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15話
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前を行くシェルビーは、キャニスに眼を閉じる様に促している。
一国の王太子を、疑う理由は無いのかも知れないが、このキャニスと言う青年は、自分の美貌の危うさを、理解していないのではないか?
それ以前に、公爵家の令息として、自分の身の安全に対して、無頓着で危機感が無さすぎる。
これがラリス王国、王家の仕打ちの影響か、キャニスを溺愛していると噂の、過保護な公爵が付けた護衛の所為なのかは、サイラスには判断できなかった。
ただサイラスに分かるのは、公爵がキャニスに付けた護衛が、とんでもない実力者だという事だけだ。
キャニス様の護衛は、それとは分からないように上手く隠れているな。
まあ。俺がそれ以上だから気付いたんだけどな。お互い手の掛かる坊ちゃんのお守りは、大変って事だ。
「殿下・・・まだですか?」
「もう少しだ。転ぶといけないから、手を離すなよ」
またベタな事を。
こんな使い古された手を使ってまで、手を繋ぎたいとか、うちの王子は恥ずかしくないのかね?
「もういいぞ。さあ眼を開けて」
キャニスの後ろに回ったシェルビーは、後ろからキャニスの肩をポンポンと叩き、恐る恐る目を開いたキャニスは、目の前に広がる美しい光景に、感嘆の溜息をそっと吐いた。
キャニスの前には、澄んだ水を湛えた湖と、その湖面にはボートが幾艘も浮かび、彼方此方から笑い声が聞こえてくる。
そして湖岸を取り囲む木々には、雪の様に真っ白な花がみっしりと咲き、在るか無しかの風に、その花弁がはらはらと舞い落ち、本当に雪が降っている様だ。
「どうだ気に入ったか?」
「美しいですね。なんの花でしょか?」
「サクランボの原種だ。オセニアは酒で有名なのは知っているな?」
「はい。ワイン、シャンパン、ブランデー、ウイスキーどれも一級品だそうですね。我が家でも、ブランデーはオセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイだったと思います」
「公爵に気に入ってもらえるとは、光栄だな」
「父は、オセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイには、独特な花の香りがすると申しておりました」
「キャニスは、飲んだことは無いのか?」
「私はお酒は嗜みませんので。紅茶に入れるくらいですが、とても香りが良かったと記憶しています」
「そうか、そうか。キャニスも気に入ってくれたか」
ガチガチの社交辞令に大喜びする王子に、護衛騎士のサイラスは苦笑いだ。
「それでこの花は?」
「そうだった。オセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイは、ここの木から品種改良したサクランボが原料なんだ。ここの木に実る実はすっぱくて食べられたもんではないが、この通り、美しい花を咲かせる。ここは名所のひとつでな?この時期は、ああやって見物人が大勢やって来て、祭りの様だろ?」
「そうですね、とても賑やかだ。でもここは人が居ませんね」
「湖のこちら側は、王家の直轄地で、一般人は立ち入り禁止だ」
「立ち入り禁止ですか・・・」
「なんだ?賑やかな方が良かったか?今からあっちに戻って、露天でも冷やかしに行くか?」
「いえ、身に余る贅沢だと思って」
「何言ってるんだ?キャニスは公爵家の令息だろ?このくらい当然だ」
「そうでしょうか」
そう呟き、花と花を楽しむ人々をじっと見つめるキャニスの横顔からは、なんの感情も読み取れなかった。
「もしかして、こうやって花を見に来るのは、初めてなのか?」
「ナリウス様との婚約が決まる前に、家族と出掛けた事が有ったように思いますが、幼過ぎてよく覚えていません」
