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千年王国
老人と子守
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「ヨーナムさん。大丈夫ですよ。ゆっくり息をして?」
跪き、悲嘆にくれるヨーナムに駆け寄ったレンは、老いた背中を撫でながら、治癒を掛けている。
魔物で埋め尽くされた故郷の姿を眼にしたヨーナムは、一気に10歳近く老け込んでしまったように見える。
老いた体で、騎士との移動は、負担も大きかったろう。
だが、それよりも、目の前に広がる光景の方が、この老いた雄の身体から、生きる気力を奪ってしまったようだ。
それでも、淡い光を放つ手の平が、老いた背中を撫でる度に、ヨーナムは顔色を取り戻して行った。
すっかり顔色が戻ったヨーナムは、よろめきながらも従者の手を借りて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「愛し子様。クロムウェル大公閣下。真に、真に申し訳ござりません。私めも、この者達も、これ程事態が悪化しているとは、露知らず」
「ヨーナムさん、頭を上げてください。魔物の動きを、完全に予想できる人なんていないでしょ?貴方の所為では無いのよ?」
「愛し子様。愛し子様がこの爺の願いを聞く為に、大変な骨折りをなさって下さったと、私めも聴き及んでおります。にも拘らず、大恩ある愛し子様と大公閣下を、このような窮地に追い込んでしまうとは!この皺腹掻っ捌きお詫び申し上げたく!!」
「なッ?! 一体どこで、そんなお侍さんみたいな話し方を仕入れて来たんですか?!そんな物騒なお詫びなんていりませんよ?!」
「しかし。それでは私めの気が済みません」
「いいですか?ヨーナムさん。私は生きている人の謝罪しか受け付けません。どうしてもお詫びがしたいというなら。いつか私とアレクの間に子供が出来た時に、子守りに来てください」
「こっ子守り?」
「そう!子守りです。私達の子供が出来るのは、もうちょっと先の話しです。だからヨーナムさんは、長生きしないと、私達に謝罪することは出来ないんです。いいですか?分かりましたか?」
レンは、ヨーナムを慰める積りで言ったのだろうが、こんな大勢が見ている前で、子づくり宣言をされるとは・・・。
なんともこそばゆい。
いかん。顔がにやけてしまいそうだ。
「長生き・・・・何と慈悲深い」
「閣下。閣下!」
「ん?あ?なんだ?」
「かお! 顔がにやけてます!」
おっと、しまった。
本当ににやけていたか。
「お気持ちは分からなくもないですが、時と場所を選んでくださらないと」
ヒソヒソと、マークに小言を言われ、少々ばつの悪い思いをしたが、それ以上に気分が良いから、良しとしよう。
「あ~ヨーナム。其方は、その従者に守られて国を出たのだろう?こう言っては何だが、其方の従者らに、魔物の群れを突破できるだけの実力が有るとは思えん。その時はもっと余裕が有ったのではないか?」
そう話を振ると、ヨーナムは皺深い顔で何度も頷いた。
「仰る通りで御座います。国中から救援要請が届き。首都近郊の魔物の被害は郊外よりも格段に多く。干ばつと相まって、首都へ大量の避難民が流入いたしておりました。それを追う様に、首都の外郭に魔物が集まって来ていたのですが、まだ移動は可能な状態で御座いました。勿論一人旅など、もっての外です。しかし数人で固まって移動し、魔物除けの香木を焚き続ければ、日中の移動に問題なく。短い時間ですが、夜も休むことが可能で御座いました」
「こうなる事は、予想できなかったのか?」
「殿下から聞かされては居りましたが、多少増える程度であろうと、私めは考えて居りました」
「大公殿下は、何と仰ったのだ?」
