氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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 私は今、何を見せられているんだ?

 ナリウスの腕にぶら下がっている、あの無礼な女は誰だ?

 何故ナリウスは、キャニスをエスコートしていない?

 今日は二人の卒業祝いと、結婚式の日取りの発表が有る筈だろ?

 その為に、私は呼び戻されたんだぞ?

ラリス王国第二王子、カリスト・ルセ・ラリスは、今目の前で繰り広げられている、茶番の意味に、理解が追いついていなかった。

春爛漫。
王宮の庭園には、美しい花々が咲き乱れ。
本日、王立学園の卒業記念パーティーが舞踏ホールで、華々しく行われるはずだった。

この日をもって、学院を巣立っていく生徒たちは、庭園の花に負けない、煌びやかな衣装を身に纏い、明日からの新しい人生に夢を膨らませつつ、其々のパートナーや、婚約者と手を取り合い、幸せな笑みを浮かべ、続々とこのホールに集まっていた。
 
唯一人。キャニス・ヴォロス・カラロウカを除いて。

キャニス・ヴォロス・カラロウカ
ラリス王国唯一の公爵家の次男。
公爵夫妻と長兄が溺愛する手中の珠。

引き締まった美しい肢体。優雅な所作。
全ての画家や彫刻家たちが羨望する、柳眉と鼻筋。
愁いを帯びて伏し目がちな、菫色の瞳には感情は浮かんでいないが、そのプラチナブロンドの髪と相まって、どんな宝飾品よりもゴージャスな印象を人々に与えている。

感情の起伏が少ないキャニスは、氷細工の薔薇を思わせる美貌により、貴族達からは憧れと尊敬を込めて、氷華の貴公子と呼ばれている。

キャニスは王国一の美貌を謳われると同時に、年齢に見合わぬ博識さと聡明さから、学業だけでなく、王家の政務に関しても、その有能さを知らぬものがない。

天から二物も三物も与えられた、奇跡のような存在。

王国きっての美貌の偉才。
ラリス王国第一王子。ナリウス・ルセ・ラリスの婚約者。

それが、キャニス・ヴォロス・カラロウカだ。

しかし、王国社交界の頂点に立ち、人々からの愛を一身に受けるべき人が、今はエスコートする者も無く。
たった一人で、王宮の舞踏ホールの中央に立っている。

婚約者として、キャニスと愛を育むべきナリウスの腕には、ゴテゴテと大きなリボンがついた、田舎臭いドレスを身に纏った、見知らぬ女が納まっていた。

そしてあろうことか、父親である国王も、キャニスの父、カラロウカ公爵も居ない場で、ナリウスは一方的に、婚約の破棄をキャニスに突き付けたのだ。

ナリウスの心なく傲慢な通告を、キャニスは眉一つ動かさず淡々と聞いている。

その姿のなんと凛として美しい事か。

「カリスト、何見惚れてんのさ!あれヤバいって?」

「兄上は何を血迷ったのか・・・」

 兄上貴方は、何を手放そうとして居るか、分かっておいでか?

「なあマジで、ヤバイって。ナリウス様気でも狂ったの?これ以上余計な事を言う前に、あの口塞がなくちゃ!」

「カリスト。陛下が到着する前に、何とかしないと」

「あ? あぁそうだな」

国王の存在に関係なく、これほど多くの貴族の前で宣言してしまっては、すでに手遅れだ。

だが、愚かな茶番とは言え、あの美しい人をただ一人で戦わせてはいけない。

ルセ王家歴代最悪の愚か者の兄とは違い、カリストには、王子としての使命感と矜持、何より男としての強い正義感が溢れていた。

側近のリノスに背中を押され、階段を転げる様に駆け下りたカリストは、恐らくナリウスに命じられ、カリストを見張っていたであろう、ナリウスの取り巻き達に足止めを食らってしまった。

相手が暴漢ならいざ知らず、兄の取り巻き達は、一応名の有る貴族のご令息達だ。
殴り倒す訳にも行かず、カリストの側近、リノスとマイルスが加わって応戦したが、もみ合っている間も、ナリウスの甲高い声が響いている。

「キャニス。聞いているのか?ナリウス・ルセ・ラリスは本日只今をもって、キャニス・ヴォロス・カラロウカとの婚約を破棄し、カサンドラ・パトラ・オルタナスを、我が妃に迎える事を、宣言すると言ったのだ!!

