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愛し子と樹海の王

鬼火の涙

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『ほら、早く浄化して。さっさと帰るよ』

 巨大なスケルトンを吹き飛ばしたカルは、腕を組んだ仁王立ちで、傲慢とも不遜ともとれる態度で、俺達を睥睨していた。

「あ~やっちゃったぁ~」

「面倒な事になりましたね」

「最悪だ」

「レン後ろに下がって、浄化に集中してくれ。クオン、ノワール。レンを護れ!!」

「はいっ!」 

「「は~~い」」

「マーク防護結界!! シッチンとエーグルは、炎系の魔法で支援体制を維持!!」

「了解っす!」

「了解!」

『なに? もう倒したでしょ?』

 スケルトンの特性を理解していないカルは、俺達の様子に訳が分からず、憤慨しているようだが、こっちはそれ処ではない。

「まだだッ!」

 散乱した人骨に劫火を放ったが、地下水に浸かっていた人骨は、白煙を上げたが火の回りが今一で、焼き尽くすことは出来なかった。

 そしてガラガラと不気味な音を立てながら、寄り集まり体を再生してしまった。
 その時、前に使われなかった骨も取り込まれ、更に体が大きくなっている。

『なにあれ?』

「あいつに物理攻撃は利かん!!吹き飛ばした程度では、何度でも再生する!!」

『うそっ!』

 組んでいた腕をほどき、途端に焦りを見せるカルだが、今更焦られても後の祭りだ。

「こんな時に嘘なんかつくかッ!! あいつ等は、再生する度に狂暴になる!!」

『だったら、一気に燃やしちゃえばいいじゃない』

「馬鹿か!?こんな狭い処で、最大火力を放ったら空気が足りなくなる。全員が気を失った後に、別の魔物が湧いたらどうする気だッ!!」

『知らなかった』

 だろうな。
 1万年も引きこもっていれば、この何十年かで現れた魔物の事等、知る訳が無いよな。

「来るぞっ!!」

 空気が唸り、俺達を薙ぎ払おうと、寄せ集めの極太の腕が振り回された。

 跳躍しそれを躱したが、振り下ろされた拳が、俺達の立っていた岩場を削り取り、更に近くに散乱していた人骨を取り込んで、特大のメイスを創り上げてしまった。

「チッ! 場所に合わせて武器を選んだ!! 知能が有る。こいつ邪法を使うぞ!!」

 注意した傍から、スケルトンの口から鬼火とそっくりな青白い炎が吐き出され、結界に阻まれ四散していった。

 後方から、シッチンとエーグルの放った火球が、スケルトンに命中し、炎に焼かれた部分の骨が、崩れて落ちていく。

 最大火力を使えない以上、地道に削って行くしかない。

 魔力を流し、炎を纏わせた剣で、振り下ろされるメイスを払い、本体に斬りかかる。
 炎を纏った剣が通った場所は、骨が崩れて落ちていくが、相手の再生の方が速い。

 無尽蔵とは言わないが、スケルトンが身体を構成する材料には、事欠かない。

 しかし以前なら、互いを削り合う消耗戦になっただろうが、今の俺達にはレンが居てくれる。

 レンの浄化が行き渡れば、俺達の勝ちだ。

 足元にはすでに、レンの浄化による光が流れ、黄金の粒がキラキラと舞い上がり始めている。

 あと一息、ここを堪えれば、決着は目の前だ。

 俺の横で戦うカルも、俺も真似て槍に炎を纏わせている。

 カルも俺達が居なければ、スケルトンの特性など気にも留めず、蟻を踏み潰すよりも簡単に、この醜悪な魔物を屠ってしまうのだろう。

 それ以前に、魔物の事等、気にも留めなかったのかも知れん。

 引きこもりだったこの龍は、偶に傲岸不遜な態度をとるが、そもそもの存在の在り方が違うのだ、俺達のやり方に付き合ってくれるだけ、マシだと思うことにしよう。

 だが・・・。

『ええい。鬱陶しい!!」

 この堪え性の無い処が、引きこもり生活の代償やも知れんな。

 延々と、攻撃と破壊。再生と防御を繰り返し、焦れたカルが、魔力を込めた槍をスケルトン目掛けて投擲した。

 本来なら戦闘の最中に、得物を手放すなど愚の骨頂だが、ドラゴンの亜種であるカルにとっては、武器が有ろうとなかろうと、大差ないのだろう。

 それにレンが謎空間と呼ぶ場所から、武器など好きなだけ、取り出せるだろうしな。

 カルの投げた槍は、過たずスケルトンの額を穿ち、穂先に纏わせた炎が燃え上がった。

 相手が普通の魔物なら、これで動きも鈍くなっただろうが、生憎こいつは、特別に濃い瘴気によって生まれた化け物だ。

 カルの攻撃も動きを鈍らせることは出来ず、逆に怒りを煽っただけだった。

 人骨を寄せ集めた巨大な手が握るメイスは、メチャクチャに振り回され、軌道を読む暇も与えられない。

 でかい岩が飛んでくるような攻撃を弾き、極太の腕に炎を纏わせた剣を叩き込む。

 腕の中ほどまで切り裂いた剣に、更に力を加えれば、膨れ上がった筋肉で袖が裂けてしまいそうだ。

「グウゥゥガアッ!!」

 渾身の力で叩き斬ったスケルトンの腕が、ガシャリと地面に落ちた。

 そこへ、エーグル達の放った炎が追い打ちをかけ、落ちた腕は炎に包まれた。

 キシャァァーーーッ!!

 金属音に近い金切り声で叫んだ化け物が、叫びと一緒に、渦巻く炎を吐き出した。

 それは単発ではなく、休む暇もないほどの連弾だった。

 スケルトンに息継ぎは必要なく、魔力が尽きるまで炎弾を吐き続ける積りの様だ。

 剣を振るい炎弾を切り伏せ、結界と身体強化を施した腕で弾き飛ばす。

 そんな攻防の中、顎が外れる勢いでガバリと開かれた口から、特大の鬼火が吐き出された。

 俺の剣が両断したそれを、カルの魔力が消し去った。

 そして、開かれたままのスケルトンの口から、吐き出される鬼火が一瞬止まった。

 魔力が底をついたのか、詰めていた息を吐き出したその瞬間、スケルトンの口から炎弾が立て続けに吐き出された。

 相手の隙を伺う知能迄あったとは、見くびり過ぎたようだ。

 剣を握り直し、鬼火に向かい身構えたが、吐き出された鬼火は、俺とカルの目の前で軌道を変え、マークが張った結界を突き破った。

 結界を張っていたマークは吹き飛ばされ、エーグルとシッチンのマントが燃え上がっている。

 そして、スケルトンが放った炎弾は、レンを目掛け飛んで行った。

 レンに襲い掛かる炎弾は、ノワールとクオンが張った結界に阻まれ、レンの浄化で光りの粒へと変化した。

 しかし、子ドラゴン達の結界には、罅が入りそう長くは持たないだろう。

 今は炎弾を止める事が先決と、俺はスケルトンへ向け疾走した。

 振り下ろされる腕をすり抜け、掴みかかって来る指を斬り落とし、むき出しのあばら骨を足掛かりに、頭部へ向かって跳躍する。

 そして無防備な下顎から頭部へと、剣を突き刺した。

 炎を纏った剣に縫い留められた口は、欠けた歯の間から、青白い鬼火が噴き出し、剣に纏させた紅蓮の炎とせめぎ合っている。

「ハハッ!どうだ?化け物?」

 行き場を失った邪法の炎が、ぽっかりと空いた眼孔からもチロチロと溢れている。

 その青白い炎が、まるで涙の様にも見え、虐げられた獣人の恨みの深さに、一瞬胸がツキリと傷んだ。

 そして足元から暖かな光が舞い上がり、背中に愛しい人の気配を感じた俺は、掴んでいた剣を無理やり引き抜き、スケルトンの下顎を断ち切って、地面へ着地した。

 その横を静かに通り過ぎた番は、浄化の光で全身を黄金に染め上げ、寄せ集めの身体にそっと手で触れたのだ。

 するとあれほど狂暴だった、スケルトンが嘘の様に大人しくなった。

 体のあちこちから漏れ出していた、鬼火が消えていき、空っぽの眼孔を持つ髑髏が、伺う様に小首を傾げて、レンを覗き込んでいる。

「もう大丈夫。みんなとアウラ様の所へ帰ろうね」

 優しく囁く声に、空ろな目から、鬼火がポロポロと零れ落ちた。

 番の身体を包んだ浄化の光は、やがてスケルトンの胸から全身へと広がって行った。

 そして川岸から、川底からも黄金の粒が湧き上がり、地下洞窟を満点の星よりもキラキラと輝かせたのだ。

 やがて暖かな光は、川の流れに逆らい、さわさわと昇って行き、その微かな音が、まるで笑い声のようにも聞こえ、その場にいた全員の胸に染み入ったのだ。

「どこに行くのでしょう」

「彼らが落とされた穴じゃないか?」

 マークとエーグルが囁く様に語り合っている。

 浄化の光景に感動したのか、シッチンは顔を隠していたハンカチをむしり取り、流れる涙を、コソコソと拭っている。

 そして俺は、腰にキュウっと抱き着いて来た番を抱きしめ返した。

「疲れたか?」

「うん。ちょっとだけ」

 よしよし。素直なのは良い事だ。

 抱き上げた番の花の香りに、心を癒された俺は、皆を促し帰路についたのだ。

 そして、スケルトンが居た場所には、細かく砕けた骨の残骸が、砂の様に積み上がって居た。

 この残骸も、いつか水の流れが、海へと運んでくれるだろう。
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