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千年王国
大会議1
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「なんにもない」
ぽつりと呟いたレンの声には驚きがにじんでいた。
レンの驚きは尤もだった。
鬱蒼とした木々に囲まれた山を越えた先に有ったのは、乾燥し下草一つなく、ひび割れた地面がむき出しになった、荒涼とした風景だったからだ。
「ここからが、ウジュカでございます」
国境を境に、眼前の茶色一色の景色と、背後の緑がこうもハッキリと別れてしまうとは。
その光景に、誰かの恣意的な意図を感じ、神の怒りと言われ、納得できてしまう様な光景だった。
「公国は、何処もこんな感じか?」
「左様でございますな。この辺りは最初に雨が降らなくなった地域になりますので、被害も甚大で御座いますれば」
「ふむ・・・この辺りの魔物は?」
「魔獣魔物と言えど、水と食料は必要な様でしてな。この辺りの街も村も、人が逃げ出して居りまして、それを追う様に、地上の魔物類も移動しております」
「地上の?」
「それが、襲われたわけではないのですが、昨年あたりから、サンドワームを見た。という目撃証言がいくつか届いております」
「サンドワームって、砂漠に住む魔物でしたよね?」
「よく覚えていたな」
俺に褒められたレンは、嬉しそうに目を細めたが、ふと何かを思い出したのか、慌てた様子で懐に入れていた布を取り出し、顔を隠す様に頭に巻きだした。
「そんなに慌ててどうした?」
「日焼け対策です。紫外線は女子の敵ですから。マークさんも早くストールを被らなきゃ駄目よ?」
メイジアクネの糸で織られた薄布で顔を隠し、目だけ出している番は、中々異国情緒あふれる姿で、これはこれで唆るものが有る。
「なんだよちびっ子。そんなもん、オレ等にはくれなかったじゃねぇか」
「何言っちゃってるの?一応全員分の用意はしてますよ?物資の中に入ってるはずだから、後で確認してください。それにロロシュさんは、日焼けしても大した問題じゃないけど、マークさんの白磁の肌にシミが出来たら、大問題です」
「なんだよそれ? 新手の差別か?」
「草臥れたおじさんが、美貌の騎士様と同じ扱いをされたいなんて、ちょっと図々しいですよ?」
「ひっでぇ!!ちょっと閣下。聞いたかよ?」
「まあ当然だろうな。因みに俺もストールは貰っている」
「はあ?差別だ差別!!断固講義するっ!!」
「もう!日頃の行いの違いだって気付いて!用意してない訳じゃないんだから、差別じゃないでしょ?」
「ロロシュいい加減にしないと。それに貴方、あったかい方が動きやすいでしょ?」
「あったかいって・・・・マークよ、限度ってものが」
「ほんと、いい歳して我儘なんだから」
「いい歳って、オレは、そんなに年くっちゃいねぇよ!!」
「もう、うるさいなぁ」
ワザとらしく手の平で両耳を押える、ちょっと意地悪な番も可愛いな。
「ロロシュ。お前も大人なんだからいい加減大人しくしてろ。こんなところに長居は無用だ。出発するから、サンドワームに警戒する様に伝達して来い」
「なんだよ閣下まで・・・」
ロロシュがブツブツ言いながら後方に伝達に行くと、俺のちょっと意地悪な番は、溜息を吐いた。
「まったく自分の事は棚に上げちゃってさ、いい歳して、かまってちゃんなんだから。マークさんの苦労を、少しは理解して欲しいです」
レンの言う事は正論過ぎて、なんとも答えようがない。
ロロシュのマークに対する態度は、エーグルの存在で大いに緩和されたが、それでも番と言うには、冷たい処が有るのだ。
種族の習性として仕方が無い事ではあるが、マークが全く寂しい思いをしていない訳ではないからな。