「・・・・・・・」

「いつもの賢しげな態度はどうした? 現実を受け入れられんか?」

「ナリウス様ぁ。そんな言い方をしたら、キャニス様が御可哀そうですぅ。10年もナリウス様から嫌われながら、婚約者にしがみ付いていらっしゃったんですよぉ?いきなり、婚約破棄なんてされたんだもの、驚いて声も出せなくなって当たり前ですぅ」

なんと下品で傲慢な!
何処の馬の骨とも知れん女が、王国唯一の公爵家の令息を貶めると言うのか?

「カサンドラは優しいなぁ。なにを考えているのか全く分からんキャニスとは大違いだ。キャニスお前の居場所など、この王宮のどこにもない!惨めたらしく縋り付いていないで、婚約破棄に同意して、私の前から消え失せろ!」

 ナリウスが周囲に聞こえる様に、声を張り上げたとほぼ同時に、邪魔ものを突き飛ばし、排除する事に成功したカリストは、会場に響く静かなキャニスの声を聴き、その場に足を縫い留められたように動けなくなった。

「殿下の御意思は承りました。わたくしキャニス・ヴォロス・カラロウカは殿下との婚約破棄を受け入れ、お二人の婚姻をお祝い申し上げます」

「キャニス!!」

 何故、そんな簡単に受け入れてしまうのだ?

「カリスト?お前帰ってたのか?」

 なにを白々しい。
 俺達の邪魔をさせたのは、ナリウスお前だろう!

「ちょうど良い。お前も喜べ。今日からはこのカサンドラが私の婚約者だ」

「兄上!貴方は自分が何をしたか、お分かりではないのか?!」

激高するカリストの腕をそっと引いたのは、他でもないキャニスだった。
驚いて振り向いたカリストに、キャニスはそっと首を振って見せた。

「キャニス!貴方はこんな扱いを受けて良い人ではない!」

「カリスト殿下。良いのです。ナリウス殿下の好きにさせておあげなさい」

「しかし!!」

その時、ドヤドヤと慌ただしい足音が近付き、勢いよく開け放たれた扉から、国王夫妻、宰相、そしてキャニスの父、カラロウカ公爵がホールに駆けこんで来た。

「ナリウス!! これは何の騒ぎだっ!!」

「父上、母上。ご報告いたします。たった今、私はキャニスとの婚約を解消しました。そしてこの、カサンドラ・パトラ・オルタナが今日から私の婚約者となります!!」

 満面の笑みを浮かべ、カサンドラの腰を抱くナリウスは、自分の手柄を褒めてくれ、と言わんばかりに胸を張っている。

「お・・・おま・・・おまえ」

国王イグラシオン2世は、口を開けたまま、言葉を忘れたかのように、そんな長男を震えながら指差している。

そして、その横で重いドレスの裾を両腕に抱え、真っ青な顔をした王妃は、ナリウス、カサンドラ、キャニス、カラロウカ公爵を順に目で追っている。

ふと、目の端にカリストの姿を認めた王妃は、唇をキュッと噛締めた後、ドレスの裾から手を離し、深く深呼吸をしてから口を開いた。

「嗚呼。キャニス本当にごめんなさい。こんな事になるなんて、全てわたくし達の責任です。カリスト!あなたも傍に居て、何故ナリウスを止めなかったの?!」

「申し訳ありません。止めようとしたのですが。邪魔が入りまして・・・」

カリストの視線の先に、ナリウスの取り巻きの姿を認めた皇后は、綺麗に整えられた眉を顰め、広げた扇の影で宰相に、何事かを命じていた。

「キャニス。もう大丈夫。わたくしが来ましたからね」

キャニスの手を取り、慰めようとしている皇后の方が、顔色も悪く、今にも倒れてしまいそうだ。

「母上!!何故キャニスの肩を持つのですか?!その者は王家とは何の関わりも無いのですよ?!」

「お・だ・ま・りっ!!」

「は・・・母上?」
 
金切り声で叫んだ母の、嫌悪の表情に、身の危険を感じたナリウスは、ようやく愚かな口を閉ざしたのだ。
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