獣人騎士団長の愛は、重くて甘い

こむぎダック

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千年王国

大公の暴挙

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 カルの叫びに呼応するかのように、石棺の中からズルリと出て来たものが居る。
 瘴気に塗れ、ぬらぬら、うねうねと動く形の定まらないそれは、魔物と見て間違いないだろう。

 ズルズルと這い出して来る魔物に、剣を引き抜き身構えた時。魔法陣が紫色の光を放ち展開し、現れたばかりの魔物をどこかへ転移させてしまった。

 その様子に既視感を感じると同時に、やはりと納得する思いだ。

 同族が呪具に侵されている姿を見て、じっとしていられない様子のカルの肩を掴み、無理やり引き戻した。

「気持ちは分かるが、一旦落ち着け。ここなら転移陣の外側だ。いきなり襲われる事も無い」

「そうですよカル。なし崩しで戦闘にならなかったのは、儲けものです。作戦会議は大事ですよ?」

 カルを宥めるマークに、頷いて見せたエーグルが、俺に話しを振って来た。

「閣下、外郭の魔物はここから転移させていると思いますか?」

「その可能性は高いだろうな。元々レジスの怨念から生まれた魔物が、ここから転移させられ、レジスの怨念の呼びかけに応えて、ここに戻ろうとしている。と考えれば、首都の外郭に魔物が集まってるのも納得できる」

「何と言うか。こんな回りくどい事をする必要が有りますか?」

「普通はしないな。だがあの呪具と、転移陣の犯人がヴァラクなら有りだ」

 十中八九、ヴァラクか、その指示に従った者の仕業だろう。

「そのヴァラクと言う魔族は、頭がおかしかったのか?」

 エーグルが呆れるのも当然だろう。

 首都を滅ぼしたいのなら、魔物を転移などさせず、野放しにするだけで良かった筈だ。

 それをせず、わざわざ、こんな回りくどい上に、手が込んでいる割りに効率の悪い事をするのは、ヴァラク以外に考えられない。

 ヴァラクは、数えきれない人間の体を乗っ取り続け、体の持ち主の人格の影響を受けた、意識の集合体だ。 

 あの魔族の中にいた人格は、一人では無かった。

 遣る事に整合性が無く、統治能力は欠如しているが、その分陰湿で質が悪い。

 ヴァラクの影響を色濃く受けたゴトフリーのあの様を見れば、何をか言わんやだ。

 レジスの呪いに苦しみ続ける、ウジュカの人間なら、ヴァラクも思い通りに支配する事も、体を乗っ取る事も易かっただろう。


「閣下!レジス様の柩と、アーロン様を前にして、何故何もしないのですか?!そんな処でいつまでもコソコソと!何をなさっているのです?!」

「大公。浄化と解呪の手順の相談だが?」

「何を悠長な事言って居られるのですか?!さあ、早くレジスの呪いを打ち消し、アーロンを解き放ってください!!」

 おいおい。
 敬称が抜けているぞ?
 興奮しすぎだろ。

「急いては事を仕損じる。とも言うぞ?気持ちは分かるが、少し落ち着かれてはどうか」

 俺の忠告が効いたのか、大公の袖を引き、首を振るヨーナムに負けたのか、大公は大人しくなったが、その瞳に灯った剣呑な光は、消えることは無かった。

「アレク降ろして?」

「レン危ないぞ?」

 番は俺の腕を軽く叩き。

「私は、アレクとみんなを信頼しているから、大丈夫」

 そうニッコリと微笑んだ番は、腕の中からするりと床に降りた。

 こういう言い方は狡いと思う。
 こんな言い方をされたら、どんなに心配でも、レンの言う事を聞くしかない。

「私はこれから、レジス様とアーロンさんに浄化を掛けます。アレクは、瘴気が収まって来たら、アーロンさんに着けられた呪具を、破邪の刀で斬って下さい」

「それでいいのか?」

「力業ですけど、取り敢えずアーロンさんを呪具から解放してあげないと。呪具の浄化は後でも出来ますからね」

「分かった。シッチン、あの転移陣は解除できるか?」

「う~~ん。自分一人だと魔力が足りなくて無理そうっすね」

「なら、転移陣は浄化が終わる迄、放置だな」

『いいの?』

 目の動きだけで、大公を指したカルの顔は、懸念と怒りが入り混じった、複雑な表情をしていた。

「浄化の最中に、魔物があふれると面倒だ。どうせ外郭の魔物は討伐するのだから、何体か向こうに増えても変らんだろう」

「ねえ。ぼくたちは~?」

「レン様のそばでい~い~?」

「お前達は、俺と一緒にレンを護るんだ」

「は~い!」

『私には、誰もついてくれないの?』

「お前・・・・ここで一番強いのはお前だろ」

『そうだけど。気分がね!』

 寂しがりの甘えん坊か?!

「どう考えても、お前は守る側だろ」

「カル!がんばれっ!」

 呑気なドラゴン達の発言で、瘴気と呪具を前に常になく、ほんわかした雰囲気が流れる中、ウジュカの大公はぎりぎりと歯噛みを繰り返している。

 大公には見えていないのだろうが、瘴気がしつこく絡みついて来るし、アーロンからは苦し気な息がゴロゴロと響いて来ている。

 のんびり出来る雰囲気では無いのだが、このメンバーなら仕方ない、と言えなくも無い。

 それにしても、ヨーナムは瘴気の影響で、次第に顔色が悪くなって行っているが、この瘴気の中、アミュレット無しで平然として居られる大公は、異常だと言えるだろう。

「ねえねえ。あのおじさんをたすけるの~?」

「・・・おじさん」

 神と崇められる龍も、この子供達に掛かると、形無しだな。

 クオンのおじさん発言が聞こえたのか、アーロンの発するゴロゴロ音も、若干強くなった気がする。

「みんなであの、おじさんを助けてあげましょうね」

 ジリジリと苛立ちを見せる大公と、具合の悪そうなヨーナムに、後ろに下がっている様に声を掛けると、老いた側近に袖を引かれた大公は、渋々後ろにがって行った。

「始めます」

 大公達が充分な距離に離れ、レンの掛け声で、全員が臨戦態勢に入った。

 レジスの柩と碧玉の龍に近い場所に、俺とカル。その後ろにマーク達3人がレンを囲むように配置についた。

 そしてレンを挟んで、二匹の子ドラゴン。

 呼吸を整えたレンから、異界の歌が流れ始めた。

 瘴気が充満し、冷たくどろりと纏わりついて来ていた背中が、ほんのりと暖かく温まって来る。

 レンの衣の衣擦れがさらさらと聞こえ、その手に握られた破邪の刀が振られる度に、腰に下げられた抜丸の鍔鳴りが、チャリ、チャキッと聞こえてくるのが、まるでレンの歌の合いの手の様だ。

 そして、浄化の光が舞い始めた時。

「殿下!!いけませんっ!!」

 ヨーナムの叫びに振り向くと、階段前まで下がっていた大公が、こちらに向かい、鬼の形相で走って来るのが見えた。

 全力で走る大公の手には、拳大の魔晶石が握られ、大きく振りかぶっている。

「レンッ!!」

「レン様っ!!」

 俺とマークは、咄嗟にレンの背後に結界を張り、子ドラゴン達が両腕を広げ、大公に立ちはだかる。

 しかし、大公の目には結界が見えていないのか、その足が止まる事はなかった。

「殿下!止まって!止まって下さい!!殿下ぁっ!!」

 ぶつかる!!

 ヨーナムの悲痛な叫びと、大公が結界に突っ込んだのは同時だった。

 その場の誰もが結界に阻まれ、弾き飛ばされる大公の姿を想像した。

 ビタンッ!!

 結界にぶつかった大公は、カエルそのもの格好で無様に結界に張り付いた。

 そこまでは、想像通りだった。

 しかし、ここで予想外な展開が待ち受けていた。

 結界に張り付いた大公の身体から、赤茶色の粘着質な何かが抜け出したかと思うと、ズルリと結界を通り抜け、大公の手が握っていた魔晶石を、呆然と立ち尽くすレンの足元に投げつけたのだ。
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