マークを可愛がっているレンとしては、偶に意地悪をしたくなっても、仕方が無いだろう。
「何と言うか。随分と賑やかですな」
「まあ。うちは何時もこんなものだ」
「左様ですか。部下との風通しが良いと言うのは、良い事ですな」
「風通しか?あれはあれで、特別失礼な奴なのだが」
「それを、咎め立てしないのは、主君の度量と言うものでしょう」
「俺は上司ではあるが、主君ではないぞ?」
「ふふ・・・それでもですよ」
皺の目立つ顔に、ヨーナムは好々爺然と、更に笑い皺を深めた。
「それで、首都まではどのくらいだ?」
「そうですな。魔物の襲撃が無ければ、明日の昼前には到着できるでしょう」
「野営が必要か」
「水の補給が必要ですからな。良き処で休んだ方が良いかと」
「なるほど。だがそれでは、住民に迷惑なのではないか?」
「最近放棄された街に、比較的大きな水場が御座りますれば、そちらで休むのが宜しいかと」
「放棄された?水が有るのにか?」
「申し訳ないのですが、そちらには魔物が・・・」
成る程、水の補給がしたければ、魔物をどうにかしろという事か。
「何が居る?」
「ドライアドが、街を占拠いたしておりまして」
「なるほど了解した」
ドライアドはドレインツリーの上位種だ。
樹木型の魔物故、大きな水場に集まったという事だな。
「陽のあるうちに、状況確認が必要だ。ここからは急ぐことになるが、其方大丈夫か?」
「ふぉふぉふぉ。道案内なら、従者に任せます。私めはのんびり後ろからついて行きますれば、お気遣いは無用です」
「では、何人か護衛につかせよう。マーク何人か選んで、ヨーナム殿の護衛に回せ」
「了解」
さて、大規模な援軍が必要だと言う、この国の実態がどんなものか。
余り悲惨な状態でない事を願うばかりだ。
何故、神頼みの様な事をしなければならないのか。その答えは、ウジュカの望んだ大規模な援軍は、結局大会議で却下されてしまったからだ。
却下に至る最大の理由は、やはり費用が掛かり過ぎる事だった。
2番目に魔物の被害が増えている今、他国への援軍より、帝国の安全を優先させるべきだと言う声が大きかった。
そして、干ばつによる飢饉に対しての援助も、貴族の、特に古参の貴族は良い顔をしなかった。
公国の窮状を訴えるヨーナムの言葉にも、左程心動かされた様子はなく、援軍援助に対し前向きだったのは、余り影響力が期待できない、新興貴族の者が多かった。
新興貴族は比較的、年若いものが多く、義憤に駆られての発言が相次いだが、では、その財源をどうするのか。
お前達の領から食料を如何程出せるのか。と細かな事を詰められれば、口を閉ざす者が殆どだった。
魔物の被害に加え、干ばつがいつまで続くか分からない国への援助等、引き時も難しく、ずるずると帝国の国庫を食いつぶされるだけだ、という事らしい。
内宮の建て替えに巨額の公費が投入され、アーノルドの戴冠式にも金が掛かる。
見返りが何年先になるかも分からぬ国に、使える金は、今の帝国には無いのだそうだ。
ヨーナムも、全面支援を期待していた訳では無いのだろうが、帝国貴族の正論だが、冷たい態度には、失望を隠せないでいた。
その様子をジッと見て居たレンが、アーノルドへ発言の許可を求めた。
がっくりと肩を落とし、項垂れるヨーナムを見て、居てもたっても居られなくなったのだろう。
大会議に参加している貴族には、レンの齎した恩寵と、その働きぶりが周知されている。
それと共に、数多くの逸話によって、皆がレンに対し、畏敬の念を抱いては居る。
だが、レンの姿を見知っては居ても、その為人が如何様な物か知らぬ者が殆どだ。
その愛し子が鈴を振るような声で、発言を求めたのだ。
