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2話
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王太子を黙らせた王妃は、途方に暮れキャニスに縋りついた。
「嗚呼。キャニス。わたくしに免じて、ナリウスを許してはもらえない?」
「国王陛下、王妃様には、この10年大変良くして頂き、感謝いたしております。ですが、私の力及ばずこのような次第にございます。私はこのまま王宮から下がらせて頂きますが、どうか両陛下には、末長くご健勝であられますよう、ご自愛くださいませ」
キャニスの口上は、ナリウスを許す気がない事の明かしだった。
「・・・・ナリウスに、出て行けと言われたのね?」
わなわなと震える震える王妃に、キャニスは、答えず、ただ静かに王妃を見つめ返しただけだった。
自分の息子になる筈だった、美しく優秀な若者の手が、縋り付く王妃の手からそっと引き抜かれ、優しく握り直された。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカは御前を去りますが、陛下から頂いたご恩は一生忘れません」
完全な社交辞令だ。
王家がキャニスから受けた恩恵は計り知れないが、王家からキャニスに与えたものなど何もない。
「キャニス。ナリウスには私からきつく言っておきますから、王宮から出ていくなんて言わないで!」
なんとかキャニスを引き止めようと、懇願する王妃の瞳は、涙が浮かび、絶望で光を失った、死んだ魚の様だ。
しかし、自分が正しい事をしたのだと、疑いもしないナリウスは、キャニスを王宮に留めようと必死になっている母の様子に、苛立ちを隠せなかった。
「貴様!いつまで母上の手を握っている積りだ。見苦しい! 未練がましい真似はやめてさっさと居ねっ!!」
どれだけ愚かであろうと、国母である母に、手荒な事は出来ないことは理解しているナリウスは。その苛立ちの全てを、キャニスに向ける以外になかった。
ナリウスはキャニスの腕を乱暴に掴み、縋り付く母の手を無理やり引き剥がした。
「あぁ!!ナリウス!何をするのです?!」
ナリウスの暴挙に、遠巻きに成り行きを見守っていた貴族の令嬢達からも、悲鳴が上がった。
「いい加減にしろ! 見苦しいのはお前の方だ!」
キャニスの腕を掴んでいたナリウスの手を、今度はカリストが引き剥がし、捩じり上げた。
「あ゛!? カッカリスト?! お前よくも・・・放せ! 放さんかッ!」
「ナリウス様に、何するのよ!放しなさいよ!」
5年の留学期間中、文武共に研鑽を積んできたカリストに、同じ期間、学院生活を自堕落に過ごしてきたナリウスが叶うはずがない。
そんな元婚約者に、感情のこもらないガラス玉の様な目を向けていたキャニスは、唾を飛ばし、王太子とは思えない、口汚い言葉を吐き散らすナリウスからそっと目を逸らした。
「では、両陛下、殿下。わたくしはこれで失礼致します。父上申し訳ございません。後をお願いしても宜しいでしょうか?」
公爵は大事な息子に、痛ましげな視線を送り、一つ頷いた。
「お前は今まで、良く尽くして来た。屋敷に帰り休みなさい」
「ありがとうございます。では皆様、御前を失礼いたします」
美しく完璧な礼を取り、なんの未練も見せず凛として、一人ホールを出ていくキャニスの後姿に、居合わせた貴族と卒業生達のほぼ全員が、溜息交じりに見惚れていた。
そして誰よりも深く見惚れていたカリストは、マイルスに脛を蹴られて漸く我に返り、掴んでいたナリウスを放り出し、キャニスを追って駆け出したのだった。
「キャニス! キャニス! キャス! 待って!!」
「殿下?」
「やっと追い付いた。なんでそんなに歩くのが速いんだ?」
「そうですか? 気付きませんでした」
「はぁ~。ナリウスが本当にすまなかった」
