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千年王国

閣下は教育者

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 大公子は転げる様に俺の前に姿を現し、平身低頭して謝罪してきた。 

 離宮から大公城に足を運ぶ途中、怒り狂ったマークの様子を、ロロシュの部下から聞いて居なければ、平身低頭、怯えを見せる大公子の謝罪に、どう対処するべきか悩んでいた処だ。

「殿下は愛し子の存在を軽く見ている様だな。貴国は龍神信仰が盛んで、それ以外には目が向いていないようだが、愛し子のレンは、アウラ神と創世のドラゴンの寵愛を一身に受ける身だ。神から実の子のように愛されているのだ」

「それは存じ上げておりますが、実害はなく」

 俺はこの大公子の言い草に呆れてしまった。

「このウジュカの為に、レンは倒れるまで力を尽くしてくれた。レンも俺達もあんたの国の為に、総力を挙げて戦った訳だが。その疲れを癒すべき寝所に、俺達が留守なのを良い事に、盗賊が押し入ると言うのは、どういう事だ?俺は出かける前に、何かあったら留守を頼む、と大公子に言ったはずだ。俺達は一般人ではない、実害が無くて良かった。と終わらせられると思っているのか?」

「ですが・・・」

「大公子。お前はマークの怒りだけで、怯えている様だが。他の者達がこの事を知ったら。あの程度ではすまん」

「さ・・・左様でございますか」

「いいか。これは脅しではない。俺や部下達にとって、愛し子は神と同等の存在だ。そして、それを抜きにしても、俺は帝国の大公で、レンは帝国で公爵の位に叙されている。俺の部下達は伯爵家以上の高位貴族出身の者も多い。今回の事は、帝国の高位貴族に対する礼儀としてもお粗末すぎる」

「まことに申し訳ございません」

 顔面蒼白で、冷や汗をかいている姿は可哀そうだが、若くとも君主だ。

 出来ない、分からないでは通らない。
 困難な状況だからこそ身に着く事も多い。
 鉄は熱い内に打ってこそ、良い剣になる。

「若いから。大公を失ったばかりで、慣れていないから。と言うのは言い訳にもならん。俺達は傭兵ではない。今回の遠征は愛し子個人の願いで叶ったものだが、帝国の皇太子と、皇太后の承認を受けている以上外交だ。あの盗人が愛し子に危害を加えていたら、帝国はこの国に開戦を宣告していただろう」

「開戦・・・戦争?」

「国と民を率いる事の意味を、もっと考えろ」

「・・・・しかし。この国は樹海の王である閣下に・・・」

「お前は俺に渡す国だから、何もせずともよい。自分には関係ないとでも考えているのか?俺もレンも、今だってやるべきことが山積みだ。俺は別に、こんな国はいらんし、俺がその樹海の王だという保証もないんだぞ」

「ですが予言が・・・」

「それは結果的に、そうなるだろうと言う話だし、そうなったとしても、何年も先の話しだ。俺はレンと違って、優しくも心が広くもない。責任も果たさず誰かが何とかしてくれるだろうと、何もせず待っているだけの奴に、掛ける情けなど持っていない。俺の慈悲は、生きる為に努力し続けた者にしか、与えるつもりはない」

「・・・はい」

「お前は大公子だ。自分や家族の事だけを心配していればいい、一般の子供とは違う。確かに今は非常事態だ。干ばつに魔物の襲来、大公の死去に水害だ。おまけに拠り所の龍神は、息子を探しに行くと言って姿を消してしまったしな」

「アーロン様が・・・居なくなった?」

 あの長虫が消えた事がそんなにショックか?
 信仰とは心の拠り所でもあるが、依存が過ぎるのも考え物だ。

「あの結界は、何者かがアーロンの魔力を使い、自分の魔力を増幅する事で形を成していた。そのアーロンがこの国から姿を消したから、結界が消えたのだ。あいつは偏屈だからな。この先ここに戻って来るか、戻って来たとしても、以前のように雨を降らせるかは、俺にも分からん」

