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千年王国

試練と浄化

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 クレイオスの呟きと、ドラゴニュートが広場に姿を見せたのは、ほぼ同時だった。

「ドラゴニュート!!」

「ガエル達はどこ?!」

「城門を閉めろッ!!」

「駄目よ!!モーガンさん!まだ人が残ってる!!」

「速く閉めろっ!!」

「モーガンさん?!」

 悠然と姿を現したドラゴニュート達は、従えた魔物達をさらに解き放ち、それを押し返そうとする、騎士達と逃げる人々の間に距離が出来た。

 そしてドラゴニュート達は、揃って槍を高く掲げたのだ。

「駄目っ!!やめてえーーッ!!」

 悲痛な叫びをあげ、俺の腕から逃れたレンの肩を掴み、マントの中に引き入れて、その目を手で覆い隠した。

 レンの叫びと魅了の発動は、同時だったのだろう。

 フラフラと倒れ込む魔物の後ろで、ドラゴニュート達も、次々に地面に膝を付いた。

 しかし、レンの魅了は間に合わなかった。王城へ逃げようとする人々の間から、無数の炎が吹きあがり、その爆風がレンの魅了で頽れた魔物と部下達を吹き飛ばし、逃げ遅れた人々を一瞬で燃やし尽くしてしまった。

 爆風が納まり、訪れた静寂の中に、レンの嗚咽だけが聞こえていた。

「どうして?ねぇ!どうして!?助けられたのに!!」

「レン。彼等を助ける事は、出来なかった」

「なんで?ねぇ!なんでなの?!」

 ドラゴニュートは、獣人に危害を加えない。

 身体能力が優れた獣人は、人族より先に逃げる事が出来る。

 そして助けたい人族が居れば、獣人達はその者達と、行動を共にするだろう。

 獣人と人族が共にあれば、獣人へ被害を与えない様に、ドラゴニュートは攻撃を控えるだろう。しかし追い回され、人族だけが取り残されれば。

 助けたいと思える相手かどうかを、獣人に選ばせる。

 獣人に敬意を払い、人として対してきたなら、目溢しを。

 そうでないなら、極刑を。

 巧い選別方法だと思う。

 王都から街道に逃げ出して来た者達は、獣人と獣人に護られた人族ばかりだった。

 振るい落とされた人族は、俺達が行き会った商会長達の様に、ドラゴニュートに追い回され、手に掛けられたのだろう。

 断続的な爆発は、ドラゴニュートによる、人と獣人の選別による結果だ。

 そうでなければ、こんな手の込んだ殺戮を繰り返す必要など無い。

 奴らほどの力があれば、この王都やゴトフリーと言わず、ヴィース全土を薙ぎ払い、火の海に沈める事など、造作も無い事なのだから。

「みんな、分かってたの?分かってなかったのは、私だけ?」

 どれだけ聡く、賢くとも、レンは慈愛と慈悲の人だ。俺達のような物の見方は出来ないし、させたく無い。

 隠し通せないと分かっていても、汚れた物を見せたくないと思う事は、罪なのだろうか。

『封印を始める。従魔契約の準備をしなさい』

「ダディ!!」

『彼等は神との契約を軽んじた咎人だ。咎人に天罰が下された。それだけの事だ』

「あの人達は、国の教えに従っただけじゃない?!」

『それがどうした?我等が慈悲を与えなかったとでも?彼等に何百年もの刻を与え、立ち止まり考える機会を何度も与えて来た。それを拒み、自らの利益と愉悦を優先してきたのは彼等だ。アウラは慈悲と慈愛の神で、我はその眷属だが。其れにも限界と言う物はある。我等は秩序の調停者でもあるのだぞ』

「うぅ・・・」

『泣きたくば泣けばよい。我とアウラを恨むなら恨んでも良い。しかし神との契約を軽んじ、世界の秩序を乱す事は許されない。神の子である其方は、秩序を保つ非情さも学ばねばならん。それが其方に与えられた試練だ』