「出発のおり大公殿下は、今直ぐではないが、最終的に国中の魔物が、首都に押し寄せて来るだろう、と仰っておられました。今ならまだ間に合うはずだ。秘宝を見つけ、持ち帰るのが一番だが、贅沢は言わぬから。民を逃がす為の、助けを呼んで来て欲しい。首都に張られた結界が破られる前に戻ってくれ、と・・・そうお言葉を頂いたので御座います」
「アルマを呼び戻さず。帝国に留め置いたのも、その為か?」
「恐らく。殿下はこうなる事を、予想なされて居たとしか思えません」
「この状態は、大公の隠し事に関係あるのだろう?大公家の秘密とはなんだ?」
「申し訳ござりません。本当に存じ上げないのです」
「アレク。その話は今必要?」
必要・・・・ではないな。
「この話はここで終いだな。後は大公殿下から、直接お聞きする事としよう」
ヨーナムの護衛に当たらせていた騎士達を呼び、老いた補佐官とその従者を、後方へと誘導させた。
「閣下、魔物たちに気付かれるのは、時間の問題です。如何なさいますか」
「そうだな・・・・奇襲をかけると言っても、あの量じゃな。奇襲にはならんな」
「それに、飛行型の魔物が相当数いるようです。私達が運んで来た対空専用の武器では、足りないと思われますが」
「そうだな・・・・クオンとノワールに任せるにしても、数が多すぎるな」
地面に胡坐をかいて座り込んだ、レンの後ろに控えるドラゴン達に目を向けると、本人達はやる気満々の様だ。
だが、レンが良しとはしないのでは?
そう思い。レンに声を掛けようとしたが、レンは何やら空を見つめてボソボソと呟いている。
「レン? 何をしている?」
「今、ママンとお話し中だから、ちょっと待って。・・・ママン?そうアレクさん。うん・・・・そうなの、カルが戻ってこないの」
「レン様は・・・アウラ神とお話し中ですか?」
「・・・・・そのようだな」
この会話を聞いていた、将校たちがざわつき、驚いたエーグルは、マークにヒソヒソ話しかけている。
まあ、普通は驚くよな。
俺も最初はそうだった。
今は、レンに掛かれば、何でも有りなのだと理解しているが、他の者達はそうはいかんだろう。
レンは神の庭に呼ばれた後、以前よりもアウラと話をすることが増えた。
それ以外にも、定期的に異界の菓子や他の食べ物などが、突然降ってくるようにもなった。
それだけ神が力を取り戻しているという事なのだろうが、神殿に籠り神託を受けるのでもなく、友人や家族と話す様に、こうも簡単に、神の声を聴けるものなのか?と何度目にしても、不思議な心持になる。
なんでも有りだと理解はしていても、神に関する事となると、そう簡単に馴染めるものでも無いのだ。
大司教だったゼノンや神殿の奴らが、何十年も神託を受けることが出来なかっただけに、凡人の俺は、番の特別さに心が揺らされるのを止めようがないのだ。
レンがアウラ神と話している間、俺は対空戦に備えバリスタと、投石機の準備を急がせた。
他の隊には、いつでも戦闘に移れるよう、厳戒態勢を取らせ、一陣として運んで来た支援物資の周りに結界を張らせ、魔晶石を使い、結界の維持と固定を指示する。
ウジュカの状況が分からず、取り敢えず最速で用意できた物資だけを運んできたが、首都があの有様では、俺達が運んできた分だけでは、なんの足しにもならんだろう。
それでも何も無いよりか、何倍もマシだ。
魔物を片付け首都に入ったら、残りの物資の輸送も急がせなければならんな。
とんでもない数の魔物を前にしているが、何故か俺自身は、負ける気が全くしない、首都に入る事が当然の様に感じているのだ。特段驕っている積りはないが、戦い慣れしすぎて、感覚が鈍って居るのかも知れない。
騎士として危機感が薄れる事は、致命的な失敗に繋がり兼ねない。
レンを守り通す為に、気を引き締め直さねば。
そんな事をつらつらと考えながら、戦闘準備に入った部下達を観察していると、少し離れた所で胡坐をかいていたレンが立ち上がり、俺の元へと戻って来た。
だが、その手には、またも菓子の袋が握られている。
アウラはレンを、菓子を与えて置けば大人しくなる子供と、勘違いしているのではないか?