居並ぶ貴族達は、子供の様に小さな躰と、美しくも愛らしい容姿を持った愛し子が、何を語るのか、固唾を飲んで見守っていた。
ぽつりと呟いたレンの声には驚きがにじんでいた。
レンの驚きは尤もだった。
鬱蒼とした木々に囲まれた山を越えた先に有ったのは、乾燥し下草一つなく、ひび割れた地面がむき出しになった、荒涼とした風景だったからだ。
「ここからが、ウジュカでございます」
国境を境に、眼前の茶色一色の景色と、背後の緑がこうもハッキリと別れてしまうとは。
その光景に、誰かの恣意的な意図を感じ、神の怒りと言われ、納得できてしまう様な光景だった。
「公国は、何処もこんな感じか?」
「左様でございますな。この辺りは最初に雨が降らなくなった地域になりますので、被害も甚大で御座いますれば」
「ふむ・・・この辺りの魔物は?」
「魔獣魔物と言えど、水と食料は必要な様でしてな。この辺りの街も村も、人が逃げ出して居りまして、それを追う様に、地上の魔物類も移動しております」
「地上の?」
「それが、襲われたわけではないのですが、昨年あたりから、サンドワームを見た。という目撃証言がいくつか届いております」
「サンドワームって、砂漠に住む魔物でしたよね?」
「よく覚えていたな」
俺に褒められたレンは、嬉しそうに目を細めたが、ふと何かを思い出したのか、慌てた様子で懐に入れていた布を取り出し、顔を隠す様に頭に巻きだした。
「そんなに慌ててどうした?」
「日焼け対策です。紫外線は女子の敵ですから。マークさんも早くストールを被らなきゃ駄目よ?」
メイジアクネの糸で織られた薄布で顔を隠し、目だけ出している番は、中々異国情緒あふれる姿で、これはこれで唆るものが有る。
「なんだよちびっ子。そんなもん、オレ等にはくれなかったじゃねぇか」
「何言っちゃってるの?一応全員分の用意はしてますよ?物資の中に入ってるはずだから、後で確認してください。それにロロシュさんは、日焼けしても大した問題じゃないけど、マークさんの白磁の肌にシミが出来たら、大問題です」
「なんだよそれ? 新手の差別か?」
「草臥れたおじさんが、美貌の騎士様と同じ扱いをされたいなんて、ちょっと図々しいですよ?」
「ひっでぇ!!ちょっと閣下。聞いたかよ?」
「まあ当然だろうな。因みに俺もストールは貰っている」
「はあ?差別だ差別!!断固講義するっ!!」
「もう!日頃の行いの違いだって気付いて!用意してない訳じゃないんだから、差別じゃないでしょ?」
「ロロシュいい加減にしないと。それに貴方、あったかい方が動きやすいでしょ?」
「あったかいって・・・・マークよ、限度ってものが」
「ほんと、いい歳して我儘なんだから」
「いい歳って、オレは、そんなに年くっちゃいねぇよ!!」
「もう、うるさいなぁ」
ワザとらしく手の平で両耳を押える、ちょっと意地悪な番も可愛いな。
「ロロシュ。お前も大人なんだからいい加減大人しくしてろ。こんなところに長居は無用だ。出発するから、サンドワームに警戒する様に伝達して来い」
「なんだよ閣下まで・・・」
ロロシュがブツブツ言いながら後方に伝達に行くと、俺のちょっと意地悪な番は、溜息を吐いた。
「まったく自分の事は棚に上げちゃってさ、いい歳して、かまってちゃんなんだから。マークさんの苦労を、少しは理解して欲しいです」
レンの言う事は正論過ぎて、なんとも答えようがない。
ロロシュのマークに対する態度は、エーグルの存在で大いに緩和されたが、それでも番と言うには、冷たい処が有るのだ。
種族の習性として仕方が無い事ではあるが、マークが全く寂しい思いをしていない訳ではないからな。
マークを可愛がっているレンとしては、偶に意地悪をしたくなっても、仕方が無いだろう。
「何と言うか。随分と賑やかですな」
「まあ。うちは何時もこんなものだ」
