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千年王国

悩み多き、閣下と副団長

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 俺が息子への賛辞を贈ると、老人は嬉しそうに顔を明るくしていた。

 だが、それもほんの一時の事で、直ぐに表情は暗くなってしまった。

「この3年間は、干ばつが続いた所為で。餌を探して魔物が森や山から出て来る事が増え、被害も増える一方でした。そこはまあ、家の息子が居りましたんで何とかなったのです。ですが盗賊の被害で、公家の備蓄が底をついたそうで、配給も止まってしまいまして」

「ああ・・・」

「私ら年寄は、もうそんなに食いませんから、庭で育てた野菜なんかでも充分なんですが、若い者らはそうも行きませんで。雨が降らなくなってから、首都に避難して行く者が後を絶たず、配給が止まった事で、街に見切りをつけて、残りの住人が一斉に避難したのです」

「息子は、其方を連れて行くとは言わなかったのか?」

「いえ。息子と自警団の連中は、避難する住民の護衛として首都に同行して行っただけで、戻って来るつもりの様でした。何度か首都に足を運ぶうちに、首都に行っても大した違は無い、と言って居りまして。庭で野菜を作れる分、こっちに残った方がマシだと言って居りました。ですが最後の護衛に出た切りで、戻ってこなかったのです」

「そうか・・・」

「移動途中で、魔物にやられたのではないかと、家族共々諦めて居りましたが。首都がそのような状態では、出るに出られず、なのかも知れませんな。これで希望が持てました」

「首都があのような状態になった原因に、心当たりはないか?」

 老人は力無く首を振って見せた。

「さっぱりです。ただ息子は首都に行く度に、結界の外に、魔物が増えているような気がする、と言って居りまして。それも息子が首都に避難しない理由でもあるようでした。あと息子達が出発した後、魔物の群れが首都の方へ、駆けて行くのを見た者が居りました」

「その魔物も、首都へ向かった訳か・・・首都には、魔物を呼び寄せる様な何かがあるのか?」

「首都にあるのは、我等の暮らしを守って下さる、龍神様を祀る祠と、大公様が守っていらっしゃる、特別な神殿があると聞いて居ります」

 同じ席に付いて居たヨーナムに眼を向けると、大公の補佐官は静かに頷いている。

「分かった。街の住民には迷惑を掛ける。俺達が運んで来た支援物資の一部を渡すから、街の者達で分けてくれ」

「そんな!首都へ届ける大事な物資を、我々が頂くわけには行きません」

「問題ない。後から追加が来るから気にするな」

 そう言うと、顔役の父親は、目にうっすらと涙をためて頭を下げた。

「そうだ。一つ聞きたいのだが」

「なんでしょうか?」

「干ばつが続きで、他国へ逃げた者は居ないのか?」

 老人は、俺の目をじっと見つめ、何事かを考え込んでいる様だった。
 そして、ヨーナムに視線を向けた後、さも嫌そうに口を開いた。

「東の外れの町の連中が、隣国のローギスに逃げたという話は耳にしました。罰当たりな連中です」

「罰当たり?」

「公国は、アウラ神と龍神様の加護で成り立っている国なんですよ。私らが、加護の無い国へ行っても、碌な事になりゃしません」

「そういう信仰なのか?」

「信仰も何も、そう出来てるんですよ」

 吐き捨てる様に言う老人に、俺とマークは視線を交わし、首を傾げた。

 そこの所を詳しく聞きたかったが、老人は人を集めるからと言って、そそくさと幕舎から出て行ってしまった。

「ヨーナム殿、さっきの話はどういう意味なんだ?」

「あの話は、禁忌になります。他国の方に、この国でお話しできるのは、大公殿下のみで御座います」

「これは伝承の類だろ? それさえ話せないのか?」

「この国の成り立ちに関する事ですので、ご容赦願いたく」

「この国は、随分と変わっている様だ。同じアウラ神を信仰する身としては、異様にも感じるな」

「この国には、獣人に対する差別が有りますか?」

 同じ様に違和感を感じたのだろう。
 マークもヴァラクと、この国の繋がりを懸念して居る様だ。

「獣人を差別など!ゴトフリーと一緒にされては困ります!この国では人も獣人も、良き隣人として過ごしておりますれば」

 マークの質問にヨーナムは、とんでもない! と首を振っている。

 ふむ・・・この様子だと、この国はヴァラクの影響を受けていない様だ。

 だからこそ、言う事を聞かせるために、秘宝を盗んだのかも知れんな。

 マークと二人頷き合い、ヨーナムには、魔物の掃討が済むまで、街に留まるよう念を押し、顔役の父親が準備した宿へと送り出した。

「さて。分からぬことだらけだが、首都に入り、大公殿下の話を聞かねば、何も分からない。という事だけは確かなようだ。分かったからと言って、なんの役にも立たんがな」

「そうですね。もうそれは一旦忘れる事にして、どうやって首都に入るか。あの数の魔物をどうやって掃討するか、に注力しましょう」

「どうやっても、こうやっても無いだろ?方法は二つ。時間をかけ外側から削って行くか、正面突破で暴れ回るか」

「そうですねぇ」

 それが分かっているマークは、頬に手を当てて溜息を吐いている。

 ロロシュの安否も心配だろうに、こうやって気丈に振舞えるのは、エーグルの支えがあるからだろう。

「それにな。大公は備蓄が底をつき、首都以外の配給を止めた。干ばつによる飢饉が続いていた国で、時間を掛けられるか?」

「やはり正面突破しかないのでしょうか」

「そうだなぁ。正面からぶつかったとしてあの数だからな。掃討するには無理がある。取り敢えず今ある支援物資と、俺とレンが盗まれた秘宝を持って中に入り、残った者達は一目散に逃げ帰る、と言うのが現実的か」

「はああ~~~。レン様には安全な場所に居て頂きたいのに。どうして、いつもこうなんでしょうか」

「それは、俺が言いたい事だ」

「「はあ~~~~」」

 俺たち二人の溜息は深かった。

「レンはこの話しを聞いても ”アレクと一緒なら大丈夫!” とニコニコ笑うのが目に浮かぶのだが、気の所為か?」

「いえ。気の所為ではありませんね。私は逆に、”マークさん大丈夫?”と気を使う姿が、目に浮かびます」

「「はあぁ・・・・・・」」

 がっくりと肩を落とし溜息を吐いたマークが、ふと遠い目をして口を開いた。

「閣下、今から私が話すことは唯の戯言として、お忘れ頂けますか?」

「なんだ急に改まって」

「少々愚痴と言うか、不満と言うか。ロロシュやエーグルに利かせる訳にも行きませんので、お耳汚しをお許しいただければと」

「なんだ水臭い。何年の付き合いだと思っている?いいから話せ」

「では・・・・」

 そう言ったマークだが、自分で言い出したにも関わらず、やはり言葉にするのを躊躇っている様に見える。

「マーク」

 話しを急かす俺に、マークは何度か深呼吸を繰り返し、意を決したように話し始めた。

「これから私が話すことは、神に対する冒涜かもしれませんが、お許しください」

「気にするな。冒涜ならクレイオス相手に散々俺がやって居る」

 俺の言葉に、淡い微笑みを浮かべたマークは、氷結の貴公子の名に相応しい美しさではあったが、内に秘めた激情は隠しようが無く。
 数多の令息達を魅了した、濡れた瞳は爛々と輝いていた。

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