氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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19話

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友好国の王太子の婚約者。

但し、殊更に評判の悪い王太子のだ。

だが、例えどれだけ評判が悪かろうと、相手は腐っても王太子。
その婚約者を奪おうものなら、国家間の問題に成り兼ねない。

互いの立場を呪いつつ、初めての恋に泣く泣く蓋をしたシェルビーだった。

しかし留学期間が終わり、帰国した後も、夢に見続けた愛しい人。

キャニスとナリウスの破婚の一報が入った時は、躍り上がるほど喜んだ。

そして次に破婚の顛末を知ったシェルビーは、無理を押してでも、キャニスを奪えばよかったと後悔したのだ。

そして、その本人が療養目的でオセニアへ滞在すると知り、その挨拶の為、キャニスが王宮へ挨拶に来る日を、指折り数えて待っていたのだ。

謁見の間で再会したキャニスは、成長した分、幼さは抜けていたが、その美貌に翳りはなく。
落ち着いた物腰と憂を含んだ哀しげな瞳が、壮絶なまでの色気を漂わせていた。

そんな最愛の人を、怪しからん人物から守って何が悪い。

「殿下の気持ちはよ~~く分かりますよ?なんたってあの美貌ですからね?」

「だろ?」

「ですがね。あの報告書を読んだでしょ?キャニス様も、心を休める時間は必要だと思いますがね」

「それはそうだが・・・・でもな。また誰かに横から拐われたらと思うとな」

「またって。あっちは先に婚約してたでしょうが」

「ううう煩い!」

サイラスは呆れ返り。
シェルビーは顔を赤くして、そっぽを向いてしまった。

 冷酷、冷徹と言われる殿下がねぇ・・・。
 恋はこうまで人を変えるもんかね。

「あっ出て来た」

 サイラスの顰めた声に、キャニスの家を振り返ったシェルビーは、声は聞こえないが、打ち解けた様子のキャニスと騎士のやり取りを、歯噛みする思いで見つめるしかなかった。


「ベラ」

「あ!サイラスさん。おはようございます。こんな朝早くにどうしたんですか?」

このところのキャニス詣でで、すっかり顔馴染みになったサイラスへ、ベラは明るい笑顔を向けた。

「いや~。うちの殿下が、キャニス様を朝の散歩に誘いたいらしくてな?」

「お散歩ですか?」

サイラスが少し後ろで、訪いが済むのを待っているシェルビーを、親指でコソコソと指差すと、ベラはチラッとその方向へ視線を投げ、途端に表情を曇らせた。

いつも元気なベラの暗い表情に、サイラスは不穏なものを感じた。

「キャニス様は、お加減が悪いのか?」

二人の会話に、シェルビーは眉を跳ね上げたが、立場上二人の会話に割って入ることはできない。

「そうじゃないですけど」

「じゃあ。来客があった様だが、そのせいか?」

「やだ!サイラスさんたら、見てたんですか?」

ベラは警戒の色を見せたが、侍女としては正しい反応だ。

 まあ、俺には子猫のやんのかステップくらいにしか見えんがな?

