26 / 113
26話
しおりを挟むコンコンッ。
「サイラス・キャピレットだ。王太子殿下をお連れした。キャニス様のお支度はお済か?」
「少々お待ちください」
「ベラ構わないよ。お通しして」
「はい」
ベラが頷いた先に控えていた、王宮付きの侍女が扉を開け、王太子シェルビーと護衛騎士のサイラスを部屋の中へ招き入れた。
「殿下。キャニス様は最後の仕上げ中で御座います。少々お待ちくださいませ」
「あぁ。構わん。俺の方が少し早すぎたようだ」
ここはオセニア王国、王宮貴賓室。
キャニスとベラを始めとする、カラロウカ公爵家のキャニス付きの執事や使用人数名は、今日の舞踏会の準備の為、昨日から王宮貴賓室に滞在していた。
舞踏会への招待を了承した際、王宮への招待もシェルビーから受けたキャニスは、その誘いを固辞したが、シェルビーがそれを許さなかった。
その理由は、この日シェルビーは執務の都合で、どうしてもキャニスを迎え行くことが出来ない。
しかし、キャニスの記念すべき、オセニア社交界へのデビュー日であり、王太子の婚約者候補としての、初の披露目の場でもある。
そんな日に、別々に会場入りしたとあっては、周囲から不仲を疑われるかもしれない。
「それにキャニスの着飾った姿を、私が最初に見たいしな」
臆面もなく、そんな甘い言葉をスラスラと口にするシェルビーにキャニスは、この人は本当に恋愛慣れしているのだな。と感心していた。
「それに。小煩い貴族の所為で、正式な婚約まで、1年待たなければならなくなった。その間余計なちょっかいを掛けられないように、仲の良い処を奴らに見せつけなければならんだろう?」
見掛け倒しで、恋愛経験のないシェルビーは、精一杯恋人らしい甘い言葉を投げかけたつもりでいた。
しかし、キャニスは、王太子以上に恋愛感覚が鈍っている。
王太子の想いは、最愛の人に届く事なく、確かに同じ場に居るだけでは、隠れ蓑とは言えないな。と納得されただけだった。
お気付きの通り、ここでシェルビーにとって最大の誤算は、キャニスが二人の関係を、本当に契約上のものだと誤解していた事だ。
シェルビーとしても、最低なプロポーズだったとの認識はあった。
しかし、シェルビーの申し出を受け入れるとキャニスが頷いた事で、キャニス自身に恋愛感情は無くとも、自分の気持ちには気付いてくれていると、彼は思い込んでいた。
だがキャニスにとってシェルビーの申し込みは、彼に想い人が出来るまでの限定的なもので有り。
彼が自分に構うのも、婚約の話を持ち掛けたのも、カラロウカ公爵家という、強力な貴族との関係を得るための、政治的な要素が強いだろうと考えていた。
更に、この恋人ごっことも言える契約婚約を、政略結婚の部類と捉え、今回の人生で初の友人が困っているから、手を貸してやろう。
という程度の認識しか持っていなかったのだ。
結果的にキャニスがラッキーだと感じたのは、ナリウスとの婚約が破棄されたばかリのキャニスを、正式な婚約者として公表するのには、友好国として障りがある、として正式な婚約を1年先延ばしにされた事だ。
若く健康な貴族の子息であれば、恋愛経験の一つや二つあって当然。との風潮もある中、シェルビーとの関係が唯の恋愛で終わるのであれば、契約終結後も、後腐れなく関係を切ることが出来る。
そう考えたキャニスは、シェルビーから口付けされた事で、多少動揺したりもしたが、直ぐに気持ちを立て直す事が出来た。
そしてこの契約の対価を受け取った後は、楽しい隠遁生活を夢見ているキャニスは、既に次の滞在先の物色を始めていた。
残念な事にこの段階で、シェルビーが幼い頃より拗らせた初恋は、肝心のキャニスへ、全く伝わって居ないという、残念を通り越した、可哀想な状態だ。
そんな事とは想像すらしていないシェルビーは、身支度を終え、衝立の影から姿を見せた、最愛の人に只々見惚れていた。
今日のキャニスの装いは、シェルビーの騎士の正装に合わせた、光沢の有る黒で纏められている。
一見ドレスと見紛うウエストが絞られたロングコートは、袖口と襟に金糸の刺繍、中に着けたジレにも同じ刺繍が施され、純白のクラヴァットには、シェルビーの髪色に合わせたスモーキークォーツのブローチと、緩く編んだ白金の髪にも、真珠とスモーキークォーツが編み込まれて居た。
俗に言う "あなた色" と言うものだが、パートナーに対する礼儀でもある。
「今日は、さらに美しいな」
自分の色を身に着けたキャニスに、シェルビーの目尻は下がりっぱなしだ。
「ありがとうございます。殿下も騎士の正装が良くお似合いで、素敵です」
上機嫌でニコニコとキャニスを眺めているシェルビーに、焦れたベラがサイラスの脇を肘で突いた。
”ねぇ!これだけ?ちょっとサイラスさん、お宅の殿下どうなってるんですか?”