レンは体は小さいが、色々と立派な大人なのだが。
そう、けしからん程色々と・・・な。
跪き、悲嘆にくれるヨーナムに駆け寄ったレンは、老いた背中を撫でながら、治癒を掛けている。
魔物で埋め尽くされた故郷の姿を眼にしたヨーナムは、一気に10歳近く老け込んでしまったように見える。
老いた体で、騎士との移動は、負担も大きかったろう。
だが、それよりも、目の前に広がる光景の方が、この老いた雄の身体から、生きる気力を奪ってしまったようだ。
それでも、淡い光を放つ手の平が、老いた背中を撫でる度に、ヨーナムは顔色を取り戻して行った。
すっかり顔色が戻ったヨーナムは、よろめきながらも従者の手を借りて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「愛し子様。クロムウェル大公閣下。真に、真に申し訳ござりません。私めも、この者達も、これ程事態が悪化しているとは、露知らず」
「ヨーナムさん、頭を上げてください。魔物の動きを、完全に予想できる人なんていないでしょ?貴方の所為では無いのよ?」
「愛し子様。愛し子様がこの爺の願いを聞く為に、大変な骨折りをなさって下さったと、私めも聴き及んでおります。にも拘らず、大恩ある愛し子様と大公閣下を、このような窮地に追い込んでしまうとは!この皺腹掻っ捌きお詫び申し上げたく!!」
「なッ?! 一体どこで、そんなお侍さんみたいな話し方を仕入れて来たんですか?!そんな物騒なお詫びなんていりませんよ?!」
「しかし。それでは私めの気が済みません」
「いいですか?ヨーナムさん。私は生きている人の謝罪しか受け付けません。どうしてもお詫びがしたいというなら。いつか私とアレクの間に子供が出来た時に、子守りに来てください」
「こっ子守り?」
「そう!子守りです。私達の子供が出来るのは、もうちょっと先の話しです。だからヨーナムさんは、長生きしないと、私達に謝罪することは出来ないんです。いいですか?分かりましたか?」
レンは、ヨーナムを慰める積りで言ったのだろうが、こんな大勢が見ている前で、子づくり宣言をされるとは・・・。
なんともこそばゆい。
いかん。顔がにやけてしまいそうだ。
「長生き・・・・何と慈悲深い」
「閣下。閣下!」
「ん?あ?なんだ?」
「かお! 顔がにやけてます!」
おっと、しまった。
本当ににやけていたか。
「お気持ちは分からなくもないですが、時と場所を選んでくださらないと」
ヒソヒソと、マークに小言を言われ、少々ばつの悪い思いをしたが、それ以上に気分が良いから、良しとしよう。
「あ~ヨーナム。其方は、その従者に守られて国を出たのだろう?こう言っては何だが、其方の従者らに、魔物の群れを突破できるだけの実力が有るとは思えん。その時はもっと余裕が有ったのではないか?」
そう話を振ると、ヨーナムは皺深い顔で何度も頷いた。
「仰る通りで御座います。国中から救援要請が届き。首都近郊の魔物の被害は郊外よりも格段に多く。干ばつと相まって、首都へ大量の避難民が流入いたしておりました。それを追う様に、首都の外郭に魔物が集まって来ていたのですが、まだ移動は可能な状態で御座いました。勿論一人旅など、もっての外です。しかし数人で固まって移動し、魔物除けの香木を焚き続ければ、日中の移動に問題なく。短い時間ですが、夜も休むことが可能で御座いました」
「こうなる事は、予想できなかったのか?」
「殿下から聞かされては居りましたが、多少増える程度であろうと、私めは考えて居りました」
「大公殿下は、何と仰ったのだ?」
「出発のおり大公殿下は、今直ぐではないが、最終的に国中の魔物が、首都に押し寄せて来るだろう、と仰っておられました。今ならまだ間に合うはずだ。秘宝を見つけ、持ち帰るのが一番だが、贅沢は言わぬから。民を逃がす為の、助けを呼んで来て欲しい。首都に張られた結界が破られる前に戻ってくれ、と・・・そうお言葉を頂いたので御座います」
