氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
20 / 78

20話

しおりを挟む
取り敢えず応接間で待つようにと、執事の案内に大人しく従ったが、執事が退出し、二人きりになった途端、シェルビーはサイラスに噛みついた。

「お前、あの侍女に何を言った?」

「別に本当の事を教えただけですよ?」

「本当の事ってなんだよ?」

「殿下がキャニス様への初恋を拗らせた、可愛そうな坊っちゃんなんだ、ってね」

「は?おまっお前!何べらべら喋ってんだよ?!」

「ベラにべらべら・・・駄洒落ですか?面白くないですよ?」

「んな訳あるかっ!!」

「ハハハ!一々冗談に突っかかんないで下さいよ。いいですか殿下。殿下にとっては初恋の話しなんて、こっ恥ずかしいだけかもしれませんが。あのくらいの年頃の娘は、悲恋だの忍ぶ恋ってのは大好物なんですよ」

「だから何だ?人の思い出で、若い娘を釣ろうとするなよ。お前何時からロリコンになった。この節操無し!」

「ちょっと。人聞きの悪い事言わないでもらえます?見掛け倒しの殿下に、懇切丁寧に説明しますから、よく聞いて下さいよ?」

「一言余計だ」

「はいはい。婚約もしていない貴族同士の恋愛に、執事や侍女の助力は必須です。位が高く成れば成る程、その重要性が増すんですよ」

「そうなのか?」

 うちの殿下は、本当に見掛け倒しだよな。
 顔だけなら100人斬り達成しました!
 みたいなのに。
 
 こんなに初心で、キャニス様を落とせるのかね?

「もし仮に、殿下がキャニス様と交際されたとして、それを父君の公爵が反対されたとします。ですが殿下はキャニス様にお会いしたいですよね?」

「当然だ。今だってポケットに入れて、連れて歩きたいくらいだ」

 すげえ執着だな。
 ちょっと引くわ。
 キャニス様大丈夫か?

「・・・・その時お二人の密会を、手引きしてくれるのは誰だと思います?侍女や執事の助けが要りますよね?」

「お~!成る程」

「ちょっとした手紙のやり取り、お相手の好みの把握、外出時の衣装の色、悪い虫にちょっかいを出されて居ないか。侍女や執事から得られる情報は膨大です。味方に付けない手は無いでしょう?」

「さすが騎士団一のモテ男。百戦錬磨の、恋愛マスターの言う事は含蓄があるな」

「やめて下さいよ。ベラに誤解されたらどうすんですか。それにこんなのは基本中の基本。そこらの恋愛小説の定番ですよ?殿下の経験が無さすぎんですよ」

 キャニス様と比べたら、何処の貴族の坊ちゃん嬢ちゃんも、一山いくらの芋みたいなもんだからな~。

 殿下もその気になんて、なれなかったんだろう。

「ふ~~ん。ベラに誤解ねぇ?」

 朴念仁のくせに、なんでこんな時だけ鋭いんだか。

「ニヨニヨすんの止めて下さいよ。気持ち悪い」

「何も言ってないだろ?」

「なんか、顔が腹立つんですよ」

「ほんとっ!失礼な奴だな!!」

シェルビーとサイラスがやいやいと不毛な言い争いを続けていると、ドアがノックされ、続いてベラが顔を出した。

「失礼いたします」

戻って来たベラは、どことなく表情が硬く、刺々しい雰囲気を醸し出していた。

サイラスはそれに気付かぬ振りで、何事も無かったように、にこやかにベラに話しかけた。

「ベラ。キャニス様は、何と仰った?」

「キャニス様は、暫くは外出できないので、お屋敷のお庭でよければお供する、との事です」

ベラの話しを聞いた、シェルビーとサイラスは、その硬い表情と話の内容に困惑し、顔を見交わした。

「なあ、ベラ。本当にキャニス様に何が有ったのか、知らないのか?」

「私から申し上げられることは、何も御座いません」

玄関先の明るい笑顔が嘘のように、ベラの表情は硬い。

 やはりキャニスに何かあったんだ。
 公爵は手紙で何を言って来た?

「・・・キャニスは庭か?」

「いえ。テラスでお食事中で御座います」

「キャニスの所へ案内してくれ」

静かに頭を下げたベラは、しずしずと前を進み、サイラスは豹変したベラに、しきりに首を傾げていた。

 メチャクチャ警戒されてるな。

 侍女を味方に付けろと言われたが、これは無理じゃないか? 

 キャニスから何か聞いたのだろうか?

嫌な予感を感じながら、案内されたテラスは、色とりどりの花が溢れ、花の中心でキャニスは一人優雅に食事の席についていた。

しかし、その菫色の瞳は庭に注がれ、物思いに耽っている様だった。

「美しいな」

花に囲まれた物憂げなキャニスは、やはり妖精の様だとシェルビーは感動していた。

「キャニス様。王太子殿下をご案内いたしました」

ベラに声を掛けられて、初めてシェルビーの入室に気付いたキャニスは、挨拶の為に立ち上がろうとしたが、シェルビーはそれに手を上げて制止した。

「食事を続けてくれ、こんな時間に押しかけて来たのは私だ」

「ありがとうございます。殿下もお召し上がりになりますか?」

「いや、私は済ませて来た。それより」

 シェルビーはサイラスに眼を向けた。

「サイラスに何か食べさせてやってくれないか?サイラス、朝食はまだだろ?」

「ええ、まあ。殿下の会議中に摂るつもりでいましたから」

「分かりました。ベラ。食堂に案内してあげて」

「え?でも・・・」

キョドキョドと忙しなく、ベラの瞳がシェルビーとサイラスの間を行き来しているのは、護衛が王太子から離れていいのか?と言いたそうだ。

「私は、カラロウカ公爵家の警護を信頼している」

「はあ。左様で・・・ではサイラスさんご案内しますね」

「すまんな」

2人がテラスから出て行き。つかつかとキャニスのいるテーブルに近付いたシェルビーは、イスの背に掛けた手を放し、キャニスの顎に指を伸ばした。

「殿下?」

「眠れなかったのか?」

近くでじっくり見なければ分からないが、キャニスの目の下に、うっすらと隈が出来ている。

「・・・・どうして」

分かったのかと聞きたいのだろう。
キャニスの瞳が真っ直ぐにシェルビーを見つめ返していた。

「毎日のように顔を見て居ればわかる」

王太子の節くれだった指は、剣を握るの者の手だ。 

そのごつごつした指で顎を持ち上げられ、顔を覗き込まれたキャニスは、スイっと顔を逸らし、王太子の視線から逃れた。

「少し夢見が悪かっただけです」

「それはいかんな。今日の散歩は取りやめにしよう。ゆっくり休め」

これまで家族や使用人以外から、気遣われる事が少なかったキャニスは、シェルビーの思いやりの籠った声音に、ぱちりと瞬いた。

「いえ。少し歩きましょう」

静かに立ち上がったキャニスの後に着いて、庭に出たシェルビーは、春の風に揺れる白金の髪を見つめ、小さくため息を吐いた。

自分が心を寄せる人が、明らかに何かを思い悩んでいると言うのに、何も出来ない自分がもどかしく、気が付くとシェルビーはモヤモヤとする胃を摩っていた。

「ベラから暫く外出できないと聞いたが、何かあったのか?」

「・・・・国で少々面倒な事が起こり、父が護衛を増やすと言って来たのです。その護衛が到着するまでは、充分に注意し、外出も控える様にと」

庭に咲く花を見つめ淡々と話す、キャニスの横顔に動揺は見えない。

しかし、いつも通りの平坦な声の中に、全てに倦み疲れた、キャニスの心を見たような気がした。

「夢見が悪かったのは、その所為だな?」

「そうかもしれません」

素直に頷くキャニスに、シェルビーはどうやって、愛しい人を慰めれば良いものか、と頭を悩ませるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

聖女の兄で、すみません!

たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。 三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。 そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。 BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ
BL
ユーリアス帝国には十人の王子が存在する。 第一、第二、第三と王子が産まれるたびに国は湧いたが、第五、六と続くにつれ存在感は薄れ、第十までくるとその興味関心を得られることはほとんどなくなっていた。 第十王子の姿を知る者はほとんどいない。 後宮の奥深く、ひっそりと囲われていることを知る者はほんの一握り。 秘匿された第十王子のノア。黒髪、薄紫色の瞳、いわゆる綺麗可愛(きれかわ)。 ノアの護衛ユリウス。黒みかがった茶色の短髪、寡黙で堅物。塩顔。 少しずつユリウスへ想いを募らせるノアと、頑なにそれを否定するユリウス。 ノアが秘匿される理由。 十人の妃。 ユリウスを知る渡り人のマホ。 二人が想いを通じ合わせるまでの、長い話しです。

処理中です...