”すまんな。家の殿下はあまり気が利かなくてな”
”でも最低限のマナーですよ?これじゃあの股ゆ・・・ナリウス殿下と変わらないじゃないですか!”
”おい。今下品な事言おうとしなかったか?”
”何の事です?それより次までに、ちゃんと教育しておいてくださいよ?サイラスさんは恋愛マスターなんでしょ?”
「はぁ?誰にそんな事聞いたんだ?」
「さぁ。誰でしょう?」
「お前達何やってるんだ?」
不思議そうな視線を寄越すシェルビーに、ベラは軽蔑の籠った視線を向けたが、直ぐに顔を伏せて誤魔化す事に成功した。
「キャニス様、行ってらっしゃいませ」
「うん。ベラ。皆さんも朝からお手伝いありがとう。あそこにある軽食は、みんなの分だから、ゆっくり食べて行ってね」
キャニスが見せた気遣いに、王宮の侍女達は、そろってキャニスへカーテシーで謝意を表した。
そしてシェルビーがキャニスの手を取り部屋を出ると、キャーキャーと室内から侍女たちの姦しい声が聞こえて来た。
「気を使わなくてよかったのに」
「そうでしょうか。彼女たちは、朝早くから私の為に一生懸命に働いてくれました。そのお礼です」
「でも侍女だろ?それが仕事なんだし」
「殿下。人は報酬無くして働き続ける事は出来ません。これは賃金だけの話しではないのです。褒めてあげる事、気遣ってあげる事で、彼らの仕事に対する意欲や忠誠心が増します。人に何かしてもらうと言うのは、普通の事でないのです。これは人を使う上での基本だと思いますが」
「うっ・・・そ、そうだな」
そう言えば俺は、サイラスに礼を言った事が有ったか?
首を捻るシェルビーの横で、キャニスは過去の事を思い出していた。
キャニスは過去10回の人生で、どんなに頑張っても認めて貰えない辛さや、感謝されない寂しさを知っている。
だからこそ、目下の物には気を配るようにして来た。その結果、普段の生活が格段に居心地が良い物に変わる事も、実体験済みだ。
公爵家で、過去の自分を虐めて来た使用人達相手に、発言権の無い子供の頃はびくびくしながら過ごすしかなかった。
自分の意見が通せる様になるのを指折り数えて待ち続け、その時が来た時、キャニスは彼等を容赦なく切り捨てた。
前回の人生で、彼らは子供を虐めて喜ぶような、性根の腐った者達だった。
そんな低俗な人間は、不正に手を染めやすい。
彼等は窃盗や横流し、使用人同士の虐め等々、悪事に手を染めていた。
人の性と言うものは回帰しようと、そうは変わらないものらししい。
キャニスがセブルスに少し臭わせただけで、それらの証拠はすぐに見つかり、彼らを綺麗さっぱり、キャニスの人生から追い出す事に成功したのだ。
その分、新たに雇い入れたベラやそのほかの使用人達には、キャニスは気を配る様に気を付けていた。
裏切りの種は、どこに潜んでいるのか分からない。
災いの芽は早く摘み取りに限るし、発芽させない事の方が重要だからね。
65
お気に入りに追加
195
あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~
saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。
前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。
国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。
自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。
幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。
自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。
前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。
※小説家になろう様でも公開しています

あなたと過ごした五年間~欠陥オメガと強すぎるアルファが出会ったら~
華抹茶
BL
子供の時の流行り病の高熱でオメガ性を失ったエリオット。だがその時に前世の記憶が蘇り、自分が異性愛者だったことを思い出す。オメガ性を失ったことを喜び、ベータとして生きていくことに。
もうすぐ学園を卒業するという時に、とある公爵家の嫡男の家庭教師を探しているという話を耳にする。その仕事が出来たらいいと面接に行くと、とんでもなく美しいアルファの子供がいた。
だがそのアルファの子供は、質素な別館で一人でひっそりと生活する孤独なアルファだった。その理由がこの子供のアルファ性が強すぎて誰も近寄れないからというのだ。
だがエリオットだけはそのフェロモンの影響を受けなかった。家庭教師の仕事も決まり、アルファの子供と接するうちに心に抱えた傷を知る。
子供はエリオットに心を開き、懐き、甘えてくれるようになった。だが子供が成長するにつれ少しずつ二人の関係に変化が訪れる。
アルファ性が強すぎて愛情を与えられなかった孤独なアルファ×オメガ性を失いベータと偽っていた欠陥オメガ
●オメガバースの話になります。かなり独自の設定を盛り込んでいます。
●最終話まで執筆済み(全47話)。完結保障。毎日更新。
●Rシーンには※つけてます。
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました
taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件
『穢らわしい娼婦の子供』
『ロクに魔法も使えない出来損ない』
『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)
黒崎由希
BL
目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。
しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ?
✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻
…ええっと…
もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m
.
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる