氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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11話

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公爵家から見限られた以上、新たな勢力を作り、今残って居る者達を引き留めなければならない。

その為に王妃が茶会を開く事はまだ理解できる。 

だがその席に政務に勤しんでいるべき王まで同席し、狩りの自慢話を披露している、というのはどうした事か。

よもや、と思いながらも二人に近付くと、国王夫妻は、嬉々として居並ぶ御令嬢と令息をカリストに紹介し始めた。相手の体面を考え最後の1人迄なんとか耐え抜いたが、我慢はそこで限界だった。

「陛下。お人払いを」

「人払いとは大げさな。ここで話せばいいではないか」

「そうよ。ご招待した方達に失礼でしょう」

この人達の頭の中には、綿が詰まって居るのだろうか?
今日何度目か分からない絶望感と、虚無感にカリストはぎりぎりと奥歯を噛締めたのだ。

「カラロウカ公爵に会ってきました」

自分の両親を怒鳴り付けたい衝動を、何とか抑え込んだカリストが、噛み締めた奥歯の間から、声を絞り出すと、王は顔色を変え、手の平を返して別室に行こうと席を立った。

「母上もご一緒にお願いします」

招待客を気にして、席を立とうとしない母の手を取り、3人で別室へ入り扉を閉めると、王はそれまで取り繕っていた、人の良い仮面を脱ぎ捨て、カリストに縋り付いて来た。

「公爵は!公爵は何と言っていた?!」

この様子だと、公爵に見捨てられたらどうなるか、それだけは理解できているようだ。

「お二人とも、まずは座って下さい」

両親に着席を促したカリストは、キャニスに謝罪する事はおろか、顔を見る事さえ叶わなかった事。カラロウカ公爵は完全に王家を見限っており、公爵の怒りを鎮める為には、相当な犠牲と覚悟が必要だという事を、説明した。

「犠牲と覚悟と言っても、私達は何をすればいい?私達が差し出せるものでは、公爵も納得せんだろう?」

「まずは、公爵に王家の誠意を見せる処からです。聞けば婚約破棄の違約金と賠償金をまだお支払いになって居ないとか?公爵にも、謝罪の云々の前に、筋を通せと言われてしまいました」

「それは、そうなんだが・・・・なあ?」

「ねえ」

と王と王妃は目配せし合っている。

「父上。これ以上公爵を怒らせるような真似は出来ません。何か隠しているなら、今話してください」

すると国王は渋々口を開いたが、それを聞いたカリストは、開いた口が塞がらなかった。

「すると、あんな騒ぎが有ったのに、まだ二人の婚約破棄の手続きを行っていないと?」

「書類上は婚約者なのだ。違約金と賠償金の支払い責任はない!私達もあのような事が有って、可哀想なキャニスを、ナリウスに縛り続ける気など無いのだ。だが国庫は空で、公爵に支払う金が無い。ならば金作が付くまで、書類はそのままでいい・・・かと」

「父上ッ!! 何を考えているのです?! 馬鹿も休み休みにして頂きたい!!そんな事をして引き延ばしたら、余計に公爵の怒りを買うだけだと、何故分からないのですか?!」

「そうは言っても、無い物は無いのだ」

申し訳なさそうに眉を下げる父王に、カリストは、ずきずきと痛むこめかみに手を当てた。

「ならば王家の宝物を売れば良いでしょう!!母上の宝石も、父上の宝飾品も。何よりナリウスの財産を、全てつぎ込めば良いではないですか?!」

「そんな事は、とっくにやった」

「は?なら何故?」

「それらは公爵への借金の返済で、消えてしまった。キャニスが王宮を去り。今まで滞っていた支払いを求められたのだ。公爵がキャニスの為にと、用意してくれた王宮、王子宮の宝物は、全て引き上げられた。ナリウスの個人資産は何年も前に底を付いて居る。だから王子宮は使用人も宝物も、ナリウスの衣類でさえ、全てキャニスの個人資産で賄われていたのだ。この王宮に売れる物など、何も残っておらん」

「は?・・・はははっ!これが学生だったキャニスに、全て丸投げした結果ですか?!貴方達は、王と国母の責任をなんだと思っている!!」

「カッカリスト?何故それを?」

「公爵から聞きました。公爵は王家は苦情も聞き入れず、破婚願いも無視されて、契約を何一つ守らなかった。と嘆いていましたが、本当だったんですね!」

「・・・・」

「先程紹介された令息と令嬢は、金満家で有名な新興貴族の者ばかりでした。貴方達は、彼らに私を売るつもりだったのですね?」

「カリスト。そんな売るだなんて」

「では、他に何と言えばいいのです?貴方達は、キャニスとナリウスにした事と同じ事を、私や彼らにする積りだったのでしょう?何処まで他人頼みなんだ」

「う・・・・」

「彼らの家がいくら金を持っていようと、公爵には敵いません。無駄な事はやめて下さい。それに私は彼らの誰とも結婚なんてしません」

「でも、カリスト」

縋るような母の視線に胸が痛んだが、出来ない事は出来ないと、はっきり言わなければ、相手を愛せない以上、キャニスの様な可哀そうな人が増えるだけだ。

「これをご覧になって下さい」

テーブルにカリストが放り投げた書類の束を、王と王妃は訝し気に見つめて居る。

「さあ」

息子の有無を言わせぬ態度に、二人は渋々書類を手に取った。

読み進めるうちに王は唸り声をあげ、王妃は耐えられないとばかりに、書類を置くと、目に浮かんだ涙を拭った。

「あの日から一か月です。たった一か月調べただけで、これらの証拠は、簡単に手に入りました。それは全てナリウスが、学院とその内外でやって来た事です。そこに金を握らせたり、地方での仕事を斡旋されて、王都から出て行った者達が、居る事が分かりますか?私はナリウスの乱行の後始末を、父上か母上がして来たのだと思っていたのですが。その様子だと、キャニスが処理してきたようですね」

「嗚呼。キャニス!なんてこと!」

大袈裟に嘆く母の姿に、態とらしさしか感じる事が出来ず、カリストの心は、冷えて行く一方だ。

キャニスは、ナリウスが手折った花や、暴行を加えた者達に金を握らせ、仕事を斡旋し、治療を受けさせ、後々の生活の面倒を見ることで、被害者達の口を塞いできた。

それは自分の婚約者の所業に対する、罪滅ぼしだったのかも知れないし、王家の恥部を隠しただけなのかもしれない。

何方にせよ、こんな汚れ仕事は、成人前の子供が担うべき事柄ではない。

そして両親が、ナリウスの行いを知らぬはずが無い。
知っていながら、目を背け続けて来たのだ。

これ程迄、ナリウスと王家に尽くして来たキャニスに、私はどう償えばいい?

違約金も賠償金も支払えぬというなら、一刻も早く、ナリウスから自由にしてやるべきではないのか?

「これでも婚約解消の手続きを、遅らせるおつもりですか」

「・・・・・すぐに手続きに入らせる」

苦虫を噛み潰したような顔の国王は、唸る様に呟いた。

「それが宜しいでしょう。これ以上長引かせても、公爵の怒りを買うだけです。それと違約金や賠償金が支払えないというなら、それなりの誠意は見せる必要があります」

「それなり?」

「最終的に金の支払いは必要です。ですが猶予を持って貰う為には、交渉材料が必要ですから」

「そうなのか?」

「世の中と言うものは、そう出来ているのですよ。まぁ父上が取引に詳しく無くても、致し方ありませんがね」

「う、うむ」

息子の冷たい物言いに、国王は頬を流れる冷や汗を、絹のハンカチで何度も拭って見せた。
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