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20話
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取り敢えず応接間で待つようにと、執事の案内に大人しく従ったが、執事が退出し、二人きりになった途端、シェルビーはサイラスに噛みついた。
「お前、あの侍女に何を言った?」
「別に本当の事を教えただけですよ?」
「本当の事ってなんだよ?」
「殿下がキャニス様への初恋を拗らせた、可愛そうな坊っちゃんなんだ、ってね」
「は?おまっお前!何べらべら喋ってんだよ?!」
「ベラにべらべら・・・駄洒落ですか?面白くないですよ?」
「んな訳あるかっ!!」
「ハハハ!一々冗談に突っかかんないで下さいよ。いいですか殿下。殿下にとっては初恋の話しなんて、こっ恥ずかしいだけかもしれませんが。あのくらいの年頃の娘は、悲恋だの忍ぶ恋ってのは大好物なんですよ」
「だから何だ?人の思い出で、若い娘を釣ろうとするなよ。お前何時からロリコンになった。この節操無し!」
「ちょっと。人聞きの悪い事言わないでもらえます?見掛け倒しの殿下に、懇切丁寧に説明しますから、よく聞いて下さいよ?」
「一言余計だ」
「はいはい。婚約もしていない貴族同士の恋愛に、執事や侍女の助力は必須です。位が高く成れば成る程、その重要性が増すんですよ」
「そうなのか?」
うちの殿下は、本当に見掛け倒しだよな。
顔だけなら100人斬り達成しました!
みたいなのに。
こんなに初心で、キャニス様を落とせるのかね?
「もし仮に、殿下がキャニス様と交際されたとして、それを父君の公爵が反対されたとします。ですが殿下はキャニス様にお会いしたいですよね?」
「当然だ。今だってポケットに入れて、連れて歩きたいくらいだ」
すげえ執着だな。
ちょっと引くわ。
キャニス様大丈夫か?
「・・・・その時お二人の密会を、手引きしてくれるのは誰だと思います?侍女や執事の助けが要りますよね?」
「お~!成る程」
「ちょっとした手紙のやり取り、お相手の好みの把握、外出時の衣装の色、悪い虫にちょっかいを出されて居ないか。侍女や執事から得られる情報は膨大です。味方に付けない手は無いでしょう?」
「さすが騎士団一のモテ男。百戦錬磨の、恋愛マスターの言う事は含蓄があるな」
「やめて下さいよ。ベラに誤解されたらどうすんですか。それにこんなのは基本中の基本。そこらの恋愛小説の定番ですよ?殿下の経験が無さすぎんですよ」
キャニス様と比べたら、何処の貴族の坊ちゃん嬢ちゃんも、一山いくらの芋みたいなもんだからな~。
殿下もその気になんて、なれなかったんだろう。
「ふ~~ん。ベラに誤解ねぇ?」
朴念仁のくせに、なんでこんな時だけ鋭いんだか。
「ニヨニヨすんの止めて下さいよ。気持ち悪い」
「何も言ってないだろ?」
「なんか、顔が腹立つんですよ」
「ほんとっ!失礼な奴だな!!」
シェルビーとサイラスがやいやいと不毛な言い争いを続けていると、ドアがノックされ、続いてベラが顔を出した。
「失礼いたします」
戻って来たベラは、どことなく表情が硬く、刺々しい雰囲気を醸し出していた。
サイラスはそれに気付かぬ振りで、何事も無かったように、にこやかにベラに話しかけた。
「ベラ。キャニス様は、何と仰った?」
「キャニス様は、暫くは外出できないので、お屋敷のお庭でよければお供する、との事です」
ベラの話しを聞いた、シェルビーとサイラスは、その硬い表情と話の内容に困惑し、顔を見交わした。
「なあ、ベラ。本当にキャニス様に何が有ったのか、知らないのか?」
「私から申し上げられることは、何も御座いません」
玄関先の明るい笑顔が嘘のように、ベラの表情は硬い。
やはりキャニスに何かあったんだ。
公爵は手紙で何を言って来た?
「・・・キャニスは庭か?」
「いえ。テラスでお食事中で御座います」
「キャニスの所へ案内してくれ」
静かに頭を下げたベラは、しずしずと前を進み、サイラスは豹変したベラに、しきりに首を傾げていた。
メチャクチャ警戒されてるな。
侍女を味方に付けろと言われたが、これは無理じゃないか?
キャニスから何か聞いたのだろうか?