「殿下頭を上げて下さい。一刻の王子が軽々しく頭を下げてはなりません」
「ならば、せめて公爵家まで送らせてくれ」
「殿下、そのようなお気遣いは、無用で御座います」
「しかしな」
「本当に良いのです。殿下方は御存じないようですが、カラロウカは5年も前から、王家に対し、破婚願いを出し続けて居りました」
「は? 破婚?」
思わず、裏返った大声を出してしまったカリストは、慌てて口を押え、辺りの気配を確認し声を落とした。
「どういうことだ?」
「学院に入学と同時に、留学で他国にいらした殿下は、御存じなかったのでしょうが、ナリウス様のあれ。今回が初めてではないのです」
「はぁ?初めてではない?どういう事だ?」
「そのままの意味です。殿下は蝶の様に花から花へ渡っておられた。破婚願いが受理されないのに、ナリウス殿下から、婚約破棄を言い渡されたのは意外でしたが・・・。でも、今回は殿下も、あのご令嬢に本気なのかもしれませんね」
答えたキャニスは、そのまま黙り込んでしまった。
そんなキャニスに、カリストは何と言って、声を掛けるべ聞か頭を悩ませたが、答えの出ぬまま、黙々と歩き続け、気が付けば馬車回しに到着してしまっていた。
「御見送り、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ、馬車に乗りこんでしまったキャニスに、カリストは他人行儀な距離を感じ、寂しいと、引き留めたいと思ってしまった。
だが、引き留めてどうする?
留学で国を離れていた5年間、自分はキャニスに、手紙の一通も送ってはいない。
時候の挨拶も、王子妃教育で忙しくしているだろうキャニスを慰める言葉も、誕生日のプレゼントさえ送らず、不義理を通して来たのだ。
未練を断ち切る為。と己に言い訳を続けていたが、本当はキャニスから、ナリウスとの幸せな暮らしを、知らされるのが怖かったのだ。
己の弱さを悔いた処で、後の祭りだった。
キャニスとナリウスの間で何が有ったのか。
5年も前から、破婚を願い出ていたにも関わらず、何故両親はそれを認めなかったのか。
そして、その事実を何故ナリウスが知らなかったのか・・・・。
調べなければならないと思った。
愉快な話ではない、と予想がつくだけに、カリストの心は重かった。
だが、一度は涙を呑んで諦めた愛しい人を、再び手に入れるチャンスが、巡って来たのだ。
カリストは、この千載一遇のチャンスを、逃すつもりはなかった。
双子として生まれ、王家の色を持っていたと言うだけで、全てを手に入れたナリウスは、自分の愚かさから、全てを失おうとしている。
これまでカリストは、王位に興味はなかった。
自分は、ナリウスのスペアではあり、自分が表舞台に立つ事など無い、と考えていた。
一生をナリウスの影として生きよう。
影からキャニスを支える事を、生き甲斐として生きるのだと、心に決めていたからだ。
だが、今は違う。
ナリウスは王太子として、してはならない罪を犯した。
何より、カリストの最愛の人を、ナリウスは大衆の面前で罵倒し、傷つけた。
10年前、初恋と同時に失恋を味わされたカリストだが、その想いが消えたことはなく。未練がましく10年も想い続けて来たのだ。彼を手に入れる為なら、血を分けた兄弟であろうと、容赦はしない。
何の努力もせず、王国一の妃を手に入れたくせに、あんな、気品も教養も感じられない女の為に、宝石よりも大切な人を傷つけた事を、カリストは一生許さないだろう。
どんな罰を与えるにしても、自分が不在だった5年の間、ナリウスが何をして来たのか。
キャニスは婚約者の不貞を前に、動揺一つしなかった。元々感情を表に出さない人だったが、どれだけ心を擦り減らせば、あの様に無感情、無表情になってしまうのか。
カリストは全てを知らなければならない、そしてあの麗しい人を、今度こそ己の妃にするのだ、と強く心に誓った。
しかし、世の中はそんなに甘くはない。