 レンのように優しい人には、酷な話だと思う。

「レン様。黙っていたことは謝ります。レン様が怒るのは当然です。ですが私達も、レン様が望まれた結果になる事を、願っていたのです」

「・・・・マークさんも・・・無理だって分かってたんでしょ?」

「・・・はい、それでも願っては居ました」

「私一人で、ばかみたい」

「レン様」

『何体か封印せずにおくから、従魔契約をするのか、しないのか自分で決めなさい』

「おい。クレイオス。もっと言い方があるだろう」

『言葉を飾った所で結果は変わらん。本当に人々を救いたいなら、立ち止まって泣いている暇など無いと、我の子なら分かる筈だ』

「クレイオス様!」

「マークさん・・・私なら大丈夫。うん、多分大丈夫です」

「レン様・・・」

「私は、ティムに集中しますので、魔物は皆さんにお任せします」

「レン、本当に大丈夫か?」

「・・・大丈夫です。私の覚悟が甘かった。それだけです。アレクも魔物の討伐に向かって下さい」

「レン!」

「私は、アン達とクオンとノワールを連れて行きます」

「おい!こっちを見ろ」

 細い肩を掴もうとした手を、レンに軽く払われてしまった。

「私はあなたの部下ではありません。おい、なんて呼ばないで」

 そしてレンは俺と目を合わせる事も無く、クオン達を連れて離れて行ってしまった。

 レンが怒るとは思っていたが。
 俺はどうすればいいんだ。

「閣下。今はレン様のしたい様にさせて差し上げるべきです」

「しかし」

「私は遣るべき事やらずに、これ以上レン様に失望されたくありません」

「・・・そうだな」

「ご心配なのは分かりますが、クオン達も居ますし。近くにクレイオス様もいらっしゃいますから。少し一人にして差し上げましょう」

「分かっている」

 分かっているが・・・・。
 俺はレンを失望させてしまった。

「レン様が嫌な事でもなんでも全て知った上で、どうすべきかご自分で考えられる方だと理解していたのだがな。真綿で包むばかりが護る事では無い。と偉そうに貴殿に言ったのは私であったのに。どういう訳か、レン様を見て居ると、甘やかしたくなっていかんな」

「モーガン」

「そう凹むな。夫婦喧嘩など、どこの家でも在るものだ。レン様が落ち着かれたら、二人でよく話し合うと良い」

「助言に、感謝する」

「なに。私は騎士としては閣下に遠く及ばないが。婚姻歴だけは閣下よりも長い。その分経験は積んでいる。こういう時は、恐ろしいからと逃げてしまうと、余計に長引く。腹を据えて話し合う事が、円満の秘訣だ」

 経験者の助言とは、有難いものだ。

 これがウィリアムだったら、揶揄われて終わりか、一緒になっておたおたしていた処だろう。

 もし・・・もしもジルベールが生きていたら、こんな会話も出来たのだろうか。

 ジルだけでなくウィリアムも、俺が手に掛けたようなものだ。

 そんな俺が、彼等の事をこんな風に思い出すのは、許されない事なのかもしれない。

 だが、こんな時に二人を恋しいと思ってしまう俺の弱さを、レン以外の誰が許してくれるだろうか。

 クレイオスは、ドラゴニュートの周りに結界を張り、一か所に集めて封印に取り掛かった。その間俺は、レンの魅了と爆風でフラフラしている魔物を討伐して回った。

 レンを怒らせ、冷たくされた事への腹立ちまぎれに、かなり強引なやり方だったと思う。

 その証拠に部下達は、呆気に取られた顔をしていたし、モーガンとマークはやれやれと言いた気な表情だった。

 魔物からすれば、完全な八つ当たりで迷惑だったかもしれないが、俺はレンと違い、魔物に情けを掛けることは出来ないから、貧乏くじでも引いたつもりで諦めて欲しいと思う。

 しかし俺の八つ当たりも、そう長くは続かなかった。

 止めを刺した魔物から、ふわりと浄化の光りが浮かび上がったからだ。

 浄化の光りに気付いた騎士達が、俺と同じ様にレンの方へと振り返った。

 俺や騎士達が見つめる先には、十数体のドラゴニュートを従えたレンが、クオンとノワールと共に、舞う姿があった。

 レンが手にしているのは、破邪の刀ではなく、ウジュカで使っていたストールだった。

 薄く柔らかな布が、レンの舞に合わせヒラヒラと膨らみ、まるでレンに翼が生えたように見えた。

 そして刃ではなく、柔らかな布を手にしているのは、失われた命に対するレンの優しさの表れなのだと思った。

 泣きながら歌い舞うレンの姿に、城壁の歩廊に上り、こちらを見ている騎士や民達から、すすり泣きと嗚咽が聞こえて来た。

 魔物の身体から、多くの人々が焼き消された石畳から、黄金の浄化の光りが空へと舞い上がって行く。

 クレイオスは、奇跡は人に感動を与えるが、反省を促すことは出来ない。と言っていた。

 だが、彼等は城壁の上から、レンがドラゴニュートをティムする場面を見て居ただろう。そして今は、レンの浄化を目の当たりにし、涙を流している。

 そんな彼等は、この国を変える為に力を尽くしてくれるのではないか。

 そうであって欲しいと、願わずにはいられなかった。
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