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千年王国
アーロンの卵とヨナス
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甘い酒で喉を湿らせたサタナスは、青白かった頬に少しだが赤みも戻り、落ち着きを取り戻したようだ。
無理をする必要は無いと、重ねて言う番にサタナスは悲し気に首を振った。
そして従者が居ない事を確認する様に、食事を始める前に人払いが済んでいた室内を、もう一度見渡し、再び父親の罪の告白を始めたのだ。
「私が父の罪をどうやって知ったのかは、話しが長くなりますので、割愛させて頂きます」
前置きしたサタナスは一つ深呼吸をし、罪の告白をするために心を整えたように見えた。
「この国の現在の窮状は、全て父の所為なのです。何年も続く日照りも、盗賊に国を荒し回られた事も、末弟をゴトフリーへ送った事も。アルマを帝国に送った事も。愛し子様を手に入れようとした事も、全て父が自ら行った事なのです」
「援助と引き換えに、脅されていたんじゃないの?」
「残念ながら違います。何故これ程迄、父は愚かな事をしたのか、父が何を考えていたのかは、その心の内の全てを知ることは出来ませんでした。ですが、レジス様ヨナス様を恨んでいた事。この公国をエストの主に返す気が無かった事は確かです」
「普通に考えて、自分の治める国を、見ず知らずの他人に明け渡したい人間など居ない。大公の反発は理解できる」
「ですがこの国は普通ではありません。いつ果てるとも知れない、呪いに侵された民にとって、神の愛子と新たな樹海の王は、唯一の希望なのです。私は予言を大公家の秘事として来た事にも反対でした。創世時代、実際に罪を犯したのは、我が大公家の家門の者達でした。民たちは我が系譜の祖達の巻き添えにすぎません。そんな彼らに、何故希望を与えないのか。それが不思議で仕方ないのです」
『ふん。余計な事ばかりが伝えられ、肝心な事は忘れられている様だ』
「アーロンさん?」
『この国の連中はな、ヨナスにとっては全て罪人だ。レジスは優れた統治者だった。それが何故、簡単にヨナスを奪われ、レジス本人も捕らえられたと思う?』
「・・・・内通者が居たからだろ?」
『内通?そんな甘いものでは無い。この国の連中は、そこの子供の家門だけでなく、領民の殆どが、示し合わせてレジスを裏切り、二人を捕らえ、アザエルに差し出したのだよ。いわゆる謀反と言う物か?それに領主領民が挙って加わった。愚かにもアザエルの、この地よりも、もっと豊かな土地の王として封じてやろう、領民も魔族と同等に扱おう、という甘言に惑わされたのだ。そんな連中にヨナスが、希望など与えるものか』
「ヨナスさんは・・・・魔族の血を引いている割に、穏やかな人だったと聞きましたけど。随分苛烈な方だったの?」
『 ”魔族にしては” な。 あれは見た目は、なよやかな雄だったが、内側は苛烈で残忍、執念深い一面を持つ雄であったぞ?』
「聞いていた話と、大分違うな」
『まあ。あれは心を許した相手。自分にとって大事な相手には寛大で、慈悲深くも有ったからな。どちらが正しいとも言えんな』
「そうなんだ・・・」
レンはカルの気持ちを慮ってか、それ以上何も言わなかったが、カルの方は動揺で視線が揺れ動いていた。
『お陰で我もとばっちりで、レジスの柩を護らされることになった』
「え?アーロンさん自分から志願したんじゃないの?」
『何故我が、呪い塗れのレジスの柩を守らねばならんのだ?』
「だって・・アーロンさんはヨナスさんの番だって・・・」
『つがい? 誰が? 我とヨナスが? あんなジジイと? 馬鹿も休み休み言え! ヨナスの最後の番はヘルムントだ。私の番は魔族との争いで命を落としたが、ヨナスなど足元にも及ばん麗しい龍だった。我とヨナスはその様な関係ではない!』
「え~~と?」
「レン。ヨナスとアーロンが、番だったと話したのは大公だろ?」
「あっそっか!」
ポンと手を打つ番だが、この人は聡い割に、たまにこうやって、他人の言う事を全て真に受け、コロッと騙される事が有る。
そこが可愛かったりもするのだが、マークが言う通り、もっと気を付けてやらねばならんな。
「あんたとヨナスが番ではない事は分かった。それならば何故レジスの柩を護り、呪いを抑える役を果たすことになった?」
『呪いを抑えたりなどして居らん。我はヨナスの呪いを絶やさぬ為の贄にされたのだ』
「にえ?ですが、アーロン様が神殿にお入りになられてから、呪いの力が薄れたと。疫病も減り、その他の怪異も無くなったと伝えられております!」
国を挙げての信仰の根本を揺るがせるアーロンの発言に、大公子は色を失った。
「それに、この国に雨が降らなくなったのは、アーロン様の秘宝を奪われたからではないのですか?」
『ふむ・・・・。本当に誤解が激しいな。誤解と言うよりヨナスがわざとそう伝えたのか?』
「では本当は何が有ったのだ」
『うむ・・・・我の番が死んだことは話したな?』
「あぁ。さっき聞いたばかりだが?」
『我は番との間で卵を産んだのだが。我が子は中々卵から孵ってはくれなんだ。我の様な龍は、永い時を掛け、少しづつ成長する事で龍となるもので、卵を産むことは本当に稀でな。ドラゴンと違い卵を孵すためには、莫大な魔力が必要となる。だが卵に一緒に魔力を与え、我が子を孵すべき番は死んでしまった。我一人の魔力では、我が子の顔を見れるのが、何時になるか分からん』
「その卵とヨナスになんの関係がある?」
『其方、せっかちと言われんか?』
「う・・・」
確かに言われる事が、多いが・・・・。
『ちゃんと話してやるから、最後まで口を挟まずに聞け』
「う・・・うむ」
俺に釘を刺して来たアーロンが語った話によると、番をなくし寂しさに耐えかねたアーロンは、一日でも早く我が子の顔を見たい一心で、ヨナスが隠れ住んでいた地下洞窟の、魔素湖に卵を抱えて向かったのだそうだ。
『我も、ヨナスがあれほど執念深い雄だと知って居たら、もっと遠くの魔素湖に行ったのだがな。我はヘルムントと知古でもあったし、問題ないと思っていたのだ」
魔素湖では、ヨナスも彼に仕える者達も、皆親切にしてくれたそうだ。
互いに番を無くした者同士でもあり、先に逝ってしまったヘルムントの思い出話しに花を咲かせることも有ったそうだ。しかし、卵に魔力も満ち、孵化が近くなったある夜、アーロンは抗いようのない睡魔に襲われた。恐らくヨナスが邪法を使ったのだろう、深く眠り込んだアーロンが次に目覚めたのは、レジスの柩の前だった。
『どうやって我を運んだのかは分からん。まさか荷車に乗せてゴロゴロと運んだとは考えられんから、空間を開いたか、転移陣を使ったか。そんな処だろう。そんな事より我は自分の卵が、可愛い我が子がどうなったのか、ヨナスに何をされたのか。我が子が無事で居るか、そればかりを考えて居った』
「そうよね。親だもん当然よね」
『其方、我が嫌いなのであろう?そんな優しい言葉を掛けて良いのか?
「ゔっ。それとこれとは話が別です」
気まずげに唇を尖らせる番に、アーロンは薄く笑ったように見えた。
『レジスの柩を前にしたヨナスは、まったく別人の様だった。恨み言と怨嗟の言葉を吐き連ね、辻褄の合わない、過去と現在を行ったり来たりするような話をしていてな。ヨナスは疾う昔に、壊れてしまっていたのだと、我はその時初めて気が付いたのだ。ヨナスは我の事も責め立てた。何故咎人の住む地に、加護を与えるのかとな』
「アーロンさんは、このウジュカに加護を与えていたの?」
『我にはそんな気は全く無かった。只この地は番の生まれ故郷でな、元は番が自分が過ごし易いように、時折雨を降らせていたのだ。それに元々のこの地は、子を育てるには不向きな場所であったが、番と過ごした地を離れるには忍びなく、我も番のように、たまに雨を呼んでいただけなのだ』
「加護って話は、周りの人の勝手な思い込みって事?」
『そういう事になるな』
そんな身も蓋もないアーロンの昔語りに、大公子は目と口をポカンと開いたまま聞き入っている。
心の拠り所を、こうもあっさりとへし折るとは、アーロンも酷な事をする。
無理をする必要は無いと、重ねて言う番にサタナスは悲し気に首を振った。
そして従者が居ない事を確認する様に、食事を始める前に人払いが済んでいた室内を、もう一度見渡し、再び父親の罪の告白を始めたのだ。
「私が父の罪をどうやって知ったのかは、話しが長くなりますので、割愛させて頂きます」
前置きしたサタナスは一つ深呼吸をし、罪の告白をするために心を整えたように見えた。
「この国の現在の窮状は、全て父の所為なのです。何年も続く日照りも、盗賊に国を荒し回られた事も、末弟をゴトフリーへ送った事も。アルマを帝国に送った事も。愛し子様を手に入れようとした事も、全て父が自ら行った事なのです」
「援助と引き換えに、脅されていたんじゃないの?」
「残念ながら違います。何故これ程迄、父は愚かな事をしたのか、父が何を考えていたのかは、その心の内の全てを知ることは出来ませんでした。ですが、レジス様ヨナス様を恨んでいた事。この公国をエストの主に返す気が無かった事は確かです」
「普通に考えて、自分の治める国を、見ず知らずの他人に明け渡したい人間など居ない。大公の反発は理解できる」
「ですがこの国は普通ではありません。いつ果てるとも知れない、呪いに侵された民にとって、神の愛子と新たな樹海の王は、唯一の希望なのです。私は予言を大公家の秘事として来た事にも反対でした。創世時代、実際に罪を犯したのは、我が大公家の家門の者達でした。民たちは我が系譜の祖達の巻き添えにすぎません。そんな彼らに、何故希望を与えないのか。それが不思議で仕方ないのです」
『ふん。余計な事ばかりが伝えられ、肝心な事は忘れられている様だ』
「アーロンさん?」
『この国の連中はな、ヨナスにとっては全て罪人だ。レジスは優れた統治者だった。それが何故、簡単にヨナスを奪われ、レジス本人も捕らえられたと思う?』
「・・・・内通者が居たからだろ?」
『内通?そんな甘いものでは無い。この国の連中は、そこの子供の家門だけでなく、領民の殆どが、示し合わせてレジスを裏切り、二人を捕らえ、アザエルに差し出したのだよ。いわゆる謀反と言う物か?それに領主領民が挙って加わった。愚かにもアザエルの、この地よりも、もっと豊かな土地の王として封じてやろう、領民も魔族と同等に扱おう、という甘言に惑わされたのだ。そんな連中にヨナスが、希望など与えるものか』
「ヨナスさんは・・・・魔族の血を引いている割に、穏やかな人だったと聞きましたけど。随分苛烈な方だったの?」
『 ”魔族にしては” な。 あれは見た目は、なよやかな雄だったが、内側は苛烈で残忍、執念深い一面を持つ雄であったぞ?』
「聞いていた話と、大分違うな」
『まあ。あれは心を許した相手。自分にとって大事な相手には寛大で、慈悲深くも有ったからな。どちらが正しいとも言えんな』
「そうなんだ・・・」
レンはカルの気持ちを慮ってか、それ以上何も言わなかったが、カルの方は動揺で視線が揺れ動いていた。
『お陰で我もとばっちりで、レジスの柩を護らされることになった』
「え?アーロンさん自分から志願したんじゃないの?」
『何故我が、呪い塗れのレジスの柩を守らねばならんのだ?』
「だって・・アーロンさんはヨナスさんの番だって・・・」
『つがい? 誰が? 我とヨナスが? あんなジジイと? 馬鹿も休み休み言え! ヨナスの最後の番はヘルムントだ。私の番は魔族との争いで命を落としたが、ヨナスなど足元にも及ばん麗しい龍だった。我とヨナスはその様な関係ではない!』
