上 下
444 / 497
千年王国

大会議1

しおりを挟む
「なんにもない」

 ぽつりと呟いたレンの声には驚きがにじんでいた。

 レンの驚きは尤もだった。

 鬱蒼とした木々に囲まれた山を越えた先に有ったのは、乾燥し下草一つなく、ひび割れた地面がむき出しになった、荒涼とした風景だったからだ。

「ここからが、ウジュカでございます」

 国境を境に、眼前の茶色一色の景色と、背後の緑がこうもハッキリと別れてしまうとは。
その光景に、誰かの恣意的な意図を感じ、神の怒りと言われ、納得できてしまう様な光景だった。

「公国は、何処もこんな感じか?」

「左様でございますな。この辺りは最初に雨が降らなくなった地域になりますので、被害も甚大で御座いますれば」

「ふむ・・・この辺りの魔物は?」

「魔獣魔物と言えど、水と食料は必要な様でしてな。この辺りの街も村も、人が逃げ出して居りまして、それを追う様に、地上の魔物類も移動しております」

「地上の?」

「それが、襲われたわけではないのですが、昨年あたりから、サンドワームを見た。という目撃証言がいくつか届いております」

「サンドワームって、砂漠に住む魔物でしたよね?」

「よく覚えていたな」

 俺に褒められたレンは、嬉しそうに目を細めたが、ふと何かを思い出したのか、慌てた様子で懐に入れていた布を取り出し、顔を隠す様に頭に巻きだした。

「そんなに慌ててどうした?」

「日焼け対策です。紫外線は女子の敵ですから。マークさんも早くストールを被らなきゃ駄目よ?」

 メイジアクネの糸で織られた薄布で顔を隠し、目だけ出している番は、中々異国情緒あふれる姿で、これはこれで唆るものが有る。

「なんだよちびっ子。そんなもん、オレ等にはくれなかったじゃねぇか」

「何言っちゃってるの?一応全員分の用意はしてますよ?物資の中に入ってるはずだから、後で確認してください。それにロロシュさんは、日焼けしても大した問題じゃないけど、マークさんの白磁の肌にシミが出来たら、大問題です」

