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14話
しおりを挟む「殿下。間違えていたら申し訳ないのですが、もしかして、それは友人として、私を遊びに誘って下さっているのですか?」
「友人?・・・・・そっそうだ。友人として遊びの誘いに来た」
「そうですか。それは失礼致しました。私は国に友人と呼べるものが一人も居りませんでしたので、気が付きませんでした」
「友人がいない?一人も?」
「はい。一人も居りません」
顔色一つ変えず、そんな寂しい事を言うキャニスに、彼が母国でどんな仕打ちを受けたのかを思い出し、シェルビーは胸が痛くなった。
「そうか。なら私がキャニスの友人第一号だな。どうだ?遊びに行かないか?」
考え込んだキャニスは、何かの気配を感じ、ふと視線を動かすと、王太子の護衛が、ジェスチャーと口の動きで "断らないで!" と懇願していた。
「・・・・分かりました。乗馬服に着替えて参ります。少々お待ちください」
折り目正しいお辞儀をして、キャニスが部屋を出ると、シェルビーは小さくため息を吐いた。
「友人としてではないのだが・・・・まあ、最初はこんなものか」
「そうですよ殿下。がっついている男は嫌われます。それにキャニス様は、傷心旅行中なのですから、う~~んと気を使って、優しくして差し上げないと」
「煩いぞサイラス。そんな事は私だって分かっている。しかし友人が一人もいないとは。ナリウス殿下の仕打ちは、私が知る以上に酷かった様だな」
「そうですねぇ。キャニス様は、ルセ王国の学院で歴代最高の才媛、逸材と言われていた方なんでしょう?加えてあの美貌だ。なのにナリウス殿下は何故、あんな馬鹿な事をして、キャニス様を手放したんでしょうね?」
「さあな。私があの学院に通ったのは1年だけだし、キャニス達の方が年下だから、余り接点は無かった。王宮の行事に呼ばれた時に、顔を合わせるくらいだったが、あの頃からキャニスの美貌は際立っていたな」
「その話は、何度も聴きました。この世の者とは思えない美貌、天上の生物ではないのか?でしょ。大袈裟だと思っていましたが、実物は話し以上で驚きました」
「だろ?」
「それで?ナリウス殿下の方は?」
「あいつか?あいつのいい話は聞いたことが無いな。悪い噂はいくらでもあるがな?それに俺が留学していた1年間、ナリウスは王宮の行事に顔を出した事が無い。だからあいつの事はよく分からん」
「へぇ?一国の王太子が、王宮の行事に不参加?良いんですかそれ?」
「良い訳あるか!行事の度に、あいつは体調が優れないと言って欠席だった。よく知らない奴は、ナリウスは虚弱体質なのかと、心配していたな」
「でっ! そのツケが全部キャニス様に回っていたと」
「その通り。実に健気だったよ。頼るべき婚約者のエスコートも無く。大人の中にたった一人で。よく頑張っていたと思う」
「御可哀そうに。こっちに留学していたカリスト殿下とナリウス殿下は、やっぱり顔はそっくりなんですか?」
「そうだなぁ。顔は似ていたが、持って居る色が全く違うし、何より性格がな。カリストは真面目を絵に描いたような性格だろ?私も向こうに行くまでは、双子だから似たような者だろうと思っていたのだが、全く違ったな」
「へぇ~」
「カリストが王太子だったら、キャニスも今頃は幸せにして居ただろうし。ルセ王家も、公爵の怒りを買う事は無かっただろうな」
「世の中、上手く行かないものですね」
「だがな、あの馬鹿のお陰で、一度は諦めた私にも、至高の花を手に入れるチャンスが巡って来た訳だ。馬鹿は馬鹿なりに役に立ったって事だな」
「至高の花ねぇ。氷華の貴公子って呼ばれてるんでしたっけ?」
「そう呼ぶ奴も居るらしい。だが本人の前で言うなよ」
「え?気にされてるんですか?」
「知らん。だが、なんとなく言っちゃいけない気がしてな」
「はぁ・・・よく分かりませんが気を付けます」
妙に素直は護衛に、一つ頷いたシェルビーは、今日の遠乗りで、どうやってキャニスを楽しませるか、考えを廻らせるのだった。
乗馬服に着替えて来たキャニスは、凛々しさの中に、嫋やかな美しさを備え,高い位置で纏めた白金の髪が背中で揺れる様は、シェルビーの好みど真ん中。
近くの名所を案内すると言う口実も忘れ、横に並んで馬を走らせる姿に見惚れがちだ。
「殿下」
「あ?なんだキャニス」
「このまま直進で良いのかと聞いたのです」
「いや右に折れてくれ」
「分かりました・・・・」
失敗した。
口数の多くないキャニスが折角話しかけてくれたと言うのに。
本人に見惚れてボーっとしてしまった。
こんな事では、キャニスに呆れられてしまう。
「もう直ぐ見えて来るぞ」
何が?とは聞き返さず。
キャニスは形の良い眉を少し上げただけだ。
「随分賑やかですね」
「そうだろ?もう少ししたら、馬の預り場が有る。そこに馬を預けるぞ」
「はい」
素直なのは良い事だが、素直な割にキャニスが興味を持った様には見えない。
楽しんでくれると思ったが、風光明美な場所より、街中の食べ歩きの方が良かったか?