「なら初めてと変わらないな。よし!キャニスこっちだ!」
「殿下?」
「シエルだ」
「でん・・・シエル?どこに行くのですか?」
「いいから、いいから」
シェルビーに手を引かれ、連れていかれたのは、湖の桟橋だった。
「ボートに乗るのですか?」
「ボートも初めてか?」
「はい」
「怖い事はない。ほらおいで」
身軽にボートに乗り込んだシェルビーが、差し出した手に、おずおずと重ねられた手が強い力で引かれ、気付くとキャニスはボートの上に座っていた。
「サイラス舵は任せた」
「自分で漕いで格好の良い処を、お見せしなくていいんですか?」
「何を言う。そんな事をしたら、キャニスの可愛い顔が見れんし、話も出来ないじゃないか」
「あ~~。はいはい」
勝手にしてくれと言わんばかりのサイラスに、キャニスはパチパチと瞬きをした。
「ん?どうした?」
「仲が宜しいのですね」
「はあ?キャニス様やめて下さいよ。私は王命で仕方なく。ほんと~に仕方なく、この我儘王子に付き合ってるんです」
「おい!我儘とはなんだ。キャニスが誤解するじゃないか。無駄口叩いてないで、さっさと出せ」
文句を言うシェルビーに、サイラスは肩を竦めて見せてから、ボートを湖へと押し出した。
ボートは湖面を滑る様に進み、湖を渡る風が頬に心地いい。
「舟遊びは初めてですが、気持ちが良いですね」
「そうだろう?・・・なあキャニス。ナリウス殿下とは、こうやって出かけたことは無いのか?」
「ええ。一度も有りません。婚約したばかりの頃、カリススト殿下と3人で、王宮の庭園で、ピクニックの真似事をしたのが最後です」
「ナリウスめ・・・」
憤りを見せ吐き捨てたシェルビーを、キャニスはじっと見つめ返した。
「ですが私は気にした事はないのです。貴族の政略結婚なんて、どこもこんな物でしょう。それにナリウス殿下との婚約は、臣下としての義務だと思っていましたから、あの方に想いを寄せた事は、一度も有りませんでしたし・・」
「ナリウスを好いていたのではないのか?」
「有りません。殿下はあのような方でしたし、私は最初から嫌われて居ましたから。私も、自分を嫌っている相手を好きになれる程、お気楽な性格でもありません。殿下からも可愛げが無いと、何度も言われました」
「それは違うぞ。キャニスは魅力的な人だ」
言い募ろうとするシェルビーを、キャニスは手の平を見せて押し留めた。
「私も自分が可愛げも、面白みも無い人間だと分かっています。それでも、家族も周囲の人達も、私を可哀そうだという。ですが私は自分を可哀だと思ったことは無いのです」
「キャニス・・・・」
「それに、今はこうして自由になれました。残りの人生、一人静かに過ごせれば、私はそれで満足です」
残りの人生をたった一人で?
まだ19にもなっていないキャニスが?
ラリスの王家は、キャニスに何をしたんだ。
「そんな寂しい事を言うなよ。人生はこれからだぞ?」
「そうですね。人生はまだ続くのですよね」
キャニスの言葉に、何故かうんざりとした響きを感じたカリストは、その違和感に首を捻った。
キャニスの言動は、年齢に見合わない。
まるで、すいも甘いも噛み分けた大人か、傷付き年老いた老人みたいじゃないか。
キャニスと花を眺めながら舟遊びをし、馬首を並べて道を行き、城下町では老舗の部類に入る、オセニアの名物料理を出す大衆食堂で、夕食に舌鼓を打つ。
最後は、キャニスを邸宅に送り届け、名所案内の礼を言われて、その優美な背中を見送るところまで。
完璧なデートだった。
だったはずだ。
最初から褥に誘われる事など、期待していなかったが、せめて茶の一杯でも誘ってくれて、別れを惜しんでくれても良いのではないか?
それを、ああもあっさりと。
鼻先で閉じた扉の音が耳にこびりついて離れない。
ガチャりと閉まったあの音が、全てを拒絶するキャニスの心を代弁しているみたいで、胸が痛くなる。
何故あんなにも・・・・。
キャニスは、全てに心を閉ざしてしまったのだろうか?
俺はキャニスの凍てついた心を、溶かす事が出来るのか?