「なんだよそれ? 新手の差別か?」

「草臥れたおじさんが、美貌の騎士様と同じ扱いをされたいなんて、ちょっと図々しいですよ?」

「ひっでぇ!!ちょっと閣下。聞いたかよ?」

「まあ当然だろうな。因みに俺もストールは貰っている」

「はあ?差別だ差別!!断固講義するっ!!」

「もう!日頃の行いの違いだって気付いて!用意してない訳じゃないんだから、差別じゃないでしょ?」

「ロロシュいい加減にしないと。それに貴方、あったかい方が動きやすいでしょ?」

「あったかいって・・・・マークよ、限度ってものが」

「ほんと、いい歳して我儘なんだから」

「いい歳って、オレは、そんなに年くっちゃいねぇよ!!」

「もう、うるさいなぁ」

 ワザとらしく手の平で両耳を押える、ちょっと意地悪な番も可愛いな。

「ロロシュ。お前も大人なんだからいい加減大人しくしてろ。こんなところに長居は無用だ。出発するから、サンドワームに警戒する様に伝達して来い」

「なんだよ閣下まで・・・」

 ロロシュがブツブツ言いながら後方に伝達に行くと、俺のちょっと意地悪な番は、溜息を吐いた。

「まったく自分の事は棚に上げちゃってさ、いい歳して、かまってちゃんなんだから。マークさんの苦労を、少しは理解して欲しいです」

 レンの言う事は正論過ぎて、なんとも答えようがない。

 ロロシュのマークに対する態度は、エーグルの存在で大いに緩和されたが、それでも番と言うには、冷たい処が有るのだ。

 種族の習性として仕方が無い事ではあるが、マークが全く寂しい思いをしていない訳ではないからな。

 マークを可愛がっているレンとしては、偶に意地悪をしたくなっても、仕方が無いだろう。

「何と言うか。随分と賑やかですな」

「まあ。うちは何時もこんなものだ」

「左様ですか。部下との風通しが良いと言うのは、良い事ですな」

「風通しか?あれはあれで、特別失礼な奴なのだが」

「それを、咎め立てしないのは、主君の度量と言うものでしょう」

「俺は上司ではあるが、主君ではないぞ?」

「ふふ・・・それでもですよ」

 皺の目立つ顔に、ヨーナムは好々爺然と、更に笑い皺を深めた。

「それで、首都まではどのくらいだ?」

「そうですな。魔物の襲撃が無ければ、明日の昼前には到着できるでしょう」

「野営が必要か」

「水の補給が必要ですからな。良き処で休んだ方が良いかと」

「なるほど。だがそれでは、住民に迷惑なのではないか?」

「最近放棄された街に、比較的大きな水場が御座りますれば、そちらで休むのが宜しいかと」

「放棄された?水が有るのにか?」

「申し訳ないのですが、そちらには魔物が・・・」

 成る程、水の補給がしたければ、魔物をどうにかしろという事か。

「何が居る?」

「ドライアドが、街を占拠いたしておりまして」

「なるほど了解した」

 ドライアドはドレインツリーの上位種だ。
 樹木型の魔物故、大きな水場に集まったという事だな。

「陽のあるうちに、状況確認が必要だ。ここからは急ぐことになるが、其方大丈夫か?」

「ふぉふぉふぉ。道案内なら、従者に任せます。私めはのんびり後ろからついて行きますれば、お気遣いは無用です」

「では、何人か護衛につかせよう。マーク何人か選んで、ヨーナム殿の護衛に回せ」

「了解」

 さて、大規模な援軍が必要だと言う、この国の実態がどんなものか。

 余り悲惨な状態でない事を願うばかりだ。

 何故、神頼みの様な事をしなければならないのか。その答えは、ウジュカの望んだ大規模な援軍は、結局大会議で却下されてしまったからだ。

 却下に至る最大の理由は、やはり費用が掛かり過ぎる事だった。

 2番目に魔物の被害が増えている今、他国への援軍より、帝国の安全を優先させるべきだと言う声が大きかった。

 そして、干ばつによる飢饉に対しての援助も、貴族の、特に古参の貴族は良い顔をしなかった。

 公国の窮状を訴えるヨーナムの言葉にも、左程心動かされた様子はなく、援軍援助に対し前向きだったのは、余り影響力が期待できない、新興貴族の者が多かった。

 新興貴族は比較的、年若いものが多く、義憤に駆られての発言が相次いだが、では、その財源をどうするのか。

 お前達の領から食料を如何程出せるのか。と細かな事を詰められれば、口を閉ざす者が殆どだった。

 魔物の被害に加え、干ばつがいつまで続くか分からない国への援助等、引き時も難しく、ずるずると帝国の国庫を食いつぶされるだけだ、という事らしい。

 内宮の建て替えに巨額の公費が投入され、アーノルドの戴冠式にも金が掛かる。

 見返りが何年先になるかも分からぬ国に、使える金は、今の帝国には無いのだそうだ。

 ヨーナムも、全面支援を期待していた訳では無いのだろうが、帝国貴族の正論だが、冷たい態度には、失望を隠せないでいた。

 その様子をジッと見て居たレンが、アーノルドへ発言の許可を求めた。

 がっくりと肩を落とし、項垂れるヨーナムを見て、居てもたっても居られなくなったのだろう。

 大会議に参加している貴族には、レンの齎した恩寵と、その働きぶりが周知されている。
 
 それと共に、数多くの逸話によって、皆がレンに対し、畏敬の念を抱いては居る。

 だが、レンの姿を見知っては居ても、その為人が如何様な物か知らぬ者が殆どだ。

 その愛し子が鈴を振るような声で、発言を求めたのだ。

 居並ぶ貴族達は、子供の様に小さな躰と、美しくも愛らしい容姿を持った愛し子が、何を語るのか、固唾を飲んで見守っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語

瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。 長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH! 途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!

5人の旦那様と365日の蜜日【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
気が付いたら、前と後に入ってる! そんな夢を見た日、それが現実になってしまった、メリッサ。 ゲーデル国の田舎町の商人の娘として育てられたメリッサは12歳になった。しかし、ゲーデル国の軍人により、メリッサは夢を見た日連れ去られてしまった。連れて来られて入った部屋には、自分そっくりな少女の肖像画。そして、その肖像画の大人になった女性は、ゲーデル国の女王、メリベルその人だった。 対面して初めて気付くメリッサ。「この人は母だ」と………。 ※♡が付く話はHシーンです

迷い込んだ先で獣人公爵の愛玩動物になりました(R18)

るーろ
恋愛
気がついたら知らない場所にた早川なつほ。異世界人として捕えられ愛玩動物として売られるところを公爵家のエレナ・メルストに買われた。 エレナは兄であるノアへのプレゼンとして_ 発情/甘々?/若干無理矢理/

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

異世界召喚されたけどヤバい国だったので逃げ出したら、イケメン騎士様に溺愛されました

平山和人
恋愛
平凡なOLの清水恭子は異世界に集団召喚されたが、見るからに怪しい匂いがプンプンしていた。 騎士団長のカイトの出引きで国を脱出することになったが、追っ手に追われる逃亡生活が始まった。 そうした生活を続けていくうちに二人は相思相愛の関係となり、やがて結婚を誓い合うのであった。

【R-18】喪女ですが、魔王の息子×2の花嫁になるため異世界に召喚されました

indi子/金色魚々子
恋愛
――優しげな王子と強引な王子、世継ぎを残すために、今宵も二人の王子に淫らに愛されます。 逢坂美咲(おうさか みさき)は、恋愛経験が一切ないもてない女=喪女。 一人で過ごす事が決定しているクリスマスの夜、バイト先の本屋で万引き犯を追いかけている時に階段で足を滑らせて落ちていってしまう。 しかし、気が付いた時……美咲がいたのは、なんと異世界の魔王城!? そこで、魔王の息子である二人の王子の『花嫁』として召喚されたと告げられて……? 元の世界に帰るためには、その二人の王子、ミハイルとアレクセイどちらかの子どもを産むことが交換条件に! もてない女ミサキの、甘くとろける淫らな魔王城ライフ、無事?開幕! 

処理中です...