「そんな・・・」

「この国を帝国に帰属させるにしても。俺に個人的に譲渡するにしても。今直ぐにどうこう出来るものでは無い。お前は龍神の加護無しで、この国を治めなければならない」

「・・・・・」

「この国に掛けられた呪いは消えた。今までのように忘れられた国として、暢気にしては居られん。国の中だけでなく外交にも目を向けなければ、予言が叶う前に、この国自体が消える事も有り得る」

「・・・・はい」

「本当に分かって居るか?俺は帝国を代表する者として、ウジュカの最高指導者に、正式な抗議を伝えているのだぞ?」

 これまで俯いて話を聞いていた大公子は、ハッとしたように顔を上げた。

「最高指導者?」

「大公が亡くなられたのだ。その後継のお前が、今は最高指導者だろ?」

「はい・・・閣下のおしゃる通りです。私が間違っていました」

「分かればいい。マーク・・アーチャー卿は俺と同じか、場合によっては俺以上に、愛し子に対しては過剰に反応する。あれも俺と同じで過保護だからな。しかし、アーチャーを基準に考えれば、帝国や愛し子に対しての接し方は自ずと分かる筈だ」

「左様ですか・・・しかしメリオネス卿は」

「ロロシュか?あいつは基準にならんぞ」

「はあ?!」

 これは、ロロシュが余計な事を吹き込んだな。

 まったく余計なことをしやがって。
 本人は揶揄っただけの積りかもしれんが。
 世間知らずな子供になにやってんだ。

「あいつは仕事も出来るし、基本的に悪い奴ではないが、まあ・・色々と帝国の基準から、逸脱している部分が多い。しかしアーチャーは帝国一の婿がねと謳われる雄だ。基準にするならアーチャーにして置け」

「はあ・・・そうだったんですか」

「ここ迄が、公式的な俺の立場での話だ。ここからは、個人的に大公子の力を貸してもらいたい」

「はい。なんでしょうか」

「実はな、さっきの盗人の話しなんだが・・」

 俺はヨーナムから聞いた話と、件の盗人に対する違和感を、大公子に伝えた。すると大公子も、言われてみれば。と納得したようだ。

「あの盗人たちは、アーチャー卿に投げ捨てられた後。他の民達から石を投げれまして、回収して牢に入れる頃には、ボロボロでした」

 盗人の状態を思い出したのだろう、大公子はブルリと背中を震わせた。

「あ~・・・マークが煽ったらしいからな」

「かなり痛い目に合っていますので、案外簡単に白状するかもしれません」

「それならいいが」

「避難民に関しては、首都に入る時に名簿を作ってあります。勿論首都の住民はまた別の名簿が有りますので、照らし合わせれば、色々と調べやすいかと思います」

「避難民の名簿を作っていたのか」

「配給の割り振りには必要ですから」

 大公子の浮かべた薄い微笑みは、どことなく悲しそうだった。

「なるほどな。だが今夜は、肉を腹いっぱい食えるぞ」

「お肉?」

「討伐した魔物がうじゃうじゃ居るからな」

「エッ?魔物の肉を食べるのですか?」

 折角戻った顔色がまた青くなったな。
 
「なんだ?この国には、魔物を喰う習慣は無いのか?」

「はい。御座いません」

「そうか、まぁ帝国でも、魔物を食うようになったのは、10年ちょっと前からだからな」

「最近ですね」

「昔マイオールで、魔物が大量発生したことが有ってな。あの時は食うものが全く無くて、騎士の1人が我慢できずに、魔物の肉を食ったんだ。それが思った以上に美味でな?なんでも食えるわけではないが、今では高級食材として扱われる魔物も居るんだぞ?」

「そうか・・・魔物を狩って食べればよかったのか・・・」

 この国の連中は、今までなんの肉を食ってたんだ?
 
 この前の肉が何だったのか。
 俺はそっちの方が気になるがな。

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