希望に燃えるカリストが、待ち構える困難に、頭を抱えるまで、そう時間はかからなかった。
「嗚呼。キャニス。わたくしに免じて、ナリウスを許してはもらえない?」
「国王陛下、王妃様には、この10年大変良くして頂き、感謝いたしております。ですが、私の力及ばずこのような次第にございます。私はこのまま王宮から下がらせて頂きますが、どうか両陛下には、末長くご健勝であられますよう、ご自愛くださいませ」
キャニスの口上は、ナリウスを許す気がない事の明かしだった。
「・・・・ナリウスに、出て行けと言われたのね?」
わなわなと震える震える王妃に、キャニスは、答えず、ただ静かに王妃を見つめ返しただけだった。
自分の息子になる筈だった、美しく優秀な若者の手が、縋り付く王妃の手からそっと引き抜かれ、優しく握り直された。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカは御前を去りますが、陛下から頂いたご恩は一生忘れません」
完全な社交辞令だ。
王家がキャニスから受けた恩恵は計り知れないが、王家からキャニスに与えたものなど何もない。
「キャニス。ナリウスには私からきつく言っておきますから、王宮から出ていくなんて言わないで!」
なんとかキャニスを引き止めようと、懇願する王妃の瞳は、涙が浮かび、絶望で光を失った、死んだ魚の様だ。
しかし、自分が正しい事をしたのだと、疑いもしないナリウスは、キャニスを王宮に留めようと必死になっている母の様子に、苛立ちを隠せなかった。
「貴様!いつまで母上の手を握っている積りだ。見苦しい! 未練がましい真似はやめてさっさと居ねっ!!」
どれだけ愚かであろうと、国母である母に、手荒な事は出来ないことは理解しているナリウスは。その苛立ちの全てを、キャニスに向ける以外になかった。
ナリウスはキャニスの腕を乱暴に掴み、縋り付く母の手を無理やり引き剥がした。
「あぁ!!ナリウス!何をするのです?!」
ナリウスの暴挙に、遠巻きに成り行きを見守っていた貴族の令嬢達からも、悲鳴が上がった。
「いい加減にしろ! 見苦しいのはお前の方だ!」
キャニスの腕を掴んでいたナリウスの手を、今度はカリストが引き剥がし、捩じり上げた。
「あ゛!? カッカリスト?! お前よくも・・・放せ! 放さんかッ!」
「ナリウス様に、何するのよ!放しなさいよ!」
5年の留学期間中、文武共に研鑽を積んできたカリストに、同じ期間、学院生活を自堕落に過ごしてきたナリウスが叶うはずがない。
そんな元婚約者に、感情のこもらないガラス玉の様な目を向けていたキャニスは、唾を飛ばし、王太子とは思えない、口汚い言葉を吐き散らすナリウスからそっと目を逸らした。
「では、両陛下、殿下。わたくしはこれで失礼致します。父上申し訳ございません。後をお願いしても宜しいでしょうか?」
公爵は大事な息子に、痛ましげな視線を送り、一つ頷いた。
「お前は今まで、良く尽くして来た。屋敷に帰り休みなさい」
「ありがとうございます。では皆様、御前を失礼いたします」
美しく完璧な礼を取り、なんの未練も見せず凛として、一人ホールを出ていくキャニスの後姿に、居合わせた貴族と卒業生達のほぼ全員が、溜息交じりに見惚れていた。
そして誰よりも深く見惚れていたカリストは、マイルスに脛を蹴られて漸く我に返り、掴んでいたナリウスを放り出し、キャニスを追って駆け出したのだった。
「キャニス! キャニス! キャス! 待って!!」
「殿下?」
「やっと追い付いた。なんでそんなに歩くのが速いんだ?」
「そうですか? 気付きませんでした」
「はぁ~。ナリウスが本当にすまなかった」
「殿下頭を上げて下さい。一刻の王子が軽々しく頭を下げてはなりません」
「ならば、せめて公爵家まで送らせてくれ」
「殿下、そのようなお気遣いは、無用で御座います」
「しかしな」