嫌な予感を感じながら、案内されたテラスは、色とりどりの花が溢れ、花の中心でキャニスは一人優雅に食事の席についていた。
しかし、その菫色の瞳は庭に注がれ、物思いに耽っている様だった。
「美しいな」
花に囲まれた物憂げなキャニスは、やはり妖精の様だとシェルビーは感動していた。
「キャニス様。王太子殿下をご案内いたしました」
ベラに声を掛けられて、初めてシェルビーの入室に気付いたキャニスは、挨拶の為に立ち上がろうとしたが、シェルビーはそれに手を上げて制止した。
「食事を続けてくれ、こんな時間に押しかけて来たのは私だ」
「ありがとうございます。殿下もお召し上がりになりますか?」
「いや、私は済ませて来た。それより」
シェルビーはサイラスに眼を向けた。
「サイラスに何か食べさせてやってくれないか?サイラス、朝食はまだだろ?」
「ええ、まあ。殿下の会議中に摂るつもりでいましたから」
「分かりました。ベラ。食堂に案内してあげて」
「え?でも・・・」
キョドキョドと忙しなく、ベラの瞳がシェルビーとサイラスの間を行き来しているのは、護衛が王太子から離れていいのか?と言いたそうだ。
「私は、カラロウカ公爵家の警護を信頼している」
「はあ。左様で・・・ではサイラスさんご案内しますね」
「すまんな」
2人がテラスから出て行き。つかつかとキャニスのいるテーブルに近付いたシェルビーは、イスの背に掛けた手を放し、キャニスの顎に指を伸ばした。
「殿下?」
「眠れなかったのか?」
近くでじっくり見なければ分からないが、キャニスの目の下に、うっすらと隈が出来ている。
「・・・・どうして」
分かったのかと聞きたいのだろう。
キャニスの瞳が真っ直ぐにシェルビーを見つめ返していた。
「毎日のように顔を見て居ればわかる」
王太子の節くれだった指は、剣を握るの者の手だ。
そのごつごつした指で顎を持ち上げられ、顔を覗き込まれたキャニスは、スイっと顔を逸らし、王太子の視線から逃れた。
「少し夢見が悪かっただけです」
「それはいかんな。今日の散歩は取りやめにしよう。ゆっくり休め」
これまで家族や使用人以外から、気遣われる事が少なかったキャニスは、シェルビーの思いやりの籠った声音に、ぱちりと瞬いた。
「いえ。少し歩きましょう」
静かに立ち上がったキャニスの後に着いて、庭に出たシェルビーは、春の風に揺れる白金の髪を見つめ、小さくため息を吐いた。
自分が心を寄せる人が、明らかに何かを思い悩んでいると言うのに、何も出来ない自分がもどかしく、気が付くとシェルビーはモヤモヤとする胃を摩っていた。
「ベラから暫く外出できないと聞いたが、何かあったのか?」
「・・・・国で少々面倒な事が起こり、父が護衛を増やすと言って来たのです。その護衛が到着するまでは、充分に注意し、外出も控える様にと」
庭に咲く花を見つめ淡々と話す、キャニスの横顔に動揺は見えない。
しかし、いつも通りの平坦な声の中に、全てに倦み疲れた、キャニスの心を見たような気がした。
「夢見が悪かったのは、その所為だな?」
「そうかもしれません」
素直に頷くキャニスに、シェルビーはどうやって、愛しい人を慰めれば良いものか、と頭を悩ませるのだった。
「お前、あの侍女に何を言った?」
「別に本当の事を教えただけですよ?」
「本当の事ってなんだよ?」
「殿下がキャニス様への初恋を拗らせた、可愛そうな坊っちゃんなんだ、ってね」
「は?おまっお前!何べらべら喋ってんだよ?!」
「ベラにべらべら・・・駄洒落ですか?面白くないですよ?」
「んな訳あるかっ!!」
「ハハハ!一々冗談に突っかかんないで下さいよ。いいですか殿下。殿下にとっては初恋の話しなんて、こっ恥ずかしいだけかもしれませんが。あのくらいの年頃の娘は、悲恋だの忍ぶ恋ってのは大好物なんですよ」
「だから何だ?人の思い出で、若い娘を釣ろうとするなよ。お前何時からロリコンになった。この節操無し!」
「ちょっと。人聞きの悪い事言わないでもらえます?見掛け倒しの殿下に、懇切丁寧に説明しますから、よく聞いて下さいよ?」
「一言余計だ」
「はいはい。婚約もしていない貴族同士の恋愛に、執事や侍女の助力は必須です。位が高く成れば成る程、その重要性が増すんですよ」
「そうなのか?」
うちの殿下は、本当に見掛け倒しだよな。
顔だけなら100人斬り達成しました!
みたいなのに。
こんなに初心で、キャニス様を落とせるのかね?
「もし仮に、殿下がキャニス様と交際されたとして、それを父君の公爵が反対されたとします。ですが殿下はキャニス様にお会いしたいですよね?」
「当然だ。今だってポケットに入れて、連れて歩きたいくらいだ」
すげえ執着だな。
ちょっと引くわ。
キャニス様大丈夫か?
