氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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23話

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最愛の弟をオセニアに送り出したのは、庭の花々が咲き乱れる、春真っ盛りの頃だった。
弟が国を離れ、オセニアに滞在する事2ヶ月と7日。 

花の盛りは過ぎ、日に日に緑が濃くなって行く。

庭の草木も元気が無いように見えるのは、キャニス恋しさからだろうか。

身の程を知らぬ貴族達から、連日山ほど届く、求婚状や見合いの釣り書き。
本人の気持ちにお構いなく、面会を求めて列を為すアホ共に、弟が辟易するのも無理はない。

キャニスの心の平穏と安全を考慮し、断腸の想いで隣国に送り出しはした。

 本当は俺だって、付いて行きたかったし、父上のように、行かないでくれと駄々をこねたかった。

 しかし母上の決定に逆らえるほど、俺は肝が太くないんだよなぁ。

結果的にカリストの目から、キャニスを隠すことは出来たが、それも永くは持たないだろう。

「カリストのクソめ。何が王太子妃として迎えたいだ。舐めやがって」

カリストとは彼の留学以降、全く接点は無かったが、オセニアのアカデミーでは、それなりに優秀な成績を納め、人柄も悪くない、とは聞いている。

子供の頃も、傍若無人なナリウスと比べれば、礼儀正しい少年だった記憶もある。

 しかし、だから何だって話だよな。
 ナリウスの仕打ちを知りながら、恥ずかし気もなく求婚して来やがって。
 断られる事も分かっているだろうに、金の代わりに地位をやるとでも言いたいのか?
 
 馬鹿にしてやがる。
 ルセ王家らしい、身勝手さだ。

 キャニスの為に、それとは分からぬよう、じわじわと王家を追い詰めていく事にしたが、これはこれで手間がかかる。それに、カリストがこんな恥知らずな行いをするなら、一気に仕留めてしまえばよかった。

トバイアスの机に積み上げられた書類の山は、そのほどんどが、王家を追い詰める裏工作に必要な取引の数々だ。

新たな指示を書き終えた書類の束を、処理済みの山の上に乱暴に放り投げたトバイアスは、凝り固まった首をゴリゴリと回し、冷めた茶に手を伸ばした。

どれだけ復讐心に燃えていようと、酷使された眼と躰は休息を求めている。

癒しを求め、庭に眼をやったトバイアスだが、キャニスの居ない庭は、只々裏寂しさを感じるだけだった。

陽の光を浴び白金の髪を煌めかせ、草花の手入れをする弟の淡々とした横顔を思い出したトバイアスが、寂しさで熱くなった目頭を押さえた時、廊下を駆ける足音が近付いて来る事に気が付いた。

 誰だ?騒がしいな。

すると足音はトバイアスの仕事部屋の前で急停止し・・・。

ガチャッ! バァーーーンッ!!

とけたたましい音を立て、扉が開かれた。

「父上?どうされました?」

「トッ!・・・トットットットッ・・・トバットバッ」

真っ青な顔で、ぶるぶると震える公爵の手に握られているのは、キャニスが好んで使うレターセットだ。

「父上!!キャスに何かあったのですか?!まさか!カリストのクソが、キャスに何か仕出かしたのかッ?!」

椅子を倒し立ち上がったトバイアスに、公爵は震える手で手紙を差し出しながら、応接セットの椅子に倒れ込んでしまった。

「父上ッ?!しっかりして下さい!! おい誰か?!誰かいないか!!セブルス!!セブルス!!」

トバイアスの怒鳴り声に、バタバタと使用人達が駆け付け、倒れた公爵を眼にすると、阿鼻叫喚の大騒ぎになった。

「旦那様!!」

「セブルス、医者だ!医者を呼べ!!」

「はい!!直ちに!!」

トバイアスと使用人に担ぎ上げられ、寝室に運び込まれた公爵は、しきりにキャニスの名を呼んでいる。

夫人と息子に見守られながら、駆けつけたお抱え医師の診察を受ける最中も、公爵はキャニスからの手紙を放そうとはしなかった。

「公爵様のお体に特に問題はございません。ただ精神的なショックが大きかったようなので、暫くは安静にするように。後でよく眠れる薬を届けさせます」

と言い残し医師が部屋を出て行くと、トバイアスは、父に何があったのかを問いただした。

すると公爵は握りしめていた手紙を差し出し、これを読め。と短く答えただけだった。

公爵が握りしめていたせいで、くしゃくしゃになった手紙を、皺を伸ばしつつ読み進めたトバイアスは「ううーーーん」と唸ったきり。ベットの横に置かれた椅子に座り込んでしまった。

ベットの上に腰掛け、公爵の手を撫でていた夫人は、息子が差し出した手紙を受け取り、キャニスの几帳面な文字をニコニコと微笑みながら読み進め、キャニスとオセニアの王太子の契約婚約に話しが至ると、「あらあら、まあまあ」と声を上げて笑い出した。

「エッ!エミリー!笑い事ではないぞ!!」

「そうですよ母上!!こんな契約なんかして、また婚約が破棄されたら、笑いものになるのはキャスなんですよ?!」

声を荒げて抗議する男たちに、夫人は溜息を洩らし、傍に控えていたセブルスに茶の用意を頼んだ。

「母上!、茶を飲んでいる場合では」

「トラビス。見苦しいですよ」

母親から向けられた冷ややかな視線に、トラビスは喉まで出かかった言葉を飲み込み、黙り込むしかない。

この母を怒らせると、後が怖いのだ。

押し黙る息子にニッコリと微笑んだ夫人は、公爵の手をそっと握り返した。

「あなたもしゃんとなさいまし。天下のカラロウカ公爵の名が泣きますよ?」

「しかしなエミリー」

情けない声を上げた公爵の手の甲を、夫人は優しくポンポンと叩き、再びキャニスからの手紙を読み直し始めてしまった。

夫人に逆らえぬ男二人は、互いの顔を見ながら、諦めの溜息を吐いたのだ。
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