですけれど。ラリスで売り出された商品は、全て大流行だそうですわ」

「まさか、ジャグジーとか掃除機のことかしら?」

「それですわ!他にも扇風機やジョユウ鏡。庶民向けの便利な道具も沢山御座いますのよ?それに別にブランドも立ち上げられていて、皆さんが大好きな、アマテラスの化粧品も、キャニス様が開発されたそうですわ」

「まあ!アマテラス?!あそこは化粧品だけではなくて、可愛らしい小物や、素晴らしいドレスも揃っていてよ?」

「ですから、キャニス様の御衣裳の事なら、アマテラスへ問い合わせるべきですわね」

 有益な情報を齎してくれた令嬢は、一躍時の人となった。

ひとしきりキャニスの話しで盛り上がった令嬢達は、シェルビーとのダンスを終え、王女のセリーヌにダンスを強請られて居るキャニスへ目を向けた。

「神様って、不公平ですわね」

「本当ですわ。あの美貌と才能。神の恵みを独り占めですわ」

「それに、気難しいセリーヌ様が、一瞬で懐いてしまわれるなんて、きっとお人柄も素敵なのでしょうね」

「はぁ~~。お近付きになりたいわぁ」

「あれですわね。自称王太子妃の誰かさんとは大違いではなくて?」

「ほんと、あの自信は何処から来たのやら」

「殿下は、全く相手にされていらっしゃらなかったのに、気付かなかったのかしら?」

「シー!聞こえてしまいますわよ」

「あら?」

「やだ・・・」

恐ろしい顔で、睨みつけて来るジューンに気が付いた令嬢達は、広げた扇子で口元を隠し、サヤサヤと衣擦れの音を残して、その場を去って行った。

ジューンは彼女たちが話している内容は聞こえなかったが、自分を悪く言っている事だけはすぐに分かった。
こういう事にかけての女の勘は、馬鹿にならない。

 何よッ!!
 ついこの前まで私に、媚びていたくせに、馬鹿にして!

 それも此れも全部、あのキャニスとか言う男が悪いのよ!!
 
 この国の人間でもないくせに、私から殿下を奪おうなんて。

 絶対に許さないんだから!!

セリーヌのダンスも終わり、会場では大勢が、踊り始めていた。
其処此処で談笑する男たち、笑いさざめく花の様な貴婦人の輪。

恋人たちは互いの瞳を見つめ合い、踊りながら耳打ちをしあい、皆楽し気だ。

表面だけを取り繕った、ラリスの舞踏会とは全く違う。
参加者した者達が、皆リラックスできるように配慮された、とても良い集まりだとキャニスは思った。

その中で、友人たちに慰められ、肩を落としている少女が一人。

 あぁ。彼女がリリアナ嬢か。
 可哀そうに。

 あんな若くて可愛らしい娘を
 僕が泣かせたんだ。
 本当にごめんね。
 でも僕も、来年には
 この国から出て行くから。
 それで許してね。

そんな事で傷付いた心が癒えるわけではないが、少なくとも憎い相手を見る事が無くなれば、彼女も心穏やかに過ごせるようになるだろう。

キャニスが、少し切ない気持ちになって居ると、ぬっと目の前にシェルビーが顔を近づけて来た。

「でっシエル?どうしました?」

「疲れたか?」

「いえ、まだ大丈夫です」

「そうか?だが無理はいかん」

そう言ってキャニスの手を取った王太子は、そのまま歩き出した。

「シエル、どこに行くのです?」

「頬が赤くなっている。テラスで少し風に当たろう」

「ですが・・・・宜しいのですか?」

2人に話しかけたそうに眼で追って来る貴族達に、キャニスが目を向けると、シェルビーはキャニスの腰を引き寄せ、火照った頬に顔を寄せて囁いた。

「恋人と言うものは、宴の途中で消えるものだ。とサイラスが言っていた」

「はあ。キャピレット卿が・・・なら大丈夫そうですね」

 なんで俺よりサイラスの方が信用されているんだよ。

 俺。そんなに信用無いのかな。

意地で余裕の笑みを崩さなかったシェルビーだが、内心は冷や汗ダラダラだ。

テラスにキャニスを誘たシェルビーは、風に髪を揺らすキャニスの横顔を、ボーっと眺めていたが、会場内で湧き起こった笑い声に、ハッと我に返った。

「喉が渇いただろ?何か取って来るから、ここで待ってて」

なら自分が取りに行くと言うキャニスを、シェビーは押し留めた。

「婚約者に尽くすのは、当然だろ?」

潤んだ瞳でそう言われると、演技と分かって居ながら、キャニスも断り辛く、黙ってシェルビーの遣りたい様にさせることにした。

サイラスにキャニスを任せ、颯爽とシェルビーが歩み去り、その逞しい背中を見送ったキャニスは、ぽつりと呟いた。

「殿下も大変だね」

「そりゃぁ。キャニス様を引き留めておくためなら、うちの殿下はなんだってやるでしょうよ」

「そう?心配しなくても、役目はちゃんと果たすのに」

「あのぉ・・・キャニス様?もしかして、何か勘違いなさっていませんか?」

「勘違いって何の事?」

「キャニス様、うちの殿下は・・・」

シェルビーの本気度をキャニスに伝えようとしたサイラスの言葉は、意地悪く甲高い声に遮られた。
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