余裕の表情で馬を駆るシェルビーだが、実は内心、冷や汗をかきっぱなしだ。
これ迄親交のあった令嬢、令息は、自分の言いたい事、したい事を、ハッキリ言葉にする者達ばかりだった。
キャニスの様に、何事にも興味の無さそうな、孤高の存在との向き合い方では迷ってばかりだ。
ただこれだけは分かる。
キャニスのような、自己主張の少ない相手には、此方から働き掛けるしかない。
それでウザがられても、押した者勝ちだ。
「花の香りがしますね」
「そうだろ?」
「殿下。どちらに行かれるのですか?他の人達は、真っ直ぐ進んでいるようですけど」
「シエルだ」
「はい?」
「せっかく変装してきたのに、そんな呼び方をされたら、周囲にばれて騒ぎになってしまうだろ?だから、こうやって遊びに出た時は、シエルと呼んで欲しい」
「・・・・ではシエル様」
「おいおい。今日のコンセプトは、休日の騎士とその友人だ。様は要らない。シ・エ・ル。はい。呼んでみて」
「・・・シエル」
「よく出来ました」
愛称で呼ばれたシェルビーは、上機嫌でキャニスの頭を撫でたが、目が回ると、抗議され慌てて手を離した。
「ははっ。すまんな。私の周りにはガサツな男しかいないから、加減を間違えた」
「お兄様、兄にもよく同じ事をされますので、お気になさらず・・・ですが・・・」
「ん?ですが?」
「私も成人した事ですし、こうもひ弱では・・・もう少し鍛えた方が良いでしょうか」
「きたえる?」
きたえる?鍛える?
氷華の貴公子が?
ムキムキなキャニス?
この顔で?
「いいや。駄目だ!!」
「はい? 何故ですか?」
清く可憐な花を、むくつけき筋肉ダルマになどして堪るか!?
心の叫びをかみ砕いたシェルビーは、何とか愛想の良い笑顔を取り繕う事に成功した。
「い・・いいか?キャニス。筋肉を鍛えるためには、正しい手順が必要だ。それを疎かにすると、逆に筋肉を傷めてしまったり、肩やひざの筋を痛めてしまう。学院の剣の授業も、基本からだったろ?」
「あぁ。確かにそうですね」
「鍛える為には、体の柔軟性が必要だ。それに体力もな?」
「初めて聞きました」
「これはな?最新の運動学でな?我が国の騎士団でも、導入が検討されている学説なんだぞ?」
「そうでしたか」
「そうだ。だからキャニスが先ずやるべきは、柔軟体操と、日々の散歩や乗馬だな」
「分かりました。ご教授ありがとうございます」
王太子の嘘っぱちと、それを全く疑おうとしないキャニスに、後ろで話を聞いていたサイラスは、笑いを堪えるのに必死だった。
あの王太子が麗しい青年の気を引く為に必死になり、自分好みで居て貰う為に噓まで吐いている。
クククッ。
あ~。腹筋がねじ切れそうだ。
これは国王陛下にご報告せねば。
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