「左様ですか。部下との風通しが良いと言うのは、良い事ですな」
「風通しか?あれはあれで、特別失礼な奴なのだが」
「それを、咎め立てしないのは、主君の度量と言うものでしょう」
「俺は上司ではあるが、主君ではないぞ?」
「ふふ・・・それでもですよ」
皺の目立つ顔に、ヨーナムは好々爺然と、更に笑い皺を深めた。
「それで、首都まではどのくらいだ?」
「そうですな。魔物の襲撃が無ければ、明日の昼前には到着できるでしょう」
「野営が必要か」
「水の補給が必要ですからな。良き処で休んだ方が良いかと」
「なるほど。だがそれでは、住民に迷惑なのではないか?」
「最近放棄された街に、比較的大きな水場が御座りますれば、そちらで休むのが宜しいかと」
「放棄された?水が有るのにか?」
「申し訳ないのですが、そちらには魔物が・・・」
成る程、水の補給がしたければ、魔物をどうにかしろという事か。
「何が居る?」
「ドライアドが、街を占拠いたしておりまして」
「なるほど了解した」
ドライアドはドレインツリーの上位種だ。
樹木型の魔物故、大きな水場に集まったという事だな。
「陽のあるうちに、状況確認が必要だ。ここからは急ぐことになるが、其方大丈夫か?」
「ふぉふぉふぉ。道案内なら、従者に任せます。私めはのんびり後ろからついて行きますれば、お気遣いは無用です」
「では、何人か護衛につかせよう。マーク何人か選んで、ヨーナム殿の護衛に回せ」
「了解」
さて、大規模な援軍が必要だと言う、この国の実態がどんなものか。
余り悲惨な状態でない事を願うばかりだ。
何故、神頼みの様な事をしなければならないのか。その答えは、ウジュカの望んだ大規模な援軍は、結局大会議で却下されてしまったからだ。
却下に至る最大の理由は、やはり費用が掛かり過ぎる事だった。
2番目に魔物の被害が増えている今、他国への援軍より、帝国の安全を優先させるべきだと言う声が大きかった。
そして、干ばつによる飢饉に対しての援助も、貴族の、特に古参の貴族は良い顔をしなかった。
公国の窮状を訴えるヨーナムの言葉にも、左程心動かされた様子はなく、援軍援助に対し前向きだったのは、余り影響力が期待できない、新興貴族の者が多かった。
新興貴族は比較的、年若いものが多く、義憤に駆られての発言が相次いだが、では、その財源をどうするのか。
お前達の領から食料を如何程出せるのか。と細かな事を詰められれば、口を閉ざす者が殆どだった。
魔物の被害に加え、干ばつがいつまで続くか分からない国への援助等、引き時も難しく、ずるずると帝国の国庫を食いつぶされるだけだ、という事らしい。
内宮の建て替えに巨額の公費が投入され、アーノルドの戴冠式にも金が掛かる。
見返りが何年先になるかも分からぬ国に、使える金は、今の帝国には無いのだそうだ。
ヨーナムも、全面支援を期待していた訳では無いのだろうが、帝国貴族の正論だが、冷たい態度には、失望を隠せないでいた。
その様子をジッと見て居たレンが、アーノルドへ発言の許可を求めた。
がっくりと肩を落とし、項垂れるヨーナムを見て、居てもたっても居られなくなったのだろう。
大会議に参加している貴族には、レンの齎した恩寵と、その働きぶりが周知されている。
それと共に、数多くの逸話によって、皆がレンに対し、畏敬の念を抱いては居る。
だが、レンの姿を見知っては居ても、その為人が如何様な物か知らぬ者が殆どだ。
その愛し子が鈴を振るような声で、発言を求めたのだ。
居並ぶ貴族達は、子供の様に小さな躰と、美しくも愛らしい容姿を持った愛し子が、何を語るのか、固唾を飲んで見守っていた。
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