氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
29 / 113

29話

しおりを挟む
曲が変わり、国王夫妻と交代でダンスホールに誘われたいざなわれたキャニスは、シェルビーのダンスの腕前に素直に感心していた。

動きが全然ぶれないし。
鍛えている分、体幹がしっかりしているのかな?
ターンもすごく楽にできる。
凄いな。
これならいつもより、長く踊れそうな気がする。

これまで、王太子の婚約者として数々の宴に参席し、男女関係なく多くの人々と踊った経験があるが、シェルビーとのダンスは、他の誰と比べても、圧倒的に踊り易かった。

「殿下は。ダンスがお上手ですね」

「シエルだ」

「・・・・シエルは、ダンスがお上手ですね」

 棒読みのキャニスに褒められたシェルビーは、そんな事は初めて言われたと驚き、キャニスと踊るのは楽しいと微笑んで見せた。

ナリウスの傲慢で傍若無人な態度を見慣れていたキャニスは、そんなシェルビーの様子に、王族とはこうでなくては、と改めて思った。

王族たる者、威厳を損なってはならないが、人当たりのいい笑顔やリップサービスは不可欠だろう。
 
地位や権力のお陰なのだろうが、人として最底辺の行動ばかりだったナリウスでさえも、周りから人が居なくなることは無かったし、自分が気に入った者達の前ではよく笑っていた気がする。

今思えば、下品な笑いだったが、その笑顔を、前世では自分にも向けて欲しいと願った事も有った。

しかし前世であれだけ苦しい思いをしたキャニスにとって、ナリウスの笑顔など、今世ではどうでもいい事だった。

「上の空だな?」

「失礼しました」

「私が言った事を、信じていないな?」

「でん・・・シエルはこれまで沢山の方踊られて来たのでしょう?お立場上リップサービスも必要ですから」

「そうなんだが、これは本心だぞ?キャスは楽しくないのか?」

「よく分かりません。それに、これも契約の一部ですから」

 キャニスの返事にシェルビーは、一瞬傷ついた様な顔を見せたが、直ぐに悪戯っぽく笑うと、キャニスの耳に唇を寄せ囁いた。

「では、契約通り存分に楽しんでもらわないとな?」

「で・・シエル?」

キャニスが何をする積りか、と聞く間もなく、シェルビーはキャニスの腰を両手で掴み、そのまま子供を遊ばせるように持ち上げて、その場で曲に合わせ、くるくると回り出した。

「殿下!やめて下さい!」

「シエルだ。ほら。皆が見てるぞ?楽しめ」

「シエル!子供じゃないんですから!下ろして下さい!」

「はははっ!!」

 この人はッ!!
 仲良しアピールにも、限度があるだろう?!
 それに楽しんでいるのは、自分だけじゃないか!

早く下ろせと言う、キャニスの苦情も全く意に介さず、シェルビーは楽しそうに笑っている。

そんな二人の様子に舞踏会の参席者達は、驚きながらも王子に訪れた遅い春を喜んでいた。

2人に注がれる生暖かい視線の中に、怒りと嫉妬、そして悲しみに満ちた視線が3対。


悲し気な視線を送る1対は、ヒューゴ伯の娘リリアナ。

怒りと嫉妬に塗れた、視線の2対の持ち主は、モンテ侯爵とその娘のジューンだ。

モンテ侯爵は、娘が産まれてから今日まで、自分の娘を王太子妃にするべく、画策を続けてきたが、肝心の国王夫妻と王太子からは、色よい返事を聞くことは出来なかった。

 あと一手。
 何か決定的な事実さえあれば!

殿下との間に既成事実を作ってしまえと、娘をけしかける積りで、侯爵は媚薬を購入したばかりだった。

王家の外姻となり、更なる権力を望んでいた侯爵にとってキャニスとシェルビーの婚約は正に寝耳に水。

しかもキャニスは、あのカラロウカ公爵家の令息だ、家柄、容姿、才能、財力。
全てにおいてジューンに勝ち目はない。

それでも諦めきれない侯爵は、キャニスの破婚を声高に主張し、正式な婚約を先延ばしにする事には成功した。

だが、こうも睦まじい姿を見せつけられ、列席する貴族達から好意的な目を向けられてしまえば、挽回は難しい。

せめて娘が、キャニスと同じくらいの器量良しだったら、まだ望みがあったかもしれない。

 何故ジューンは、こうも平凡な容姿で生まれて来たのか。

自分の事を棚に上げ、歯噛みする思いで二人を睨み続ける侯爵の横で、父親以上に、ジューンは嫉妬の炎を燃え滾らせていた。

両手に握られた扇子は、ミシミシと悲鳴を上げ、真っ二つに折れる寸前だ。

 酷いわ。
 シェルビー様は、私の物なのに!!

もしシェルビーがこの言葉を耳にしたら、”私がいつお前のものになった?それ以前に自分は物ではなく、人間だ。何を勘違いしているのか。” とでも言っただろう。
  
しかし、ジューンは物心がついた頃から、お前は将来王太子妃となり、やがて国母になるのだ。と両親から聞かされ続け、自身もそれを疑ったことは無い。

どれだけシェルビーに冷たくあしらわれようと、最後にあの麗しい王子の横に立つのは、自分なのだと信じていた。

信じていたからこそ、シェルビーに近付こうとする、令嬢や令息は全力で叩き潰し、身の程を教え込み、ジューンの視界から追い払って来た。

最近は図々しくも、王太子妃の候補として、リリアナが取り沙汰され、向こうも真っ向勝負を挑んできていたが、たかが伯爵家の令嬢に侯爵令嬢のジューンが負ける訳が無い。と高を括っていたのだ。

それなのに、突然現れた隣国の令息に、愛しい王子を奪われた。

確かにあの男は、自分よりちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、綺麗かもしれない。
子を産み育てるのに、男女の違いは問題ではないけれど、それでも男と結婚するより、女である自分の方が相応しい筈に決まってる、

 それなのに・・・。
 なぜ殿下は、私を見て下さらないの?
 私には、あんなに優しく微笑んでくださった事など無いのに。
 なぜ、その男には、そんな熱のこもった、甘くてとろける様な瞳で見つめているの?

 ちょっと小綺麗なだけで、ラリスの王太子から捨てられた男なんかより、私の方が王太子妃に相応しいのに!!

自分の恋敵になりそうな人間を貶め、排除する事に躍起になって居たジューンは、自らを磨く事を怠った。

侯爵家の令嬢として、完璧な所作とマナー身に着け、豪華な衣装に身を包み、香水を吹き付け、化粧を怠ったことも無い。

ただの令嬢ならそれでもよかった。
しかし、未来の国母となれば、それでは済まない。

しかし子供の頃から、自分の想い通りにならなかった事はなく、知識と情報と言う最強の武装を怠ったジューンは、キャニスがこれまで相手にして来た、平凡な貴族の令嬢令息とは、別次元の生物なのだという事に、思い至る事すら出来ずにいたのだ。

そして、娘と同じくキャニスへ怨嗟の籠った視線を向けている侯爵は、自分の娘の愚かさに気が付いて居なかった。

カラロウカに手を出すな。

近隣諸国の貴族の間で、余りにも常識過ぎて、侯爵は自分の娘にそれを教えていない事をすっかり失念していた。

後に侯爵は、その失策を大いに悔いる事となる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~

華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。 もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。 だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。 だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。 子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。 アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ ●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。 ●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。 ●Rシーンには※つけてます。

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

処理中です...