氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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27話

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鼻歌交じりで上機嫌のシェルビーを横目で見ながら、この方は、こんな仄暗い感情とは無縁なのだろうな。とキャニスは考えていた。

  アカデミー卒業後すぐに戦場に出て、1年ほどを戦地で過ごしたと聞いているけれど、何か屈託がある様にも見えないし、騎士という人種は、普通の人達より心が強いのだろうな。

  その分気が利かなくて、ベラに睨まれていたけれど。それにも気付かないなんて、これ迄交際して来た相手は怒らなかったのかな?

 でも、僕は本当の恋人でもないから,どうでもいいけど。

  まあ、王宮に招待してくれたり、衣装を褒めてくれるだけ、ナリウス殿下よりはずっと真面なんだよね。

「殿下」

「なんだ?」

「今日の参席者で、気を付けるべき人物は居りますか?」

「そうだな・・・・。ヒューゴ伯と娘のリリアナ。モンテ侯爵とその娘のジューンかな」

「その二人の御令嬢が、王太子妃候補として、お名前が挙がっていたのですね?」

「キャニスは話が早くて助かる。特にジューンには気を付けてくれ。あの令嬢は子供の頃から俺に付き纏い、妃になると吹聴して回って居たからな」

  ヒューゴ伯の持つ商会は、カラロウカ家と僕の経営する商会の下請けだから問題ない。

 でも,娘の方はどうだろう。

モンテ侯爵は、これまで接点はなかったから、こっちは注意が必要だな、

どっちにしても、嫌がらせはされそうな気がする。

受けて立つのは簡単だけれど、爵位も高いしこちら側に引き込んだ方が。後が楽なんだけど。

  まあ。会ってみれば分かるかな。

「お二人に手を出した事は?」

「あッある訳無いだろ?!私はキャニス一筋だぞ?!」

「殿下・・・今は、キャピレット卿しか居りませんから、そういうのは結構です」

キャニスがきっぱりと切り捨てると、シェルべーはへにょりと眉を下げ、悲しそうな顔になった。

「キャニスは、私がそんな男だと思っているのか?」

「違うのですか?そうは見えませんが」

「そんなぁ・・・」

「申告は正直に。途中で子が出来た、と騒がれるのは困ります」

「だから、あの二人とはそんな関係ではない!」

「とは?では他にお相手がいらしゃるのですね?どう対応するにしても、私も心の準備が必要です。後で閨係以外の、リストを作って置いて下さい」

「だから!ナリウスと一緒にするな!」

 キャニスの誤解を解こうと、シェルビーは必死だ。

「殿下。人の眼が増えました、声を落としてください」

「うぅぅぅ・・・・」

 本当にキャニスだけなのに。

「どうされたのです?」

「・・・もういい。それよりキャニス。これから、俺達がそれらしく見せる為には、何が必要だと思う?」

「キスは、必要最低限にして下さい」

「・・・この前の事を怒っているのか?」

「いえ。昔飼っていた犬も、人の顔や口を舐めるのが好きでしたから、あれと同じだと思う事にしました」

「犬・・・」

 嘘だろ?
 俺、人としてすら見られてないのか?

「それで、必要なものとは何ですか?」

「え?あぁ・・・前に私の事をシエルと呼んで欲しいと言っただろ?」

「ええ。でもあれは、お忍びの時ですよね?」

「恋人同士は愛称で呼び合うものだ。これからは私の事はシエルと呼んでくれ、私は君の事を、キャスと呼ばせてもらう」

「分かりました。殿・・・シエル」

「よく出来ました」

 繋いでいたキャニスの指に、軽くキスをしたシェルビーはにんまりと微笑み掛けた。

「では、戦場へ向かうとするか」

「戦場?ただの舞踏会ですよ?」

「すぐに分かる」

シェルビーはグレーの瞳に意味深な色を浮かべて笑い、会場入り口の騎士に頷いて見せた。

「オセニア王国、王太子シェルビー・レ・オセニア殿下!ラリス王国、カラロウカ公爵家御令息、キャニス・ヴォロス・カラロウカ様!ご入場!!」

案内係の朗々たる声が響き、入場口の扉が開かれた。

あの王太子を骨抜きにしたと噂の、隣国の令息とはどんな人物なのか。

興味津々で息を詰めていた参席者たちは、キャニスの美しさの前に、宜なるかな、と頷き合い、陶然とした溜息を洩らした。

シェルビーのエスコートで国王夫妻の前に進み出たキャニスは、礼を取り国王からの言葉を待った。

しかし王からの言葉は無く、参席者からヒソヒソと声が上がり始めてしまった。

 僕は歓迎されて居ない?

キャニスは、またか。とうんざりした気分になってしまった。

「父上。父上!!」

「ハッ!! すまん!キャニス殿の美しさについ見惚れてしまった。許せ!」

ガハハと笑う国王に、緊張していた場の空気が一気に緩んだ。

「国王陛下、皇后陛下この度はご招待を賜り感謝したします。また皇后陛下には侍女もご手配頂き、お気遣いありがとうございました」

「よいよい。堅苦しいのは私は好まん。キャニス殿も楽にされよ」

「はい、失礼致します」

キャニスが顔をあげると、国王夫妻は揃って ホウ と溜息を吐き、うっとりとキャニスを眺めた。

「・・・・しかし、家のシェルビーが、大陸一の婿を射止めるとは、信じられんな」

「本当に、こんな素敵な子が、私達の息子になるなんて、夢みたいですわ。ほらセリーヌ、あなたのお兄様になる方よ。ご挨拶なさい」

傍に控えていたシェルビーの妹、セリーヌがギクシャクとしたカーテシーを見せ、キャニスはその手を取り、指先を握った自分の親指に唇を寄せた。

「セ・・・セセッセリーヌです。よろしく、宜しくお願い致しますわ」

 頬を真っ赤に染め、緊張するセリーヌに、キャニスはうっすらと目を細めた。

「殿下からお噂は兼がね。お目に掛かれて光栄です」

セリーヌは バッ!! っと音がする勢いでシェルビーに振り向いた。

「う・・・うわさ?お兄様!!キャニス様に何をおっしゃったの?」

「別に大したことは話してないぞ。お前が猫を追いかけ回して、池に落ちた話とか。モグラを捕まえると言って、庭園中を掘り返して、庭師に怒られた話とかだな」

「おお・・・おっお兄様!!なんてことをして下さいますの?!」

キャニスに向けたのとは違う意味で顔を赤くし、ニヤニヤする兄を睨むセリーヌだった。

 こんな素敵な方に、子供の頃の黒歴史を勝手に話すなんて。

 酷いわ!
 お兄様なんて大っ嫌い!

 お兄様が、とっても素敵な方を射止めたって。お父様とお母様が、喜んでらしたから、私だってお会いできるのを楽しみにしてたのに・・・。

「セリーヌ? どうした?」

いつもは強気な妹が、今にも泣き出しそうな顔をしていることに、シェルビーは驚いてしまった。

「皆が見ているぞ、シャンとしろよ」

この見かけ倒しの残念な王太子は、思春期真っ直中。難しいお年頃の少女の心の機微が、全くわかっていないのだ。

「信じられない!お兄様って!最っ低!!」
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