「帰るところに丁度行き合ってな?邪魔しちゃ悪いと思って、少し離れたところで待ってたんだ」

「そうだったんですね?」

ホッとして警戒を解くベラに、サイラスは内心でチョロくてかわいいな。などと、不埒なことを考えていた。

「あの方は、公爵家の騎士なんです。それで公爵様からの急ぎのお手紙を、坊ちゃんに届けてくださったんですが、そのお手紙を読んでから、坊ちゃんの元気がなくて」

「それは大変だ。何か悪い知らせだったのか?」

「さあ。私は存じ上げません。もし知っていても、公爵家の使用人に、ご主人の個人的な話を他人に漏らすような、不忠者は一人も居ませんから」

 ツンとそっぽをむくベラに、サイラスは笑いそうになるのを必死で耐えた。

「そうだよなぁ。ベラはしっかり者だもんな?それでキャニス様の事なんだが」

「今日は坊ちゃんを、そっとして置いてくれませんか?」

 ジト目を向けてくるベラに、サイラスは人の良い笑顔で、そうだろう。と頷いて見せた。

「確かにベラの言う通り、今日はそっとしておいて差し上げたほうがいいかもしれん。でもな?」

「でも?なんですか?」

「今この館には、公爵家の方はキャニス様だけなんだろう?」

「そうですけど。それが何か」

再び警戒するベラは、毛を逆立てた子猫のようだ。

「そう警戒するな。ただな。ご家族がいらっしゃらなければ、キャニス様もお困りごとがあっても、相談する相手がいないだろう?使用人に相談するわけにはいかんだろうし。まあ、話す話さないは、キャニス様次第だが、あの人も一応王太子な訳だよ。使用人相手よりは、相談しやすいんじゃないか?」

「王太子殿下ねぇ・・・」

 ううむ。思ったより警戒心が強いな。

「うちの殿下は、ベラのお眼鏡には適わなかったか?」

「私はとやかく言える立場じゃありませんが、確かにシェルビー殿下は、あのヤリチ・・うっうん!ナリウス殿下よりかは真面そうですけどね?」

 この娘、今ヤリチンって言おうとしたのか?
 
 可愛い顔して、口が悪いなぁ。

「あの、サイラスさんだから言うんですけど、カラロウカ公爵家は、旦那様を始めとして、下男に至る迄、全員が王族ってものに、心底嫌気がさしてるんです。まあ、こちら様は、うちのアホ王家とは違うと思いたいですけど、これ以上、大事な坊ちゃんを、傷つけたくないんです」

「いや~。俺は詳しい事情はよく知らんのだが。噂だけは耳にしている。キャニス様も大変だったよな?しかしな、噂に聞くナリウス殿下と比べたら、うちの王子は真面目だし、ごく普通の真っ当な人だぞ?」

「本当ですかぁ~?こんなにしつっこく訪ねてきてぇ?王太子って、普通忙しいもんですよね?シェルビー殿下もナリウス殿下みたいに、誰かに仕事を押し付けて、遊び歩いてるんじゃないの?」

 ベラはサイラスと話してはいるが、シェルビーに、疑いのこもった視線をまっすぐに向けている。

キャニスがこれまで受けていた仕打ちを思えば、仕方がないだろう。
侍女という立場では、一国の王太子に面と向かって、文句を言うことも出来ない。

だからこそ、こうやってわざとシェルビーに聞こえるように、疑念をぶつけて来ているのだが、聞こえないフリをしなければならないシェルビーとしては、耳も痛いし非常に居心地が悪い。

「ベラが疑うのも仕方がないが、うちの殿下は真面目だぞ?執務もちゃんとこなして、補佐官を困らせることもないし、キャニス様には忙しい合間をぬって会いに来てるんだ。それに、今日は大事な会議があってな?時間がかかりそうだから、この時間にキャニス様のお顔を見に来たんだぞ?」


「どうだか・・・サイラスさん嘘つくの下手ですよね?"補佐官を"のとこでほっぺがヒクついてましたよ?」

ううむ。
この娘、中々の観察眼だ。

「そうだなぁ・・・ベラだから話すが、内緒にできるか?」

「内緒?なんでしょうか?」

 サイラスは体を屈め、ベラの耳にヒソヒソと耳打ちした。

「実はな、うちの殿下の初恋の相手は、キャニス様なんだ」

「はっ?!」

 目を丸くするベラに、サイラスは追い打ちをかける。

「殿下が子供の頃に、ラリス王宮でキャニス様にお会いしたことがあったんだが、その時から今まで、殿下はキャニス様一筋なんだよ」

「ひっひとっひと?」

赤く染まった頬を手で隠そうとするベラに、サイラスは真面目そのものの顔で頷き返したが、内心ではニンマリとほくそ笑んでいた。

 年頃の娘は、こう言う話が大好物だろ?

「そう言う事だから、ひとっ走りキャニス様に、殿下のことを伝えて来てくれんかな?」

「うぅぅぅ・・・・わかりました聞いてきます。・・・でも!!別に応援してあげるわけじゃないんだからね!!」

 おぉ~。
 久しぶりに見る、見事なツンデレだ。

ビシリと指を突きつけるベラに、サイラスは妙な満足感を得たのだ。




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