「本当に良いのです。殿下方は御存じないようですが、カラロウカは5年も前から、王家に対し、破婚願いを出し続けて居りました」
「は? 破婚?」
思わず、裏返った大声を出してしまったカリストは、慌てて口を押え、辺りの気配を確認し声を落とした。
「どういうことだ?」
「学院に入学と同時に、留学で他国にいらした殿下は、御存じなかったのでしょうが、ナリウス様のあれ。今回が初めてではないのです」
「はぁ?初めてではない?どういう事だ?」
「そのままの意味です。殿下は蝶の様に花から花へ渡っておられた。破婚願いが受理されないのに、ナリウス殿下から、婚約破棄を言い渡されたのは意外でしたが・・・。でも、今回は殿下も、あのご令嬢に本気なのかもしれませんね」
答えたキャニスは、そのまま黙り込んでしまった。
そんなキャニスに、カリストは何と言って、声を掛けるべ聞か頭を悩ませたが、答えの出ぬまま、黙々と歩き続け、気が付けば馬車回しに到着してしまっていた。
「御見送り、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げ、馬車に乗りこんでしまったキャニスに、カリストは他人行儀な距離を感じ、寂しいと、引き留めたいと思ってしまった。
だが、引き留めてどうする?
留学で国を離れていた5年間、自分はキャニスに、手紙の一通も送ってはいない。
時候の挨拶も、王子妃教育で忙しくしているだろうキャニスを慰める言葉も、誕生日のプレゼントさえ送らず、不義理を通して来たのだ。
未練を断ち切る為。と己に言い訳を続けていたが、本当はキャニスから、ナリウスとの幸せな暮らしを、知らされるのが怖かったのだ。
己の弱さを悔いた処で、後の祭りだった。
キャニスとナリウスの間で何が有ったのか。
5年も前から、破婚を願い出ていたにも関わらず、何故両親はそれを認めなかったのか。
そして、その事実を何故ナリウスが知らなかったのか・・・・。
調べなければならないと思った。
愉快な話ではない、と予想がつくだけに、カリストの心は重かった。
だが、一度は涙を呑んで諦めた愛しい人を、再び手に入れるチャンスが、巡って来たのだ。
カリストは、この千載一遇のチャンスを、逃すつもりはなかった。
双子として生まれ、王家の色を持っていたと言うだけで、全てを手に入れたナリウスは、自分の愚かさから、全てを失おうとしている。
これまでカリストは、王位に興味はなかった。
自分は、ナリウスのスペアではあり、自分が表舞台に立つ事など無い、と考えていた。
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影からキャニスを支える事を、生き甲斐として生きるのだと、心に決めていたからだ。
だが、今は違う。
ナリウスは王太子として、してはならない罪を犯した。
何より、カリストの最愛の人を、ナリウスは大衆の面前で罵倒し、傷つけた。
10年前、初恋と同時に失恋を味わされたカリストだが、その想いが消えたことはなく。未練がましく10年も想い続けて来たのだ。彼を手に入れる為なら、血を分けた兄弟であろうと、容赦はしない。
何の努力もせず、王国一の妃を手に入れたくせに、あんな、気品も教養も感じられない女の為に、宝石よりも大切な人を傷つけた事を、カリストは一生許さないだろう。
どんな罰を与えるにしても、自分が不在だった5年の間、ナリウスが何をして来たのか。
キャニスは婚約者の不貞を前に、動揺一つしなかった。元々感情を表に出さない人だったが、どれだけ心を擦り減らせば、あの様に無感情、無表情になってしまうのか。
カリストは全てを知らなければならない、そしてあの麗しい人を、今度こそ己の妃にするのだ、と強く心に誓った。
しかし、世の中はそんなに甘くはない。
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