「アルマを呼び戻さず。帝国に留め置いたのも、その為か?」
「恐らく。殿下はこうなる事を、予想なされて居たとしか思えません」
「この状態は、大公の隠し事に関係あるのだろう?大公家の秘密とはなんだ?」
「申し訳ござりません。本当に存じ上げないのです」
「アレク。その話は今必要?」
必要・・・・ではないな。
「この話はここで終いだな。後は大公殿下から、直接お聞きする事としよう」
ヨーナムの護衛に当たらせていた騎士達を呼び、老いた補佐官とその従者を、後方へと誘導させた。
「閣下、魔物たちに気付かれるのは、時間の問題です。如何なさいますか」
「そうだな・・・・奇襲をかけると言っても、あの量じゃな。奇襲にはならんな」
「それに、飛行型の魔物が相当数いるようです。私達が運んで来た対空専用の武器では、足りないと思われますが」
「そうだな・・・・クオンとノワールに任せるにしても、数が多すぎるな」
地面に胡坐をかいて座り込んだ、レンの後ろに控えるドラゴン達に目を向けると、本人達はやる気満々の様だ。
だが、レンが良しとはしないのでは?
そう思い。レンに声を掛けようとしたが、レンは何やら空を見つめてボソボソと呟いている。
「レン? 何をしている?」
「今、ママンとお話し中だから、ちょっと待って。・・・ママン?そうアレクさん。うん・・・・そうなの、カルが戻ってこないの」
「レン様は・・・アウラ神とお話し中ですか?」
「・・・・・そのようだな」
この会話を聞いていた、将校たちがざわつき、驚いたエーグルは、マークにヒソヒソ話しかけている。
まあ、普通は驚くよな。
俺も最初はそうだった。
今は、レンに掛かれば、何でも有りなのだと理解しているが、他の者達はそうはいかんだろう。
レンは神の庭に呼ばれた後、以前よりもアウラと話をすることが増えた。
それ以外にも、定期的に異界の菓子や他の食べ物などが、突然降ってくるようにもなった。
それだけ神が力を取り戻しているという事なのだろうが、神殿に籠り神託を受けるのでもなく、友人や家族と話す様に、こうも簡単に、神の声を聴けるものなのか?と何度目にしても、不思議な心持になる。
なんでも有りだと理解はしていても、神に関する事となると、そう簡単に馴染めるものでも無いのだ。
大司教だったゼノンや神殿の奴らが、何十年も神託を受けることが出来なかっただけに、凡人の俺は、番の特別さに心が揺らされるのを止めようがないのだ。
レンがアウラ神と話している間、俺は対空戦に備えバリスタと、投石機の準備を急がせた。
他の隊には、いつでも戦闘に移れるよう、厳戒態勢を取らせ、一陣として運んで来た支援物資の周りに結界を張らせ、魔晶石を使い、結界の維持と固定を指示する。
ウジュカの状況が分からず、取り敢えず最速で用意できた物資だけを運んできたが、首都があの有様では、俺達が運んできた分だけでは、なんの足しにもならんだろう。
それでも何も無いよりか、何倍もマシだ。
魔物を片付け首都に入ったら、残りの物資の輸送も急がせなければならんな。
とんでもない数の魔物を前にしているが、何故か俺自身は、負ける気が全くしない、首都に入る事が当然の様に感じているのだ。特段驕っている積りはないが、戦い慣れしすぎて、感覚が鈍って居るのかも知れない。
騎士として危機感が薄れる事は、致命的な失敗に繋がり兼ねない。
レンを守り通す為に、気を引き締め直さねば。
そんな事をつらつらと考えながら、戦闘準備に入った部下達を観察していると、少し離れた所で胡坐をかいていたレンが立ち上がり、俺の元へと戻って来た。
だが、その手には、またも菓子の袋が握られている。
アウラはレンを、菓子を与えて置けば大人しくなる子供と、勘違いしているのではないか?
レンは体は小さいが、色々と立派な大人なのだが。
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