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ただサイラスに分かるのは、公爵がキャニスに付けた護衛が、とんでもない実力者だという事だけだ。
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キャニスの後ろに回ったシェルビーは、後ろからキャニスの肩をポンポンと叩き、恐る恐る目を開いたキャニスは、目の前に広がる美しい光景に、感嘆の溜息をそっと吐いた。
キャニスの前には、澄んだ水を湛えた湖と、その湖面にはボートが幾艘も浮かび、彼方此方から笑い声が聞こえてくる。
そして湖岸を取り囲む木々には、雪の様に真っ白な花がみっしりと咲き、在るか無しかの風に、その花弁がはらはらと舞い落ち、本当に雪が降っている様だ。
「どうだ気に入ったか?」
「美しいですね。なんの花でしょか?」
「サクランボの原種だ。オセニアは酒で有名なのは知っているな?」
「はい。ワイン、シャンパン、ブランデー、ウイスキーどれも一級品だそうですね。我が家でも、ブランデーはオセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイだったと思います」
「公爵に気に入ってもらえるとは、光栄だな」
「父は、オセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイには、独特な花の香りがすると申しておりました」
「キャニスは、飲んだことは無いのか?」
「私はお酒は嗜みませんので。紅茶に入れるくらいですが、とても香りが良かったと記憶しています」
「そうか、そうか。キャニスも気に入ってくれたか」
ガチガチの社交辞令に大喜びする王子に、護衛騎士のサイラスは苦笑いだ。
「それでこの花は?」
「そうだった。オセニアのオー・ド・ヴィー・フリュイは、ここの木から品種改良したサクランボが原料なんだ。ここの木に実る実はすっぱくて食べられたもんではないが、この通り、美しい花を咲かせる。ここは名所のひとつでな?この時期は、ああやって見物人が大勢やって来て、祭りの様だろ?」
「そうですね、とても賑やかだ。でもここは人が居ませんね」
「湖のこちら側は、王家の直轄地で、一般人は立ち入り禁止だ」
「立ち入り禁止ですか・・・」
「なんだ?賑やかな方が良かったか?今からあっちに戻って、露天でも冷やかしに行くか?」
「いえ、身に余る贅沢だと思って」
「何言ってるんだ?キャニスは公爵家の令息だろ?このくらい当然だ」
「そうでしょうか」
そう呟き、花と花を楽しむ人々をじっと見つめるキャニスの横顔からは、なんの感情も読み取れなかった。
「もしかして、こうやって花を見に来るのは、初めてなのか?」
「ナリウス様との婚約が決まる前に、家族と出掛けた事が有ったように思いますが、幼過ぎてよく覚えていません」
「なら初めてと変わらないな。よし!キャニスこっちだ!」
「殿下?」
「シエルだ」
「でん・・・シエル?どこに行くのですか?」
「いいから、いいから」
シェルビーに手を引かれ、連れていかれたのは、湖の桟橋だった。
「ボートに乗るのですか?」
「ボートも初めてか?」
「はい」
「怖い事はない。ほらおいで」
身軽にボートに乗り込んだシェルビーが、差し出した手に、おずおずと重ねられた手が強い力で引かれ、気付くとキャニスはボートの上に座っていた。
「サイラス舵は任せた」
「自分で漕いで格好の良い処を、お見せしなくていいんですか?」
「何を言う。そんな事をしたら、キャニスの可愛い顔が見れんし、話も出来ないじゃないか」
「あ~~。はいはい」
勝手にしてくれと言わんばかりのサイラスに、キャニスはパチパチと瞬きをした。
「ん?どうした?」
「仲が宜しいのですね」
「はあ?キャニス様やめて下さいよ。私は王命で仕方なく。ほんと~に仕方なく、この我儘王子に付き合ってるんです」
「おい!我儘とはなんだ。キャニスが誤解するじゃないか。無駄口叩いてないで、さっさと出せ」
文句を言うシェルビーに、サイラスは肩を竦めて見せてから、ボートを湖へと押し出した。
ボートは湖面を滑る様に進み、湖を渡る風が頬に心地いい。
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「そうだろう?・・・なあキャニス。ナリウス殿下とは、こうやって出かけたことは無いのか?」
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憤りを見せ吐き捨てたシェルビーを、キャニスはじっと見つめ返した。
「ですが私は気にした事はないのです。貴族の政略結婚なんて、どこもこんな物でしょう。それにナリウス殿下との婚約は、臣下としての義務だと思っていましたから、あの方に想いを寄せた事は、一度も有りませんでしたし・・」
「ナリウスを好いていたのではないのか?」
「有りません。殿下はあのような方でしたし、私は最初から嫌われて居ましたから。私も、自分を嫌っている相手を好きになれる程、お気楽な性格でもありません。殿下からも可愛げが無いと、何度も言われました」
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キャニスの言動は、年齢に見合わない。
まるで、すいも甘いも噛み分けた大人か、傷付き年老いた老人みたいじゃないか。
キャニスと花を眺めながら舟遊びをし、馬首を並べて道を行き、城下町では老舗の部類に入る、オセニアの名物料理を出す大衆食堂で、夕食に舌鼓を打つ。
最後は、キャニスを邸宅に送り届け、名所案内の礼を言われて、その優美な背中を見送るところまで。
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だったはずだ。
最初から褥に誘われる事など、期待していなかったが、せめて茶の一杯でも誘ってくれて、別れを惜しんでくれても良いのではないか?
それを、ああもあっさりと。
鼻先で閉じた扉の音が耳にこびりついて離れない。
ガチャりと閉まったあの音が、全てを拒絶するキャニスの心を代弁しているみたいで、胸が痛くなる。
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