獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

決壊

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 土砂を含んだ水の流れが、どうどう、轟々と不気味な音を立てながら流れていく音が、壁の向こうから聞こえて来る。

 時折ドンッ!ゴスンッ!と嫌な音が聞こえてくるのは、流されて来た枯れ木が壁に当たる音だろう。

「クオン!ノワール!どうだ?!」

「まだ、いっぱいながれてくるよ~」

「あ~!グチョグチョがながれてきたぁ!」

 グチョグチョ?

「サンドワームか?!」

「そ~」

 南の大門の方まで、水が押し寄せているのか?

 こっちよりはマシかも知れんが、向こうは一度壁が崩壊している。レンも手伝ってくれて、穴は塞いであるし、壁の補強も進めてはいたが、こうも流れが激しいと、不安になるな。

 それに実際に見て確かめられないと言うのも、もどかしい。

「レン、ちょっと上に上がるぞ。しっかり捕まって」

「はい」

 風を纏い上空へ浮かび上がると、壁の外の様子は先ほどまでとは一変し、見渡す限りが灰色の流れに飲み込まれていた。

「どうしよう。壁が持つかしら?」

「分からん。雨は止んだのに。治まりそうもないな」

「多分、山の方の雨が止んでないからだと思います。アーロンさんは雨雲が山を越えられないって言ってたし、降り出すまで時間が掛かりましたよね?きっとあっちの山の方で、もっと雨が降っているんじゃないでしょうか」

 レンが指さした山の方の空は、晴れ始めたこちらとは違い、今もどんよりとした雲に覆われていた。

 甲虫が逃げたのは北東、レンが指さした先はもっと南寄りだ。虫の魔物は雨が来る方角が分かっていて、上手い事逃げたらしい。
 
 こういう感覚は、野生に生きるものの方が何倍も優れている。俺達獣人も、人族に比べれば感覚は鋭い方だが、それでも野生には敵わない。

「アレク!大変!あれ見てっ!!」

「あれ?どれだ?」

「ほら!もっと右の方!!」

 レンに言われた通り視線を動かすと、壁に走った罅の間から、水が噴き出し始めていた。

「拙い!!」

「塞がなきゃ!!」

 そう叫んだレンと俺は、水が噴き出し始めた場所を、魔法で創った岩と土で覆い隠したが、別の罅の間から次々に水が噴き出し始めてしまった。

「どうする?どうしよう!」

 この様子だと、壁の外側に積んだ土は、とっくに流されてしまったようだ。

 後は内側から補強するしかない。
 部下達も、水が噴き出した事に気付き、何とか防ごうと必死だが、水が漏れ出す場所が増える方が速い。 
 
 どうする?
 どうすればいい?

 結界を張るのは一時凌ぎにしかならない。
 それにこれだけ広範囲だと、魔力の消耗が激しすぎて、長時間持たせるのは無理だ。
 
 迷っている間にも、壁から噴き出す水の勢いは増していき。

 ビシッ!!

 何かが裂ける音が聞こえた。

 そして外郭の壁がガラガラと音を立てながら崩れ落ち、同時に汚れた水が首都の中に流れ込んで来た。

「決壊したっ!!」

「決壊したぞッ!!」

 流れ込んで来る水は、あっという間に水嵩を増し、道に沿い枝が伸びる様に街を飲み込んでいく。

 決壊した場所にレンが大岩を創り出し、穴を塞ごうとしたが、一度決壊してしまった壁は、次々に崩れ落ち、いくらレンが魔法で岩を創り出しても、追い付くことが出来なかった。

「どうしよう!アレクどうしよう!」

「うう・・・」

 部下達を避難させていた建物は、あっけなく崩れて流されてしまった。

 風の魔法が得意な者は、空に浮かび上がり、得意でないものは屋根を伝って、無事な建物の屋根へと飛び移って行く。

「あぁ。街が・・・・街が壊れちゃう」

 俺達は魔法で、地水火風を操るが、本物の自然の猛威の前では無力だ。

 これ程までに無力だったのだ。

 涙声で縋り付く番を慰める術はなく。
 ただ茫然と、流れ込む水の流れを見つめる事しかできなかった。

「閣下!!魔物です!!」

「魔物が流れ込んできています!!」

「なにっ!?」

 背中からの声に振り向くと、別の穴からの流れの中に、オーガとダイアウルフの姿が見えた。

 街の中に入り込まれた?!