「・・・・その時お二人の密会を、手引きしてくれるのは誰だと思います?侍女や執事の助けが要りますよね?」
「お~!成る程」
「ちょっとした手紙のやり取り、お相手の好みの把握、外出時の衣装の色、悪い虫にちょっかいを出されて居ないか。侍女や執事から得られる情報は膨大です。味方に付けない手は無いでしょう?」
「さすが騎士団一のモテ男。百戦錬磨の、恋愛マスターの言う事は含蓄があるな」
「やめて下さいよ。ベラに誤解されたらどうすんですか。それにこんなのは基本中の基本。そこらの恋愛小説の定番ですよ?殿下の経験が無さすぎんですよ」
キャニス様と比べたら、何処の貴族の坊ちゃん嬢ちゃんも、一山いくらの芋みたいなもんだからな~。
殿下もその気になんて、なれなかったんだろう。
「ふ~~ん。ベラに誤解ねぇ?」
朴念仁のくせに、なんでこんな時だけ鋭いんだか。
「ニヨニヨすんの止めて下さいよ。気持ち悪い」
「何も言ってないだろ?」
「なんか、顔が腹立つんですよ」
「ほんとっ!失礼な奴だな!!」
シェルビーとサイラスがやいやいと不毛な言い争いを続けていると、ドアがノックされ、続いてベラが顔を出した。
「失礼いたします」
戻って来たベラは、どことなく表情が硬く、刺々しい雰囲気を醸し出していた。
サイラスはそれに気付かぬ振りで、何事も無かったように、にこやかにベラに話しかけた。
「ベラ。キャニス様は、何と仰った?」
「キャニス様は、暫くは外出できないので、お屋敷のお庭でよければお供する、との事です」
ベラの話しを聞いた、シェルビーとサイラスは、その硬い表情と話の内容に困惑し、顔を見交わした。
「なあ、ベラ。本当にキャニス様に何が有ったのか、知らないのか?」
「私から申し上げられることは、何も御座いません」
玄関先の明るい笑顔が嘘のように、ベラの表情は硬い。
やはりキャニスに何かあったんだ。
公爵は手紙で何を言って来た?
「・・・キャニスは庭か?」
「いえ。テラスでお食事中で御座います」
「キャニスの所へ案内してくれ」
静かに頭を下げたベラは、しずしずと前を進み、サイラスは豹変したベラに、しきりに首を傾げていた。
メチャクチャ警戒されてるな。
侍女を味方に付けろと言われたが、これは無理じゃないか?
キャニスから何か聞いたのだろうか?
嫌な予感を感じながら、案内されたテラスは、色とりどりの花が溢れ、花の中心でキャニスは一人優雅に食事の席についていた。
しかし、その菫色の瞳は庭に注がれ、物思いに耽っている様だった。
「美しいな」
花に囲まれた物憂げなキャニスは、やはり妖精の様だとシェルビーは感動していた。
「キャニス様。王太子殿下をご案内いたしました」
ベラに声を掛けられて、初めてシェルビーの入室に気付いたキャニスは、挨拶の為に立ち上がろうとしたが、シェルビーはそれに手を上げて制止した。
「食事を続けてくれ、こんな時間に押しかけて来たのは私だ」
「ありがとうございます。殿下もお召し上がりになりますか?」
「いや、私は済ませて来た。それより」
シェルビーはサイラスに眼を向けた。
「サイラスに何か食べさせてやってくれないか?サイラス、朝食はまだだろ?」
「ええ、まあ。殿下の会議中に摂るつもりでいましたから」
「分かりました。ベラ。食堂に案内してあげて」
「え?でも・・・」
キョドキョドと忙しなく、ベラの瞳がシェルビーとサイラスの間を行き来しているのは、護衛が王太子から離れていいのか?と言いたそうだ。
「私は、カラロウカ公爵家の警護を信頼している」
「はあ。左様で・・・ではサイラスさんご案内しますね」
「すまんな」
2人がテラスから出て行き。つかつかとキャニスのいるテーブルに近付いたシェルビーは、イスの背に掛けた手を放し、キャニスの顎に指を伸ばした。
「殿下?」
「眠れなかったのか?」
近くでじっくり見なければ分からないが、キャニスの目の下に、うっすらと隈が出来ている。
「・・・・どうして」
分かったのかと聞きたいのだろう。
キャニスの瞳が真っ直ぐにシェルビーを見つめ返していた。
「毎日のように顔を見て居ればわかる」
王太子の節くれだった指は、剣を握るの者の手だ。
そのごつごつした指で顎を持ち上げられ、顔を覗き込まれたキャニスは、スイっと顔を逸らし、王太子の視線から逃れた。
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これまで家族や使用人以外から、気遣われる事が少なかったキャニスは、シェルビーの思いやりの籠った声音に、ぱちりと瞬いた。
「いえ。少し歩きましょう」
静かに立ち上がったキャニスの後に着いて、庭に出たシェルビーは、春の風に揺れる白金の髪を見つめ、小さくため息を吐いた。
自分が心を寄せる人が、明らかに何かを思い悩んでいると言うのに、何も出来ない自分がもどかしく、気が付くとシェルビーはモヤモヤとする胃を摩っていた。
「ベラから暫く外出できないと聞いたが、何かあったのか?」
「・・・・国で少々面倒な事が起こり、父が護衛を増やすと言って来たのです。その護衛が到着するまでは、充分に注意し、外出も控える様にと」
庭に咲く花を見つめ淡々と話す、キャニスの横顔に動揺は見えない。
しかし、いつも通りの平坦な声の中に、全てに倦み疲れた、キャニスの心を見たような気がした。
「夢見が悪かったのは、その所為だな?」
「そうかもしれません」
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