「え~~と?」
「レン。ヨナスとアーロンが、番だったと話したのは大公だろ?」
「あっそっか!」
ポンと手を打つ番だが、この人は聡い割に、たまにこうやって、他人の言う事を全て真に受け、コロッと騙される事が有る。
そこが可愛かったりもするのだが、マークが言う通り、もっと気を付けてやらねばならんな。
「あんたとヨナスが番ではない事は分かった。それならば何故レジスの柩を護り、呪いを抑える役を果たすことになった?」
『呪いを抑えたりなどして居らん。我はヨナスの呪いを絶やさぬ為の贄にされたのだ』
「にえ?ですが、アーロン様が神殿にお入りになられてから、呪いの力が薄れたと。疫病も減り、その他の怪異も無くなったと伝えられております!」
国を挙げての信仰の根本を揺るがせるアーロンの発言に、大公子は色を失った。
「それに、この国に雨が降らなくなったのは、アーロン様の秘宝を奪われたからではないのですか?」
『ふむ・・・・。本当に誤解が激しいな。誤解と言うよりヨナスがわざとそう伝えたのか?』
「では本当は何が有ったのだ」
『うむ・・・・我の番が死んだことは話したな?』
「あぁ。さっき聞いたばかりだが?」
『我は番との間で卵を産んだのだが。我が子は中々卵から孵ってはくれなんだ。我の様な龍は、永い時を掛け、少しづつ成長する事で龍となるもので、卵を産むことは本当に稀でな。ドラゴンと違い卵を孵すためには、莫大な魔力が必要となる。だが卵に一緒に魔力を与え、我が子を孵すべき番は死んでしまった。我一人の魔力では、我が子の顔を見れるのが、何時になるか分からん』
「その卵とヨナスになんの関係がある?」
『其方、せっかちと言われんか?』
「う・・・」
確かに言われる事が、多いが・・・・。
『ちゃんと話してやるから、最後まで口を挟まずに聞け』
「う・・・うむ」
俺に釘を刺して来たアーロンが語った話によると、番をなくし寂しさに耐えかねたアーロンは、一日でも早く我が子の顔を見たい一心で、ヨナスが隠れ住んでいた地下洞窟の、魔素湖に卵を抱えて向かったのだそうだ。
『我も、ヨナスがあれほど執念深い雄だと知って居たら、もっと遠くの魔素湖に行ったのだがな。我はヘルムントと知古でもあったし、問題ないと思っていたのだ」
魔素湖では、ヨナスも彼に仕える者達も、皆親切にしてくれたそうだ。
互いに番を無くした者同士でもあり、先に逝ってしまったヘルムントの思い出話しに花を咲かせることも有ったそうだ。しかし、卵に魔力も満ち、孵化が近くなったある夜、アーロンは抗いようのない睡魔に襲われた。恐らくヨナスが邪法を使ったのだろう、深く眠り込んだアーロンが次に目覚めたのは、レジスの柩の前だった。
『どうやって我を運んだのかは分からん。まさか荷車に乗せてゴロゴロと運んだとは考えられんから、空間を開いたか、転移陣を使ったか。そんな処だろう。そんな事より我は自分の卵が、可愛い我が子がどうなったのか、ヨナスに何をされたのか。我が子が無事で居るか、そればかりを考えて居った』
「そうよね。親だもん当然よね」
『其方、我が嫌いなのであろう?そんな優しい言葉を掛けて良いのか?
「ゔっ。それとこれとは話が別です」
気まずげに唇を尖らせる番に、アーロンは薄く笑ったように見えた。
『レジスの柩を前にしたヨナスは、まったく別人の様だった。恨み言と怨嗟の言葉を吐き連ね、辻褄の合わない、過去と現在を行ったり来たりするような話をしていてな。ヨナスは疾う昔に、壊れてしまっていたのだと、我はその時初めて気が付いたのだ。ヨナスは我の事も責め立てた。何故咎人の住む地に、加護を与えるのかとな』
「アーロンさんは、このウジュカに加護を与えていたの?」
『我にはそんな気は全く無かった。只この地は番の生まれ故郷でな、元は番が自分が過ごし易いように、時折雨を降らせていたのだ。それに元々のこの地は、子を育てるには不向きな場所であったが、番と過ごした地を離れるには忍びなく、我も番のように、たまに雨を呼んでいただけなのだ』
「加護って話は、周りの人の勝手な思い込みって事?」
『そういう事になるな』
そんな身も蓋もないアーロンの昔語りに、大公子は目と口をポカンと開いたまま聞き入っている。
心の拠り所を、こうもあっさりとへし折るとは、アーロンも酷な事をする。
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