 魔物達も生き残る為に必死なのだろう。
 水没を免れた建物に縋り、這い上がろうともがいている。

「攻撃ッ!!街の奥に行かせるな!!」

「「「「オウッ!!」」」」

「信号弾!!援軍を呼べッ!!誰か!!住民を西に避難させろ!!状況によっては、壁の外に逃がせ!!急げ!!」

 魔法の信号弾は、色と数、打ち上げる間隔で意味が決まっている。今は魔鳥を使うよりこっちの方が速く伝達ができる。

 首都の上空に次々と、色を付けた魔法の信号が打ち上げられ。流れ込んだ魔物を追い部下達が散って行った。

「アンッ!!魔物をやっつけて!!クオン!ノワール!!戻ってきて!!」

 アオォーーーン!!

 アンは流れていく魔物を追い、屋根の上を飛び移って行った。

「れんさま~」

「なにすればいい~」

「太郎と次郎は、アンのお手伝い。クオンとノワールは街の中に魔物が流れ込んでこない様に、壁の傍で入ってきそうな魔物をやっつけてね」

「「は~い!」」

 ドラゴンと狼がそれぞれ離れていくと、腕の中でレンはブツブツと呟き始めた。

「あと、出来る事・・・出来る事。どうしよう・・何すればいいの」

「レン落ち着け。君に出来る事は全部やった。後は状況に合わせて対処するしかない」

「でも!でも!」

「落ち着いて。誰も君を責めたりしない。君は頑張っただろ?それにもし責められるとしたら、それは指揮官である俺だ。俺は君から土石流の可能性を聞いていたのに、何の対処もしなかった」

「でもアレクは」

 多分、俺を擁護しようとした唇に指を当て、番の言葉を封じた。

「シーッ。何もかもを一人で背負う事なんて出来ない。出来る事から順番にだ。いいな?」

「・・・うん。アレク、ありがとう」

 礼を言うのは俺の方だ、今日一日、君がどれだけ頑張ってくれたか。

 役に立たないのは俺の方だ。

「閣下」

「なんだ?」

 控えめに呼びかけるマークを見ると、マークはレンに気遣うような視線を向けていた。
 レンの生真面目な部分を知っているマークも、レンの事を案じてくれていたようだ。

「信号が返ってきました。援軍が来ます」

「分かった。水の勢いが落ちないようなら。他の門を開けさせて水を抜かせろ。壁の中に溜めておくことは出来ん。ただ魔物が入り込まないよう警戒は怠らせるな」

「了解しました」

 クオンとノワールが、壁の傍で魔物を始末しているからか、中に入り込んでくる魔物の数はグッと減ったように見える。

 今まではレンと話しながらだったが、本腰を入れて魔物の駆逐に乗り出そうとした時、レンが悲鳴を上げ、魔法を放った。

「うそっ!うそうそうそうそ!駄目よ!!」

「レン?」

「レン様?」

 俺とマークは、レンが俺の肩越しに見て居た方を振り返った。

「あ?」

「え?」

 振り返った先で、残っていた壁が崩壊を始めていた。

 俺とマークは、間抜けな声を上げるしかなかったが、レンが放った魔法が大岩を創り出し、水の中から立ち上がって来ていた。

 しかし、レンの創った岩が立ち上がるより、壁の崩壊の方が速く、今までの倍以上の水が、津波の様に立ち上がり流れ込み始めてしまった。

「・・・こんなの・・・みんな死んじゃうよ」

 ボロボロと涙を流す番に、俺達はもうなす術がない。

「・・・・レン」

「レン様・・・」

「やだぁ!こんなのやだぁ!!」

 声を上げて泣くレンを俺は抱き締め、マークはレンの頬の涙を拭ったが、そんなものは慰めにもならない事を、俺もマークも分かっていた。

「うわぁ~~ん!!ダディ!!助けてダディ!!皆を助けてぇ!!」

 泣きながらレンがクレイオスに助けを求めた。

 すると空に一筋の金色の光りが線を描き、それが左右に広がるとそこからドラゴンの姿のクレイオスが飛び出して来た。

『誰だッ?!我の子を泣かしたのはッ?!』

 お前だよ!!

 喉元迄出かかった声を、俺は何とか飲み込んだが、マークは我慢できなかった様だ。

「貴方の所為でしょう!!今まで何やってたんですかッ?!」

 マークの勢いに押されたクレイオスは、一瞬怯んだように見えた。

『レンもう泣くな。ダディが何とかしてやるから。な?』

 レンの機嫌をとる様に、ヘドモドと言ったクレイオスは、外郭の有った辺りにに分厚い結界を張りその上に降り立ったのだ。
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